市長選挙と市議会議員補欠選挙が終わりました。

 

選挙が終わりました。市長選では現職の阿部裕行市長が当選し、市議会議員補欠選挙では自民党候補者の石山弘明氏が当選されました。投票率は少し上がりましたので喜べる要素…しかし、50%には到達できず。しかし、30%からは脱することができました。市議補選は白票の多さ(約3千票)に驚きでした。

開票結果を見れば「極めて順当」と言えるものであって、特に市長選においては、十分にその理由と根拠が語られない「長期多選」批判、また一般的にも期待感が寄せられる「世代交代」の声などに対し、何とか市長が跳ねのけてくれてホッとしております。一方、「長期多選」「世代交代」に対する市民の声も決して少ないわけではない…ということも読み取るべきであり、受け止めるべきだと思っていますので、市長には当選したから「良し」にすることなく、市政運営に臨んでほしいと思っています。私はマイクを持つ機会あれば、「政策を見比べてほしい」と訴えることができ、フェアな選挙なくしてフェアな政治も行えない!…という強い想いを持ちながら、今回の選挙戦に関わってきたので、市長当選の知らせを聞き、また、インターネットで確認をした時には市民の皆さんに「ありがとうございました」という気持ちになりました。

一週間も選挙に追われている間にいつもお手入れ活動に参加している花壇がさらににぎやかになっていて、今年はビオラの咲き誇り方がすごい!こんもり大きくなって、ぎっしりと詰まってしまって…驚くほどです。冬になると冬らしく、春や夏になるとやっぱり春、夏らしくなっていく花壇。ホントに正直だなあ。今年はムスカリもきれいに咲いていてうれしいです。

  

市長選最終日は百草団地のロータリーから出発するとき、それから、市長のお住まいの和田地域の2か所で街頭演説。阿部市長らしさの醸し出されている写真…表側、裏側より撮影…ちなみに撮影場所は違います。この挙げた左手が特徴なのです。

私は選対本部の一員ではなく、できることだけできる範囲でやる勝手連の一人…と自分の関わりを決めていたので、選挙事務所にはトイレ休憩の時だけ踏み入れる感じでした。選対チームの皆さんのことは遠巻きにその奮闘ぶりというか、忙しさを眺めている感じでした。これは前回のポスターでしょうか?…市長若いな…。選挙中にSNSでは「自撮りシリーズ」と称して自分で写真撮影をしていましたが、こちらもそのうちの一枚。せっかくなので掲載しておきます。そういえば、ポスター掲示板には市長は2種類の選挙ポスターを貼っていたのですが、市民の皆様、お気づきになったかなあ。縦版、横版ありました。特に「縦版」のポスターは市長らしさがあふれる写真で、私の周りの方にも好評でした。

さて、市長は当選し、また新たなスタートを切ります。私たち市議会は来年が任期満了、改選…ですので、任期最後の集大成をしていく時期にもなっています。自分自身を振り返り、次についても考えていく時期とも言えます。6月の議会は市長の所信表明演説が行われ、各会派の代表質問が予定されています。会派でもまた話し合いを重ねたいと思っています。阿部市長に対し、たまに激励はしますが、叱咤することの方が多い‥‥これが私の所属する会派のスタンスなので…。会派のメンバーの考えも尊重しながら、残りの任期を全うしようと考えております。

市議会…議長が不在です。ですので、議長選びの人選なども。まあ、粛々と行われていくと思います。

市長選挙~フェアな選挙を!

市長選挙が終わりました。ただただ静観だけして、結果を静かに受け止めるだけに留めていた前回とは違い、今回はもう一回、ねじ巻きをしました。どう選挙に関わろうかと、だいぶ悩みました。議員として前回と同様に「是々非々だから」と対応することもできないわけではなかった。

でも、私が現職の阿部市長を応援しようと思った一番の理由は、「アンフェアすぎる」と私まで憤慨してしまうようないくつかのことがあったから。現職市長の誹謗中傷を試みたビラがポスティングされるなど…私にとっては野蛮な行為と感じられるようなことが発生していることを知り、いい加減にしてほしいと思いました。見てられない、聴いてられない…という想いに駆られ、こんなことでは私が考えるフェアな民主主義にはならないと強く憤りを感じたから。

いちいち書くことはしませんが、「フェアな選挙」がなければ「フェアな政治」にはならない!…だから私は「政策重視」を訴え、選挙運動を通じて、そのことをとにかく訴え、市民の皆さんに伝えたかったのです。

今日は朝から駅前での挨拶からはじまり、最終演説会が終わるまで一日どっぷりと選挙DAYでした。一人でも多くのみなさんに現職阿部市長の考えや想いが伝わっていますように。一週間の選挙運動は自分の気がつかないところで多くの方に迷惑行為をまき散らし、そして、知らないところで多くの方にご理解やご協力をいただいているに違いありません。本当にありがとうございました。明日、必ず投票に行ってくださいね。

市長選挙~政策に「生き方」「考え方」がしみだしてくる。

結局…連日市長選の人手として駆り出されております。「投票はするよ!」…でも、選挙運動や活動にまで参加してくださる方というのはやっぱり限られるのが現実ですね。もし、私が一市民であれば、間違いなく投票には行くけれど、それ以外のことには関わらないでしょうし、関わりたくないと思っているでしょうし、横目で選挙運動を見ながら、心の中で何かしらの言葉をつぶやいているかもしれないなと想像します。

聖蹟桜ヶ丘駅の交番前の朝の時間は私が議員になったころより、あるいは、コロナ以前と比べても本当に行きかう人々の数が少なくなっているなあと思います。それでも、早朝から改札口に向けて早足や小走りで向かう方もいらっしゃり、「通勤通学の風景」は人が減っても同じ。いろんな意味で、一日を無事に過ごしてまた多摩市に帰ってきてほしい…見送る気持ちで挨拶をさせていただいています。それはいずれの駅でも、朝の時間帯に街頭宣伝をやる時の私の気持ちです。

今日は朝一番で自分の住んでいるエリア付近をまわり、いつもグランドゴルフを楽しんでいらっしゃる皆さんのことを思い出したので、市長には立ち寄っていただきました。歩車道分離、なおかつ、私有地エリアには入らずに街頭宣伝活動をすること…こうしたことをできる限りと心がけておられる市長ですので、マイク付きの宣伝カーではなくて、いわゆる大型メガフォンにて諏訪児童館の横で演説もしていただき、在宅されていた方がベランダからものぞいて下さり、手を振っていただいたことが本当にありがたくうれしかったです。お騒がせすることが実はとっても心苦しくて、自分の住んでいるエリアであればエリアであるほどに、見知った方も多いので「ごめんなさい」という気持ちになってしまうのです。本当にお世話になりました。

