投票することからがはじまり。

まずは…「謎」。

今週いつものように書き綴っていて公開していたはずの文章(備忘録)が全消去されてしまって…その理由がわからない。でも、確かに投稿していたはずの数日分のデータがすべてなくなっていて原因不明。過去の記憶をもう一度、引っ張り出して書き起こすことは当然に難しく…やっぱり、手書きに勝るものはなく、日記帳の方が確実かもしれぬと…そんな気も。しかし、一切消去されてしまったことに、ちょっと驚きとため息と。

明日がいよいよ投票日。いずれの地域でも期日前投票が増えているようですし、多摩市でも期日前に投票を済ませた方も多そうで、「もう、投票は済ませてきたよー。」と声をかけてくれる方が多い印象です。12日間の選挙活動は候補者はもちろんのこと、選挙運動を支えるコアなスタッフのみなさんも緊張が途切れることなく本番を迎え、日々を過ごされてきたのだろうと想像します。ある意味、外野席からの選挙戦でもあり、党に所属せず、フリーハンドで考えて行動することとは…についても考えさせられました。

しかし、この選挙戦を通じても「投票しても変わらない」という声を何度か耳にして、「投票したい人がいないから投票には行かない」と話す知人もいたりして、客観的にも地方議員の一人としても「政治」のことを伝えきれていないことに落胆するというか、自分の力の及ばなさを突きつけられるような場面もありました。一方で、「でもね…」と話すことで、「それなら…」とか「ちょっと考えてみる」と投票に行くことに前向きに変わる瞬間には嬉しさを感じることもあり。

やっぱり、地道な活動、ていねいにコミュニケーションをとりながら、「伝える」ことが何よりも重要であって、継続していかねばならないことだと再認識したところです。

明日がいよいよ選挙投票日。投票の結果からも学ばなければならないことが多くあることでしょう。何はともあれ、「わたしの一票」がとても重要なのです。ぜひ、「わたしたちの政治」のための「わたしの一票」を!投票したところからが次に向けての始まりになっていく。スタートラインになるのだと、私は常に思っています。自分自身が「うん」と思った方にぜひ投票を。そして、最高裁裁判官の国民審査もお忘れなく。

ハロウィンの季節。

子どもが育ってくると…季節行事への意識がだんだん薄れていくことを感じるのですが、それは外国のマネごとをしているように感じる気持ちがだんだん募っているからかもしれません。サンタクロースもいつのまにか我が家からはいなくなりました。

工作が得意な小学生から「これ、作ってきたから一つあげる!」と…うれしいプレゼントをもらってしまったので、チキンラーメンのひよこの隣に飾りました。そして、そういえばハロウィン…ということで多摩センターの一大行事の今年はどうなっているのかなあとサイトを調べてみました。

明日から、ハロウィンのスペシャルディスプレイ!となるようですね!(ハロウィン㏌多摩センター2021)しかし、ハロウィンというのはいつ?…と思ってしまいます。

今月末、ちょうど選挙の投票日になりますが、商店街をつなぐイベントが企画されていて、個人的にはおススメ。ハーモニークラブの活動しているリバティも参戦します!ぜひ、投票を済ませてからご参加くださーい!…と呼びかけたいなあと思ったりしています。

今日は午前中に環境政策のことについて、ヒアリングをしていたのですが、気候変動の問題にせよ、生物多様性のことにせよ、あらゆる地球環境の問題を今以上に切実に感じ、突きつけられるのはやっぱり今の子ども世代だと思うのですね。なので、やっぱり、子ども世代向けの環境の取り組みにこそ、今までよりも力を入れてほしいと感じています。12月の議会に向けて、そのあたり…もう少し提案することができないかなあ…と考え中です。市内小学校で実施されている環境問題に関する出前授業などはとても好評だと聞いていますが、その先もう少し工夫がいるのかなあ…と思うのは、「その時だけの学び」で終わっていることもあるのかもしれないと感じているので。啓発活動などは、まるで砂漠に水を撒いているような感覚に襲われることもありますが、「進んでいるかどうかわからないことも、地道に続けていくことが大切」…先日の委員会の勉強会で伺ったことでもあり、その気持ちを持ち続けることが大事であることを感じています。

