仕事おさめ風。

一般的には?仕事おさめになるのかなと思いますが、無理やり仕事を納めることも必要かなと思いながら、過ごす今日この頃。それより前に、先週末に多摩センターでの朝活動に行く途中に「まさか、車…故障?」…ではなくて、パンクに見舞われたので、タイヤを交換。「車のことなら、しらた満」って感じで、しらたさんの作業場に行き、注文していた新品タイヤに左側前輪を入れ替えていただきました。

今年は朝の活動も議会最終日と同じく、先週金曜日の多摩センターで締めることにしていたのに、まあ、とんだトラブル!…ですが、さすが、すぐに現場まで来てくださり、とりあえず、ちゃんと走れるようになったのもありがたや。

そして、注文していたタイヤが届いたのですが、これまた、タイヤ屋さんは飛び込み対応が難しいと言われたので、しらたさんが引き受けてくださったという。トラブル年越しにならず、本当に良かった。これで、年明けからまた、頑張れます!

市役所業務も今日が仕事納めでしたが、何と!…年明けからかなり忙しくなる予定の市役所建替基本計画特別委員会に備えての「冬休みの宿題」が届いてびっくり。議会事務局からの宿題のお願いなど、議員になって以来初めての経験であります。委員長や副委員長の指示のもとで宿題が送られてきたのかな?とも思いますが、何というか、新鮮ながらも複雑な心境になりました。

市役所建替えについて、市長部局(行政)内部での議論がどうなっているのか、その進捗状況について、私も十分に把握していないまでも、「予定通りに進んでいないのではないか」と薄々感じています。そして、議会に対し、必要十分な情報を提供することもできていない。これは事実。そんな中で、私たち議会側に設置した特別委員会は議論を進めなければならない状態にあるのです。にもかかわらず、「年明け1月末までに、一定程度の議論のとりまとめをしてほしい」的なことが要求され、特別委員会側もとりあえずそれは了解しつつ、年明けから本格始動…視察に行く、協議をする…などなど、スケジュールは詰め詰め。

まあ、「よろしくお願いします」と期限が示されているので、なるべくその期間内に議論ができることは望ましいのですが、よりよい議論ができる環境があるかと言えば、今のところ、示されている行政側の資料、あるいは説明の内容は不十分なところも多い。そこには目を向けずして、早く議論を進めて結論を出してほしいとせっつかれている現況をどう受け止めればいいんでしょう…これ、私の本心。不十分にしか議論ができていない状況や状態であっても「議会の皆さんにもご意見をお伺いして」と市長部局は市民に説明するに決まっています。

ところで、一般的にも言われることですが、形式的には市長部局から独立している議会事務局職員も所属については「市職員」。市長部局から派遣されているのです。つまり、どうしても「市長部局の顔色を見つつ」仕事をする、せざるを得ない…というかしてしまうことが多いのだと思います。それ、理解できます。よく言えば、ま、市長部局(行政)とと議会側の板挟みになり、奮闘する…となるのかもしれません。ですので、本音のところでは、「実はその軸足を議会に置ききれない」ことも往々にしてあるわけで、「市長部局の都合に合わせる」議会をつくるのが、議会事務局職員の手腕となり評価されることも多いと聞いています。

議会も独自で職員を採用するとか…そんな議論もありますが、なかなか現実的ではありません。他市などでは、議会事務局畑でずっと活躍をしている職員さんが稀にいらしゃったりしますが、議会事務局の生き字引みたいな方の存在って、とても貴重で重要。

というわけで、話しを戻しますが、「冬休みの宿題」が送られてきて、新鮮ながらも複雑な、神妙な気持ちになった理由は議会事務局が「良かれ」と送付してきた「冬休みの宿題」に何となく強引さを感じてしまったからかも。勘ぐりすぎかなー。仕事納め。とりあえず、乾杯。

来るもの拒まず、去るもの追わず。

「社会の底が抜けているんだから。」「だから、ボウルになることを決めた。」

先日の映画上映会で宮田運輸の社長さんがおっしゃっていたこどす。宮田運輸の場合、求人はしても、あとは早い者勝ちで、面接などで人を選ぶようなことはしないと。受け皿になることを決めたのだから、人など選ぶ必要はない。つまり、どんな人でも受け止め、引き受けていく…ということですね。それは並大抵の覚悟ではできないことだと思いますし、実際にも経歴含め、多様な背景を持つみなさんがお仕事をされているようでした。なかなか勇気がいるというのか、言うは易し行うは難し。真似できないことだなあと思うのです。

その時、もう一つ…「来るものは拒まないかわりに、去る者も引き留めないし、追わない。」…ただ、「もう一回、来てもいい。その時にも拒むことはしない。」とおっしゃっていて、何度か入退社されている従業員さんもいらっしゃるとか。

さて、昨日は、日本財団からの助成金で運営している子どもの居場所リバティで監査がありまして、せっかくの機会だからと同席させてもらいました。日本財団では「子どもの居場所」に関しては助成している全団体を監査していると。かつて民主党政権時代に実施された業務の「しわけ」(懐かしい)によって、「悉皆調査」方式に変わったと伺いました。助成金が目的に照らし、適切に使用されているのか、領収書1枚から確認されているようでした。子どもの居場所づくりのために助成している団体は全国にありますので、いろいろな事例をご覧になっているようでした。