住宅地の中にはそれぞれみんなの広場があって、今日は晴れていたので、日光浴をするにももってこいだなあと思ったりして…地域ごとの営みを感じることができるのも選挙活動を通じた自分自身の学びの一つ。自分自身の日常には入ってこないエリアにも候補者カーで連れて行ってもらえるので、ある意味、「多摩市の広さ、課題の多様さ」を実感するともいえるのです。

私は今回の選挙で、自分がマイクを持たねばならない時には、とにかく「政策で選んでほしい」、「政策を見比べてほしい」ことを訴えています。そして、ここ二日間だけ、しかも短時間ですが、市長の街頭演説を聞きながら、再認識していることは「政策をつくるのは人である」…そして、その政策につくった人の生き方、考え方とその姿勢が浮かんでくるということ。そして、大事なことは「政策をどうつくってきたのか」ということ。自分自身の考え方にも照らし合わせながら、市長の政策を支える価値観を改めて見極めております。そして、何度か書いているように「人権・平和」ここにこだわりのある首長の存在がいかに大事であるのか、確認もしています。

明日は選挙の最終日。全市を周る予定になっているので、それほどじっくりと街頭演説会をしている時間はないと思うのですが…。私が聞いている予定はこちら。

■阿部裕行市長の最終演説会

永山駅交番前12:00~12:30
多摩センター駅中央口17:00~18:00
最終打ち上げ聖蹟桜ヶ丘駅交番前19:00~20:00。

ぜひ、市長の人となり、どんな姿勢でこれからの地域と社会に、そして市民に向き合おうとするのか、直接、聴いていただけると嬉しく思います。ワンフレーズで人を煽らない。誠実に政策をつくろうとしている。もちろん、当選しなければ「首長」として仕事は続けられません。でも、「選挙のため」ではなくて「市民のため」にやろうとしていることは紛れもなく、市長が考える「人権・平和」の実現のためでもあり、政策の根幹を支える気持ちは、市長が初めて当選した時の気持ちからが色褪せていません。はっきりいって、私としては「もっとちゃんと決断してほしい。」とか「決断と判断のスピードが遅すぎる。」とか「それ、ブレてない?」「なんで、そうなっちゃうわけ?」とか思ったり感じたりしたこと多々あり、リーダーシップが不足しているのではないかとか、「もう、いい加減にしてほしい!」と何度となく思ってきました…でも、これはあくまでも私の主観なんですよね。多摩市のまちづくり、どう考えるのか。首長としての責任はどう果たされるべきなのか…全体を考える「首長」の視点ができないわけでもなく、その意味では(市民とも・議会、議員とも)「調整力」が発揮されていると捉えることもできるのかもしれません。その視点で評価されている市民の方のお声も伺うこともできたりで、自分自身の持つべき視点なども選挙活動を通じて深めているようにも思います。

首長の仕事ってホント、荷が重いですし、「誰もができるわけではない」…その通りだと思います。何せ、地方自治の仕組みには首長への権力集中を回避するために「議会」があり「議員」が存在する。首長へのブレーキ役が「議会」であり「議員」でもあり。そう考えれば考えるほどに、実は「議会」や「議員」の役割がいかに重要かが見えてきますね。まあ、私は首長に対して議会や議員はうるさいくらいの存在であるべきと思っていますが。

いずれにせよ、「政策をつくる人」そのものの生き方考え方が大事。「政策で選ぶ選挙を」…真面目に政治と向き合える人物が首長にならなければ、市民の暮らしの安定にはつながらない…なぜなら、落ち着いた姿勢でなければ、行政活動、公務を担う職員さんたちが穏やかな気持ちで「市民のためによりよく」をめざすことができない。ここにこそ、私が今回、ものすごく迷い、悩んで…「阿部市長の続投を支持しよう」…市長の支援をしようと思いたった強い想いがあるかもしれない。

市長選挙~多摩市の「代表」を選ぶということ。

市内中学校の入学式でした。こちらも実に2年ぶりの出席でした。諏訪2丁目住宅の団地建替えから10周年に手が届きそうになっていて、個人的には「10年、20年と見据えた団地の建替え」について振り返ってみたいなあと思っています。小規模化の一途をたどっていた諏訪小学校も団地の建て替えと共に児童数が一気に増えましたが、その流れが今度は諏訪中学校に…を実感するような入学式でもありました。団地というか、集合住宅の栄枯盛衰ではないですが、ここに暮らす住民も当然ながら年月を重ねれば、年齢を重ね、家族のカタチも変わっていくわけで、ここ数年はまだまだ子どもたちのにぎやかさで溢れている諏訪2丁目ですが、いずれまた、年月と共にある意味、落ち着いた場所になっていくことも見えている気がします。

 

市長選挙で候補者カーにも短時間ながら、乗車をし、市内各所の桜を拝んでおります。「拝みたくなる」という表現が本当にぴったりくるくらいに、咲き誇っていて、でも偉そうじゃないところがいいです。本当に立派な木、見事に咲いていても、決して偉ぶることがない。だから、私、「お花に関わる」とかっていうのはすごく大事なことのような気がしていて、毎週、必ず参加することができなくても、マンションのみなさんがお手入れをしてくださっている花壇の活動を少しでもお手伝いしたいなあと思うのです。

初めて、市長と一緒に乗ることになりました。私にとってみたら、「乗る羽目になった」という感もありますが、市長というよりは、候補者と一緒に選挙に乗れば乗ったで、また、見えてくることがたくさんあるのは勉強になりますね。青木農園のレストランのそばを通った時には、「あ、ちょっと停めていただいても良いかしら?」ということで、遠慮がちに候補者カーを停車させて、さっさか助手席から降りて、小走りで走っていく…ということで、その動き、ちょっと想定外だったりするので、自主的勝手に写真係をしていた私にとってはまるで不意打ちのよう。ようやっと間に合い、お忙しいところにお顔だけ出してきた市長を捕まえての記念撮影の一枚です。

市長の小走り…

この後姿がなかなか新鮮でした。

そして、地域を回りながら、街角で演説をしておりますが、この2枚の写真の共通点は何でしょう?‥‥これは、とっても市長らしい立ち姿であって、市長の左手、向かって右手がポイントです。これは、市長の特徴というのか、議会で答弁するときなどにも、よく、こうした手つきをされるんです。