市の環境セミナーで環境政策を担当している課長が「次世代の子どもたちに対する(環境にかかわる)活動は、活動しすぎてもしすぎることがない」と思っている…と話をされているのにも共感したことを思い出しています。

 

それにしても寒くなりました。アームカバーとレッグウォーマーの贈り物。「ていねいにくらすこと」とは…を感じるひととき。急ぎすぎる世の中は「ていねいさ」を置き去りにしているような気がするのですね。せかせかしている世間とは一線を画した生き方というのにあこがれる今日この頃…。しかし、現実はなかなか難しいです。

つけたしではなく。

寒いなー、冷えてきた…と思うのに、アイス。ラムレーズンは子どものころの憧れの味という感じ。選挙が始まるとSNSがその話題で埋め尽くされるような感じがして、見る気が失せてくるのですが、多摩市というのは選挙区で考えるとどっちかというと後順位に回される感じ。選挙区で考えても、21区は立川市や日野市が優先になり、23区の場合にもどうしても人口が多く、有権者も多くなる町田市が優先されていく感じですね。それは、理解できないわけでもないのですが、盛り上がりに欠けるというのか、選挙活動にかかわっている人だけが気分高揚しているものの、有権者というか市民の気持ちはどうなんでしょうね。

この間、多摩市って「つけたしみたい」とおっしゃっている方がいて、「うーん、なるほど」…と苦笑いしてしまったのですが、駅に行く途中のポスター掲示板くらいには何となく気づき、「投票に行かなくてはいけないなあ」と促されますように。決して「つけたし」ではありません。

期日前投票も始まりました!今はまだ市役所の西会議室での実施ですが、駅前3か所での期日前投票所は来週火曜日26日から始まります。駅前の期日前投票所については、お住まいの選挙区によって投票できるできないがありますので、ご注意いただけたらと思います。投票整理券とともに送付されている案内書もしくは、公式ホームページでも確認していただけます。

「投票に行ってください!」…ということで、とにかく投票率をあげたいということだけでなく、今回は「非自民」という選択肢で市民の皆さんに投票をお願いしていきます。「フェアな政治をつくる」…今回の選挙にかかわる私の想い。多摩市民の声を国政にもしっかり反映させていきたいですね。国政選挙の場合、投票率は50%は超えてくれると思っているのですが、50%の投票率を超えていない市議会議員選挙で選ばれている私たちが訴えて、どこまで有権者に響くかなあ…とかいろいろ思うことはあるのです。諦めずに前へ。そして、謙虚に。

気候非常事態宣言を考える。委員会勉強会1回目。

生活環境常任委員会にて…非公式の学習会を開催しました。なぜ、「非公式」なのか…といえば、裏方的な諸事情…。実は、議会には機動的に学習会を開催するための手続きというのか、予算が確保されておらず、外部から講師を招くにもそんなに簡単にはいかない事情があるからです。しかし、予算がないから講師を呼ぶことが難しくて…などとは言っていられないわけでして。

機転を利かせて対応していかないと…それこそ機を逃してしまいます。

このあたり、委員長や副委員長の意識によりけり、フットワークの良さにもずいぶんと左右されるのですが、今回は委員長の配慮というか采配により「政務活動費」を活用して講師料を捻出して実施。そのために「非公式」と冠付ではあるものの、委員会メンバーと環境政策課の職員の方々、それから議会事務局が参加した「気候非常事態宣言の具体化」を考えていくための学習会の1回目実施となりました。次回の勉強会もすでに日程と内容が決まっているという段取りになっていて…前向きに取り組めること、ありがたいですね。

ということで、信州大学准教授の茅野恒秀准教授をお招きし、脱炭素社会に向けて多摩市でも取り組む方向性が示されている「地域計画」の関連し、二酸化炭素排出実質ゼロ社会に向けて、私たちが多摩市としてどんな取り組みを考えていくべきか、工夫できるのかなどについてご講演をいただきました。

