2007年12月05日

12月定例会 一般質問3日目

 個々人のマナーで何とでもなるようなことに対して、自治体がルールをつくらなければならない時代になっていることは本当に憂慮すべき事態だと思うけれど、ルール化を急かす議員の発言は伸びやかで自由な市民社会を縛ることになることをどこまで意識してのことだろう・・・・・・。


 今日は「マニフェストに掲げている」ということで、いわゆる生活環境条例について・・・・タバコのポイ捨て禁止を徹底するため、そして分煙を徹底するために駅前の禁煙区域の拡大についての提案がありました。確かに受動喫煙の問題もありますし、嫌煙家の私にとってはどちらかと言えば「Welcome!」と言いたいところですが、それでも条例で徹底させることがまでする必要があるのかどうか・・・・慎重に考えるべきです。そのためには愛煙家にマナーとルールを守ってもらえるような誘導策がむしろ求められるのかもしれませんね。分煙と言って、愛煙家をまちの片隅に追いやるのでは逆効果。同じ会派の愛煙家議員が主張するように「駅前にガラス張りで喫煙ルームを作ってほしい。」というのも一理あるかもしれません。喫煙する姿が迷惑と言うよりは、タバコの煙が大迷惑であるわけで要は煙対策ができればいいわけです。駅前にガラス張り喫煙ルームを設置すれば歩きタバコする人、そしてポイ捨てする人が減るのであれば考える余地はあるのかも。何しろ、早朝の駅ではわざわざ改札に入る前に喫煙禁止区域でタバコをふかし、そこでポイ捨てする通勤姿を何人も目撃していますから。

 と言っても、駅前一等地に喫煙ルームを設けたら、それはそれで駅前の景観が悪くなるとか何とか言われてしまいそう。愛煙家に手厚くするのはなかなか難しい時代です。かと言って、条例をつくることまで必要かといえば、それもまた別の問題。愛煙家対嫌煙家・・・・対立せずに共存しましょう。歩きタバコをしている人もいるかもしれませんが、歩きタバコしていない愛煙家のほうが多いと思います。そうであれば、条例化を急ぐことはないというのが私の考えです。


 さて、その他今日の質問で橋本議員が指摘をしたことはとても新しい視点でした。多摩市では小学校5年生と中学1年生で小児生活習慣病の健康診査を実施しているのですが、私立の学校に通っている子どもが多摩市の健康診査を受診したいという場合にはどうなるのかなど「健康づくり」の重要性が言われている今日この頃・・・・今の制度からは対象外になってしまう市民の存在を考える必要を指摘していました。確かに抜け落ちていた視点であることは、しどろもどろの答弁を聞いていてよくわかるところでした。

 また、子どもたちに毎年毎年健康診査はしているけれど、その分析はどう実施されているのかについても同じくしどろもどろな答弁。とりあえず実施はしていると言うことなのでしょうね。この健康診査を踏まえて教育委員会として学校保健の在り方や子どもたちの健康対策を考えるには至っていないようです。学校にはそれぞれ養護教諭が存在し、子どもたちの健康管理に一役買っているのだと思いますが、教育委員会にも例えば保健師を配置してみるとか(もちろん、ただ配置しただけで解決できるとも思えないけれど)、健康診査を生かすための工夫はできるのかもしれません。

 教育委員会と言えば、今朝はOECDの学力調査のことが新聞に掲載されていたので、その調査結果をどう受け止めたのか?など質問がありました。就任して日が浅い教育長は「予測はしていたけれど、やはり愕然とした。」とのお答えでした。子どもたちの学力云々と大騒ぎしているわけですが、その子どもたちに接する大人や社会のあり方こそ・・・・もう一度振り返るべきではないか?そう思える今日この頃だったりします。