こうした選挙ならではのエピソードを交えながらも、少しだけまじめなことを書かせてもらいますと、「市長を選ぶ」というのは「市議会議員を選ぶ」というのとはまた異なるんです。もちろん投票行為という意味では同じなのですが。「市議会議員は市民の代表」という表現もありますが、でも、多摩市の場合でも26人(今は25人ですが)いるんです。ですので、個人的には自分自身を厳密に考えておく必要があると捉えていて、「私はあくまでも、市民の中にある一部のみなさんの意見を代弁している存在にすぎない」…「私は市民の代表!」なんて顔つきで歩くことはできないですね。

でも、市長は違います。市長は「市民の代表」であり、「多摩市の代表」であり、「多摩市の顔」にならなければいけないのです。それだけに、市議会議員以上に「人物そのもの」が問われる必要があるのかもしれません。市長は公職選挙法を守り、選挙活動をしなければならないことをものすごく意識されておられます。当たり前のことですが、選挙となるとついつい「このくらいは」ということでルール違反をされる陣営もたくさんありますが、そういう意味では「お行儀良い選挙活動」をし、(他から見ると)「おとなしすぎる選挙運動」をされているようにも見えます。

でも、「ルールを守りましょう」と呼びかける立場なのに、自らルールを破ったり、違反行為をするなんてことは許されませんからね。「示しがつかないことはやらない」ことをしっかり自分自身の中でも遵守されているようで、これほど、公選法意識の選挙戦は私の中でも珍しい感じもしております。

「ニューノーマル選挙」と称しているようですが、そういえば、阿部市長は街の美観を損ねるようなポスターも一枚も貼っていませんね。資源を大事に…あるいは、景観を壊さない…ということを意識されているようです。本当はコロナ禍で在宅勤務の方が増えていることを機にされていて、選挙カーのマイクについてもかなり躊躇されていたと伺いました。しかし、そこは「市長の声が全く聞こえてこない。」という支持者の皆さん、市民の皆さんのお声もいただいていることから、さすがに譲歩され、「選挙期間の一週間だけお許し下さい」とお詫びを言いつつ、回られている感じですね。

いずれにせよ、私が言いたいことは、私たちは「議員を選ぶ」のとはまた違った視点、あるいはそれにさらに付け加え、「市の代表者」である「市長」を選ばなければならないということ。どこかのヒーローみたいにキラキラしていなくっていいと思っています。地味でも全然いい、人物としては堅実であることが一番ではないかなと思うのは、やっぱり、市民から預かっている「みんなのお金」=税金をケチケチ使ってくれる方が良いと思っているので。これは、あくまでも個人の意見です。市長だけが注目されても仕方ないですしね。やっぱりなかみが勝負かな。

駅前で街頭宣伝活動をしているとき「市長が頑張っているんじゃなくって、職員さんたちが頑張っているんですよ」って声をかけてくださった方がいました。私、すごくそのご意見に胸が熱くなったんですよね。「でも、市長の存在は大事」ってその方、おっしゃっていました。

「環境」「平和」「人権」

私たちの人間活動を支えるまさに根幹だと思っているので、そこをきちんと語れる人物に多摩市の政策づくりを引っ張っていってほしい。私は今はその想いだけ。そして、政策を考える基本的な視点、すべての政策が根ざすところの価値観が共有できていることこそ、自分の議会活動や議員活動、政治の活動をこれからも進めていくうえでもきっと支えになっていくと思うので。

投票日まで残すところあとわずか。市民の皆さんに「政策で選ぶ選挙」の大切さを少しでも伝えていけるといいなと考えています。ぜひ、選挙公報を見比べてください!

市長選挙~次の50年を見据えた政策の有無は?

 

今日は市内小学校の入学式でした。実に2年ぶり。私は諏訪小学校に来賓として出席することができ、先月の卒業式の時と同様の感慨深さを味わい、子どもたちがあまりにも小さいことにも懐かしい感じがしました。桜の木も葉っぱが増えたなあという印象ながらも、まだ、お花ががんばってる気がしまして、明日の中学校の入学式まで保ってくれるといいなあ。

副校長先生が「今年度は、もっと学校にもいらしていただけるようになるといいなと思っています。」とご挨拶をくださったように、ホント、ようやく学校という場所に足を踏み入れることができたわけで…また運動会なども含めて、学校の様子を垣間見ることのできる行事など自粛しなくてもいいような状態になればいいなと心から願うばかり。

市長選挙と共に行われている市議会議員の補欠選挙。定数1名のところに4名が立候補しているのですが、「番号2」のところにポスターが貼ってあった!なんともインパクトのあるというか、斬新なデザインです。市議選候補者の方の演説をなかなか聞く機会がないので、どこかで聞いてみたいなあ。

さて、市長選挙ですが、やっと選挙公報が届きました。全戸配布されていますが、市のホームページからもご覧いただくことは可能です。


(画像をクリック!)

やはり、政策を見比べることが大切だなと思っています。今朝、阿部市長の支援にと石阪町田市長がいらっしゃり応援演説をされていたのですが、「私はもう5期目です。」…「長いっていう人もいるんですよ。でも、長いからダメって言われるだけで、何がダメなのか、どこがダメなのか。」ズバリ指摘してくる人はいないこと等、さわやかにお話しされていました。

「まさに!」…と思います。大事なのは政策の内容、なかみ。50年後に向けた夢と希望につながる政策の有無。一昨日も書いたとおりのこと。

私、根拠がない訴えにはやっぱり、賛成ができないので、「16年は長すぎる」というキャッチフレーズには頷けないのです。また、「長期政権」という言葉は地方自治にはそもそも馴染まない。いずれにせよ、大事なのは未来を語り、未来を創るための政策です。私は政策本位で首長を選ぶ。ただ、それだけのことです。あとは「劇場型政治」は一時のムーブメントを作るには役立っても、長期的な視点ではやっぱり違う。

ここに尽きると思っています。阿部市長の事前に配布された政策パンフレットにはもう少し詳細書いてありましたが、市議会で条例提案にまでたどり着けなかった「手話・言語条例の制定」が公約に掲げられていたり、「子どもオンブズパーソン」など相談体制の充実、それから「空き家・空き店舗活性化プロジェクト」というのも魅力的。そして、もちろん、「清潔な街角トイレプロジェクト」も。

 

「市議補選どうされるんですか」…と尋ねられ、思わずハッとしたのは、まだ、あまり考えられていなかったから。市議補選に関しては議会内の会派構成バランスなども考慮しながら選ぼうかなあ。