世界の流れを踏まえ、国の動きがあり、そして、市町村や各地域に求められている変化、そしてまた、エネルギーの地産地消といっても都会ではなかなか難しいのが現実であり、どのように地域間連携をしていくのかなど…非常に示唆に富んだ話しを伺うことができ…満足感でいっぱいすぎて、やや消化不良気味かもしれません。

ただ、ものすごくよくわかったことは「政治主導」というのか、エネルギー政策の転換を図っていくためにはものすごくリーダーシップが求められることであり、「有無を言わずにみんなで取り組む」という方向性を強力推進していかねばならないということです。長野県の事例でも知事の強力なリーダーシップがあり、進められている様子。「推進力」が必要であるということです。県の「ゼロカーボン戦略」が決定してから約3か月余りですが、茅野先生も県内の動きからもその実感をされていると語っておられました。

脱炭素社会をめざし、「やらなければならないことが増えていて、できることもまた増えている」ということは印象に残り、多摩市が今、できることについては即実行に移せるような行動力が求められるなと思うものです。環境政策を超えたところで、都市計画にも深く結びつき、総合計画にもかかわっていて、特に多摩市の場合には個人住宅以上に集合住宅にも着目をした取組の推進に可能性があることなど示唆をいただきました。多摩市の住環境としての価値、市が主体的にビジョンを示して取り組んでくべきだとの指摘には深くうなづけるものであって、そのための「気候非常事態宣言」でもあるのでは?と思った次第です。

「単に宣言しただけ?」

ではないはずなので、意識的にも優先順位をあげてしっかり取り組んでいくべきですね。伴う予算も必要になってきますが、それこそ、予算調製をする市長の意識が問われる気もしています。パフォーマンスではないはずなので。先生がおっしゃったように「市ですべきことをやっていくことが大切」になるわけで、そこは、他市の先進事例などにも学んでいくこともできそうですね。環境政策課がどのように情報収集をしていくか、それを多摩市なりの取り組みに最適化していくかも問われます。

で、私たち議会は?…というところで、委員会としては、まずはメンバーの意識というのか…がバラバラであるところを何とか均していくというのか、認識の共有をしていかねばならず、そのためのスタートラインが今日の勉強会だったのかなという感じですが、今日はかなり問題意識が研ぎ澄まされ、また、課題認識の共有化もできたのではないかなと感じています。私もまだまだ勉強しないとだめだ…と思っています。

 

今日から選挙が始まりました。「非自民」ということで、委員会終了後に多摩センター駅へ。

立憲民主党以外では、同じ会派の折戸さん、生活者ネットの岩崎さんもご一緒に。30分ほどの街頭演説会をお手伝いしてから、いつものようにハーモニークラブの活動へ。今日のメニューは「オムソバ」。

焼きそばのソース味とマヨネーズというのは際限なく食べ続けられる味なので、私の中では「食べるな、危険」とマークのついているレシピですが、ホント、香りには食欲がそそられます。

急に秋になったというか、それを通り越して冬になった感があります。体調管理に気をつけながら、この冷たさにも徐々に身体を適応させていきたいものです。

明日から総選挙が始まります。

私はこの掲示板の位置、お気に入りです。この角度から掲示板を見ると、その向こうに「小さな一票、大きな役目」も一緒に目に入ってきます。何となく昭和っぽさを感じる標語なのですが、そこもまたいいなあと思っています。

総選挙と同時に行われるのが「最高裁」の国民審査です。認知度の低い制度すぎて、総選挙ばかりが話題になり…いざ、投票に行って「あ、これもあったのか」とよくわからずに、「×」印をつけてみるという方もおられるのではないかと。でも、今回、選挙の争点の一つにもなってきた「選択制夫婦別氏制度」に関し、最高裁の判事4人が「違憲判断」をされていることは把握しておきたいものです。ぜひ、こちら、参考に!…とてもわかりやすいです。

私は今回の総選挙も外野席から眺めているだけかなと思っていたのですが、関われる範囲は限定されていますが選挙活動に携わることとしました。会派「フェアな市政」で一緒に活動している立憲民主党の大野さん、白田さんとともに、私が大切にしているポリシーともいえる「もっと、フェアに」に政治を近づけていくために微力ながら…の支援です。