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2007年11月14日

続・リサイクルの現場を見る。

 今日は建設環境常任委員会が行われ、午前に相模原市への視察、午後は視察後の意見交換という予定でした。相模原市への視察は廃プラスチックの圧縮処理施設を見に行くことが目的でした。もしかしたら、同行できないかしら?・・・とお願いしたところ、委員長のはからいにより委員外委員としてご一緒することができたのです。

 まずは相模原市役所の資源循環部長、資源循環推進課の方からお話を伺いました。相模原市の容器包装プラスチックの分別収集までの経過説明と廃プラスチック圧縮処理施設の立地に関する説明を伺いました。
 何と・・・容リプラの分別収集を本格実施する前にモデル地区による実験を実施したそうです。その期間が2年間ほど。多摩市でもモデル地区の指定をし、実験してみる予定にはなっていますがそれにしても数ヶ月の話。2年間という期間の長さにびっくりしました。
 しかし、そんなに長いことには相模原市特有の理由があるように感じました。もともと相模原市のゴミ収集ですが、燃えるゴミ・燃えないゴミという区別がなく、すべてを「家庭ゴミ」として一緒くたに集めているのです。その良し悪しは別として、清掃工場では手選別などをするわけでもなく全部全部を焼却してしまうそうです。焼却灰・・・・その量はすごいでしょうね・・・・・。多摩市では燃えるゴミと燃えないゴミに区別しない回収は今や考えられません。そして、相模原市は容リプラの分別収集と合わせてペットボトルの分別収集も開始したそうです。多摩市では「ペットボトル、びん、缶」として既にリサイクルされていて当たり前のように分別回収されています。


 というわけで、相模原市と多摩市のゴミ事情は随分と内容が異なっていることが大前提です。その上で、相模原市宮下にある容リプラの分別収集や廃プラスチックの圧縮施設の見学をしました。ちなみに施設は民設民営です。
 
 さて、工場には各家庭で分別された容リプラとベットボトルが同一のパッカー車にて運び込まれます。ルールでは市民は容リプラとベットボトルを別々の袋に分けて出すことになっていますが、区別しても同じ収集車輌が回収すると言うことで、近頃は「容リプラ」と「ペットボトル」が同じ袋に詰め込まれているケースが増えつつあるとか。
 実は作業現場では一気に収集してきた「容リプラ」と「ペットボトル」を袋ごとに手選別に区別し、それから袋を破袋して中味を取り出します。そして、ペットボトルはペットボトルで、容リプラは容りプラで圧縮されそれぞれがベールになります。ベールになったペットボトルには蓋つきのものも散見されました・・・・。容リプラのベールはAランクとのことでした。

 分別の徹底がどう進んでいるのかが気になるところですが、モデル地域での検証実験では当初は異物(間違って混入しているもの)が8%だったものが、最後には6%くらいに減ったように、全市での分別収集を始めた当初は約10%の異物の混入が現在は6~7%に減っていると言うこと。混入率は確実に減っているとの話でした。作業現場の方にお話を伺ったのですが、「分別する人は徹底するし、分別を全くしない人はいつまでたっても分別をしないよね。それは仕方ないよ。混入物がゼロになることはないよね。」とのことでした。「多摩市では汚れているプラスチック、汚れていないプラスチックという分別で市民に協力してもらうことになっているんですが・・・・」と尋ねてみたところ、「なかなか言い難いものはあるけど、そちらのほうがいいと思いますよ。」というお話でした。

 容リ協会が圧縮したベールを引き取る価格はランクによって決まります。相模原の場合はAランク。引き取り価格は入札により決定をしますが、引き取り手にjなる事業者が実際のベールの状態を見に来るそうです。そのくらいベールの品質?が問われるということですね。なので、現場の方のお話のように「汚れている・汚れていない」という分別をし、あとは手選別ラインで区別していくことがいいのかもしれませんね。そして手選別ラインで区別された容リプラ以外のプラスチックも「なるべく焼却せず」という方針の基づいたリサイクルを進めるべきと思います。昨日の廃プラマテリアルリサイクルの現場を見て確信しています。


