超高齢社会と直面している。

今は市議会議員を引退されている菊池富美男さん、安斉きみ子さんが呼びかけ人となり、永山と諏訪地域の高齢化を考えるための勉強会が開催されました。高齢福祉課長をお招きして、まず現状について理解し、参加者で共有する場をつくってくださいまして参加してきました。池田けい子議員、折戸小夜子議員、しらた満議員も参加されていました。

高齢支援課長からはとてもわかりやすい現状の説明があり、これからますます高齢者が増えていくことが数値でも示されると、本当に切実な課題であり、特に、今後、認知症の方が増えてくるという予測はどんどんと現実のものとなっていくはずです。認知症に対する理解は頭ではわかっていても、実際に、直面し、介護する立場になると、いろいろな意味で辛い。

ちょうど、ニュースに「年金月13万円の88歳母を〈10年間壮絶介護・総費用600万円〉…「やっと死んでくれた」精魂尽きた55歳長女の悲しすぎる涙【CFPが解説】」(yahooより)と流れてきたので、一読してしまったのですが、本当にいろんな意味で辛い。お金の心配がない人のほうが少ない。

出席された方は20名ほどでしたが、かなり辛辣に意見が出され、特に「地域の見守り体制」に関しては、地域包括支援センターの在り方を含め、課題として私たち議員も持ち帰るべきことがあるなあと感じました。高齢者がどんどん増えていくのに、包括支援センターを支える人手は増えていかず、結果、仕事の負担がどんどん重たくなっていきますね。この辺りも含め、検討課題になると思っています。

「いつまでも元気でいたい。PPK(ピンピンコロリ)がいい。」

誰しもがそう思っていること。私の世代も親のこと、介護のことなどが話題になると「ピンピンコロリでいきたいよね。」「子どもに迷惑かけられないよね」と普通にしゃべっている事項です。

でも、思っていても、全ての人がそういうわけにはいかない。とあるきっかけから、介護が必要になる場合がほとんどでしょう。私は介護者が辛くなるのはやっぱり「孤独になること」と思っていて、一番はやっぱり、介護のことを一緒に考えて動いてもくれる家族がいることが心強いですね…となると、やっぱり介護は家族の負担になっていきます。子育ても同じこと。「子育ても介護も社会で担う」…でもやっぱり、最後の砦は家族になってしまう…これは私の実感です。そして、子育ても一生続くとはいえ、子どもの成長は喜びであり、だんだんと子どもが親離れし、自立の道へ進んでくれるので希望もある一方、介護の現実はそうでもなく、だんだんとその負担が増していく気がしますね…そしてまた、介護者も歳を重ねていくとき、その負担感は半端ないものになっていく。周囲で介護される方の忍耐力、今の私に耐えられるだろうかとも思ったりするのです。

「子育てが何となくひと段落してから、介護・・・」というのではなく、晩婚化とともに、「子育てと介護」が同時期に重なって訪れるような場合も増えていく気がしていて、経済状況を考えても「働かなければいけないし、子育ても介護もしなければならないし‥‥」とタブルケアのことも考えていかなければいけないでしょう。

そうした中で話題になるのがコミュニティとか支え合い…ということですが、その担い手が全く足りていないのも現実で、社会福祉協議会が2か月に1度音頭取りをしている地域福祉推進委員会の「馬引沢・諏訪地区」の集まりでも課題認識はあっても、そこをどう解決していくのか…毎回会議をやっているだけに終わっていて、参加者からも「正直、楽しくない会議」「この会議の成果はどうなっているのか」と厳しい意見が出されました。やってもやっても、いつも「これから、どうしましょう」になってしまい、次に繋がっていかないという焦燥感が先立ってしまうのも致し方ないですね。

住民同士の交流は大事だと認識し、コミュニティの必要性も理解しているとはいえ、物理的にも関わることが難しい…というのも現実で、特に今の現役世代は「働いても働いても」の状態で、とにかく忙しく忙しく休みなく働いている人の方が多い。そのうえ、コミュニティの活動も…と被さってくるのはやっぱり過酷だと思うのです。多摩市だけの問題でなく、社会構造というか、今の社会の在り方がどこか歪んでいるとしか言いようがなく、そう思うと、私もため息ばかりになってしまうこともあるのですが。

コロナ禍で中止されいた地域での夏祭りも復活しているとはいえ、これからもずっと存続するのかどうかとか、担い手をどうするかという問題にはみなが直面していて、たびたび、耳にする話題でもあります。それでも、復活させるのはやっぱり交流失くして、地域は成り立たないことが認識されているからだと感じます。ただ、何かを実施するとなると、動かなければならないので、なかなか言い出しっぺにはなれず、「想いはあっても動けない」という現実の狭間に立たされている人も多いかなと。「お手伝いはできるけれど、中心的に動くのは難しい」と考えてしまって当然でしょう。

 

こうした中で市行政として、これから「コミュニティ」をどう支えていくのか、ますます問われていくことは確か。地域ごとに配置されることになっている「担当職員」もどんな風に実働部隊になっていくのか…よく見えない。そんな中で議会の役割も考えていきたいものです。安全に暮らせ、私たちが安心できる時間をここで得るためにどうすべきか。「よりよい社会をみんなでつくっていく」ための税金の使い方が問われていきますね。超高齢社会にあり、私たちは何を優先にしていくべきか、問い直す作業をしていきたいものです。