「今だけ、金だけ、自分だけ」

を超えていけるかどうか…が問われていると思うのですね。党利党略とか党勢拡大ではなく、野党統一候補で取り組む選挙であるこを踏まえ、私も非自民の候補者の支援をお願いしていくことに決めて、明日から動きます。気になっているいくつかのことがあって、調査中というかヒアリング中…。課題はなくならないなあという感じ。

子どもたちを見守ることができる社会。

ピカピカ光っているわけではなく、傷もあって、不揃いで…でも、皮ごと食べれて安全なリンゴ。ぎゅっと甘酸っぱさが凝縮されていて、本当においしい。しばらく楽しめるなあ。「土にこだわる」…ここも私の関心分野ですが、虫がつきもので、どうも苦手。

さて、今日は議会だよりの編集会議、会派でのミーティングで情報交換をして、全議員研修。オンラインを活用しての初開催でしたが、私たちの会派は控室で全員勢ぞろいで視聴していました。講師は坪井節子弁護士。坪井先生のお話は過去に2度ほど伺ったこともありますが、子どもと向き合う現場の実感を踏まえた講演内容にはいつもながら納得させられるものでした。ちょうど、コロナ禍で子どもたちの不登校が増えていることがメディアでも大きく取り上げられ、特に女子高校生の自死が増えていることが明らかにされたこともあり、必要な支援が届いていない子どもたちの存在を感じながら、まだまだ不十分な制度、環境を整えていかなければならないことを強く考えさせられるのでした。坪井先生の関わってこられた「カリヨン子どもセンター」の活動をはじめ、全国にある子どもシェルターもその数は足りていません。シェルターに対する認知度も高いとは言えず、必要とする子どもたちにその情報が行き届いているわけでもなく、また、行き届いたところで、ニーズに対応できるような状況ではなく…。

こうしたところに目を向けて、もっと公的な支援をしていくことが求められるというか、税金が使われてほしいというのか…。

9月議会の一般質問で取り上げた児童館も、「今だからこそ」「今、改めて」…という視点から、その機能や役割に注目する必要を提案した(つもり)ので、少しでもその提案に共感してくれる人が増えるといいなあという感じでしょうか。今後、多摩市の子ども施策のなかで児童館がどう位置付けられていくのか、税金を投じて維持していくことへの市民の合意、納得度をどのように獲得していこうとするのか、そのために多摩市の「児童館ガイドライン」の作っていく方向に動いているので、アウトプットされていくものがどんな内容なのか今は大気中。子どもたちがシェルターに飛び込まなくてもよいように、シェルターがなくても大丈夫な社会を作りたいですから。

それにしても「子どもたちを見守ることができる社会」ってどんな社会であり、環境にあることが良いのでしょうか。これは、一人ひとり大人の中に答えがあると思っているのですが、ここには自分自身の子ども時代のことが投影されていく気もします。でも、やっぱり「認める」「認められる」ということが必要不可欠だと思うのですね。

 

坪井先生が「パートナーシップ」という言葉をあげられていたように、「大人と子ども」…対等な関係性という意味を私たち大人がどう理解し、心身にそのことを染み込ませているのかというのにも関わっているかな。子どもは大人の真剣さを理解し、そしてまた、大人は子どもなんだから、…表現あまり良くないけれど、「子どもを騙せる」と思ってはいけない。逆に言えば、わかっていて「子どもに騙される」ことはあっても良いのかもしれない。

「子どもは社会の宝」

本気で社会全体がそう考え、取り組めるようになるといい。NHKで藤井風の密着取材。「束縛からの解放」っていい言葉。明日もまた藤井風の音楽を聴きます。

政治をあきらめないでほしい。

明日、国会が解散で総選挙を控え、「どう選ぶ?」についても考えていく必要がありますね。政権交代をめざして、政党間での候補者調整も行われていて、その中で面識があったり、応援している女性候補者の皆さんが「え?」というような状況下に置かれているのを目の当たりにすると驚きます。水面下の調整事がどのような協議で進んできたのか、内部の事情まで明かされないわけで、外向けに発信されている情報だけでしか判断できず、政党に対する不信感を抱かざるを得ないなと思えるような出来事も。

