学校の跡地は本当に広い。

学校の跡地がため息が出るほどに広い。その敷地の活用にはとても可能性があるように思え、簡単に手放してはいけないと本当にそう思えるのでした。既に、永山駅前の都市機構所有の土地と旧東永山小学校の跡地を交換して‥‥交換した跡地については活用方針やら活用計画が出され、なんか、もう、最初から既定路線に水面下では進められていたことなのかなとか…あまりにも土地交換した相方の行動が着々と進めているところに用意周到ささえ感じてしまう私。

 

こんな情報もあるよ…ということで、「多摩ニュータウン旧東永山小学校跡地で共同住宅建設へ 諏訪地区でも都営住宅建替え進む」…個人の方でこうして街の様子をフォローしてくださっている方がいらっしゃり、ありがたいですね。発信の力ってすごいなって思っているんですが、この記事をご覧になっている方から、教えていただきました。

 

ここ一週間ほど、どうも調子が出ずにいるので、先週末に予定していたポスティングを終わらせることができず、今日は少しだけ地域を歩きながら、ああ、学校跡地広いなと。しみじみとしてしまったのでした。南永山小学校の跡地、何に使っていくんだろう。市民の財産です。

 

それにしても、車で市内を回っていても、あるいは近隣地域を歩きながらも思うことですが、老朽化して段差が生じてガタガタしていたり、穴が開いているような歩道をなおすこととか、街路樹をきれいに維持することとかに気配りしていくこととかにもっと気を遣っていかなければならないのではないか。もちろん、若い世代を呼び込むこと、否定はしませんし、それも必要なことだと思っていますが、本当にそこを真っ先に優先して、煌びやかさを取り戻すようなことだけに力を注いでいていいのか。

 

「住みやすさ」とか「住み心地」とは何か。まちの状態を見ながら、自問自答しています。古いものを古いままにしておくと、加速度的に劣化が進むような印象さえあります。たぶん、そうだとも思います。

 

いよいよ諏訪北公園も…リニューアルオープンを控えております。駐車場がやったら広いというか。広々しすぎていて見慣れません。

私はなるべく、今あるものを大事に使う…とか、ていねいに長持ちさせて使うすることを心がけているので(娘はそれって「ケチ」って感じとも言ってますが)、本当はその考え方でもう一度まち全体を俯瞰して捉えてみたいなと思うのでした。駐車場がとても広くなった諏訪北公園ですが、拡張できる分だけの駐車場…どのくらい活用されていくのかなあ…というのもまた、これからの観察対象。

「その先の未来」を考えて。

昨年来「認知症」のことも家族として…頭を悩ませるというか、抱えている問題の一つですが、「軽度認知症」の段階で進行を遅らせることの工夫ができないと、その先、とても辛いかもしれないと感じているところ。そもそも「認知症」になっていることも理解ができないので、そこで会話終了…みたいな。コミュニケーションがどんどんうまく図れなくなってくるのだなと実感しています。「耳が遠くなっているからかな」と疑ってみたりしましたが、「いや、そうではないだろう…」と。こちらの話すことは聞きとれず?聞き入れることなく、一方的に話したいことを話す。しかも、脈略ないことを…みたいな?携帯電話の扱いもどんどんわからなくなってくるのは当然のことで、たぶん、携帯電話やエアコンやテレビのリモコンや全部同じようにしか見えていないかもしれないし、ボタンがたくさんあって、「とりあえず、押してみる」ようなことをしているのかもしれないし。「あなたが頑張っていることが大事なんだから、それでいい。」と言われたことに感謝しながら日々を過ごしつつ、「親孝行とは何か」なんてことを、突きつけられている気がします。

「認知症になっても大丈夫」

と言えるような社会があるかと言えば、大丈夫な場合のほうが少ない…きっと…と思っていますが、周りの理解はあったにせよ、当事者として家族が介護することは辛すぎる。何しろ「人手」が必要。足りてないと思う。最近はファミリーレストランでも見慣れない店員さんというか、ネコのロボットが配膳してくれるけれど、それでは取って代われないから。頭ではわかっていても、実際の現場は壮絶で、だんだんと排泄もできなくなってくるといよいよ。「その人らしさが残っている」というけれど、まるで「どこに」と思ってしまったり。断片的に会話に出てくる記憶だけがその人らしさなのか?・・・もはや、理解不能なんですが?とこちらも喜怒哀楽で対応するようなことはなく、ただ、会話をさせてるだけかもしれない自分に時に気落ちします。とにかく時が進むし、抗えないんだなあと。

