不登校…その先。

クールシェア…しかし、今日はあまりの暑さに…日中はしーんとしていて、歩いている人がいない…という状態。もちろん、車は窓をピッタリしめて走っています。クールシェアをしようと思っても、そこまで行くのが大変だったりして…というくらいに暑くて、外にいると本当に意識が飛びますね。筋肉量が少ないと熱中症になりやすいそうですから、気を付けないと。

さて、不登校問題をやっていて思うのが「不登校…その先」という課題。「不登校」とプラス、セットになって語られてきたのは「ひきこもり」。今は、「不登校」についても社会全体でも捉え方や考え方が変わりつつあり、それなりに居場所を整えることの必要性も言われるようになってきたのもごくごく最近のこと。ひと昔前に「不登校」や「不登校ぎみ」から社会との接点を持つチャンスがなかなか持てないままの場合、言ってみれば、私と同世代の場合には結構辛くて厳しかったりするのです。身体があまり強くなく、学校を休みがちとなり、そのまま外部との接点をうまく作れずにいるケースもあり、チャンスさえあれば、きっかけさえあれば、もっと積極的になれるのになと感じることも多いです。

不登校の問題は大きく取り上げられるようになった一方で、「ひきこもり」のことについては、その実態把握も十分にできているとは言い難く、課題認識はあっても、どこから手をつけていけばいいのか、実はとっても難しい場合もあります。沈んでしまった気持ちを少しでも解きほぐすことができるといいのですが。どのようにすればきっかけを見つけてもらえるのだろう…と感じるのです。

■介護者の支援 家族の負担をどうやわらげる(読売新聞 社説  2023/07/12

「介護保険制度は創設から20年余を経て定着したものの、急速な高齢化に伴う課題は、保険制度で対応できる範囲を超えている。」…私にとっても切実な課題であり、最近、痛感していること。これから、本当に大変になっていくと思いますが、不登校や引きこもりの問題も家族内で抱え込んでいる場合も多く、子どもと寄り添ってきた親が年を重ねていくとなれば、これまた、問題がかなり複雑化するというか深刻なこととなっていくに違いないのです。

それにしても、「健康」というのは、簡単に手に入るものではないのだなと。いきいきとした暮らしを手に入れたければ、それなりに心がけて、努力することがいかに多いのか…周りを見ていても思うこと。

今日はわらび餅がとてもおいしい昼下がりでもありました。課題を知れることはとてもありがたいこと。ただ、その課題の重さに、実際問題、どう取り組むべきなのかを考えさせられ、すぐに答えが出なさ過ぎて…悩ましいのですが。インプットが多いこの時期。それだけ、行政の支援、支援というよりは、その前に行政に理解してもらいたいことも多いのかもしれません。支援策の有無以前の問題として、「理解してもらえていない」ということが、当事者を一番苦しめることですね。

#これからの育児

今日も暑い一日でした。ちょっとだけクーラーを入れてみましたが、とても苦手。京都からのお土産です。定番の八つ橋は冷蔵庫に入れてからいただくことに。修学旅行の時に必ず買うお土産。あんこ入りではない、「皮だけ」もとても好きですが。

さて、私はテレビはほとんど見ないというか、普段はコンセントすら抜いてある状態にあるのですが、「受信料をしっかり支払っている」のでNHKだけはパソコンで時々見ています。なかでも「クローズアップ現代」は時々見ていますが、今日の番組はとても良かった…むしり、懺悔する気持ちで見てしまいましたが、「子育て苦しい」「子どもが重たい」…と思ったこともある自分のことを振り返りながら、時々心痛くなりながら視聴しておりました。