春色のギフト。すごくうれしい。くまちゃんのマドレーヌは食べるのがかわいそう。「鳩サブレ」みたいに、どこから食べるか、悩んでしまいそう。ちょうど今日は水曜日なので、選挙戦も折り返しですね。明日からは後半残り3日間となります。それにしても、選挙への関心がなかなか上がってこない感じがして…有権者の皆さんが冷めていて、「選挙っていつあるの?」と聞かれたことに、盛り上がっているのは業界関係者だけなのかもしれないという反省とともに驚いた次第。またもや低投票率…は避けたいところですが、まずは40%をクリアしてほしい。50%以上‥‥というのはやっぱりハードルが高そう。ちなみに前回の投票率は36.38%なので。投票に行かなかった理由を分析することができると理想なのですが、それはもっとハードルが高そうなこと。政治はとても身近というか、暮らしと切っても切り離せない存在なのですが、そのリアリティが伝わっていないことにこそ、敗北感。低投票率は何を意味するのだろう…そこに打つ手を見つけたいものです。とりあえず、自分の知り合いには「選挙に行ってね!」をお声掛けしていこう。

市長選挙~公園がみんなの広場になりますように。

市制50周年、ニュータウン50年…そんな節目を越えて、これからまた50年先を見据えてまちづくりをしていく…そんなことってできるのだろうか?先を見通すことは本当に難しい。ただ、わかることは年月たてば、傷む、不具合が生じてくるのは自然なことで、そしてまた、時代環境とともに求められるニーズも変わっていく。でも、いわゆる「公」というのか、「公の仕事」の本質に深く深く根ざし、その基盤となっているところには「市民の財産と生命を守る」があるんだなと感じることは多い。「民」全体の財産であればなおさらのことですね。

そんなわけで、いよいよ本格的に設計段階にも入っていく多摩中央公園の大規模改修。はじめての公民連携による公園改修の取組みなので、どう進んでいくのかなと…「うまくいきますように」と念じる気持ちと入り混じりつつ、楽しみな気持ちで見守っております。

市民の声を取り入れながら…ということで、「インクルーシブ遊具」の設置への要望もあり、それを踏まえ、事業者からの提案にも盛り込まれています。

私は「インクルーシブ遊具」そのものには反対ではないし、設置していく方向も応援していきたいとは思っているのですが、しかし、設置場所に関しては、以前からちょっと納得いっておらず、特に、多摩中央公園の場合には坂道も多く、「インクルーシブ遊具」が設置の狙い通りに活用しきることができるのか?」…なんというか、「使い倒すことができるの?」という点ではちょっと疑問なんですね。車いすなどを利用している子どもたちが、インクルーシブ遊具で思う存分に遊んでもらえる周辺環境がどう整うのか、今のところ、まだ十分に詰め切れいていないような気もしていたからですね。

ちょうど、同じように感じていらっしゃる方もおられ、例えば駐車場からのアクセス、もっと言うと、駐車場の使いやすさ、あるいは誰でもトイレの設置、そのトイレの整備水準などなど…もちろん言い出したらキリがないとはいえ、考えておくべき観点がいくつかではなく、もしかしたらいくつもあるかもしれない。

「公園で遊ぶことをはじめから諦めている」

こんな声を聴いて、ハッとさせられた…だから、動かずにはいられなかった。「インクルーシブ公園を多摩市でも実現出来たら」と熱い想いで動いて下さる方の存在は大きいですね。健常の子どもたちは、当たり前のように走り回り、公園遊具を使い倒して楽しんで過ごすわけですが、ハンディのある子どもの場合はそういうわけにはいかない。

私も、議員になった直後に、車いすのまま健常の子どもと一緒に砂場で遊んでいるフィンランドの公園の写真を見たことがあって、その時の衝撃が忘れられず、多摩市でも取り入れていけないのかなあと思ったことも懐かしい記憶ですが、そのころはまだまだほとんど知られていなかったことでした。今、だいぶ時間が経過し、やっと「インクルーシブ遊具」が、世の中に認知され、広がってきたことがうれしい。ちなみにその写真を見せてくれたのは島田療育センターの先生。

「インクルーシブ遊具を設置したから、インクルーシブ公園になるわけではないんです。」

この一言もすごく深い言葉ですね。まさに、遊具を置いて終わりであってはいけない。インクルーシブ公園をよりよく活用するために、それこそコーディネーターさんみたいな人がいるともっといいですし、先にも書いたように、そもそも急坂道もゆるゆる坂道も多い多摩中央公園内の場合、遊具が設置予定の場所に行くまでのアクセスを諦めてしまうことがあってはいけない。

「公園で遊ぶということは、公園で過ごすということ。」

だから、「過ごす時間」のことを考えて、公園づくりを考えてほしい。過ごすため、過ごせるように環境を整えていくことが本当に大切ですよね。そうそう。「使いたくないトイレ」問題もこうした発想からあり方を考えていきたいわけですが‥‥。私は利用者をおもてなすことができる公衆トイレ…がある街に魅力を感じるものですから。

これから、公園緑地課のみなさんが、今までよりももっと魅力ある多摩中央公園にしていくために取組みを進めていくことになっているので、ぜひ、「みんなにとってより良い公園環境にしていく」という視点から、最善を尽くしてほしいと期待するばかりです。

 

「多摩市は、いろんな場面で他のところに比べると、当事者参加を取り入れてくれてるんですよね。」

多摩市では…というか、多摩市行政にとっては「当事者参加」はもう当たり前のこととして、物事の決定過程に取り入れていくことが必要なので、意外と工夫されているんですよね。他市のことも含めて、いろんな事例、情報通のかたに評価されることはうれしいことですね。

あまりにも手前味噌過ぎて、なかなか自分では言えないことだと思いますけれど…。多摩市自治基本条例が制定されて以降、もちろん、制定した時の渡辺幸子前市長もでしたけれど、阿部市長も「より当事者」を大切にしなければならないと市政運営で努力をしてきたことは確かなんです。

もちろん、十分か不十分については、それこそ個々人の立場からはさまざまあると思っていますし、私個人的にも「もっとできるはずなのに。」と思うこともありますが。でも、確実に多摩市では「自治基本条例」が制定され、市政運営の在りようが変わってきたことは確か。まあ、市民参画の形骸化についても…指摘したくなることもありますが、参加の場は開かれていて、その意味では、参加する市民を増やしていくことも必要ですね。