 

「その先の未来」を考えるのが仕事。

 

それは、決して議員に限らないことであって、私たちはいつも「その先の未来」を考えていく必要があると思っていますが、「よく読んで、考えろ」というのことをいつも父は言っていて、「書籍だけ」は買ってくれたことが思い出。むしろ、一緒に出掛けても「書籍しか」買ってくれないというのか。「よく読む、そして、先を考える。考えることをやめない。」…はあ、父の教えか…。それにしても、認知症の進行のスピードもその人による。「その人らしさを失わず」…という言葉だけが頭の中を行ったり来たり。悶々としないわけがありません。そして、父が認知症になるとか…そんな未来は考えてこなかったなと反省もするのです。当事者になってみなければわからないこともたくさんあり、でも、当事者にならなくても、本当はもっと知っておくべきことが「山」とあるなとも。

 

 

ところで、来月「こどものまち たま」が開催されます。とても楽しみにしています。多摩市でこの取り組みが始まった時、「うわああ!」とすごく感激したことを思い出していますが、子どもたちが「自分」で「自分たち」の「まち」をつくっていくわけで、そこにきっと育まれていくだろう自治意識の「芽」に期待するのです。市内の学校に2度ほど、チラシを配布したとのことです。モデルとなっているドイツの「ミニ ミュンヘン」には実に40年以上の歴史があって、3000人を超える子どもたちが参加しているというのですごい!

「その先の未来」はやっぱり、続く世代が中心になってつくっていき、続いていくものなので、こうした取組みは「子どもたちだけのものではなく」存在し、きっと民主的な社会づくりを分厚くしていくのでしょうね。子どもたちには想像力を豊かにしていくというか、まさに、そのレッスンの場にもなっていくというか。疑似体験が力になっていくはずと思うだけで、すごく期待ができるというか、希望が持てます。こうした取組みに、まちの未来を感じられる、まだまだこれから頑張れると思い直せることもまたプラスなこと。私もほんのちょっとの時間だけ当日ボランティアで参加させてもらうことにしました。

今、まだまだ活動資金が足りていないとも聞いていますが(寄付集め中)、それでも「やろう!」と奮闘している大人たちの志が熱すぎるなと。よかったら応援してください。

議会の傍聴に「親子室」は必要?

本庁舎建替基本計画特別委員会で「議会エリア」をどうするのか取りまとめ、行政側に提示しました。先週末、事前にある程度まで文章内容…一言一句を確認したものを事務局がまとめてくれていたのですが、それについて、「子どもや声を出すことのある障がいのある方の傍聴のしやすさに特別に配慮した対応も必要ではないか」‥‥ということで、いわゆる、「親子室」的なものを念頭にした意見が再度、出されました。

しかし、「親子室」のような部屋は本当に必要なのか?「親子室」のように防音機能のある部屋の有無が議会傍聴のしやすさしにくさにつながっているのでしょうか?

実際に、清瀬市議会に視察に行った際、傍聴席の一角に「親子室」があり、子ども連れでも気兼ねなく傍聴ができるような設えがありましたが、それほどには活用されていないようでした。親子室って…逆に言えば、閉じ込められる空間になっていて、はっきりいって、空気が薄いんですよね。私も昔の記憶でしかありませんが、数回、使ったこともありますが…逆に落ち着かないというのか。親子室だからゆっくり鑑賞できるというものでもありません。むしろ、「親子での鑑賞可能」とか、子どもが声を出してもいいこと前提になっているコンサートなどは居心地よく楽しめるわけで…そのことを思い出しても、「親子室」の必要性はどうなのかなあと。

それに、コンサートや演劇などの演出上「静謐」が必要であれば話は別ですが、傍聴するのは…会議であって、市民の広場…のイメージもわくような「議会」。そうなると余計に、「親子室」などのような場所はなくとも、良いのではないかなあと?

一方で、「市議会」については、荘厳にする必要はなく、市民に身近な存在でありたいとしていることを考えても、それこそ、市民の生活感など含めて、そのまま持ち込むことを良しとすることのほうが大事ではないかなあと?