#これからの育児

一週間は見逃し配信をしているので、こちらの番組はおススメです。

子育てだけでなく、介護の問題も同様ですが、「社会化」というのはなかなか理想と現実があり、介護保険についても今、もう一度、自分なりのおさらいをしているのですが、「増える支出」「減る収入」の見合いの中で、「社会化」に向いていたベクトルが内向きになってきた気もしています。そしてまた、介護サービスなど、利用者の手元で負担のことがあって、もちろん使えるサービスの量についても介護度によって限度が設けられているのですが、だからと言って「使いたいだけも使えない」状況に陥ってしまう心境など、すごく理解ができるというのか。

「子育ての期間」には何となくの目途をつけられ、自分自身のライフプランにも見通しが立てられるとは言え、「介護の期間」はいつまで続くのか、終わりを想像することすらできないところもあって、子育てよりももっともっと苦しいのかもしれませんね。切実な課題として背中にのしかかる重さは介護度が増せば増すほどに重たく重たく重たくなっていきます。それはとても気が遠くなりそうなことです。

地域での夏の催しも復活しつつありますが、コロナ前よりも一段と温暖化も進み、気候も変化していることを思えば、やっぱりやり方を変えていかないと辛いですね。夏はやっぱり…あんみつ。クリームあんみつはカロリー高めなので我慢して。毎日に追われていて、なかなかゆっくり時間が取れずにいましたが、久しぶりに友人や知人との情報交換もしたりして、充実感と満足感。地域をどう捉えているかとか、考えているかとか…むしろこっちがとても勉強させられます。

「あ、新しい図書館ね、しばらくしてから行く。混んでるの嫌だし。」

という一言はとても的を得ていて、私も同じく…と思っていますが、「駅から遠いし、あそこまでこの暑さでは歩いていけない…」というのがホント、その通り過ぎて、返答にむしろ窮します…。それまた、「そうなんだよね…」と思わず相槌を打ってしまうので。そういえば、パルテノン多摩もリニューアルオープンをしてから1年となりますが、経営状態はどう改善されているのでしょう。今、「リニューアルオープン1周年記念」を打ち出して大ホールで行われている公演のチケットが「9,500円」はとても高すぎて、「観てみようか…」にはならない。なんか足が遠のいてしまうんですよね。

先日の「多摩市合唱祭」はとても良かったですけれど。第50回記念の出場団体コラボでの合唱もなかなか聞きごたえがありました。「この舞台に立てるのがうれしい」…これなんですよね。とても大事な一言。しかし、大ホールは気軽に借りれるような場所ではないですね。市民が借りようとすれば「大きすぎる」…でも興行収入を得ようと考えれば「少し小さめ」…こういう時に使うのが「帯に短したすきに長し」ですね。きっと。

日本列島、豪雨に襲われている被害にも胸が痛み、そして熱中症で搬送というニュースにも、肩を落としてしまう感じ。地球温暖化の影響を実感するばかりです。とにかくみんなが無事に過ごせるように。これが一番の願い。

まちじゅうサウナ。

週末…諏訪商店街のサマーセールがありましたが、ホント…曇りでよかった、助かった。今日の朝からの暑さは一体何なんでしょう…というくらいに、暑い。なるべくクーラーは緩めに…と言っても、効かないクーラーみたいな感じかもしれませんね。日中、しばらく車を停車しておきましたけれど…車内に表示される温度計「41度」になっていました。とにかく、室外機から恐ろしく熱風が吹き、まちじゅうがサウナ状態!

おかげで、いい汗がかけるのか?すごい。脳みそが働かないくらいに暑いのに、セミが元気で、子どもたちも汗だくで走り回っていて。

先週、教育総合会議なるものの傍聴に行き、中学校の部活のことが話題になっていましたが、こんなに猛暑のなか子どもたちが「未だ昭和風」な発想で行われている大会などに出場すること自体があり得ないと私は思っていますし、そりゃ、体育の授業もね…かえって健康を害しそうなほどですね。いろんなところで歪み。先進国が利便性をどんどん追求し、ますます追求するその先に…待ち受けているものは?とすら思うとガックリ来てしまいます。