多摩市は前回から東京21選挙区、23選挙区と2つの選挙区に分かれていて、ようやく両方の選挙区ともに立憲民主党所属の現職議員が野党統一候補となりました。「多様性」とか「ダイバーシティ」という言葉が躍るわりには、多様性を認めていくための社会環境を整えるための法整備から逃げている今の政権は支持できないなというのが私の考え。どちらかというと、候補者を見極めて選択していきたいという気持ちもありますが、そこは地方議員を選ぶのとは異なり、「政党で選ぶ」ことを優先する必要性が高い…これが国政の選挙ですね。すでの東京21区は野党統一候補で動いていたものの、23区の方は、この直前で立憲民主党の候補者を応援する決断をしたとする共産党の判断というか決断、心意気に敬意を表するものです。

昨日の新聞記事で「ガラスのうさぎ」の著者でもある高田敏子さんのインタビューがあり、小学生のころに読んだ「白い町 ヒロシマ」の本を思い出しましたが、戦争の体験を綴った本に触れるたびに「戦争をしてはいけない」「戦争がない時代に生まれてよかった」「戦争時代の子どもたちがかわいそう」と素直に心に感じていたことがよみがえります。国語の教科書にのっていた「一つの花」もそうですね。平和な社会に導いていくための政策に本気で力を注いでくれる国会になるようにと願っています。

 

そして、「平和」といえば、それは、「戦争」のことだけではありませんね。ますます経済格差が広がっている現状を目の当たりにすれば「平和ではない」と感ずること多いですし、増えていると思います。現政権も今までに比べれば「言葉だけ」で聞いていると…格差是正に関しても言及していて、何とかしたいと考えているのかなあとは思う一方、しかし、これまた「多様性」を大事にし、「多様な選択」を尊重しあえる環境づくりの第一歩ともいえる「選択制夫婦別氏制度」への対応も有耶無耶にしたのと同様、「どうなってしまったの?一体?」という状態になっていますね。「金融所得課税」に対する言及もさらりとペンディングしたのか、取り下げたのかもわかりませんが、日に日に期待感が薄れるばかり。現政権の平和に向き合う態度、あるいは国民への説明責任や「聴く力」など…まだまだ本領発揮はこれから…と見守る必要があるのかもしれませんが、やっぱり現状を容認してはいけないという気持ちです。

もう「政治はうんざり」。

私の周り、身近な人たちからもこんな声が聞こえてきます。誰に投票すればいいかわからないという声も聞こえてきますし、立憲民主党も共産党も支持できないという声も聞こえてきます。ただ、だからと言って「今」がいいわけでもない。そもそも、政治そのものが信頼できなくなっている状態ですね。悲しい。

私も正直、立憲民主党はいろいろ言っている割には女性の候補者も少なく、政党内での女性の立ち位置のこととか、外野的に見ていてもいろいろ感ずることもあります。私個人的には「政党にはうんざり。」を感ずることも多い。ただ、他の地域では野党同士で競い合う場合もあるわけで、私たち多摩市民は「野党統一候補」を選べる環境にあり、「政権交代選挙」を掲げる選挙戦だとすれば、構図的にはわかりやすくなりました。

東京21選挙区にお住まいの方 大河原まさこさん
東京23選挙区にお住まいの方 伊藤俊輔さん

ちなみに共産党が候補者調整をしたというのはこちらのニュース。また、東京23選挙区で立候補候補予定者だった早川さんの動画はこちら。

ですので、政治をあきらめず、「これでいいの?」と現状に疑問があるなら…今の政権を追認しない選択してほしいと考えています。目を転じて、多摩市政の話題で言えば…「あの話はどうなっているの?」ということで別の方からそれぞれ尋ねられている話題…一つ目は「今の図書館本館のところに小中一貫校を開設したいとしていた桜美林学園との話」…それからもう一つは「日医大多摩永山病院の永山駅前での移転の話」…どちらも現状をフォローしきれていないので、確認しておかないといけないなあ。

 

子どもが「どんぐり」の話をしていたので、本棚から取り出してきた。日本には19種類のどんぐりがあるそうですね。丸っこいとかちっちゃいとか…私の関心レベルはその程度でしたので、子ども用の図鑑を見て、お勉強。

偶然に偶然が重なっていく。

廃校になった学校備品を活かしたベンチ。ハードルを見て、その形から…こんな風に想像力を発揮できるって尊敬しかありません。「ひらめく力」を感じますね。私には無縁の能力。どうやったら、こうした才能が開花できるのかしら?