 今日は、作業現場は室内で仕切られた空間ではなかったこと。マスクをつけていらっしゃる作業員の方と、そうではない方が働いていたこと、活性炭フィルターについては交換については今後の状態を確認しながら考えていくことにしているけれど、それほどの頻度で交換をしなくても大丈夫だと思われている・・・という話が印象的でした。
 あとは施設としても、行政としてもきちんと有害化学物質の調査をしているというところ。行政は年に4回の実施なので3ヶ月に1度になりますが、データは全て公開されているとの話でした。


 当初は健康被害への不安の声などもあり、議会への陳情もあったようですし、立地するまでには住民の方々とのかなりのやりとりがあった模様ですが、今はそれほど大きな反対運動はありません。とのことです。実際のところの健康被害については・・・・今のところは確認していない・・・・・と伺いました。


  以上の視察を受けた午後の意見交換では「エコプラザの設備環境はかなり高水準でハイレベルであることを実感したと言う感想も述べられていました。あとは「慎重に取組んでいくこと」「データについては公正に明らかにしていくこと」「分別の徹底を進めるために説明会をていねいに実施するべき。」という行政への要望事項も出され、それを受けて環境部長からも「しっかりと取組んでいきたい。」との姿勢が示されて終わりました。20日の夜にはエコプラザの協議会第1回目が予定されています。市民が施設運営を確認し、ある意味で監視をしていくことになるのだと思います。協議会の運営手法についても問われるでしょう。もちろん傍聴は可能にすべきです。


 建設環境常任委員会では他の現場も見るということで、次回は年明けに日野市の施設見学を考えているようです。そこにもおじゃまできるように予約しなきゃ?!

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2007年11月13日

リサイクルの現場を見る。

 今日はリサイクル現場の見学をしてきました。午前、午後で2つの事業者の作業現場を見せていただきました。両方とも神奈川県の愛川町にあります。1つ目は総合リサイクルセンターとして日本で最大級の規模の工場。ここは今年の7月に稼動が始まったばかりです。そして2つ目は20数年前から廃プラスチックのマテリアルリサイクルに取り組んでいる事業者の工場でした。

○総合リサイクルセンター

 オープンしたばかりの工場は生ごみ、紙、ペットボトル、缶、ビン、発泡スチロールから、廃プラの全てを取り扱う総合リサイクルサービスの提供をしています。

 例えば生ゴミの場合・・・コンビニ弁当が破棄される→工場に運び込み→弁当の中味と入れ物を分ける→中味は生ゴミリサイクルへ/入れ物(廃プラ容器)は廃プラリサイクルへ→有機栽培用肥料に再生/建材用角材(擬木)に再生

 こんなサイクルになります。ですので、運び込まれたものはほぼ100%(どうしても出でしまう残渣は別として)の工場内にてリサイクルが可能で、そこで完結することができるのです。社長さんにお話を伺ったのですが、工場を建設するまでに近隣への説明を自ら100回以上は行ったとのこと。「施設の内容をわかってもらえば、必ず理解してもらえる」という信念があります!という発言にはリサイクルにかける情熱を感じました。もともとは産廃事業者として起業されたそうですが、埋立地や最終処分場の現状を見るにつけ、このままで進んではいけないとの危機意識をお持ちになったそうです。私たちが暮らしていく限り、ごみは出続ける。リサイクルがいかに大切なことであるか、工場が今後不可欠な存在になっていくことへの理解を得るために、自らが語り、周辺住民の合意を取り付けて行ったとか・・・・。

