2024年第2回定例会  本会議5日目_一般質問

「生活クラブ生協の活動では『生活者』がキーワードとなっていた。このキーワードの意義と限界を論じてください」…いまどきの大学生に授業で課されたお題…何という難解な。そして、まさにいつだったかに購入した天野正子さんの著書「『生活者』とはだれか」を思い出して、本棚をガサゴソしてみたのですが、同じく篠原一さんの「市民の政治学」も見つかり、自治基本条例や議会基本条例を制定するにあたっては「市民とは?」を議論したり、考えたり…今よりも勉強していたなあと懐かしく思い出したのでした。

さて、今日は一般質問の最終日でした。藤原さんが「日医大が移転建替えの検討を断念」したことに触れつつ、「安心して医療が受けられることも、シティセールスの柱の一つにもなっていく」と意見を述べられていたように、「どんな病院があるか」というのは「まちを選ぶ」うえでも考慮される一つの視点だと思います。市長からは「痛恨の極み」との発言が繰り返されるのですが、白田さんが「日医大のために約5億1千万円で駅前土地を準備したことを考えて、そのあとどうしていくか。」を問うておられたように、市民の財産にもなったあの土地はどう活用されていくのか。

飯島議員が「部活動の地域移行」について、「新しい意識をもって取り組んだいかなければならない」という話しをされていて、単に教職員の働き方改革や負担軽減のためにだけ、地域で受け皿づくりをしていくものではない、地域に根差した新しいスポーツや文化活動の環境を構築していくことがゴールになっていくと力を込められていました。が、そのイメージを膨らませて取り組めるほどに勢いを持てないのは…「期限を切って、やることだけが決められていても、それに伴う財源は皆無に近く、文部科学省からも支援が欲しい」と市長が本音を吐露されていたとおりのことで、100%同感です。

「部活の地域移行」問題を「地域に根差した新たな環境づくり」につなげていくというのは壮大であって(壮大すぎる)、ちょろっと何かをすればいい程度で済む問題ではなく、そこに最終目標を設定して、通過地点として、当面はまず「部活の地域移行」を進めていくにせよ、地域のボランティアさんで対応すればいい…というものではなく、私の周りの保護者からも「ちゃんとしたお金を払わないといけないよね。」と。

これに限らずですが、日々、さまざまなことについて国やら都から「指示」が飛んできては、「地域の実情に合って考える必要がある」とか「市民に最も身近な自治体が地域に相応しい在り方を検討することが望ましい」…などと、まあ、尤もらしい理由が並んでいるとはいえ、単なる業務の押し付けにしかなっていないように見えるもの…多すぎる。結局は、国や都はその都合によって、市役所業務に新たなメニューを追加。しかし、「金」「人」も増やすことはしないし、増やすこともできない中で、市役所の業務量だけが膨らんでいき、結果、疲弊していく一方の悪循環で。多摩市役所に限らないことと思っています。

「お金はないけど、知恵を絞る」…「乾いたぞうきんは、もうそれ以上絞れません」。そんな表現を使っていたことを思い出しますが、まさに現状をぴったり表す感じがしてしまう。そしてまた、「コストをかけない」で良い知恵とアイデアを集めるというのも…言うは易し。

そして、「部活の地域移行」のことですが、「そもそも部活って必要なものなの?」から考えてみればいいのに…という意見があり、確かに中学校の部活というのは生徒全員が所属する活動ではなく、堂々と帰宅部も認められているわけで、「部活そのものの存在意義」こそ問うべきなのかもしれません。