元会計検査院でお勤めされていたという方から、かつての職場でのさまざまなエピソードを聞きつつ、和やかな雰囲気にも関わらず、かなり厳しくチェックが入りまして、非常に勉強になりました。

今日は今日で再び、リバティへ行きましたが、今年最後のハーモニークラブの活動でした。高齢化が進んでいる地域での「誰でも食堂」。今回も95個のお弁当を作りました…と言っても、私は弁当箱を並べる、詰めるなどなどを中心にやっているのですけれど、ご飯などもきちんと秤にかけてから、詰めたりするので時間がかかります。年末なのでちょっと豪華な幕の内弁当。午前11時すぎが目標でつくっています。リバティから諏訪4丁目の集会所まで運びます。調理チームと会場チームに分かれ、それぞれが準備をしますが、私は毎回ではありませんが、できるときにはボランティアを。「慣れたメンバー」で活動ができていて、いいチームワークだなあと、感心します。

この活動もコロナ禍以前から実施をしていまして、もう何年になるかなあ…なのですが、だんだんと高齢化が進む地域ですから、高齢者の皆さんの抱えている問題も見えてきますね。お弁当を注文していても、怪我をしてしまって取りに来れない方(もちろん、スタッフで届けます)、日時を忘れてしまう方などなど、お見えにならない場合にはこちらから連絡を取るので、さりげなく地域の見守り活動にもなっています。動作など一つ一つがゆっくり、歩くスピードもスロー…お弁当一つを提げるも重たく感じている方もいらっしゃるかな…と想像してみたりします。子育ても大変ですが、それでも子どもは成長していき、手がかかるかからないで言えば、どんどん自立していきますが、介護はそれとは逆パターンですね。自分もそのことを実感するのは、今年は父認知症が急激に進行したからですね。

ところで、子どもたちの第三の居場所になれるように開設し、運営してきたリバティの活動。どこまで子どもたちをフォローし支えていくのか…を考えた時、私たちの支援は子ども家庭支援センターや行政機関ではないことを前提にしつつ、対応することが必要なのかなと感じています。「来るもの拒まず」ということで、まさにその精神で。理由があってこなくなった子どものことも心配になりますが、丸ごと抱えることはできない活動であると実感します。「来るもの拒まず、去る者追わず」ではないですが、しばらく足が遠のいた子どもであっても、また来てくれれば大歓迎で。

まさに「支援と援助」の違い。

子どもの居場所リバティも口コミでその存在が知られるようにもなり、あとは行政機関とも少しずつつながりながら、活動を広げつつあります。利用したいと登録している数だけでも2年余りで、100名くらいに。今は、日本財団の助成があり、何とか運営が継続できていますが、しかし、来年度は3年間の助成金の最終年に。その先をどうするか、考えていかなければならず。子ども家庭庁でも先日「こどもの居場所づくり」に指針を出していましたが、安定的に場所を運営することはもちろんのこと、良いスタッフを集め、運営するためにはやっぱり先立つもの「資金」が必要。そんなに簡単なことではなく、ボランティア精神だけでやれるわけでもありません…子どもというかけがえのない存在を地域ぐるみでフォローしていくとはいえ、地域力も市民力からも底上げが求められていく時代をどう捉え考えているのかなあ…と思ったりもします。もちろん、市民の力を借りながら実施する活動も重要ですが、子ども家庭支援センターやら教育センターやら‥‥子どもに関わる業務を支えている専門スタッフ(正規雇用職員だけでない)のことにも目を向けてほしいと思います。支援があって、援助があって。その双方をきちんと再構築していく視点もまた重要。多摩市の場合には児童館を今後、どう活かしていくのかも大事。他の地域での好事例を探しつつ、多摩市に必要な機能をしっかり調えていきたいものです。セーフティネット…来るもの拒まず。市役所の最重要業務。

クリスマス。

どこもかしこもイルミネーション。季節感が出るのは良いことかもしれませんが、あっちもこっちもすぎて、私は疲れるのです。でも、永山のイルミネーションだけは特別で、帰り道をあたたかくしてくれる気もします。サンタクロースの永どんも見納めかなあ。

今日は午前中にミーティングをしてから、午後から座・高円寺まで行ってきました。去年に引き続き「ジョルジュ」を鑑賞。ピアニストが変わるだけで、舞台の雰囲気が変わるものだなあと思って、感心してしまいました。ショパンの楽曲を盛りだくさんで、本当に大満足。今回のピアニスト實川風さん、ドラマの中に自分自身も溶け込んでいくような空気感をつくりだしながら、演奏されていましたが、実際にご自身のリサイタルなどはどんな感じなのかなあ。コンサート情報を気にしておこうと思ってます。今は動画などでも見たり、聴いたりすることもできるようになっているとはいえ、やっぱり、リアルの響きは違います。子どもたちにもそんな機会を一度でも多く持ってもらいたい、ずっと思ってきたことです。本当はパルテノン多摩にはそうしたところでも果たせる役割があると思うんですね。舞台から伝わる緊張感が客席と共有されているなあ…みたいなこともすごくいい。