 その結果、工場立地にあたっては反対運動は起きることなく、むしろ都市計画審議会で立地を認めてもらうための手続きがあったそうですが、その際には地域の住民から「工場を立地して欲しい。」という同意書をとりつけるほどまでになっていたとの話です。ちなみに工場内では周辺地域からの雇用もしており、地域への貢献という視点も反映されています。「安全性などなど周辺の方が心配ならば、ぜひ工場で働いてみてください!実際に働いていただくことが一番の理解につながる。」ということもお話されていたのが印象でした。工場内はクリーンを徹底しています。ゴミ一つ落ちていないくらいの配慮が行き届いているところでした。
 
 総合リサイクルサービスを企画して実現するまでの間に7年ほどかけており、その間の苦労話は聞く価値がありました。


○廃プラマテリアルリサイクル工場

 工業団地の一角に設置してある工場。もともとはあるスーパーマーケットの方からのつぶやきにより・・・脱サラして起業した社長さんの経営でした。スーパーでは言うまでもなく毎日大量のごみが発生するわけで、そのごみ処理に頭を痛めていた経営陣の方が「何とかならないだろうか・・・・」と。リサイクルが全く注目されていなかった時代の起業でした。それについては周囲から「物好き」などと奇異な目で見られたと仰っていました。
 やはり社長さんの意識の中には最終処分場、埋立地問題があり、石油資源の枯渇への危機感がありました。ここでは50種類の素材別に分けています。例えば、ペットボトルのリサイクルはふた付、ラベル付ででもOKで、すべて砕いて比重により素材別に取り分けられるような仕組みで取り組んでいます。とある自治体から・・・粗大ゴミとして捨てられた大型のプラスチック製品(衣装ケース、犬小屋、洗濯干しなどなど)が運び込まれていましたが、金具がついているものは金具を外し、紙のラベルがついているものはラベルをはがし・・・という作業をし、とにかく素材別にきちんと分別するという作業の徹底振りを拝見しました。

 今、リサイクル業界では中国との取引をさかんに実施しているのが現状ですが、社長さんのポリシーは日本のプラスチック成型事業者(中小・零細企業が多い)との取引にこだわっているということ。中国との取引をしたほうが利益は出るのは事実。でも国内の事業者を大事にしたいという話をされていたのが印象に残りました。

 実際にリサイクルはどんな風に進んでいくのか?今日見に行った2つの事業者とも「なるべく焼却せず、埋め立てず」をモットーに精力的に取り組んでいます。そして民間事業者なので徹底的なコスト削減の努力をしていることも感じられます。人をそんなに多く配置できないとは言いながら、手作業が必要なところには人員を手厚く配置したり・・・・人手が不足するときには(というよりは来客がないときには)社長自らも作業員とともに汗を流して仕事をする・・・・現場の感覚を常に忘れずに仕事をする姿勢には頭が下がります。


 今日の見学でやっぱり思ったことは、プラスチックは焼却せず、民間事業者との連携でなるべくリサイクルを進めていきたいということ。現場を見れば、大きなプラスチック製品もあっという間に破砕され、素材別に処理して、再生品の原料になっていくこともわかりました。そして、廃プラスチックを擬木に製品化していく過程では温度調整の工夫により有害化学物質(今、わかっているところの範囲での)の発生を抑える技術があることも知りました。民間事業者の技術開発の努力など実際に確かめられたことは大きな収穫でした。

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2007年10月12日

地域の「台所」を確保するためには。

 早朝に起床し・・・多摩ニュータウン市場、朝7時からの「競り」を見学しました。毎年の消防団の出初式でひっそりした市場内を見回したことはありましたが、実際に売買の現場を見て、東京都職員の方から話を伺いました。
 市場は土地・建物は東京都が管理運営しています。毎年人件費に5千万、施設の運営に5~6千万円かかっているそうです。場内には「卸業者」が1社(かつては2社だったが、1社は倒産)、そして「仲卸業者」が5社(最盛期は18社)で売買に参加している登録者は100社(毎日利用しているかどうかは別)あるそうです。
 しかし、取引高は低迷しており、国が中央卸売市場の基準として提示している「6万5千トン」を下回る「2万数千トン」で推移しているのが現状。東京都としても行革の視点から、いかに身軽になるのかが課題です。


 ところで、多摩市民にとって多摩ニュータウン市場は?


