非日常が日常になり、緊急事態はつづくのか…。

緊急事態宣言の発令と共にハーモニークラブで定例開催している子どもたちの居場所づくりも縮小しつつ実施してきました。カフェについては今月末まで閉店にしていたものの、緊急事態宣言が延長されるような段取りが整いつつあり、どうするべきかどうしたらよいものかと運営メンバーで悩んでいるところ。

学校が一斉休校になり、とにかくマスク着用が奨励され、外食にも行くことがなくなり、もちろん、会食などもしなくなって以来の「新しい日常」が始まってから、すでに一年以上が経過して、当時は非日常だったことも日常となり、いまや「緊急事態」までもが日常になりつつあり、私たちの生活様式はガラリと変わった気がします。在宅ワークが日常化しているということも含め、通勤がなくなるホッとした気持ちと自宅の机に引きこもっていることで気が滅入るということと、あとは、運動不足にもなるということと…自分自身の暮らしのリズムそのものが書き換わってしまったと話している人もおられますね。

もともと「だれでも食堂」として実施し、諏訪小学校では子どもたちが調理できるメニューを考え、一緒に作るところから始めて、最後は子どもたちが自分で使用した食器も洗う…というところまでの流れを作りながら、取り組んできた私たちの活動も中止を余儀なくされてから一年以上…このブランクは大きいなあと感じています。「だれでも食堂」の場は単に「ご飯を食べることができる」ということだけではなくその役割があるので、とにかく再開したい…と思うものの、今はお弁当のテイクアウトで対応しています。どうしても必要とされているお家だけ…と限定しているわけではないのですが、楽しみに足を運んでくださるお家もあるのです。お互いにお互いの無事というのか、元気を確認できるのはうれしいしありがたいことです。

「本当に必要としている人のところに情報が届いていない可能性のほうが大きい」という話しを聞いてきたばかりなので、もっと宣伝などをして、必要な子どもたちやご家庭にもほんのささやかでも支援ができたらという気持ちはあっても、それすらできない状態に歯がゆいですね。他の場所で活動されている方とお話をする機会がありましたが、「どうしてもお願いしたい」というお家にだけ対応しているというところもあるようです。

今日も野菜たっぷりの炒め物など、お肉もがっつりと入れたメニュー。写真用はかわいらしく盛り付けてみましたが、実際はお弁当箱に入っています(お弁当箱に入れた写真を撮影し忘れただけです。20時近くになってお弁当を取りに来られるお家もあり、遅くまでお仕事されているんだなあという様子も見つつ、「来週も待ってます!」とお声掛けするのが私たちメンバーからの労いの一言でもあり。

 

一週間に一度でも「楽できる」…ありがたいことですよね。三度の食事を作るのは当たり前のことではなく、とても大変なこと。メニューを考えるのも含めて、材料を買い揃えるところからも始まったりしますし、やらなければならない仕事、溜まってる業務のことが頭にあるとついつい…という気持ち、私もわかります。
両親ともに仕事をしていることが当たり前になっている時代。そして、両親ともに仕事をしていても、「専業主婦」が当たり前のひと昔前(ふた昔か?)時代の稼ぎの一人分にも満たないような時代になっていることを改めて直視しなければならないと考えています。

必死に働いて、子どもたちもそんな両親の姿を見ながら、声には出さずとも少しずつのストレスを蓄積しているのではないかなと私は思っています。子どもの話しに耳を傾ける…ということも忙しい中だとおざなりになってしまう場合もあって、そこは私も反省するところ多々ありなのですが、子どもって親に聞いてもらいたいことがとってもたくさんあるんですよね。

 

ですので、ハーモニークラブの拠点にもなっているカフェリバティを子どもたちの居場所としてもっと活性化できると良いなあ。子どもの話しをただただ聞いてあげる場所として存在するだけでも価値があるのではないのか・・・とも思っているのですが、その想いを成就していくにも今はその先に進めない状態…。

そして、その一方、こんな状態でも誰のためにやるのかがますますわからなくなっている「オリンピック・パラリンピック」は中止とはならず。経済的な損失の試算も報道されていましたが、いまや気にするのはそこではないでしょう。「いのち」ではないのか・・・と思うのですが、その選択権を持つのは私たち市民ではないのか。

今日は緑地をいかに守るのか。考えるためにとある場所に足を運び…。「保護」「保全」という観点で、改めて、考えていきたいものです。そのためには一定期間、みどりを養生するために「立ち入り禁止」とか必要になる場合もあるでしょうね。

多摩市内でもサクラの老木のことが課題になっていますが、このヤマザクラの姿も何とも言い難いものがあります。こうした形にならなければいけない理由があったのだろうとか、いろいろ考えることが勉強なのでしょう。

ネットなどでも話題になっている大阪市立木川南小学校の校長先生の訴え。読み返しています。