で、そもそも、議会に傍聴に来ないというのは、「親子室」の有無とは関係ないはずで、足を運ばなければならないということも含めて、足を運ぼうという市民の動機が全く後押しされるような状況になっていないが原因だと思うので。もちろん、足を運ぶまでのことはなく、安定的に市政が運営されているから‥‥とも言えますが、まあ、必ずしもそうは言えず、「関心を持たれていないから」というのがかなり正確に近い回答かも。

いまや多様性の時代。「インクルーシブ」が重要視されている時代のなかで、議会でもその発想を持ち、傍聴席での多様性をみんなで受け止められるようにしていきたいものです。もちろん、ものすごーくものすごーく会議が妨げられるようなことがあれば、そこはきちんと整理をするのが議長の役目かなとも思いますし。

最初から「区別」して、専用エリアを設けることも考え方の一つかもしれませんが、私の考えとは違うかな。

結果的には「親子室」などを設置するようなことではなく、私たちの受け入れる姿勢というのか、気構えも大切になってくるということ、あるいは、もし、傍聴する当事者が気になったときに本会議場の傍聴席から退出しても、そのまま追い返すことなく、ロビーなどでも引き続き見れるような工夫など、クールダウンできるようなスペースというのか、空間があるとか…まあ、とにかく、そもそも場に応じて、最良の対応ができればいいのではないかと考えています。

というか、今度できる本庁舎というのは…そもそもその発想が「市民がわざわざ足を運ばなくてもいい」というのがコンセプトなんですけどね‥‥(私は同意しがたい)。わざわざ大層に足を運ばなければならないような現在地での建替えだから、そのコンセプトを取り入れることになっていることは頭に留めておかなければですね。つまり、気軽に議会に足を運び、五感を使って傍聴できるような環境をつくるとして、最初からハンディがありすぎるってところで。

来年度予算説明などがありました。

久しぶりの活動報告です。先週水曜日に市民の方と一緒に道路課へ行ってから、急に体調が下降線をたどり…今に至る。翌日には来年度の予算説明、本庁舎建替基本計画特別委員会、総務常任委員会と多摩センター商店会のみなさんとの意見交換会があり…そこまでは何とか外出できたのですが、その翌日からはパワーダウンに観念して、自宅養生。娘が買ってきてくれた「邪払のど飴」を見て、声が出ないのに大笑い。私がまるで払われるような感じかと。「いやあ、ママが静かで助かるわあ。ずっと風邪ひいててもらうと、静かでいいわぁ。」と言われながら、気遣ってくれるありがたさですね。それでも、大量洗濯物はそのまま置いてありましたが・・・数日分。午後くらいから、とりあえず洗濯機まわす。

 

さて、道路課で対応してくれた職員さんが市民の要望について、「できること、できないこと」について曇りなく、根拠をもって市民に説明してくれ、しかもとてもわかりやすかった。こうした対応こそが必要で大事。まさに、お手本だわ!…と思うくらいに素晴らしく、ご一緒した方にむしろ「いろいろ難しいことも理解ができたので、とてもよかった。」と‥‥要望事項の半分以上は対応が困難と言われたにも関わらず、不満の残らないやりとりができた気がします。道路ってやっぱり難しいんだなあ…と感じます。警察も関係してくるので、調整にも時間がかかります。

 

「いろいろと道路には要望事項も多くて。あとは、予算も限りがあるので、やっぱり、どこから優先していくか・・・を考えても、なかなか難しいと思う。」

 

中途半端に「検討します」…みたいな期待感を持たせられるより、よほど納得ができる回答でした。他にもたくさんの要請と要望があって、そこから優先度を判断していくことを考えると、「申し訳ないけれど、順位が高くはならないかと思います。」‥‥まあ、やんわりとお断りされているとも言えますが。

 

今回の場合は、ある程度事前に内容を伝えていたこともありますが、きちんと現場も確認されていて、ホント、抜かりなく市民の方に説明していただけたなと思います。市民の方も日常使用している生活道路の現況も把握しているわけですし、理由さえはっきりすれば、そこまで無理強いし「なんでできないんだ!」にはなれません。もちろん諦める…のともまた違うのですが。「何かあったら、困る。」「事故があっては手遅れ。」という気持ちには寄り添いたいわけですが、物理的な無理があったり、それ以外にもいろんな調整事があるんだなという意味でも。

限られた予算をみんなで譲り合って、フェアに使っていくことが大事。道路課と話をしていて、改めて感じたことでした。感謝。

 

来年度予算については、相変わらず「無難に」という阿部市長らしい予算組だったとの印象しか残っておらず、「スクラップ&ビルド」とは縁遠い内容認っていることだけは確か。私にはどうしても問題課題を内包し、それをちょっとずつ膨らませながら、前に進んでいるようにしか見えなくて。