ただし、参加、参画、協働…いずれにせよ、強制ほど罪深く、嫌なことはないですから、自主的に「加わりたいなあ」とか「加わってもいいかな」とか…そんなモチベーションというか、気持ちを少しでも持ってくれるような人を増やしたいですし、今はまだ地域に参加する余裕が持てていなくても「いつかは…」と思ってくださるような人を増やしておきたいものです。地域に「おたがいさま」の関係性をつくっていくことも大切。意外と簡単なようで簡単ではなく、難しいかと言えば、そんなに難しいものでもないのですが、やっぱり、「お願いしあえる」関係性をつくるためには、ちょっとした声掛けをする勇気かもしれません。

 

話しを戻すと、「公園」って、みんなの持ち物で財産。ニュータウンを造成した時には当事者参加といっても、参加する当事者がいなかった、誰も人が住んでいないところに描かれた公園であったので、その意味では、都市デザインとか公園の理想…みたいなことが重視されながら、設計が行われていたのではないかと思っています。今は住んでいる人がいて、利用する人がいて、これから利用したいと考えている人もいて…みんなで使える公園、みんなが楽しめる場所、みんなが居場所にできる広場…市制50周年を越えて、まちがリニューアルの時代になり、ようやっと「住んでいる人の顔ぶれ」が「当事者」が強く意識されていくのかもしれません。

いずれにしても、独りよがりにならず、誠実に市民の声を受け止めながら、市政を進めていきたいものです。そのためのリーダシップを!

 

市長選挙~「多摩の歴史さんぽ」を思い浮かべながら。

唐木田コミュニティセンターが開館10周年を迎えられていたのですね。議長のお役をいただいていた時には、市内各地域の催事などにも足を運ぶ機会も多く、その時にたくさんのかたにお目にかかり、お声掛けをいただいて、本当にいろいろと教えていただいたなあ…ということを改めて思い出しています。その議長時代のご縁で、いつも唐木田コミュニティセンターが定期的に発行しているニュース(広報誌「ハロー」)をお届けいただいていて、とても楽しみにしていた記事の一つがパルテノン多摩で学芸員をされている橋場万里子さんのコラムでした。歴史…ちょっと苦手だなという私にもわかりやすく、興味をもって読むことができるので、とっても参考になるなあと思って、読んでおりました。今回、10周年を記念して30回分のコラムをまとめて、一冊の本にまとめられたとのこと。表紙のデザインが、これまたすごく素敵で原風景が頭の中に思い浮かんでくるような優しさを感じる絵ですね。これを持ち歩いて、少し季節が良くなったら、勝手気ままな歴史散歩をしてみたいなあと思っています。

もともと、広報誌「ハロー」にどんな経緯ときっかけがあり、橋場さんのコラムが掲載されることになったのかなあ。昔々のことは、よほどの興味を持ち、なおかつ自分で過去の歴史を掘り起こす意欲、そしてまたそのための時間が持てない限りはそのままにしてしまうことの方が多いような気がします。そのうち、昔のことを知っている人もいなくなってしまい、「知りたいな」と思ったときに手遅れになるということもありそうに思う。ですので、こうした冊子の存在が本当に貴重で間違いなく重要な存在になっていく気がしています。今よりも、もっともっと後の時代にこそ…。

しかし、本当にいろんな意味でありがたい。広報誌をお届けくださっていることにも感謝の気持ちでいっぱいですし、冊子までお届けいただいて‥‥そして、パルテノン多摩の学芸員さんの存在、その役割の大切さも市民として発信してくださっている気もするのです。感謝してもしきれないくらい「ありがたいなあ」という気持ちで心が温かくなります。

コロナ禍になり、コミュニティセンターでのイベントなど含め、軒並み中止になってしまい、菖蒲館に足を運ぶ機会もなければ、運営を支えてくださっている協議会の皆さんとお目にかかることもなくなってしまって…本当に残念。私は菖蒲館のロビーで開催されていたコンサートがすごく気に入っていて、時折ホームページはチェックしているのですが。また、何かの折に直接お礼を伝えたいと思っているのですが、差し当たっては…今日は…ちょうど昨晩、橋場さんの「『大松台』の由来」を読んでいたので、そのことを思い浮かべながら耐寒レースのような今朝の選挙活動を乗り切ることができました。コラムのことを思い出しながら、阿部市長の背中を眺めておりましたので、ちょっとは気が紛れて助かりました。

昨日からの市長選挙。市議会議員の補欠選挙もあります。私は、いろいろなことを思案し、自分としてどう振舞うべきなのかも自分なり悩みぬいて、現職の阿部市長への支持を明らかにして、応援することを心に決めたのも最近になってからなので、遅ればせながらの参戦です。ですので、選対本部に加わっているわけでもなく「呼ばれたところに行く」という感じなのです。今朝は唐木田駅での挨拶から始まるとのことでお声掛けをいただいたので、参加してきました。雨が激しく振っている中での選挙カーで午前中は地域を回り、「なぜ、私が阿部市長を支持することにしたのか」という点を訴えています。

理由は簡単です。「政策で選ぶから」です。どう考えても、目先のことだけではなく、将来の多摩市のことを考えて、長期的な視野から政策を語り、ビジョンを語っているのは現職の阿部市長だと思うから。また、私はやっぱりごまかしたり、嘘をついたりすることは好きではなく、全てのことに対し、より愚直に取り組もうとしている人物を多摩市の首長に選びたいから。

ですので、私ははっきりと「多摩中央公園を壊して、図書館を建設する方向性を出してきた市長の政策には納得ができなかった、だから、前回の市長選の時には支持する気にはなれなかった。」と伝えながら、それでもなぜ、今回は阿部市長を支持するのか…について、拙いながらも、自分の飾らない言葉で訴えさせていただいています。

私、根拠がない訴えにはやっぱり、賛成ができないので、「16年は長すぎる」というキャッチフレーズには頷けないのです。また、「長期政権」という言葉は地方自治にはそもそも馴染まない。いずれにせよ、大事なのは未来を語り、未来を創るための政策です。私は政策本位で首長を選ぶ。ただ、それだけのことです。あとは「劇場型政治」は一時のムーブメントを作るには役立っても、長期的な視点ではやっぱり違う。

 

あ、今日一番うれしかったのは阿部市長のもとで半年前に新たに就任された千葉教育長が「令和4年度の教育活動に向けて(教育長メッセージ)」を発信してくださったこと。教育長がこのような発信をされるというのは初めてのことではないかしら。ありがたいことです。阿部市長と千葉教育長とで「人権・平和・環境」を大事にした地域社会がさらに発展していくことを心から願っています。