さて、ぼちぼちと言いますか、私も年末年始に向けて、ぐっと仕事量を減らしつつですが、この休暇中に必ずやらなければならないこともあり。さて、終わるかなと思いながら、今は、せっせか自分の市議会レポートの原稿を書いております。前回発行したレポートについて「遅ればせながら、今日読ませていただきました…」と留守番電話にメッセージが残されていました。特に名乗ることなく、時々、励ましていただいたり、あるいはご意見なども含めて、いただけると、またやる気を持ちなおす感じ。で、少しサクサク、原稿を書き進めているというわけです。

メリークリスマス。今年も無事に終わりました。自分へのプレゼントは新しいやかん。

12月議会も終わり。

先週末、定例会最終日が終わりました。12月の定例会が終わると、そのまま年末へ…やっぱり、いつもの定例会終わりの気持ちとは異なって、ものすごくホッとして、もう何もやる気が起きないくらいに、「休もう」という気分になっております。

議会を振り返ると、来年4月から新たに設置したいと提案された「協創推進室」については、組織条例ではなく組織規則で設置して、様子を見てから、その次のステップを考えることが良いのではないかと思っていますので、その立場から反対しました。結果的には、白田さん、折戸さんと私が「組織条例の一部改正条例」については反対の立場でした。それぞれ一人会派ですが、控室が同じで、やっぱり会話する機会も多いこともあり、情報交換をしつつ、自分たちそれぞれの態度を決めるという感じですね。私は反対理由を述べるために討論をしました。(参考 夢まち会議  231222 多摩市組織条例一部改正反対討論

また、「老人福祉センターの事業報告について、もっと運営実態がわかるように事業報告などを公表すべき」という意見が含まれていた政策提案があり、それについては頷ける部分もあったので、「趣旨採択」の立場をとりました。結果的には「不採択」となった政策提案ですが、老人福祉センターの同好会の在り方などに一石を投じたご意見でもあったように思います。

1997年のころ、60歳以上人口は13.4%だったものが、2023年には34.7%にまで上昇していることや、公共施設を使用する高齢者一般団体として整理できるグループが2001年のころ35団体が、2023年で128団体と増えていること等など…本当に多摩市の高齢者人口は増加しているのが現実。

政策提案では、老人福祉センターを優先的に使用していた「寿大学」卒業の方々中心の自主サークルである「同好会」について、その取扱いを存続するべきではないかという意見が述べられていましたが、時代背景、現状を照らし合わせれば、従来制度を見直しは避けられないと考えています。そうしたことを含め、議会でも議論できたことは良かったのではないかと感じますが、「老人福祉センターの事業報告」については、決算事業報告書に記載されている内容は極めて不十分であり、実態が反映されていませんので(これについては、9月議会の決算審査で指摘しました)、来年度からはきちんと資料作成の在り方、改めてほしいとは願っています。

もう一つ、個人的には「公民館条例の一部改正条例」が提案をされていて、永山公民館と関戸公民館の組織力の向上と事業の効率化・円滑化を図るとして「組織統合」をするということでした。組織統合が社会教育の交代ではなく、更なる発展につながっていくことを願うのみ。ここ、討論で釘を刺しておけばよかったかなと後から思ったりもしました。昔も今も「社会教育」の必要性と重要性は変わりませんが、お堅く言えば「市民社会」「民主主義」「人権」も含め、私たちがなぜ学び続けていかなければならないかと考え、ますます自分たちにも問うていく時代になっていると考えています。ここ、私も引き続き、注目をしていきたいと思います。

ハーモニークラブの「愛で行けるやん」上映会がありました。今年の2月にも友人が上映会を企画し、私もお手伝いをしまして、その際にも、いらしていただいた宮田運輸の社長が再び多摩市に来てくださいました。「やさしい気持ちが未来をつくる」を合言葉に取り組んでおられる「こどもミュージアムプロジェクト」、広げていきたいなあと思います。

宮田社長が「今日も誰かが生きたかった一日かもしれない」とおっしゃっていまして、その言葉がグサッと刺さりました。私たちのいのちはやっぱりかけがいのないもの。今日も私たちは誰かが生きたかった一日を生きているんだなと思うと、周りの景色の見え方が違ってくる気がします。「感謝しかない」。その気持ちをつねに心に。

冬本番、ますます。

定例会最終日に向けた議会運営委員会がありました。午前中までに終わりましたが、ところどころ、面白さを感じる意見の違いもあったりして…オブザーバーで参加すると客観的にその場面を見ることもできて、私が議員になったころのひと昔前と勝手に比較もしつつ、やっぱり、「変わったな」と。

さて、多摩センターのイルミネーションが煌々としていますが、どうも、私には明るすぎて。ライトアップされると、テントウムシがますます大きく感じてしまって、どうも私は苦手です。美観とは何か、イルミネーション全体の統一感など、ただ、電飾してあればいいではない、素敵な感じが演出されると、本当はパルテノン多摩ももっと映えるはずなのに。