本庁舎建替基本計画の特別委員会は明日も開催される予定ですが、市側に提出する「議会エリア」に関する意見を取りまとめたので、その内容の確認でした。この辺りから、ああああ…やっぱり、かなり体調下降気味をますます実感していきましたが、あと総務常任委員会の公務だけには出席せねばということで多摩センター商店会のみなさまとの意見交換会。

意見交換会は無理してでも参加してよかったと思っていますが、商店会設置の街路灯問題から、多摩センターエリア北側の活性化問題など意見交換することができました。特に、街路灯問題については、また一度状況把握に行ってみたいと思います。「商店街元気出せ!」みたいなタイトルの東京都補助金でも活用して設置したものでしょうか?随分老朽化も進んでいるようです。いろいろご意見をいただきありがとうございました。委員会でも課題認識を共通化し、今後、解決していけるような方策、見出していけるといいなと思いました。

 

とりあえず、久しぶりにパソコンを開いた…迷惑メールに閉口。メール見る気が失せていますが。数日を無為に過ごしてしまった気がして、今週でもう2月に入ってしまうなんて。1月中にやっておかなければならなかった事務作業があったので、明日から、ぼちぼち平素に戻します。

男女平等参画条例10周年。

「女と男の平等参画を推進する条例」の施行から10年を節目として、阿部裕行市長と浅倉むつ子さんの座談会がありました。「制度の平等から結果の平等へ」という副タイトルにまつわった深い話は伺えなかったものの、浅倉さん、阿部市長からそれぞれのお考えや思うを伺うことができました。

阿部市長はこの条例の制定にはとても思い入れもあり、元祖育児パパとして各種メディアにも登場していた歴史なども披露されていました。私は阿部市長が取材され、インタビューされていた番組を大学時代の授業で見たことがありました。「男だって子育て」の広岡守穂先生(かつて、多摩市の男女平等参画の審議会などにも関わってくださっていました)に授業だったと記憶しています。

そしてまた、阿部市長とはものすごく昔、まだ大学生になる前の頃、オープンしたての女性センターで話し合いをしている会合があり、何となく興味深く参加したときにもご一緒したのですが、もう30年くらい前のことか…。

さて、いわゆる「女と男の平等参画」…女と男…というタイトルの順番にもこだわりのある条例はその原案をつくったのは市民の皆さん。その案をベースにしながら議論することができ、とてもやりやすかったというのは策定委員をされていた浅倉さんからのコメント。また、策定委員会に参加されていた多様な立場の方々が、どんな条例にしていくのかなど議論を通じて、平等や参画などに関する考え方や価値観を変えていく過程があったことが紹介され印象的でした。さまざまな意見を交わしながら、認識が発展していくって、本当、大切なことであって、社会全体も高まっていくということ。

最後のまとめは、誰が首長になっても、「男女平等参画」の考え方が変わらずに続いていく。そこが条例の存在意義であると。そこは同感。もちろん、議会の構成も大事になってくるのですが、まずはやっぱり首長です。

個人的には「TAMA女性センター」という名称、「男女平等参画」の視点から問い直される必要あるかな?とも思っていますが、まだ、その議論は時期尚早で、今まで女性政策に力を入れてきて方々の立場からは異議申し立てもありそうかな。しかし、「女性のための場所」というイメージが持たれやすいようにも思っていて、もし、「TAMA女性センター」という名称をこれからもずっと使用し続けるとすれば、もっともっと施設の内容など多くの方に理解されていく必要がありそうですね。

10周年を節目として、市民が中心となって今日の座談会が開かれたこと(女性センターも共催していたが)も多摩市らしいかな。今年は自治基本条例が20周年ですが、どうなっていくのか…「市民協創」という造語を使うための条例改正を20周年の目玉にはしないでほしい(12月の議会で散々取り上げていること)。

今日は議会でオンラインを使用した参集訓練なるものを実施。参加した感想からすれば、とりあえず、ZOOMをつなぐ練習で終わってしまった印象でしたが、ひとたび、発災した時、議会はどう動くのか。改めて、議員全員でも共有していくことが必要かなと感じています。

旗開き。

京王自動車労働組合の桜ヶ丘支部のみなさんに今年もお招きをいただき、旗開きに行ってきました。乗務員の皆さん全員が参加できるように、旗開きは2日間開催されるので、昨日と今日の二日間、顔を出してきました。地域の議員の一人として、自分の選挙などを通じたつながりはありませんが、こうしてお声をかけていただくことはとてもありがたいですね。今日は市長もいらっしゃり、挨拶をされていました。市長選挙の時には、労組に所属されている乗務員さんがドライバーを務めておられます。乗務員さんは多摩市内の道路にとても詳しいので、選挙の時にはとても助かりますし、何しろ、選挙カーに乗車するにも安心。運転に冷や冷やしていると、選挙運動どころではありませんので。