市長選挙が始まります!…続き。

冷たい風に吹かれながらも、桜は頑張ってます。きれい。明日から市長選ということで、「市長選挙が始まります。」の続きを書きたいと思います。長くなりそうですが、明日までに書き上げようと思うと、いろんな想いがこみ上げるので…お許しを。

 

阿部市長3期目のスタートの1年目が終わったところで、市議会議員選挙があり、私も再選され、新たな任期がスタートすることになりました。会派を組むにあたっては、それ以前の組みあわせは解消…そして、私は「フェアな市政」の一員として活動が始まりました。同時に政党に所属することはせず、本格的に活動を始めることとなりました。政党に所属していた時との大きな違いとは…他の選挙を手伝う手伝わないが強制されないこと…だと思っています。政党に所属をしていると否が応でも、国政、都政に関わる選挙にも人手として駆り出されます。でも、政党の縛りがないので、そこからの解放感は大きいですね。その分、自分も問われますが。そして、議会活動は…と言えば、それ以前に一緒に会派を組んでいたメンバーであっても、政党の縛りがなければ、選挙ごとに仕切り直しに。もともとは「自民党には与しない」ことで同じ会派にいたはずのメンバーであっても、自民党の会派に合流することを、意思をもって選ばれた方もいらっしゃり…その政治判断の奥深さを感じたりもしていました(それが今回のもう一人の候補者の遠藤さんです)。

市政運営は市長も3期目となれば粛々淡々と進み、その中にあって、私たちの会派だけが唯一(って言っていいと思いますが)、阿部市長に異議を唱えては、予算や議案などにも反対することもしばしばありまして。市長に反対を表明するとこんな感じになるのかーとも思ったりしたこともありました。言ってみれば、私たちの会派に何となく孤立感が漂い始めます。(情けないことに?…)職員さんの中には、そのことを心配して声をかけてくださる方もいたくらい。世の中的にも「同調圧力」という言葉もポツリポツリ聞こえ始め、反対意見を述べることさえ憚られるような空気感が議場にも広がっていた記憶というのは結構、鮮明に残るものです。「どうせ、あの人たちは…」的な視線で見られてるなーと思うこともありました。でも、私は「市民の幸せを私なりに願って、最善を尽くしているだけ」と考えていましたし、市長と立ち位置を違えることも時には必要であり、重要…と思っていましたので、あまり気にも留めていなかったのですが。まあ、議決結果で少数になるという経験は貴重なものであって、そのことに消費するエネルギーって結構すごいのね…と体感することができたように思ってます。

 

そして今、再び、巡ってきた市長選。前回の市長選挙では阿部市長を応援せずに、静観してきた私ですが、今回はもう一度、阿部市長の支持を明らかにし、選挙を応援することに決めました。

 

少し前にちらっと書きましたが(繕わずにやることはできるのか?)、何か少し…今回の選挙戦に違和感を感じることが多いのです。例えば、阿部市長をロシアの大統領呼ばわりするのってひどくない?…ということ含めてなんですが、それに加え、遠藤さんの「ハコモノ行政批判」が聞こえてきて、それに対しては「え、どういうこと?」と指摘せざるを得ないからです。なぜなら、その「ハコモノ行政」なるものを後押ししてきたのは紛れもなく議会です。そして、その議会で、市長の進めようとする「ハコモノ行政」について、都度都度「反対」を、態度として明らかにし、表明してきたのは私たちの会派だけ。この事実は動かしがたいですから。

 

にもかかわらず、なぜ、今頃…「脱ハコモノ条例」?…そもそも、条例は議会でも提案することができるので、本気で「公共施設への過剰な投資をやめて」を考えていたのなら、本来は議会機能を活かした活動をするのが議員としての責任だったはず。議会内でも議論を喚起し、政策条例づくりをするような動きもつくれたはずですね。でも、議会内は無風…。おまけに市長に反対をする態度や姿勢を明確にはされていなかったと思います。すべて市長に賛成の挙手をされていたという意味で…。

「現職は150億円もの税金(市民一人当たり10万円)をハコモノ投資に使いました。」とも書いてありました。議員の経験を土台として市長選に挑戦していくための政策…。もちろん、今まで議員としては態度を保留にしてきただけ…とも言えるかもしれませんが、でもやっぱり、市長が提案をしていた「過剰な投資」に対し、異論、異議も唱えてこなかった事実をどう説明するのかな…と思います。もし、今回の市長選挙に合わせ公開討論会があれば、私は是非、聞いてみたかったです。「なぜ、今まで、議会では反対の態度を示してこなかったのに、どうして『脱ハコモノ条例』なんですか?」と。市民には一見、目を引く政策提案なのかもしれませんが、内情を知っている、見てきた私にとっては、「責任感」を感じられない提案にしか映ってこずで「なんだかなあ」という気持ちが入り混じります。

 

また、「市長の報酬カット」についても、これまで「市長の報酬改定(増額)」について、議会は全会一致で認めてきました。特別職の報酬については客観性を保つために審議会が設置され議論されるので、その答申に基づいた提案をほぼ受け止める…という意味もありますが、もし、「市長報酬」にも疑義があるならば、その時にきちんと態度を示すことが議員としては求められたのではないかと思うのです。

 

つまり、何が言いたいかと言えば、何となく政策を見比べれば見比べるほどに、不適切な表現かもしれませんが、目先の利益だけで政策を語っているというのか、「選挙目当て」の政策に見えてしまう…のが極めて残念。「多摩市には100億円を超える貯金があります。今こそ貯金をはたいて…」というのにも疑問。市議会でともに切磋琢磨していた立場から政策を見比べた時の感想でもあります。まあ、先にも書いたように全くの部外者というよりも、議会での活動ぶりを知ってるからこそ、ついつい厳しくなってしまうのかもしれませんが、少し首をかしげたくなってしまうのです。

 

そして、先ごろ終わった3月議会で会派の代表質問を作成する過程で、改めて、12年間の阿部市政を振り返り、

私は市長がめざしている社会の実現に向けた、非核平和都市宣言、女と男の平等参画を推進する条例、障がい者への差別をなくし共に安心して暮らすことのできるまちづくり条例、今年2月からのパートナーシップ制度や4月に施行される子ども・若者の権利を保障するとともに支援と活躍を推進する条例など、まちづくりを進めるための基本理念やその姿勢を明確化する条例として「かたち」にされてきたことは評価すべきだと思いますし、「環境、平和、人権」を土台すべきとのお考えには共感もします。

