諏訪中学校の音楽会がありました。

諏訪中学校の音楽祭があり、パルテノン多摩の大ホールまで足を運んできました。午前中だけしか居られず、1年生と2年生、特別支援学級の発表だけしか見れずに残念。本当は最後の音楽界に臨む3年生を見ることができると良かったのですが。

以前は学校の体育館を会場として開催されていたので、会場が変わり、随分と雰囲気も様変わりしたなあという印象。やっぱりホールなので音は美しく響きますね。ピアノもいいし。多摩市の子どもたちなのでパルテノン多摩の大ホールを使用して発表ができるというのは、一生に一度キリかもしれませんし、それはそれで思い出の一つになってくれるといいなと思いました。

でも、準備に向けては、学校の体育館が会場ではない分、いろいろと大変そう。特別支援学級の生徒の皆さんは楽器の演奏を披露してくださったのですが、学校から使い慣れた楽器を会場に運び込みする作業もあり、先生たちは念入りに、抜かりなく…事前の段取りをされていたのではないかと想像しました。昼食は学校に戻り、給食を食べるわけにもいかず、子どもたちもお弁当持参だった様子。お弁当を食べるための会議室の確保もされていたようです。学校でやる方が簡単で楽と言えば楽なのかも…と思えたりもしました。そういえば、学校の場合には土曜日に実施することが多く、働いている保護者が休暇を取ることなく足を運べるようになっていたかも。

 

学外に会場を移す…ある意味、そのプラスマイナスを天秤にかけたに違いありません。ただ「子どもたちにとっての最良、最善」の選択がなされ、それに伴う準備を整えてこられたのかなと。ありがたいですね。先生たちの大変さも垣間見えるひとときでもありました。

加えて…最近、感染症が言われているので、その対策にも一段と気遣いがされていたようにも思いました。学年全員合唱の際には「マスク着用(必須)」で、舞台に上がった子どもたち全員のマスク姿に、異様さを感じてしまって。でも、クラスごとの発表ではマスクを外し、声を出すことができたので、ホッとしました。やっぱり、思いっきり歌う、伸びやかに歌う‥‥マスクで口を蓋してしまうと無意識のうちに、気持ちそのものが真逆に向いてしまう気がするんです。

 

マスクをしないで歌う子ども姿が本物。「美しい!」と感じたのでした。子どもたちの一生懸命な姿はまぶしい。そして、その姿がうらやましくもありました。

 

それにしても、ひと昔前は外見だけと言えば外見だけですが、見るからに「やんちゃそう!」という子どもの姿があったわけですが、いまどきの子どもたちはおとなしいというか、みんな「ちゃんとしている」…という印象が強く残りました。みんなが真面目というか、「礼」と言われれば、しっかり頭を下げてお辞儀ができてしまう…というような。誰一人、場を乱す人はいない…みたいな。

 

一糸乱れずみたいなところを感じてしまって、それはそれで、神妙な気持ちになってしまった。

 

まあ、子どもたちも保護者などが参観しているとなれば、緊張感も高まり、「ピッとしていなくちゃ」という意識になるのかもしれませんが、乱れなさのレベルが高すぎ。今日この時だけの話しなのかもしれませんが、昔は「大人の目も気にせず」くらいの若いエネルギーを感じさせてくれる子どもたちもいたことを思い出すと、比較をすれば全体的におとなしくなった…お行儀がよくなったのかな…。つい昭和時代?までタイムスリップしてしまうと、何とも堅苦しさも感じるのですが、それに対し、子どもたちは飄々としている?!

 

合唱の出来映え云々の問題ではなく、いずれのクラスも今日の本番に至るまでには、さまざまな人間模様があり、青春ドラマのようなことがいくつもあったことと思いますが、クラス全体全員の気持ちを一つに束ね、同じ方向を向いて、努力をするという…その過程こそが学びですね。こうした行事を通じて子どもたちが手にする経験や体験が力になっていくんだろうなあと思ったりしました。

 

コロナ禍で地域の小中学校とも距離ができてしまい、こうした行事にもようやくお声がかかるようになったのはありがたい。子どもたちの様子、先生たちの振る舞いなど、直に感じることができる機会が私にとっては貴重でした。きっと午前中のよい雰囲気は午後からもつながっていき、いい音楽会になったのではないかと思います。

多摩センターもハロウインになってきましたね。かぼちゃゴロゴロ・・・。そして、今年も働き者のやぎたちがせっせと活躍中でした。