ということですが、諏訪商店街のサマーセールでは地域団体が参加してステージ発表があり、子どもの居場所「リバティ」の子どもたちもそのために一生懸命練習を重ねてきて、無事にその歌声やダンスを披露することができました。プチ文化祭みたいな感じになったのが本当によかった。どちらかというと、学校ではおとなしかったり、ガンガン目立ってなタイプの子どもたちですが、自分たちで歌いたい曲、踊りたい曲を選ぶところから始まり、週末、みんなで一生懸命練習を重ねてきました。もちろん、希望者だけが出演するので、そっとその様子を見るだけの子どももいました。それでも、最後、「手が空いている人、片付け手伝って~」という掛け声があると残っている子どもたちみんなが気持ちよく、大人と一緒にお片づけをする風景も。心がほっこりする空気感に包まれていました。

一生懸命やる。そしてまた、知らない人たちの前で披露する。「みんなで一緒だから、恥ずかしさも分かち合って」…子どもたちは、みんな明るい。「学校が苦手だなあ」…子どもたちの姿や様子からはそんなことが全く感じられないくらい屈託がなく、みんなが笑顔になってました。ステージに出た子も出ない子も。みんながそれぞれの居心地の良さを感じてくれていることが大切なんだろうなあ。

おそろいのTシャツ。ステージ衣装として作成して、子どもたちは自分のお気に入りの色を選びました。もちろん「着たくない」という子どもには無理強いはしません。色とりどりのカラー。多様であっていいよね!

リバティを運営しているメンバーの想いものせ、子どもたちがステージに立ってくれて感激でした。どうもありがとう。学校が「行きたくて行きたくて仕方がないくらい楽しい!」ってところにならないには何故?

まだまだ「イエ意識」に縛られる社会。

20年来のご縁をいただいている丹羽文生先生の「政治学入門」の授業へ。毎年ずっとお招きをいただいて、「女性の政治参加」について話しをさせていただいています。とにかく・・・私が大学を卒業し、就職をした1999年6月に「男女共同参画社会基本法」が成立していて、それから何年経っていますか?…という話しの現在。日本の現状を客観的の捉えることができるジェンダーギャップ指数の低さを考えると、「どんだけ、進んでないの?」との捉え方もできるのですが、一方で、「それでも進んできたと思う」という肯定的な評価もできないわけでもなく。さて、何が、女性の活躍を阻むものは何なのか…ということです。

大教室での授業と先生のゼミにも参加し、ディスカッションをさせていただいたのですが、「親戚とかが集まっても、政治の話しをしているのは男性で、女性の人たちはあまりそういう話しをしていない。男性の方が政治に興味があるような気がする。」とか「出産とか子育てもあるから、女性は参加するのが難しそうだと思う。」「昔から、男性が権力があるというイメージ。」「女性はお金もないから、活動するのが大変そう。」などなど…普段、それほど意識高く政治のウオッチャーをしていなかったとしても、感性というのか、今まで見聞きしていることなどを通じて得られている情報が的を得ているものばかり。私もとても勉強になりました。大学生は性別役割分業を是とはしなくとも、取り巻く環境はそうなっていることがわかりますね。

丹羽先生が授業の導入でおっしゃっていたように「日本社会の気風や文化」に根差して、「日本の政治」があるわけで、正直、「イエ意識」がまだまだ日本社会を跋扈していて、政治の中心を担っている人材の意識に根強く残っている価値観がぐらぐらも動いていないのだなと私は受け止めています。「女性も大いに活躍してほしい」とか「女性の皆さんの感性をもっと社会に活かしてほしいとか」…タテマエと本音…。女性の議員を増やすためには、男性が長年占領してきたともいえる「議席」を女性にお譲りいただくことが必要になるので。

少しだけキツイものの言い方をすると「可愛げがない」とか「生意気だ」とか言われてきたような歴史を持つのが私たち女性。もちろん、その一方、男性も「男らしくない」とか、「めそめそするな」みたいなことを言われてきた歴史もあって、それぞれが「性別」による「らしさ」を強いられてきたともいえるのですが、とにかく、「男女共同参画社会基本法」から24年も経過していて、イマココ…を私たちがどう考え、そしてまた、大学生の皆さんがどう捉え、これからどうしていきたいのかを考え続けなければならないでしょう。