と述べました。率直な評価です。また、議会は全会一致でこうした宣言や制度の必要性にも合意してきました。理念的な条例など不必要だという方もいらっしゃるかもしれませんが、やっぱり大事なんですよね。ルール化しておくということが。ここは多分、阿部市長ならでは。人権尊重、多様性重視…社会を運営していくうえで何にも代えがたい価値だと思います。その意味で、基本的な政治姿勢というか、よって立つところには異論はなく、どちらかというと政策づくりのベースや立ち位置は現市長とも重なっていると思うので、今回の市長選については、現市長が継続したいとの想いを応援させていただこう,応援したいと思っています。もちろん、各候補予定者のチラシ等、見聞きしての私の結論です。世代交代を期待する声も当然あるでしょうし、首長を選ぶ視点というのは人それぞれあると思っていますが、「市議会議員」という肩書を持ち活動してきたという背景のある私から見た視点に過ぎないのかもしれませんが。ただし、阿部市長の取組みに関して100%賛同できて、何でも丸ごと「いいですよ!」とは思っているわけではありませんので悪しからず。そこは押したり引いたりしながら、自分の考え方を伝え続けていく。ある意味、政策づくりの土台が近いところにあるからこそ粘り強く対話するしかないんだな…「次世代にツケを先送りしない」ということも含めてと思ってます。

まあ、私にしてみれば、それこそ「過剰なハコモノへの投資」に関し、その先の未来をどう描いていくの?…それは「脱ハコモノ条例」ではないと思っていること、そして、そこにきちんと道筋をつける責任がある、その責任を果たしてほしい…ということも含めて、阿部市長に突きつけたい!という強い想いもあります。パルテノン多摩もやっとリニューアルオープン、旧北貝取小学校もリスタート、中央図書館の建設工事はガシガシ進んでいて、オープンまでまだあと1年ほど…など、ここで阿部市長に辞められたら困ります‥‥というのが本音。今、市長が変わるとしたら「立つ鳥跡を濁しまくり」としか思えないので。

そんなわけで、ちょっと事実が歪んでないかなあ…が宣伝されている状況などにも一石投じたい!そのために、相変わらず、ダラダラツラツラと書いてしまいました。明日から市長選挙が始まります。私は「一人勝手連」と称して、依頼された範囲でできることを協力していこうと思います。見かけたらお声かけてくださいね。

 

お時間あればご覧を…3月議会で最も話題になった「レンガ坂とユリノキ問題」…阿部ひろゆきYouTubeチャンネルですって…。「不都合な情報や状況をも市民にきちんと説明したうえで、市民の判断を仰ぎ、議会の判断を得ていくような市政運営をしてほしい」という私の考え方も理解してくださっているのかな…とも感じた次第。結構、たくさんの動画がアップされています。後から見てみよう。

市長選挙が始まります!

新年度を迎え、気持ちも新たにスタートですね。職場内での異動など、周りをキョロキョロしつつ、何となく一日を過ごしたということもあるのではないかなって思います。たった3年間だけ勤務していたところで、業務の内容は同じなのに、隣の班に移動しただけでも緊張していたよなあ…とか、そういえば支店長が交代した時の空気感とか懐かしく思い出します。私の場合は…そうですね、4年に1度選挙が終わり、当選証書を授与し、いよいよ新たな任期が始まるときに感じる気持ちかな…少しはメンバーも入れ替わり、会派構成も変わったりするとそれはそれで独特な気持ちになるんです。そんな感じかなあと思っています。そして、私にとって…実は2022年4月の始まりというのは自分的には特別なんです。20年前の4月1日に初めてマイクを持ったから。あの時に一緒にいてくださった生活者ネットワークの皆さんの顔ぶれ、そしてまた、今は解散してしまったけれどステイツマンのメンバーのことを思い出してます。ステイツマン・・・検索したら出てきた!うれしい。

さて、いよいよ市長選挙が始まりますね。同時に市議会議員の補欠選挙(定数1名)も行われます。すでに投票入場券が手元に届いていることもあり、実は…少なくないみなさんから「どうすればいいの?」の問い合わせをいただいています。私は4年前の市長選は「中立」という立場から、直接的に選挙活動には関わっておらず、当時は市議会議員の補欠選挙に立候補した後輩を応援していましたが、市長選挙に関しては「静観」しておりました。その理由は簡単。

なぜなら、阿部市長に対し「次世代にツケを先送りしないんじゃなかったの?言ってることとやってること、違わない?」って思ったので。特に、多摩市が市民要望に応えて造り続けてきた公共施設について、大規模改修時期を迎えるにあたり、一つ一つ将来どうするのか?を考えなければならなかったはずなのに、当初、鼻息荒く(なんて言ったら怒られるかもしれないけれど)市民に示していた施設の統廃合計画などが何だか有耶無耶というか、結局、当初の目論見通りには進まず、「市民の声」を踏まえる格好で、<廃止する、統合するとかとか…新たな「カタチ」>にしてリ・スタートさせたり…みたいな取り組みにエンジン付けて、アクセル踏んでくれなかったから。

 

私が言いたいのは「もっと、決断力を発揮してくれよ!」…。この一言に尽きました。私みたいな性格だと、阿部市長の判断にある意味で「イライラが募る」というのか、「え、どうして?」という想いしか持てず、「次世代にツケを先送りしないために、粉骨砕身頑張ります!」って言ってたじゃん‥‥ってことだったんですね。

 

とは言え、一方で、私は市長の決断…あるいは判断というのが、「より市政運営にハレーションを起こさないため」という熟考のもと行われていたことも理解ができないわけではなく、当時は「議長」という重たい肩書きにも苦しすぎたのですけれど、阿部市政のスタートに向けても応援してきた身としては悲しさもありましたね。「市民の声を聴いていく」というのは決して間違っていない‥‥でも、「市民の声」って、永遠と聴き続けるのか…とも思いました。

 

「全市民のことを考える」あるいは「大局的な見地」ということを自分自身でも深く考えさせられる機会をいただいた…今は、そう思うようにしています。が、当時の私は阿部市長を応援するほどのエネルギーは持てなかったというのが正直なところ。

 

あ、ちなみに…と言いますか、今、思い出したのですけれど、4年前に阿部市長と袂を分かつようになったとき、私は阿部市政の継続を願っていた市民の方から、「あなたなんて支持できないね、今すぐ、議員、辞めなさいよ。」って言われたんです。根に持つわけではありませんが、今でも、なぜ、そんな言葉を…って思います。

 

選挙で応援したから、そのことが丸ごと市長への支持を保証することになるのでしょうか?私は常に是々非々だと思う。でも、きっと阿部市長を引き続き応援したいという強い気持ちがあって、その発言になったのだと受け止めていますし、納得もしています。でも、あまりにも意外な言葉に「ああ、そうなんだ。」と…そんな風に言われるんだなと。しかし、まあ、一方では、阿部市政を推進するために責任ある行動をせよ…ということだったのかもしれないとか、そう思うようにもしていますけど。

 

そして、4年前。結果的には、「AI市長候補」も巷では話題になったものの、選挙そのものは投票率は上がることなく、そのまま信任投票のごとく、阿部市長が当選。そして、その後の4年間が始まりました。市長選とずれて行われる市議会議員選挙は一年後。再び私も当選をさせていただき、現在に至ります。

とりあえず、ここまで。

繕わずにやることはできるのか?