こうした場で普段、なかなかお会いできない方々やあまり接する機会のない話題に触れられることは私にとっても有意義。特に「ライドシェア」のことについては、もう少し関心を寄せて、情報収集しておきたいと思います。 旗開きに参加されていた乗務員の皆さんからも少しだけですが、賛否両論でご意見を伺うこともできました。地域によっては、深刻なドライバー不足などが生じ、ライドシェアを受け入れざるを得ない場合もあるのだと思います。市議会では「ライドシェアを推進すべき」という意見が出ていた記憶もありますが、多摩市内に限って言えば、ライドシェアに対するニーズの高まりはまだそれほどかなと感じています。ライドシェアの根本的なところには「公共交通全体の在り方をどう考えるか?」に対する問題意識が根ざしていると思っていますが、市長も挨拶のなかで「安全安心の確保が重要」とおっしゃっていたので、また、どこかの機会に意見交換してみたい話題です。何しろ、今後ますます「地域の公共交通をどう考えていくか」は多摩市にとっても重要な課題になっていくと考えているので。

今日はとても暖かくなり、「大寒」が近づいているとは思えないほどでした。

諏訪2丁目の、都市再生機構の賃貸住宅建て替えの現場。殺風景だった看板がお色直ししたというのか・・・?「らしさがうまれる TAMA NEW TOWN 」って書いてある。「ふむ。」…。

継承するのが難しいということなのかどうか?

去年、知り合いにわけていただいたポトス。どんどん元気になっている感じがしているのですが、あたたかくなってから鉢に移そうかなあと考え中。室内に土を持ち込むと「虫」が出てくる恐れもあるので、そこがな・・・なのですが。

さて、議会運営委員会がありまして、オブザーバーで参加。「あなた、一人会派でしょ。」と冷たく意見を遮断されることもなく、きちんと発言する機会を与えられているのはありがたいことで、それが多摩市議会の良いところだなと思っていますが、今は、一人会派が5名もいて、ついでにそのうち4名が議長経験者で、1名は元都議…という顔ぶれというのも今期最大の特徴かもしれません。

ということで、コロナコロナコロナ‥‥で休止していた市議会の報告会や意見交換会も再開していく方向で、総務常任委員会では今月、多摩センター商店会の皆さんと意見交換会が予定されていたり、3月議会が終わったら市議会全体での報告会を開催することとなっています。

今日の議会運営委員会では春の議会報告会のことが議題に上ったのですが、コロナ以前の記憶を思い出すところから始めなければならず、なかなか辛いとこだなと。なぜなら、その間に議会事務局職員の顔ぶれも変わったりで、取り組みが継承されているようで、ほとんど継承されていない印象を感じたから。委員会が開催される前段では、委員長副委員長と事務局との事前打ち合わせが行われていると思うのですが、その際に議会事務局がよりよく打ち合わせができるようにどう段取りするのか、そのために必要な資料をどう作成するのかなど、実は縁の下の力持ちとして果たす役割は無視できず、とても大きなものなのです。「以前はどうだったのか」ということについても、過去の資料を見直すとか、そんなことをかなりやって下準備をしていた‥‥これは過去のことなの?!…と拙い私の経験から眺めてきた事務局の仕事ぶりなのですが。その時、やっぱり、要というか、要所要所をきちんと押さえて、部下にアドバイスする局長や次長の役割があって、、それこそが重要。特に、かつて議長だった時には「管理職の働きぶり」に左右されることを感じていて、当時、すごく支えてもらったよなあ…としみじみ。

 

市議会が市民の身近な存在となり、信頼される活動をしていく必要がある。そのために議会基本条例を策定して、報告会や意見交換会も実施してきたのですが、それを下支えするのは「よりよい議会をつくっていくことが、市民にとっても大事。」そして「信頼される市議会をつくれば、まちがもっと良くなっていく。」という信念というか、強い想い。市議会議員は一人一人ですし、選挙となれば、例え同じ政党に所属していようが「味方同士」にはなれないところもあって、そりゃ、いろいろなことがあります‥‥でも、選挙が終わり、多摩市議会に議席を得れば、そこは、いずれの議員も「市議会の一員」となるわけで、みんなで「よい議会をつくる」という方向で活動をしていくこともまた重要なんですよね。「チーム多摩市議会」という言い方をしていたこともありましたが、きっとそうなんだと思います。