そして、その延長線上にこそ、「政治を選択する」行為があるのではないかと思うのです。「生きたい社会は自分でつくる。そのための一票。」…投票に行くことを躊躇わず、放棄せず。何せ、とある調査によれば、「投票所に行くのがめんどくさい」が若い世代の投票に行かない理由のトップになっているのは、この国の政治教育の結果とも言えます。選挙権が18歳に引き下げられることが注目され、話題になったころは「主権者教育」が取り上げられましたが、今はもうまた元の木阿弥状態にも受け止めています。それほど、定着しているわけではないのに。

「昭和時代」には個性的でキャラクターの濃い政治家が多い印象がある。ゼミに参加して、そんな興味深い話も聞くことができたのですが、若い世代にとって魅力ある「政治家」さんって誰なのかなあ。聞きそびれました…。毎年、好き勝手に?…経験に基づく持論を披露させていただく機会は、自分の振り返りと学習にもなる良い機会です。ありがとうございました。

多摩中学校の「聖蹟ハニー」を支える人々。

多摩市内の小中学校は全校がコミュニティスクールになっているのですが、その在り方は学校ごとにさまざま。学校の歴史、立地などなど、やっぱり「伝統」というのか、そこにある年輪を感じずにはいられないわけです。先日、聖蹟桜ヶ丘では「ふるさと多摩 夏祭り」が行われていましたが、多摩中学校の「聖蹟ハニー」の販売ブースがあり、私もひと瓶だけ購入してきました。この活動を支えているのは地域学校協働本部の皆さん、地域の皆さんです。

「ちょっとだけ、値段を上げさせてもらったの。ごめんなさい。」と言われながら…多くの人に知っていただきたいので、まずはひと瓶。日本製の瓶にもこだわっていると伺いました。大事なことですね。まだ、味わっていないのですが、こちらは「桜」のはちみつです。そして、その際、「よかったら、蜂蜜を収穫するから、見学にどうですか?」とお誘いをいただいたので、「わあ!うれしい!」と今日…早速足を運び、見学をしてきました。

多摩中学校の子どもたちも養蜂をしていることを学校の特色であり、自分たちにとっての自慢にもなっているのかな。「この活動があるから楽しくて、不登校にならなくて済んでいるんです。」というお声なども寄せられるようですが、廊下からも多数のミツバチが飛び回っている様子が見えます。そこを狙うスズメバチの駆除のための装置も設置され、厳重に守られているのですが、襲撃されたら本当に大変。

ミツバチはセラピーにも使用されていますが、大騒ぎしなければ、自分たちの仕事に専念するので穏やかです。「1匹のミツバチからティスプーン1杯のはちみつ」…と言うのにはびっくり。どれだけ働いているんだろう…。そしてまた、一生のはかなさも感じてしまい、遠巻きにですが、「がんばれ!」と声掛けしたくなる。

はちみつがどれだけできているのかチェックしています。

 

そして、はちみつを絞り出すための装置にセットする前に…密蓋をソッと取り除きます。私もこの作業を少しだけお手伝いしました。

これが取り除いた、蜜蓋の部分。ミツバチたちの労が詰まっているので、簡単に捨てることはしません。

本格的な養蜂…とはいえ、作業はとてもアナログ。こちらの装置は手回し。滴るはちみつ・・・。この装置は、同じく養蜂活動をしている東愛宕中学校でも見たことがあります。既にみなさん手慣れた様子で作業はサクサク。今日は日中で生徒は参加していませんが、いつもは生徒の皆さんと一緒に活動します。このタイミングで一度、採蜜しておく必要があるのは、「夏休みの子どもたちとの活動」に備えるためだそう。ミツバチがせっせかと活動する時期なので、どんどん蜜ができてしまうので…とのことでした。