先週末以来、開催されている協創セミナー・講座の第3回目があったので、チラ見だけしてきました。前半は自治基本条例の改正に向けた説明で、後半は講演会だったり、ワークショップだったり…という形式で、今日は多摩市若者会議によるワークショップでした。若者会議の方のワークショップは参加したこともあるので、何となく雰囲気はわかっているつもりですが、昨日はどんな感じだったのかなあと気になります。3回の講座を通じた結果報告が今後、なされることと思いますが、自治基本条例の改正が「市民にも理解された」とは言い難い内容だったと私は思っています。そしてまた、説明会に出ずして、条例改正に対するパブリックコメントを出すのはハードルが高そうだと思っていますが、絶賛、パブリッコクコメント実施中。

合わせて、年度末に近づくこの時期のパブリックコメント祭りとも言える状態に…あんぐり。これ、結構、市側も気にしているのかなと思いますが、「パブリックコメント募集案件」がきちんとまとまってホームページに掲載されています。年末年始のお休みの時にぜひ…ということ?

〇「第2期多摩市自殺対策推進計画(素案)」に関するパブリックコメントを募集します(12月5日から1月5日まで)
〇第4次多摩市食育推進計画(素案)パブリックコメント(12月5日から1月5日まで)
〇第3次多摩市みどりと環境基本計画(素案)へのご意見を募集し(12月8日から1月5日まで)
〇多摩市障がい者(児)福祉計画(素案)に関するパブリックコメントを募集します(12月20日から1月10日まで)
〇多摩市耐震改修促進計画(素案)へのパブリックコメントを募集します(12月22日から1月15日まで)
〇「第9期多摩市高齢者保健福祉計画・介護保険事業計画(令和6~8年度)素案」に関するパブリックコメントを募集します(12月21日から1月17日まで)
〇多摩市自治基本条例改正案(素案)へのパブリックコメントを募集します(12月18日から1月18日まで)
〇モノレール沿線まちづくり構想(素案)へのご意見を募集します(12月20日から1月19日まで)
〇多摩市犯罪のない安全なまちづくり推進計画(素案)についてのパブリックコメントを募集します(12月20日から1月19日まで)

夕刻から、大学院時代の同期生たちと会食。とても刺激的なひとときでした。自治基本条例ができて、来年で20周年…大学院1期生だったのですが、こちらも設置から20年、ついでに、うちの娘も二十歳!…私の大学院時代の修士論文は「自治基本条例の最高規範性について」だったのですが、せっかく書き上げたものを見失ってしまい…どこかにはあると思うので、この年末探してみるつもり。

会食最後に出てきたデザートのチーズケーキがすごくおいしかった!

 

 

凡事徹底で。

今日は代表者会議、明日が議会運営委員会で、今年最後の定例会は22日の金曜日です。年末を迎え、いろいろなお便り、連絡などがあったりで、ちょっぴり気持ちも落ち込んだりしつつ、「時計の針は戻せません」を思い出しながら、時間は絶えず進んでいくんだなあと感じています。

いつもと変わらず。どんな時も「凡事徹底で」。

ベルブ永山のギャラリーの作品展。小学生のころ絵画教室に通っていた時の先生の作品に出会うことのできるひとときでした。いつも変わらず、「縄」「綱」をモチーフにして描かれた作品は先生の描いたものではありませんが、作者のこだわりを受け止めることができ、毎回楽しみにしています。とても印象的なのです。

今回の作品展では一角に動物たちの描かれた小さな作品がたくさん飾られていました。聴くところによると、フランスで人間に虐待された動物を保護している施設からの依頼で描いた動物たちだと言います。SNSを通じて、フランスの方々と知り合い、ご縁をいただいたと伺うと、「へー!」と驚くばかり。現地のチャリティー活動に用いられるようです。今回展示されている作品すべては春になるとフランスにお送りするんだそう。

描かれた動物たちの瞳が何とも言えず、訴えかけてくる感じもあって、胸がじんわりなるというか。作品にはそれぞれエピソードがあるので、それを知ってから見ると、本当にショックを受けますが、でも、作品が放つやさしさに癒される感じでした。最終日までにもう一度、見に行けるかなと。こうして絵を通じて学べることがありがたい。それにしても表現ってやっぱり素晴らしいです。本当は全て、私たち一人ひとりが表現者なんだろうなあとも思ったりするのです。

それにしても、傍若無人になりすぎたな…ヒトは。

私も遅ればせながら、アニマルウェルフェアについて、もっと知り、学んでいかなければならないのだと思っていますが、なかなか優先順位が上がっていかない。反省。

ヨーロッパがこうして取り組んでいるのは、人々の意識にも支えられているからですね。(欧州委、動物輸送と犬猫のアニマルウェルフェアに関する規則案発表 2023/12/18)日本はやっぱり、遅れていると思います。まあ、もともと農薬規制などなど、海外に比べても緩いとか、「食」に対する意識が高いようで高くないのが日本なのですが。

 

