想いをつなぐということ。

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今日は終戦記念日。正午前に防災無線で案内がありましたね。「黙祷しなくちゃ!」と娘と一緒に、心を鎮めました。8月6日、9日にも広島、長崎・・・原爆が投下されたことを忘れないための防災無線での放送。市民の皆さんがどう受け止められたのだろうか?…と思います。「ああ、そういえば・・・。」と思い出す一瞬があるだけでもきっと違う。市民の実行委員会方式で継続されている多摩市平和展も・・・時代とともにきっとやり方も含めて、形は変わるかもしれないし、変わることが求められるのかもしれない・・・でも、どんな風であっても「つないでいこう」とする気持ちがずっと送られていくとよいなと思います。天皇陛下のお言葉の奥の奥に・・・感じることのできる「想い」を今日も受け止めました。

さて、先日、調布駅前のグリーンホールで行われた映画会に参加してまいりました。「くまもと映画」ということで、震災のチャリティイベントとして開催されたものでしたが、映画そのものは震災の半年前に制作されていたもの。めぐりあわせってこういうことかなあと思いながら、短編約40分間を鑑賞しました。とても美しい映画。映画のタイトルも「うつくしいひと」。映画を撮影したときの風景がおさまっていました。まだ、現地には行くことができていないので映像からの比較でしかわからないものの、平穏な日常がたんたんと時として流れている映画の各シーンは今とは確実に異なっているわけで、政治学者の姜尚中氏がいい役どころを演じていて。かなり内容的にはすぐに解するのも難しかったところもあり、上映後、前を歩いていたご婦人方が「よくわかったような、わからなかったけれど、でも、いい内容だった。」と会話を交わされていて、「なるほど」と・・・。

 

私は「いつもの日常」が訪れるだけでもありがたく感謝をせねば・・・としみじみ感じてしまいました。

 

それはなぜか・・・・。

 

いつしか、「非日常」だったものが日常化せざるを得なくなる時があるから。熊本のみならず、まだまだ東日本大震災も、そして豪雨などによる被害についても・・・まだまだ続いている。そして、非日常が「日常」になっているんだ・・という話を知人から聞いたことがあったため。熊本阿蘇の風景、熊本城の佇まい・・・・「スクリーンに映る景色」はもう日常とは言えませんね。次々に日本各地に何かしらの被害が起こると、その時だけ募金だの・・・・と動きが活発になり、でも、息長く支援をしていくことは支援する方もまた気持ちをつないでいくのに一苦労。そのことは否定しません。私も含めて、自分自身の日常を過ごすことで精一杯なので。「想い」こそあっても、それを日常的に表してくことは難しいのが現実ですね。それでも少しは・・・できるときにはささやかに行動していきたいものです。チャリティー上映会は基本的には無料でしたが、少しばかりの気持ちを募金箱に入れてまいりました。

 

今回のチャリティー映画なんですが、ちょっとびっくりしたのは主催者。調布市、調布市観光協会、そして調布市部課長会・・・と書いてあり。「部課長会」って書いてあるのが珍しい。でも、きっとそうなんだろうなあと。私から見れば、すごくアピールになっている感じもして。

映画「うつくしいひと」・・・監督も出演している方々も、製作者も・・・みんなが熊本。そういうのいいなあ。「みんなが多摩市」みたいな映画プロジェクトとか、演劇のプロジェクトとか・・・パルテノン多摩で周年行事の時にはちょこっとそれに近いものもあるけれど。とことんこだわって一本の作品に仕上げるようなことやれると素敵!

 

それにしても、オリンピックでやや寝不足だ・・・。トンボもちらほら見受けられるようになり、秋になりつつあることを感じますね。さて、8月も折り返し。9月定例会への準備も「まだ先のこと」ではなくなってきました。