まさに、子どもたちの学習というか学び、活動を支えるための地域学校協働本部の活動。学校の活動を横目に見つつ、活動の組み立てがされているようです。夏休みには実際の養蜂を見学に行くツアーも予定されているのだとか。

とにかく地域の皆さんの手際の良さ!もう、手慣れたもの…という感じです。不純物を取り除いて、ボトル詰め。全部で25本くらいのボトルに詰め終わりました。こちらのボトルから、瓶に移し替えるところの作業は、今後、生徒の皆さんと一緒にやるそうです。おつかれさまでした!

 

作業がひととおり終了し、片付けをしたところで、装置などに付着した蜂蜜を…最後の最後まで大切に使うために…蜂蜜レモンにしてくださり、みなさんとおいしくいただいてきました。ありがとうございます。

さて、ボトルに詰めた収穫した蜂蜜を瓶詰にして、シールを貼ったり…そんな作業をしながら、生徒の皆さんとこの活動を支える地域学校協働本部の皆さんとの会話が生まれ、交流につながっていくわけですね。そして、もちろん、一緒に販売もします。はちみつの収穫、採蜜活動についても、もちろん、生徒の皆さんと一緒に。「この活動に我が子の学校生活が支えられている」という保護者さんの気持ち、頷けるなあ。

 

多摩中学校の場合には、「支え手」になる地域の皆さんを何とか確保しながら、活動が継続できていて、PTAの保護者の方も「お仕事に行く前まで」とギリギリまで準備などをお手伝いされている方もいらっしゃったりで、ちょっとだけ覗いただけですが、「この活動を応援したい」「関わっていきたい」という想いが集まっているなあという印象でした。「年齢的にも仕事がひと段落したところで、『お手伝いしてみませんか』」と声掛けがあって、関わるようになったという方もいらっしゃり、「交流もできるし、とても楽しい」とおっしゃっていました。「関わる」というのはめぐりあわせだったり、タイミングだったりするなと常日頃感じていますが、「きっかけ」の有無で大きく左右されますね。「そのきっかけ」をどう投げかけていくのか、ますます、これからは問われることになりそうです。

よい活動も担い手がいなくなると先細りになってしまうので。これは、ここに限らずの「地域の抱える課題」でもあって、実際に「今の若い世代の方々はみんなお仕事もしているから、大変よね。」とおっしゃる意見を伺い、担い手をどう確保し、活動を継続していくのか、「それを考えていくことも楽なことではない」という一面も垣間見たりしました。そしてまた、教育委員会が旗振りをするコミュニティスクールについても、地域の側の活動が活発になればなるほど、「先生たちも大変になるし負担になっていくのではないか」とも伺いました。地域の方々の熱心な活動について、当然ながら、学校は無視することもできませんし、特に管理職の先生方を中心にしながら、地域とのかかわりを日常的にもつないでいくところ…行事が増えれば、それなりに負担にもなっていくと思うし‥‥という狭間の中で、活動量の塩梅をされているようなことも伺いました。なるほどなあと。

 

学校の事情も理解しつつ、でも、地域として関わり続け、学校の教育活動全体をより良くしながら、地域全体も良くしていくような…そこを俯瞰する「要」になる人の存在が大事で、重要なんだろうなあとしみじみと感じたのでした。そして、「聖蹟ハニー」の売り上げが、また次の活動を支える資金として循環していくことになるので、このシステムが継続していくのはありがたいことですね。「聖蹟ハニー」を使用した地元のお菓子屋さんとのコラボ商品とかもあり、好評です。

 

とは言え、こうした活発に活動をしているというか、いいかたちの活動が企画され、成り立つ学校ばかりではないのも現実。「公教育」というからには、本当は多摩市内どの地域に住んでいても、内容はそれぞれ特色を持たせていて「差異はあっても、遜色はない」と言えるようになっていくのが理想ですね。そのために、汗をかくのが行政であり、教育委員会ということになるのでしょうか。いい活動だなと思う一方で、多摩市全体のことを考える時、見えてくる課題もあります。かけ声だけでは進まない…。

明日はまた「女性と政治参加」というタイトルで、話しをする予定になっていて…そのスライドをつくり始めたのに、保存の失敗をするとか…意気消沈する出来事に見舞われてしまったのですが、気持ち立て直して、やっと完成まであと一歩!