とりあえず、私としてはアニマルウェルフェアを考えるので「平飼い卵」だけにはこだわって買い続けていますが、日本の畜産業の在り方も変えるのは私たち次第ですね。消費者の在りようがそのまま政策にも反映されていく。結局、最終的に問われるのは私たち一人ひとりになっていくのだろうとしみじみと。まさに、生活は政治なんですよね。アニマルウェルフェア、動物福祉についても、もっと議論されていってほしいですね…市レベルというよりは、手始めには国や都道府県レベルから。

市役所の建替え。どう議論を重ねるのか。

今日は市役所本庁舎の建替えに向けて設置された議会の特別委員会「多摩市役所本庁舎建替基本計画特別委員会」でした。いずれ建替えは必要になり、どこかで対応もしなければならず、決着もつけていかなければならない課題とは言え、ずっと先送りもされてきて、そして、阿部市長が何とか一歩を踏み出したところとも言えますが、だからと言って、いけいけどんどんと議論が十分に煮詰まっていないのに進めていくわけにはいかない…と私は思っていて、後々、辻褄が合わなくなるようなことになっては困りますので、今できるだけの協議をしなければいけないと感じています。

とりあえず、外観上は市民や有識者の参加も経て、「現在地での建替えが適切」とする結論を導き出し、議会としてもそれを前提にした議論が進む予感。今のところ、私としても前提を覆すようなことはせず、議論に臨んでいますが。

しかし、「市民に来てもらえるような市役所」とか「市民協働を進める拠点になれるように」とか…「市民とまちづくりを進めていくための場所になれるように」なんていう意見が出ていることに、今さらながら驚きます。

この場所に市民がもっともっと来てもらえるようなことを求めるわけ?

「だったら、市民が来やすい場所に移転しないと。」と。「わざわざこの場所に市民は足を運ばないでしょう」と。あるいは、「ぜひ、市役所の中に食堂とかカフェを」という意見についても、飲食店を経営するってものすごく大変なことであって、現在地に開設することって極めて困難だと思うけれど‥‥と、もちろん「職員さんがランチできる」とか「市民にも食べに来てもらえるようなお店に」…という絵は描けたとしても、実際に価格帯はどうなのか?などなど考えると厳しいことは目に見えます。つい最近と言ってもいいほど、数年前のことですが、不便な立地にある多摩市総合体育館の食堂・カフェ機能をどうするのか?でさんざんスッタモンダしてきたことを思い出してしまいます。

もちろん、かつては、職員に対する福利厚生という名目のもと、当時のやまばとホール、図書館本館のあった建物に食堂「ハーベスト」って名前だった気がする…が併設されいて、破格でうどんやそばを食べれた記憶はあります。食堂については家賃はゼロでした。でも、それは今の時代はなかなか難しく現実的とは言えないでしょう。赤字補填をすること前提でなければ格安200円台からの食事を提供することは難しい。そんなに安くで食事ができる…があり得ない。とにかく、今の場所に建替えていくことを前提にして、食堂機能を取り込むこと等は不可能と思っています。

事程左様といいますか、「市民とまちづくりを進めていけるような場所」についても同じく。やぱり、立地は大事。便利な場所にあるからこそ、市民は立ち寄れるし、だからこそ市民が気軽に立ち寄れる場所と空間をつくりましょう‥‥の議論になるわけです。市民が市役所を利用するイメージ‥‥もし、まちづくりの拠点としてこの場所を…というならば、今でもやれているはずなので。

市役所が駅前に移転して、そこにまちづくりカフェ的なものを設置して、少し、飲食も提供されていくようなイメージだと、「そういうのもありかなあ」と思いますが、そもそも、現在地で市民が「行き交う」なんてことはあり得ない。「じゃあ、今日、カフェでお茶しよう」なんて、駅前なら見込める状況が想定されても、現在地では全くもってイメージすらわきません。

なのに、特別委員会のなかで、そうした観点からの意見が出ることに、個人的には違和感なのです。

ところで、今日の委員会で最も「???」と思ったのは、新庁舎については「エネルギー削減目標」の掲げ方。建物の環境性能について、これからも長く使うことになること前提、そして未来を見据えて、新たな建築物をつくるからこそ、市役所が率先して省エネと創エネの組み合わせの「100%CO2排出ゼロ」にでもするのかな?とも思いこんでいましたが、どうやら、「費用対効果を考える必要」があるのだとか。だから、鼻から諦めるような提案がなされていたところです。

「環境共生都市」と言ってみたり、「気候非常事態宣言」をアピールしたり、気候市民会議を開催して、市民も巻き込んで「脱炭素化」に取り組んでいく道筋などを議論したり、「サスティナブルアワード」やら「ESD」やら「学校の屋根貸」などなど…いろんなことやっていて、なかなか難しい課題とは言え、それなりに努力を重ねてきた環境部についても評価をしてきたのですが。

にも関わらず、市役所建替えにあたって建物の環境性能については、省エネで再生可能エネルギーの最大限導入をめざすとはいえ「ZEB」をめざすことはせず、「ZEB Ready以上にする」(資料でも環境省ホームページから引っ張ってきた図が掲載されていた)ということで、「え、それが、多摩市の環境政策なの?」とつい疑いたくなるようなレベル。