 存在そのものが「知る人ぞ知る」・・・・・市民からは疎遠な存在で、私たちの「台所」という意識は薄いのかもしれませんね。「今朝は早起きして多摩ニュータウン市場を見てきたんですよ。」と話題を振ったところ、「えっ、何それ?そんなところあるの。府中とか八王子とかは知ってるけど。」と言われました。認知度低し。
 予断ですが、多摩ニュータウン市場は法的には「中央卸売市場」との位置づけ。中央市場は登録した売買事業者しか利用できないのが決まりです。「地方卸売市場」は一般の市民も商品購入が可能になるのだそうです。府中や八王子は「地方市場」になるわけですね。多摩ニュータウン市場も地域の「台所」として活躍してないわけではありません。例えば、この近隣スーパーも買付などを行っているようですよ。

 さて、多摩ニュータウン市場ですが、すでに東京都は民営化の方針を固めています。そして、その受け皿の一つとして想定しているのは「東京多摩青果株式会社」(新聞情報あり)。この事業者は現在、多摩ニュータウン市場で「卸」をしている「東京ニュータウン青果株式会社」の親会社にあたり、国立で最新設備を備えた事業展開をしている企業です。何と!親会社である東京多摩青果さんはニュータウン青果の赤字を毎年数億円補填していたと伺いましたが、毎年数億円も年月重ねれば馬鹿にはできない金額になります。そのくらい多摩ニュータウン市場には発展性がないとも受け止められるのでしょうが、今後、どのような方向にしていくのか東京都の動きが注目されます。


 ということで、今日は合わせて「国立・府中インター」に隣接する東京多摩青果株式会社さんの市場にも視察に行き、いかに公設の施設が時代に取り残されているのかを痛感したわけです。今の時代にふさわしい市場のあり方をどこまでも追求するという姿勢で相当な設備投資をしていることは金額を聞かずしてわかります。これを東京都に求めても「無理!」。


 今や市場にて小分け包装、パッキング作業などが要請されること。そしてそれ以上に、産地から届く青果の鮮度を保つことを重視し、コールドチェーンを途切れさせないための保冷庫などを完備しました。(産地では野菜や果物を新鮮なうちに食卓へ届けるために、予冷施設で作物を冷やして(急冷する)から、出荷するところが増えてきました。しかし、市場に保冷設備がないために鮮度を維持することができず、市場で断絶されていたのが実情です。)「市場」が自ら、コールドチェーンの流れに入ることで、私たちの食卓によりよい安全安心の食材が届けることが可能なのです。


 そのために必要な設備投資をしていけるのが「民」の力になるのでしょうね。多摩ニュータウン市場にも新たな活力が求められます。東京都の職員は民営化の方針はあっても、その受け皿になる事業者の存在が問題だと話していました。翻訳すれば、「こんなに採算の合わない市場を引き受ける民間事業者を探すのは難しい。」ってことですね。


 それなら、いっそのこと「廃止」してしまうという選択もあるのかもしれませんが、それは一足飛びにすることもまた難しいようです。そして多摩ニュータウン市場には立地条件的にも「将来性がある」という希望的観測も述べられていたので、民間活力の導入で何とか「リメイク」していきたいというのが東京都の意向となるのでしょう。言ってみれば「マイナスのマイナスのマイナス」くらいの場所に民間事業者を呼び込もうとしているわけで、東京都の今後の交渉力が試されることでしょう。新聞情報では、東京多摩青果さんと条件面での交渉の入った模様なのですから・・・・。要注目!