 

で、国会やらとは全く異なり、秘書がいるわけでもスタッフがいるわけでもなく、事務所があるわけでもないのが私たち市議会議員であって、その市議会を支えていくところに議会事務局がある。議会事務局の仕事もまた「よりよい市議会をつくる」という目標のもと、他市議会での取り組みをリサーチしたり、あるいは、市議会での政策づくりをバックアップするための取り組みなど、アンテナを高くして‥‥もちろん、事務局にも人材がそろっているわけでなく、限られた人数少数精鋭でやっていく必要がありますが。でも、議員だけでは探しきれていないような情報を掴んで、提供していく役割とか、本当はとっても大事なんですよね。以前の記憶しかないわけで、それがスタンダードではなかったのかもしれませんが…それにしても、コロナの間、議会報告会や意見交換会が実施されてこなかったからなのか、議会事務局と一緒に多摩市議会が育んできたマインドがやや後退しているのかなあなんて、そんなことを感じ、寂しくなったのが今日の会議。「想いをつなぐ」というのがとても難しいというのか、一応、議会基本条例があって、報告会や意見交換会はやっていくことになっているから「やるだけ」…という何となくそんな印象を受けたのでした。

「継承することはとても難しい」

確かに、時代と共に風化してしまうことはありますが、それでも、「より良い議会をつくっていくことが、つねに意識してつくりつづけていくことが私たちの役割」という点についてはいつの時代も変わらないのでは?と思うのですね。主体的にその想いを持てるのかどうか、その想いで日々の仕事を重ねているのかどうか…結果が違ってくると思います。当たり前のことですが。やっぱりパフォーマンスは変わってきそうですね。

「市民のための議会」「市民からもっと評価される議会をつくりたい」。私はずっとこの想いで今までやってきたかなあ。ここだけは変わらない。

そういえば、この間の出初式。「お席の確保は難しい」ということで、議員も立ち見で参加していましたが、行き交う人々がいる多摩中央公園での開催はやっぱりいいなあと思いました。

とにかく寒いっ。

今日は朝からずっと「寒い」…を連発してしまうくらい、冷たい一日でした。定期的に歯医者さんに通っているので、運よく?かわかりませんが、治療しなければならない箇所が見つかり、しばらく通院しなければならない…。歯科治療の技術もどんどん発展しているので、昔治療したところに不具合が生じているというわけで、困ったものです。「昔のやり方なんだよなあ‥‥」という先生のつぶやき。「なるほどなあ」と思うしかありませんが、「虫歯は削るもの」という考えそのものが古い。

さて、大規模改修工事完了間近の諏訪北公園もあと一息ですね…公園の入り口というのか、エントランスにあたるところの階段だけは昔の面影のまま・・・他が大々的な改修というか、駐車場を拡張するなど改造されていますので、ここだけ手を入れていないことが逆に目立ちすぎている気もしないわけでもありませんが、私にとってはこの階段もよく遊んだ思い出深い場所であって、残してもらえるのはありがたいことと言えるかも。そろそろ、ここにも有料駐車場にするための設備機器が設置されるんだろうなと思って、毎日見ています。

今日も数時間だけポスティングをしながら、地域の微細な変化を見つつ。古い家が取り壊されていたり、工事中だった建物が完成されていたり、転居されたところもあれば、新しく人が住んだところもあったり…自分で地域を歩いているから見えることやわかることがあります。ただ、やっぱり、高齢化が進んでいるんだなってことは地域をずっと歩いていると実感できることもまた確か。お一人住まいの方も増えてきたような気配がするのは、洗濯物の数がとっても少なかったりするからですね。

とにかく強い風が吹き、軒先に出し、回収を待っている空き缶やら古紙などが飛び散っていたのですが、回収業者さんも気がつくところでは拾ってくださっているのかもしれません。ありがたいなと。最近、ドライバー不足などのことも言われていることもあり、ごみの回収などもきっと同じことが当てはまるのだろうなと考えてみたり。

夕刻から、諏訪地区の青少年問題協議会があったので出席してきました。諏訪児童館の館長さんが単に「次回のイベントや催し案内」に留まらず、とても丁寧に子どもたちの様子を伝えてくださり、ありがたいことだなと感じます。身近なところにあっても、外からただ見ているだけではわからないこと、知らないことの方が多いものです。地域にきちんと軸足を置きながら、しかし、その立ち位置を俯瞰もしつつ考えていくことこそ、多摩市全体のための政策づくりには求められていくのでしょうね。