 

何といっても、あまりにも正直に「費用対効果」と言われたことには、思わず開いた口が塞がりませんでした‥‥。「何、それ!」みたいな。それを言ってしまえば終わります。すべての取組み、ゼロになっちゃうような発言に心底ガッカリでした。あ、この議論、ものすごい既視感がある。そういえば、多摩市立中央図書館の時と同じなんですよね。図書館を建設するときにも既に「ZEB」にすることの提案もありましたが、費用対効果云々で結局、それよりも後退して後退させた「ZEB Ready」…。

ますます地球環境問題が深刻化していること、この状況のなかで「待ったなし!」と市民に呼び掛けている多摩市が自分たちのところはさておきで…いいの?!と素朴に思います。「ZEB」をめざすけれど、大所高所から考えたうえで、「ZEB」にはできなかった、諦めたということであればまだ話しはわかりますが、最初から「ZEB Readyで」というのはないと思います。

こういう場面で、市長の腹の中がますます見えないというか、「結局、市長って環境問題どう思っているの?」…と感じざるを得ません。あちこちで、市民向けには環境政策の必要性を強調したり、きちんと取り組んでいきたいとか威勢のいい発言を議会でしている割には伴っていないというか。ここは、ホント、私、譲れないです。阿部市長は何のために、一旦は廃止されていた「環境部」を再設置までして「環境政策」に取り組まねばならないと考えたのですか?市長の真意や本気を問いたいです。

ということで、他にも「今の市役所に高校生に来てもらって、ここで働くとは」を想像してもらいながら、アンケートを取って、市役所建替えについて意見を聴くこと等する予定だとか。事前学習で何らかの準備をし、高校生にも学んでもらい、知識を習得してもらってから、実際にアンケート調査をするそうですが、一体、それってどんな目的と意図があり、どんなアンケート項目にしていくつもりなんでしょう?それを「若者参加」にしていきたいというのも、ホント、ピントズレているとしか思えませんでした。乏しい私の想像力では及ばないようなことに取り組むのかもしれませんが。アリバイ作りにもならないようなことだと時間がもったいない。それこそ「費用対効果」ですよね。「高校生の皆さんに学びの場を提供するため」が目的であれば話は別ですが。

 

今後、どんな風に議論を重ねていくつもりなのか。その議論の過程のなかで、議会はどう役割を果たすべきなのか。いろいろ考えさせられることは多いです。少なくとも議会全体での合意形成を大事にしながら、どう進めていくのか、ここは丁寧にやっていけるといいなと思いますが。いい議論をしていくためには、議論をするための前提として情報、知識なども必要。行政側がどういう情報を出そうとしているか、議会側に共有して、議論してもらいたいと考えているか…そこにもかかっていると思います。「当たり障りのない情報」だけしか出さないという従来型行政では、何も変わらない。よい議論をしようと思ったとしても限界があります。「当たり障りのない情報」のなかでしか、議論できないのは本当に残念。

SDGs…教育勅語?!

昨日、アーサー・ビナード氏の講演会がありました。「はらぺこニッポン! この国の食料自給はいったいどうなるのか」というタイトルにも魅力を感じました。そして、食糧自給率の低さを話題にするのかなあ…と思っていたのですが、「カロリーベースで食糧自給率が約38%ってどういうこと?」「カロリーって何なの?」という問いかけから始まり、その話の内容は、私たちが知らされていることってどんな情報なの?、きちんとその内容が吟味できているの?‥‥「SDGsって何?」…日本の小学生は17の目標を暗記しているけれど、海外の人はSDGsなんてまるで知らないよ!…なんか、子どもたちが暗記とかさせられていて、まるで「教育勅語みたい」…という独特の表現に私はかなり衝撃を受けました。

そして、自然エネルギーについて、「太陽光パネルは誰が後始末をするの?」…という視点など、耐用年数が終わったパネルの大量廃棄問題はかねてからの課題になっていますね。過去にも指摘されたことがあります。ただ、それが「まるで原子力発電と変わらないのではないの?」‥‥と。パネルも猛毒で埋め立て処分は大地を破壊します。土壌汚染…。確かになあと考えさせられるわけです。つまり「自然エネルギーがさも良いようなことだけが言われる風潮」に対し、危機感を抱いておられるのかなと理解したのですが、風力発電も含めて、「自然エネルギーだからなんでもOK」ということにはならない。だからこそ、今までの自分自身の習慣をちょっと見直してみる、行動を変えてみるからでしか、始まらない…となるのでしょう。私たちは加害者でありながら、被害者でもあるというのか…。