カフェ・リバティ(諏訪商店街にあるハーモニークラブの活動場所)があまりにも混みあっていて…キッチンが忙しそうだったので、2時間くらい…お皿洗いを手伝ってしまう。本当にたまたまで…その代わりに自分の用事は後回しになったものの、妙な充実感を味わう一日で、その後も夕刻から、いつもの子ども支援でテイクアウトのお弁当作りと学習支援のボランティアを引き続き…。使い慣れない洗剤を使ったので、指がカピカピになるというのか、洗剤の液を薄めているはずなのに、それでも指先の指紋が消えてしまったかのような感覚になって帰宅しています。

それにしても最近、一人ひとりに「寄り添う」という言葉に何となく「わかった気になるな。」という感じを覚えていて、この言葉を多用することの危険性を感じています。ちょっぴり上から目線風な感じもしていて、自分自身がどんな分際なんだ…ということを問うことも必要。最近は「聴く力」という言葉にも注目が集まっているけれど、何ともあてにならない言葉ではないかという気もしてくるわけなので、いずれにせよ、「わかった気にはならず。」を自分自身の振る舞いに刻み込みたいなあと思っているわけです。

今、カフェ・リバティでは絵本の原画展をやっていて、これがまたとても素敵。活動しながら、壁を眺めては、癒されていますが、「きかせてあなたのきもち 子どもの権利ってしってる?」とタイトルに触れるだけでも考えさせられるものです。

そして、驚いたのは…お皿洗いをしていたおかげで、お店に足を運んでくださった絵本の出版社のひだまり舎を主宰されている女性の方にお目にかかることができたのですけれど…なんと…議員にまだなりたての頃にお目にかかり、意見交換などをさせていただいたことのあるとても素敵な先輩ママだったんです!偶然の再会にお互いにびっくりするやら、うれしいやら…。こんなご縁に恵まれてしまった今日に感謝するしかありません。

お皿洗いをしたのもたまたま。そして、再会できたのもたまたま。そして、さらに帰宅をしたところ、いつもいろいろな場面でアドバイスなどを下さる方が河合隼雄さんの「こころの処方箋」という本を届けてくださり、その1番目にあるのが「人の心などわかるはずがない」というものであって、なんか、自分の最近考えていることとぴったりくるのですね。「寄り添う」という表現に違和感を感じるのは、あまりにも便利使いされているというのか、「寄り添う」という言葉があちこちで発せられている割には、そうなっていないような現実を突きつけられるから他ならないので。

しかし、今日はあまりにも偶然の偶然の偶然が折り重なりながら、一日が終わり。学校に馴染めないことや学校での悩みなどを耳にすると、「子どもたち一人ひとりに」ということがなんともむなしく響いてくるというのか…そんな感じですね。まさに、「きかせてあなたのきもち」ってところで「子どもの権利」を伝えていくことが今こそますます求められている気がしています。

絵本の原画展は今週末、15日金曜日まで。よかったらお出かけください(明日水曜日は定休日なのでご注意を)。

そろそろ秋から冬のお花を植えたい季節。

緊急事態宣言が発令されると、対面での会議開催も自粛モードに入るので、7月以来の北諏訪地区の青少年問題協議会に出席。学校も「密」を避けるための様々な工夫をしていて、来校者数も制限しているので、なかなか学校行事などに足を運ぶことができないのは本当に残念。でも、校庭で体育をする様子や休み時間など…通りすがりに時々見ることもできて、子どもたちが走り回っている姿を見てはほっとしたりうれしくなったり。