さて、明日もまた、朝の駅頭活動から始まります。何しろ、寒さ対策万全にしなければならないなと。頑張りすぎず、でも、頑張ります。

「開かれた議会」

無病息災を願う伝統の行事についても、時代環境と共に肩身が狭くなるというのか、取り巻く事情が異なってきて、今は「点火をしない地域」もあるやに聞きました。諏訪小学校で恒例行事として開催してきたどんど焼きも同様で、近隣に配慮した新たなやり方を模索…。結果的にはキャンプファイヤーのようなやぐら?になっておりますが、それでも、辰年生まれの子どもたちが点火し、炎が立ち上がれば歓声が上がり、天にたくさんの祈りが舞い上がってくれたかな?とは思います。

「字が上手くなりますように」…って書初め用紙も多数、燃えていきました。終わった後に校庭をきれいにするところまでが大事。各地域でのことを聞いても、裏方をやる人手の確保など、長く継続していくためにはいろんな意味で理解が広がっていかなければならないんだろうなと感じます。

夕刻から、諏訪神社のどんど焼きものぞいてきましたが、「こんなの今でもやっているんですね」って声を掛けられて、「そういえば、私も、多摩市に引っ越してきてから体験した行事の一つだな」と思い起こしました。「学校とかでやっていて、驚いた」とも耳にしたことがありますが、多摩市内ではわりと学校の校庭を使用したどんど焼きが行われていて、市内に限って言えば、物珍しい感じはなく当たり前なのですが。それだけ、広々している校庭と周辺環境と…恵まれた条件がある証拠かもしれません。

さて、今日は市庁舎建替基本計画特別委員会の意見交換がありまして、ざっくばらんに話し合いながら、各会派の考えを出し合いながら合意点を探る作業でした。意見のすり合わせというのは、文字面だけでは伝わってこないことまで理解できる点がよいなと思います。本当はこうした場こそ、市民に「見える化」できると、「議会って、意外と面白い」と思ってもらえるかも。そのことが「開かれた議会になる」ために大事な要素の一つになるのではないか…とさえ思うのです。

今日の話し合いでも、新たな本庁舎の「議会フロア」をどう設けていくか…そのために最低限でまず合意できる「こうしてほしい」についてざっくりと意見の方向性を纏めていきましたが、「開かれた議会にするためにも、設計思想は大事。だから、本会議場を市民開放していく。使ってない時にはどんどんいろんな人に使ってもらうべき」という意見が出され、それに対し、賛否両論。議会が開催されていないときの本会議場は「稼働率が低い」とする意見も理解できないわけではありませんが、本会議場を市民などに貸し出していないのは「閉じられている」という考えに、私自身はどうもついていけず。なぜなら、例えば、市長室を「ガラス張り」にすると「行政運営の透明性が高まる」と直に結びつくものではないことと同様。要するに実が伴っていかなければ、単なるパフォーマンスに陥るだけですね。また、本会議場の貸出の有無が「開かれた議会」かどうかを測るような評価指標にならないと思うからですね。

「開かれた議会。」

これを考えていくうえで、やっぱり大事だなと思うのは、会議の公開とか資料の公開やら共有とか、そこから始まる気がするのですね。まずは、傍聴しやすくすることが最優先であって、さらには傍聴した市民が「また、見に行きたくなる」というような議論が行われているとか…が何よりも重要。「議場を市民に使ってもらう」よりも前に取り組むべき点、改善するべき点がいっぱいありそう。まあ、「だから、使わないで」というわけではないのですが、多摩市ってこれだけホールとして使用できるような公共施設もそろっていて、あえて本会議場なの?‥‥とも。

「そもそも、市民って本会議場を利用したいって考えているのだろうか?ニーズが把握されていないのでは?」

という意見も出されたのですが、市民のニーズはそれほど高いとは思えないです。「使って!」と宣伝していなければ市民は使えることも知らない…というのもご尤もですが、でも、正直言って、現在地での建替えを考えると、ニーズが高まるようにも思えません。興味本位で議場を使うということはあったとしても、それ以上でもそれ以下でもないような…もっと便利な立地によい公共施設があるのでは?みたいな。そしてそっちをまず使用してもらう方がよいのでは?みたいな。

 