ビナード氏は同時に、昔々、「クウシフ」「鉄のこびと」という紙芝居を紹介くださいました。戦時下、洗脳の道具として用いられていたのかな。「クウシフのときにはどう逃げたらいいのか」を子どもたちにも伝えるとか「鉄のこびと」という紙芝居では子どもたちが自分たちの持っている自転車とか、おもちゃなどなど…武器の材料になるものを提供することが賛美され、子どもたちがお国のためにと喜んで差し出す姿が描かれているのだとか。「紙芝居」というツール、国民に何かを知らしめるために用いられた優れたツールだったようです。戦後、GHQが作成した(簡単に推測できる)紙芝居「ダムと道路」には会場からも失笑止まず…でしたが、ダムをつくって、道路をつくって…これが、みんなの仕事になって‥‥それが復興への道。ものすごくわかりやすいストーリー。ダムや道路をつくり、自然を破壊することに心痛めた方はきっと多かったのだろうと思いましたが。

今の日本で私たちは「どうやって情報を見極めているの?」という重大な問題提起が最後の締めくくり。批判的思考が失われているのではないか?と言われたようにも思いました。少なくとも、鵜呑みにしないこと、大事ですね。「自分の頭で考えてみる」、ここ、放棄しないようにしたい。

今日は諏訪小学校の学習発表会へ。合奏や合唱を披露してくれた学年と総合的な学習の時間などで学んだことを発表してくれた学年と。やはり、今のトレンドというか、子どもたちが学んでいるのはSDGsでも最も重視されるべき環境問題ですね。脱炭素化、CO2削減のために学び、自分たちができることを真剣に考え、そして発表する姿を目の当たりにし…思わず、昨日のビナード氏の講演を思い出したのですが、子どもたちはもう当たり前のように環境問題を身近に感じ、大人以上に真剣に切実にその課題解決に向き合っているなあと。指導する教員も子どもたちの学びを深めていくために必要な視点など事前に準備することと思いますが、まさに、その力量と技量が問われるというのか、教員の意識がそのまま子どもたちの成果発表にも表れるようにも思いました。教員の真剣さが子どもたちに伝わってこそ、子どもたちの関心は高まり、学びは深まり、どんどんと広がっていくのだろうなと。

ということで、学習発表会は子どもたちの歌声に元気づけられたり、素敵な歌詞に癒されたり、一生懸命、楽器を演奏する姿にほっこりしながらも、高学年で学んでいる地球環境問題を学んできた子どもたちの発表に、なるほど「教育勅語」とも指摘されたビナード氏の表現に言いえて妙だなと感じてみたり。ただ、そうは言っても、環境問題を身近に感じ、自分事として捉えることのできる感性を磨いていくことは必要不可欠であって、その点からすると、今の小学生たち素晴らしいなあ!。

その素晴らしいが素晴らしい!…なのか、それを学ばなければならない時代になっていることもまた一方で憂うべきとも言えますが、子どもたちの学びの質というのか、その在り方がひと昔前とは様変わりしていることだけはわかります。単なる教科学習だけをしていればいい時代ではなく、教科の学習で得た知識などを駆使しながら、「考える」‥‥今風に言えばしっかりと探求をしていく…というか、探求の仕方を仲間と共に学び合っていく感じ。

ところで、最近というのは、保護者は自分の子どもの発表の時にしか見ることができない?もちろん、昔は我が子の発表だけを見る保護者もいらっしゃったと思いますが、他の学年の発表なども見たりして、知らず知らず「子ども」の成長を感じる機会があったと思うのです。でも、今は、保護者も自分の子どもの学年を見たら、総入れ替え…という感じになっていて、最初から我が子のいない他の学年は見れない感じになっていました。それはとっても残念なことのようにも感じます。この時代だからこそ、一人っ子が増えているからこそ、「高学年になるとこんなに成長するんだなあ」とか「低学年の時はこんな感じだったよなあ」と保護者も感じられるといいですよね。「我が子しか見なくていい」になっているとすれば、それもまた、「親としての成長」を妨げる可能性もありそうで。単なる印象的なことでしかありませんが、「我が子しか目に入らない」あるいは「他には無関心でいい」を生み出す要因にもなる感じがしてしまい。親というのは意外と見ているようで大勢の子どもたちを見る機会がそうそうあるわけでなく。だからこそ、こうした学年違いの子どもたちを見れることはとても勉強になります。少なくとも私はそうだったかなあ。

 

今日は諏訪小学校で全学年の学習発表会を見終えてから、南大沢学園の文化祭にも行ってきました。これもまた学習発表会という感じですね。私は初めて伺ったのですが、都立の特別支援学校の手厚さを感じたのは、やはりその職員数にですかね。徹底的な職業教育が行われていることもわかりましたが、私が校舎内を一巡りした印象だけで言えば、生徒の皆さんがとても生き生きと過ごしているエネルギーを感じました。お休み処の教室など、装飾がとても凝っていたり、写真部、美術部、鉄道研究部のみなさんの展示発表など、力作ぞろいでした。予約していたCAFEひまわりでは食品コースの生徒さんがハンドドリップコーヒーを淹れてくれました。「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」「おまたせいたしました」「少々おまちください」…日頃、学んでいる接客のスキルを披露する機会になっているのですね。

先日、「都立高校と特別支援学校、一体化」と報道されていました(yahooニュース)が、インクルーシブ教育の視点は重要とは言え、子どもたちへの指導、例えば10人に1人の先生とか、あるいは南大沢学園の場合には職業訓練がきめ細やか、丁寧に学べるような環境を後退させてほしくないなとは思います。