 多摩市はこのことについて何か意見や要望を携えているのでしょうか。ここもまた要チェック!ですね。地域の「台所」をいかに確保していくのか。災害時に市場が果たせる役割・・・なんてことも視野に入れることも大切です。

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2007年04月26日

廃プラ施設見学

 ごみかんの呼びかけで開催された廃プラスチックの圧縮処理施設見学に参加をしました。
 見学先は東村山市にある加藤商事のECO工場PHOENIX。ここでは廃プラの圧縮と食品リサイクルも行っています。廃プラについては昨年の10月より東久留米市、清瀬市、今年の1月から東村山市から回収されたものの処理を実施しており、圧縮梱包したベールを容リ協会に引き渡しています。

 ベールの行き先は・・・・・昭和電工で、圧縮梱包した廃プラよりアンモニアを取り出す?とか。ベールは高炉還元剤として使用されることが多く(それでも、ただ単に焼却処分されるよりはいいのではないかと考えられますが)、リサイクルしたその先にどうなっていくのかが課題になっていますが、昭和電工では・・・・高温の砂と反応させてアンモニアを発生させる技術を開発しているようです。理科系まったくオンチな私にはすごい技術だと思えました。

 さて、肝心の廃プラ施設は屋外での作業でした。今日は東村山市から収集されてきた廃プラが処理されていました。手選別ラインには6名の人がいらっしゃり、黙々と作業を進めていらっしゃいました。収集されてくる廃プラのうち10%~13%は対象外のものだそうです。手選別後の袋を覗くと、容リの対象にはならないフライパン、ビデオテープ、ライターケースなどなどが混じっていましたし、いわゆる製品プラと呼ばれるものも排出されているようでした。
 つまりは、容リプラの分別収集をやるのであれば、徹底的に分別についての啓発活動をしなければいけないということでしょう。容リプラの収集を開始した当初では、収集してきたもののうち20%くらいは対象外のプラであったとか。半年くらいかけてようやく市民が分別に手慣れてくることがわかりますね。それでも10%ほどは対象外のものが紛れているとのことですが・・・・。いずれにせよ、対象外のプラなどは全て各市に戻され清掃工場での対応になります。つまり、排出者である一人一人の市民が問われると言うことになります。だから、容リプラで収集できる対象物について、「汚れがないプラ」「きれいなプラ」、あくまでも容器包装に限られると言うことの周知が何よりも必要だと思いました。・・・・しかし「きれいなプラ」という言い方はわかりにくいですよね。市民の方から「どういうこと?」「よくわからないわ。」と詰め寄られた経験がありますので。

 工場そのものは少し広めの準工業地域に位置しています。隣には清掃工場がありました。屋外作業ですので臭気は「全くない」とは言えませんでしたが、多摩市で予定している廃プラ設備は屋内作業であることを考えると、臭気対策をすれば防げるのではないかと思いました。化学物質への心配については具体的に尋ねることはできませんでしたが、屋外作業であり、手選別ラインで作業をしている方々はマスクだけをされていました。粉塵を吸込まないようにしているだけだとのことです。


 ところで食品リサイクルの設備を初めて見学しました。東村山市では現在、150世帯が家庭系生ごみのリサイクルに協力しているとのことです。地域ごとに5軒以上の協力家庭があることが条件で、一週間分の生ごみをためたバケツを地域の拠点に集めて置くそうです。それを回収するというシステムです。回収されたものはあっという間にリサイクルの堆肥となり、農協を通じた販売ルートに載せているとの説明でした。回収は1キログラム25円にて。販売するものは1キログラム2円なんだそうです。全部で5000世帯分は処理できる設備なんだそうです。今はまだ設備には余力があり、今後、家庭系生ごみの回収を広げて行けるといいなあと考えているそうです。設備の余力分は現在は、コンビニ弁当やファミレスの食べ残しなどの回収で対応しているようですが、あまり勢力的に営業を拡大してしまうと、本来すべき東村山市の家庭系生ごみの回収に対応できなくなってしまうと困るので、現在は少しは設備に余力を残しておきたいと考えているそうです。給食の残さなど、まとまって回収できると望ましいと言うことでした。多摩市の給食残さはどのくらいなのか確認しておきたいと思いますが、農協ルートでどのくらいMIX堆肥として活用されているのかは調べてみる必要がありますが、食品リサイクルには多摩市も取り組めそうです。食品リサイクルの設備は7,000万円だとのことでした。循環型社会を目指すのであればできることにはできる限りで対応していきたいものです。