そんなわけで、久しぶりに校舎内へ。子どもたちの作品が展示してあり、そういえば…と我が娘も確か…こういうのを作っていた気がするけれど、一体、どこにやってしまったのか…としばし考えたところで、それ以上の記憶をたどることはストップ。何となく、都合悪いことを思い出しそうなため。

子どもたちがそれぞれの表現で「かたち」をつくるというのはとても大事なことであって、どの作品も素敵なものばかり。植えてあるグリーンも素敵。子どもたちの自由を感じられるのはありがたいですね。

これに触発されて、私も…ベランダの植木鉢のお手入れのことを考えると、今年は買うのは控えようと思ったのに…お花の苗が欲しくなってしまう。フラワーポットで買ってきた苗は上手に植木鉢に移し替えて、根付かせることができないと見るたびに「かわいそうなことになった」という気持ちになるわけで、マンションの有志の皆さんのお仲間に加えていただいて、時々、道路アダプトのお手伝いをするので納得をしようかなあと思ったのです。にもかかわらず、この間、10月に植えても「徒長しにくい」と書いてあったフラワーポットのことがとても気になって気になって…。道路アダプトのお花の苗も来月になると道路課から配布される予定。それを待って、花壇に植えてから考えようかなあとか。

植木鉢と地植えと…。

地植えするとやっぱり違う。植物が元気に育つなあという姿も目の当たりにしていると、植木鉢で狭苦しくて息苦しいのかもしれない・・・という思わず擬人法で考えてみたり。そして、最近は、アロマティカスの冬越しをどうするかを思案中。

今日は議会で災害対策連絡会があり、オンラインでの初開催。確かに「災害対策連絡会」のように緊急性があり、会議開催をしなければならない場合にはオンラインが活用できると便利だなあという感じ。それにしてもホスト役というのか、今日も、事務局側がかなりたいそうな準備をしたのだろうなあ…ということが想像できるので、やっぱり「わざわざ感」を感じてしまう。もっと手軽に開催できるなら良いなと思います。
その後、市民の方と立て続けにお目にかかり、いろいろと意見交換をさせていただいて、話題が国政のことにも及ぶとやっぱり「この地域は野党共闘はどうなるのか」ということに。「私に聞かれてもわからないなあ。」と思うのですが、個人的には現段階では「自分の議席を確保するよりも、本気で政権交代をさせる」に向けて行動できる政党、あるいは個人を選びたいと思っていて、「自公以外で統一候補」がこの地区でも擁立できることを願っていて、それを見極めていきたいと思います。

 

本間真二郎先生の本が届きました。「免疫力」と「抵抗力」「解毒力」を生活の中で高めていくために私たちが見つめなおすこと…日々の暮らしを問い直すことは地球環境を考える上でも大切なことではないかなと思っています。私たちが今まで置き去りにしてきた価値を見直すことにもつながるのかな。

わざわざオンライン…。

昨日は帰り道の空模様が印象的でした。9月議会内の常任委員会で本来なら行うはずだった協議会をオンラインで開催。感染症対策として密にしない、ソーシャルディスタンスということから、議会でも「オンラインを活用して」というのが、何となくブームっぽくなっていて、なおかつ何となく議会改革っぽさも醸し出されるところもよいのかなあ。特に、紙媒体を減らすことを掲げたり、議員活動をよりよくする観点から、タブレット端末の導入を進めている議会も多く、そこに税金を投入するということからも、市民に納得できる費用(税金の使い道)であることを理解してもらう意味もあるのかなあ。

多摩市の場合に地方とは異なって、市域の面積も狭く、議会のある市役所のところまで「わざわざ行かなければならない」という感じでもなく、むしろオンラインを活用した会議を開く方が…昭和頭の私には「わざわざ感」があるのですね…。まあ、ケースバイケースで、差し迫ってオンラインにしなければならないようなケースでは活用できるツールにはなりますし、例えば、どうしても会議に出席できない、やむを得ない場合など、オンラインで会議に参加できる方法があれば「欠席」をしなくても済むかもしれませんし。