また、議会は1階に配置して、市民から最も見えやすい場所にしたらいいのでは?という意見に対しても思ったことですが、とにかく既に決定している「現在地で建替え」ですし、「どうにもこうにもわざわざ来なければならない」多摩市役所本庁舎であって、そこにある「多摩市議会」にならざるを得ません。1階に設置をすることで得られる効果とか、意味も期待されるほどにはならなさそう。いずれにせよ、「わざわざ来てもらう議会」になってしまうわけですから。「わざわざついでで、どこの階にあろうが、まあいいかな」とも思ったりするのです。「わざわざ来なければならない」について、私は今でも引っ掛かっていますが、「みんなにとって等しく不便な場所での建替え」を選択している現状を直視したいものです。まず、大事なことは「開かれた議会」になるための内容の充実。わざわざ苦労して、人をかき集めて「議会報告会」などをやるようなことではなく、人が集まっているところに議会が出張していって、見える化していく取組みとか、もっとできることもあって工夫するところは別。個人的には「議会フロア」のセキュリティについては高めておいた方がいいと考えています。そのことが市民をシャットアウトするとか、そういうことと思われないようにするのもまさにソフト、内容次第ではないかなと。

華美にせず、必要な機能がきちんとある議会があればいいなと思ってます。そして、議会図書室は行政資料室と一体化することで充実が図れないかな…という点だけは考えておきたい。

鏡開き。

なるべく季節行事を大事にしなければいけないなと思うものの、スキップしてしまいがち。「今日は鏡開きだから‥‥」と言われたので、「ああ、そうだった!」と。

年末にようやっと完成させたニュースが届いたのですが、能登半島の地震のことについて触れずだなあとか、後から読み返してみていろいろ思うところあり。今回は「本庁舎の建替え」について書いています。ここ2日間も、市役所建替えに向けて視察をしてきたものの、多摩市のように

「庁舎機能のDX(デジタルトランスフォーメーション)を念頭に、行政サービスの向上や働き方改革の促進本庁舎の建替えを契機に、行政のデジタル化の進展による庁舎機能のDXを進め、行政サービスの向上や職員の働き方改革を推し進めていくことが重要です。基本構想の策定にあたっては、これらを念頭に、これまでの手続きなどについては、主に、市民が本庁舎の窓口に訪れるサービスのあり方(集約)になっていましたが、今後は、中長期的な視点にたち、市役所の各業務の性質や本市のまちの特性などを踏まえて、出張所などの他の公共施設との連携、役割分担なども考慮し(分散)、本庁舎に求められる機能について検討します。」(多摩市役所本庁舎建替基本構想策定方針より)

なんて方針のところはなく、基本構想にあるような「本庁舎連携・拠点サービス充実型」という考え方で市役所建替えに取り組んだ事例は学べていません。

「①駅近や各地域など市内各所でのサービスが充実し、②職員が多様な拠点で働くようになり、③本庁舎がサービス拠点と連携して、それらが一体となって機能する市役所 」(多摩市役所本庁舎建替基本構想より)

新しい取組みに挑戦しようとする…と言えば、聞こえだけはよいものの、一体そのなかみをどう具体化しようとしているのかなど、正直、イメージがわいてこないのです。拠点サービスを充実していくといっても、そもそも、どこに拠点を設けていくのか?ということすら見えてきません。議論が十分に煮詰まらないままに、進んでいくとしたら、それこそ禍根を残すだけのこと…。見切り発車とは言わないまでも、それとはあまりかわらない状態でとりあえず、建替えだけしてしまうとしたら、無責任な感じがしてしまって仕方がなく。

すでに、現在地での建替え方向に決定したところから、話しが進んでいるのですが、「用事が無くても、ふらっと行ける場所にすることが大事なのでは。」という声を聴いていても、「なるほどな」と思うのです。何となく足を運んで、そこで市政情報に触れるとか、知るとか、そんなきっかけができやすくなるというのはその通りかなあと。

100年先にも続いていく。

そのことを考えると、私は市役所本庁舎の「場所」の問題が実はとても重要だと思えてくるのは、年明けの「まちの賑わい」が静かすぎたからかもしれません。何となく、いつにも増してそんな印象を持ちました。南大沢と比べても、その活気の違いは明らか。

さて、とりあえず、多摩市役所の建替えの重要な考え方である「本庁舎連携・拠点サービス充実型」と切っても切り離せない関係にあるのが「DX」というやつ。これもまたわかるようでわからない中身だと思っているのですが、明日は総務常任委員会で勉強会が予定されています。「DXと働き方改革」もまた結び付けて言われるわけですが、DXが進んだら、職員の仕事はどう変わっていくのでしょう。勉強しなければならないことばかりで、ついていくのに必死。