 

そっと見守るだけしかできないのかどうか。

今日から解体工事が始まるというので、市民の皆さんから監視活動を行う…という呼びかけがありました。市側も関係部署が見守るということも伺ったので、私も足を運んできました。いつものように朝駅の活動をやってから合流したので、少し出遅れ…市民の皆さんは「よこやまの道」に回られていたようです。取材陣が多く…注目されているというのか、話題になっていることだけはわかったのですが、それでも、市内の知人に伝えますと「知らなかった‥‥」と驚く声も聴こえてきて、市民の皆さんもそのアンテナにょって、まだまだ話題について知らない人も多そうだなと感じたところです。

市長からも、今回の件については宗教法人側に申し入れを行っていて、一応、工事を周知するための案内が出ていたり、聞くところによれば、工事現場に必要となる看板も昨日一昨日くらいの段階で設置されたようですね。

宗教法人。組織としては合法的、そしてまた、今回の土地建物の取得も建物の解体工事についても、法に則って粛々と進めているだけの話し…となるのでしょう。ちょうど、去年の参議院選挙から約一年、そしてまた、首相襲撃事件からも同じだけの年月が立ち、当該宗教法人が世間に改めて、その問題点を露呈、次々と明らかになる反社会的な活動…仮に、こうしたことが全く明らかにもならなかったとしたら、私たちはこうしてこの場所を話題にすることもなかったのかもしれません。

いろんな想いが複雑に交錯するものです。純粋に教えを守り、日々の暮らしを維持してきた方も存在し、実際にも「信じる者は救われる」と気持ちを保ってきた方がおられます。信仰が否定されるわけではないところがとても難しい。身近にそうした市民の方もおられます。それを洗脳ということは簡単ですが、本当に難しい。

思想信条の自由…と言われれば、それまでの話しであって、それ以上進むことが難しい。ただ、今回の場合には、「反社会的な活動」が明らかになっている限り、もっときちんと追求されていくべきと思っていますが。事実をしっかり解明していく責任は「国」にあり。

尾根幹線からの入り口付近、こんな感じでした。現場の中には「仕事」としてガードマンさんたち、いらっしゃいました。

さすがに、工事現場の足場を組み立てるような機材を乗せた大きなトラックが入った時には何となく意気消沈でした。合法的な活動が行われている限り、何も手出しすることもできず、口出しをすることもできない。

市長もその中で、法的に安全ラインを守りながら、ギリギリのところで当該団体への対応をされていると思います。公式ホームページでもその対応状況について情報が更新されています。(宗教法人世界平和統一家庭連合からの多摩市への回答と既存建物解体工事の着手について

今のところ、注意深く見守っていくしかないのですが、とにかく国の判断によって、私たち多摩市の運命が左右されていく感じで。市の主体性とか、積極性とか…そんなものとは無関係に進められていくことでもあり、市長がどんなに申入れをしても、直訴しても…相手方が見ているのは私たちのまちや市民ではない感じがしてしまう。

注意深く見守ることはできても、それしかできない…のかどうか。

 

昨日、「檻の中のライオン」…講演で全国飛び回っている楾弁護士さんの話しの2回目。この講演はリピートして、何度リピートしてもいいくらいにおススメ。大学の同窓ということだけでなく、広島の知人つながりもあって、だから、余計に親近感。話しを聴くたびに、もっとちゃんと勉強しなければならないと思います。また、多摩に呼んで、お話しをしてもらえたらいいな。