要するに、オンラインで会議に参加する…を頭ごなしに否定すべきではないと思うのですが、でも、何というか「わざわざオンラインでやらなくてもな」という印象が拭えないままに終了したひとときであって、何となくもやもやするオンライン開催の協議会でした。

単なる「慣れ親しんでない」というだけの話かもしれず、これが「平常」となれば、違和感ないのかもしれませんが、画面越しの向こうに答弁者である職員の皆さんががいたとしても、パソコンに向けて質疑というか、しゃべりかけている自分がいるというだけで苦手です。

日々の暮らし…生活の中で、私たちは無意識のうちにも「五感」を働かせていることを忘れてはならず、生きる上で備わった大事な機能を自ら手放してはいけないなあとも思えた時間だったともいえるかもしれません。

協議会案件にて「多摩センターレンガ坂」改修について、いよいよ工事に入るという段取り含めて説明が行われたのですが、やはり複数の議員から「今回の工事については、ていねいに進めてほしい」という意見が出され、道路課からも工事内容については大幅な変更ではない限り(どこからどこまでを軽微な内容変更とできるのかはわからないが)、市民からの意見も反映させていきたいと思う…という答弁がありました。ユリノキ並木の景観のこと、自転車専用レーンのことなども含めて、私以外の議員の方からも出された指摘をどう受け止めていくのかなと思います。ちなみに、現在のレンガ坂は高価な材料で造られているので、それにも配慮したらどうか…と聞いてみたところ、いったんレンガを取り除く工事の際に再利用や再活用できるものはベンチなどで活用していきたい…ということでした。工事そのものもていねいに行ってくれるとよいなと思っていますが、事業者さんの腕の見せ所になるのか?!うまくレンガを剥がす技術、なるべく多くきれいに剥がしてほしいと願っていますが…。

もう一つ、今日の案件で気にかけておきたいのは「マイクロプラスチック問題」。昨年度、乞田川と大栗川で実施した調査でもマイクロプラスチックが発見されたという報告でした。見つかった量としては平均的な量というのか、「他と比べて多かった」ということではないようですが、でも「やっぱり、川の汚染も進んでいて、これからも進んでいくのかもしれない…」という現実を無視することはできませんね。今後は定点観測的にも調査をしながら、状況把握を進めていく必要があると思っています。何せ「気候非常事態宣言」ということで、生態系を守るために「水と緑を積極的の保全する」という視点から捉えていくことが必要です。マイクロプラスチック問題で指摘されることの一つとして、「人工芝」があるため、特に多摩市内のスポーツ施設にて使用されている「人工芝をどうしていくか」が真っ先に思い浮かびます。「利便性高い」と開発され、私たち自身も享受してきたものが環境を脅かす原因と要因になっていることを改めて認識したいものです。

感性が研ぎ澄まされている尊敬する友人たちに会えたランタンフェス。

 

まことちゃんの和菓子。台湾カステラが売り切れていて残念。飲食は基本的にNGという感じなので、持ち帰りになっていて、近隣公園のベンチなどが混みあっていました。暗くなってくると、どこからともなく人が湧き出てくるように…「非日常」を味わいに集まってきて…。空間としては面白く、また、いつもとは違う時間を過ごせる楽しみの一つにはなり、それはそれで良し。ただ、この賑わいは何にどうつながっていくのだろう。つなげていきたいのかなあ…と思いながら、ランタンを眺め、夜市を歩き、「スワンベーカリー」のパンも売り切れていたことのがっかり感とともに帰宅。個人的には夕方ごろの豊ヶ丘児童館周辺もぐるっと一回り…子どもたちが元気に集まり、遊んでいて…大人に邪魔されることのない時間を過ごす「日常」に出会えたほうがうれしいことだったかも。ここにある「日常」…という感じに安心感が持てるなと。うちのすぐそばの諏訪児童館でも館長が子どもたちと一緒に走って遊んでいて、その雰囲気が児童館をつくっているなあと思ったのでした。ランタンフェスは明日まで。夜風にあたり、お散歩するのも悪くはないなあという感じで、てくてく歩いて、今日は久しぶりに運動不足解消できたかなあ。