明日、3月議会の最終日です。最終日本会議が終わったら、そのまま市長選に雪崩れ込む感じですね。今日、早々と選挙管理委員会から投票券が送付されてきまして、なんだか、早すぎて驚きました。多摩市選挙管理委員会って、投票券の送付がかなり早めです。市長選挙は来月3日から始まり、10日が投票日です。

今のところの選挙情勢の解説にならないグダグダ・・・書いてみたいと思います。

現職である阿部裕行市長が4期目をめざし、市議を途中でおやめになった遠藤千尋さんが選挙準備の活動をされていて、あとは、前回の立候補でかなり話題となり、堤未果さんの著書「デジタル・ファシズム」でも紹介されていたAI市長候補の松田道人さんも名乗りを上げておられます。藤原マサノリ議長は一身上の都合により立候補しないことを決断したそうです。いろいろありますよね。ちなみに阿部市長、松田さんは政党からの推薦を受けないようですが、遠藤さんは東京維新の会からの推薦を得られたと伺っています。首長の選挙に対し、市議会議員はどう向き合うべきなんだろう?…なんてことを考えたりしますし、前回の市長選挙の時には私はどなたも応援してはいませんでしたので、今回はどうしようかなあと考えて、ずっと悩んできたことは事実。ただ、最近思うことは、「事実を歪めないで伝える」ことを大事にできる人かどうかで選ぶ必要があり、その必要性を市民に伝えていきたいという想いになっています。

 

選挙というのは、「それ、ちょっと事実と違ってるのでは」ということだったり、「なんかそれ、誇大広告じゃないの?」もあれば、ほぼ虚偽に近いような内容が宣伝が使われるというのか、市民に対してあらぬことが言われたりもするんですよね。市長選に限らずですが、そうしたことは多々あり、相手候補に対する誹謗中傷を含め、市民に対して語られていることは、私自身まで気持ちまで萎える原因となっています。気分が悪くなるというか、不正確な情報で相手を貶めるようなことをしてはいけないと思います。まあ、私もだいぶいろいろ言われてきましたし、今も言われているんだろうな…と思うこともありますが、自分にとっての真実は一つだけなので、「嘘はつかずにやる」だけと…ここ大事にしながら日々の活動をやっています。

 

ということで、そんな周りのことや他人のことは気にせず、自分のやりたいことがあるなら、そのことに集中してきちんと政策を述べることを優先してほしいと思います。今回の市長選についてはとにかく今後のまちづくり「多摩市の未来を語ってほしい…」と希望してやみません。そして、何よりも、フェアな選挙をしてほしい。心から願っています。まあ、選挙になれば、もちろん、それは自戒を込めてですが、自分自身に不都合なことはなるべく言わない‥‥ではなく、少しも言わないのが常ですが、現職市長のことも挑戦者についても、私自身も多摩市政でご一緒させていただいているわけなので、いろいろ見聞きするたびに考えさせられることが多いです。

 

いずれにせよ、私は示される選択肢の中から、信頼できる市政をつくるための市議会とのコミュニケーションができるかどうかに重きを置きたいと思っています。少なくとも、自分を支持するかしないかによって、もっとわかりやすく言えば、「票を入れてくれるかどうか」によって、対応と態度がコロリと変わるような人間性であっては困ると思っています。人間には相性があると思いますので、多少の点は致し方ないところもあるかなという部分を差し控えても、やっぱり、私はいろいろな意見に真摯に耳を傾けようとしてくれるかどうか…そこで選ぶことが「市民のためになる選択」であると思っています。

 

「市長あっての多摩市」なのかもしれませんが、私は時々、「市議会あっての市長だな」って思うことも多い。予算に反対したり、時に議案に対しても反対の態度を示すと、直ぐに「市長と対立している」という構図で捉えられてしまい、いろんな思いもしてきましたが、自分なりにいろいろ考えると、結局、市長は「議会の多数」を意識しながら、行政の長としてその権限を使っているんだなと振り返ったり、考えることの方が多い。特に阿部市長の場合には「議会の多数はどう考えているのか」を重視しながら、市政運営を安定的にされてきたことは事実です。ですので、独裁的であったり、独断と偏見が先行して、権力でモノを言わすようなことは絶対にしない。また、罵声で人を傷つけるようなこともしない。少なくとも、その点だけは、私、現職市長の名誉のためにも市民の皆さんに訴えたいと思います。

 

多摩市議会は他の自治体の議会よりもかなり民主的な運営がなされていて、所属する議員数の多い大会派が市議会運営を牛耳り、そこに乗っかって、首長がやりたい放題やっているというような市政ではありません。地方議会は首長を独裁者にしないための機能を果たさなければならないと言われています。要するに、首長が独裁者になっているとしたら、私たち議会が機能を果たしきれていない…ということでしかない。それは多摩市政においては全く当てはまりません。市議会が本来的な、より理想に近くその機能を果たそうとしているならば、首長が独裁者にはなれっこないのですよ。それだけは理解してもらいたいですね。そうでなければ、私たち市議会までが否定されているような気分になって仕方ありませんので…。市長の独裁を許している多摩市議会…となれば、議員としても問われることになりますね。一度、自分の在りようも振り返ってみますが。しかし、私の議会での振る舞いは市長の独裁を後押しするようなものにはなっていないはずなのですが。

ホント、思うのですけれど「繕わずにやっていく」って難しいこと。これは選挙に限らずで、やっぱりいろんな場面でも当てはまることかもしれませんが。自分にとって不都合なことは言いたくないのは人の常。美化して語りたいというのもまた…。子育てを通じても考えさせられることの一つですね。

というわけで、いろいろ考えていて、ずっとセブンイレブンで買うのを我慢していた「宮崎名物 じゃりぱん」を買ってしまいましたー。ハマりそうなので、また、しばらくコンビニから距離を置かなきゃと決めます。

グダグダ書いて、明日は定例会最終日。これから準備します。