さて、本日、移動距離長く、南大沢学園から、聖蹟桜ヶ丘で「ともフェス」、その後また多摩センターで「協創セミナー・協創講座」の第1回目。とてつもなく盛りだくさん過ぎて、頭の中、情報パンパンで飽和状態。「ともフェス」で女性の支援をされている遠藤さんのお話しもとても学びが多かったです。「協創セミナー・協創講座」はまた明日も参加します。ゆっくり頭のなかみを整理します…。とりあえず、ここまで備忘録完。

冬じたく。

私は多摩センターのイルミネーションと比べると規模も小さく、こじんまりしているものの、永山のイルミネーションの方がセンス良くまとまっていて、よっぽど美しいと思っていますが、久しぶりに昼間の多摩センターを歩きましたが、何とも言えないゴチャゴチャぶりに残念さを感じます。

「小医は病を医し  中医は人を医し  大医は国を医す」

もし病院に行くことがあれば、この言葉を頭に入れておかないとなあと思ったのですが、今日、参加した学習会でも感じたことは、「病院選びは大事」なおかつ「病院選びは慎重に」ということですね。

それにしても、未だに新型コロナワクチンの接種が行われているのはに日本だけ。なのに、感染を防ぐことができていない。ましてや、ワクチン接種によって自己免疫力が低下して、今まで流行しなかった時期にインフルエンザが大流行してしまうような状態になってしまったことなど…きちんと状況分析をされているお医者さんもいらっしゃることに救われる思いです。ちなみに、接種を重ねれば重ねるほどに自己免疫力が低下すると聞けば、言わずもがな…まるで、私たちを取り巻く現況そのもの。学校閉鎖、学級閉鎖…市内の小中学校でも相次いでいますし。新型コロナワクチンについて、私たちは本当に正しく情報を得ることができていたか、市がきちんと情報提供することができていたのか、振り返ると、個人的にはいろいろ考えさせられ、「あれで、良かったんだろうか」と。

これからはもっともっと「統合医療」の視点を取り入れて、健康づくり、健康維持のことも考えていくことが必要になるなあと。これが今日の学びです。医療情報などもインターネットにさまざま飛び交っているので、その中から正しい情報を吟味していくことが難しい。ここがとても悩ましいところですが。自分に合った医療がある…そこに出会えたなら幸せですね。一番は病気知らず、医者要らずが良いわけですが。

来週からとても寒くなりそう。電気ストーブだすかなあと思ったのですが、まずは、今年買ってみた湯たんぽ使ってみるかなー。年末年始と気忙しくなってきた。明日は久しぶりにランチ会があるので楽しみ。

今日は新月。

新月でした。でも、そんなに新月だなーを感じない夜でした。月のパワーを味方にできると良いなあ。何か新しいことを始めたりするのに良い日なんだそう。

さて、昨日、委員会に出席し、次に議会に行くのは来週月曜日の特別委員会。「多摩市役所本庁舎建替基本計画特別委員会」です。特別委員会では「議会エリア」のことから議論を進めています。どんな議場にしたいかとか、どんな機能が必要かとか…そんなことから話し合っているのですが、特に何か斬新なアイデアとか思いつかないまでも、本会議場でも議員どうし議論できるとか、そういうことも頭の片隅に置いておきたいかなーと思ったりはします。汎用性があるということが大事かなと。

「食べて応援」

ということで、農薬など一切使わずに育ったりんごが届きました。皮ごと食べられるりんご。気候変動の影響を多少は受けているようですね。元気な土に根差した丈夫な木から収穫されたりんごだそう。ありがたいです。

最近、私は自然栽培の玄米を取り寄せを始めています。きれいな土を守ることが、私たちの健康をつくり、守ることにつながっていくと思っていうので。心ある方々が全国にはたくさんおられ、大地を守ること、土壌を守っていくために志高い農家さんと年間契約にて食べ支えていることは知っていましたが、なかなか自分がそこに参戦するのはなあ‥‥と思っていたのですが。

平井康三郎作曲のピアノ独奏曲「幻想曲さくらさくら」がとても素敵で美しい曲なので…とおススメされたので、楽譜探してみたのですが、弾くとなるとなかなか…。楽譜通りにただ弾くだけではなく、作曲家の想いを汲み取りつつ曲を理解するというのは時間がかかること。今日は久しぶりにママ友とのおしゃべりに花が咲き、とても気分転換になりました。「健康づくりと美容と」…いつまでも話していられるテーマ。そして最後に行きつくのはやっぱり日本の「食」問題だったりします。かなり内容的にも政治とか経済分野にも及んでくるところが面白かったりもします。

社会に興味関心を持っていないと、結局、自分たちに降りかかってくるね…ということで。しかし、私が全くできていないのは「白砂糖を遠ざける」ということ。身体には良くないことは十分に心得ていて、わかっていても、実践となるととてつもなくハードルが上がる。食べない我慢の方が良くないのではないか?とか思ったりするのです。

今日の新月に何を想い、何を始めるか…。それは秘密。