 
 廃プラ施設については有害化学物質のことなど、問われている課題がたくさんありますが、「屋外でもできる作業」ということは今日の見学でわかったことでした。屋内作業で実施をすることになれば、より作業員の環境に配慮することが求められるような気がしてなりませんでした。屋内作業を実施している工場の見学にも足を運びたいと考えています。

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2007年02月07日

安全安心マップ完成!

 安全安心マップづくりが今日で最終回を迎え、無事に完成しました。さすがに今年で3回目ということもあり、3回連続で参加をしている子どもは手慣れたものでした。模造紙の白地図の上に危険な箇所を記し、写真を添付したり・・・と図工の時間なのですが、手慣れた子どもたちは前回よりもさらに工夫を凝らしたレイアウトを試みて、見やすい、そして楽しいマップが完成しました。
 マップづくりを通じて、上下のつながりも生まれますね。だいたい同じ地域に住んでいる子どもたちどうしがグループになっているわけですが、ただ単にグループ登下校をするのとは異なり、みんなで一緒に地図をつくる体験を共有できたことが何よりも大事なことではないのかなと感じました。
 私のグループは3年生のリードがとても上手で、1年生にも仕事の分担をしながら、色とりどりの地図が完成していました。

 このマップづくりについては、準備については児童館の職員が、そして当日はおやつの時間もあるのですが、そちらは青少年問題協議会・・・それからPTAの協力とそれぞれが連携して進めているもの。学校は場所貸し・・・・実は、先週の地域の取材活動には先生方も出席して下さったのですが(なぜか男性しかいなかったことが妙に私には印象的)、本当は先生方も機会があればマップづくりの現場にもたちあってもらえたら、さらにいいのかもしれませんね。
 一緒に取材活動をした先生も意外な発見が多かったのではないかな?と思ったので。


 さて、来年もこの活動は続いていくのでしょうか?続いていけばいいなと思います。低学年の子どもたちにはとても有効な取組みだと今日もつくづく感じました。

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2007年01月31日

恒例!安全マップづくり

 今年も北諏訪地域での安全安心マップづくりがはじまりました。第1回目の今日は事前説明、2回目は地域にでかけて取材活動、そして最終回で地図を完成させます。
 今回は2回目の取材活動が土曜日。親子での参加を呼びかけているところが新しい試みです。今週末土曜日が楽しみです。親子で一緒に通学路や地域を確認できることこそ重要だと言われています。‘父親の参加’も期待できるところが一工夫したところです。
 
 通算3回目のマップづくりなので、参加している子どもメンバーには常連の子も。すっかりとリーダーシップをとり、新しい参加者・・・主には1年生になりますが、ていねいに自分の経験を伝えたり、地域を取材活動する時のチェックポイントを教えてあげたり等していました。私やその他の大人はあくまでもサポート隊。子どもたちの主体性に任せつつ、子どもが求めた場合には助言する役目です。ほぼ、私の出る幕はなく上級生が下級生をリードしている様子がとてもほほえましかったです。
 かつてのように集団登校や集団下校が日常化されてない場合には、このようなマップづくりの取組みにより、自分の近所に住んでいる上級生や下級生と知合いになり、仲良くなれる機会は貴重なのかもしれませんね。・・・って思いました。


 さて、1月もあっという間に終わりましたが、春先のような暖かさです。このまま春になってくれればいいなあと思いましたが、桜が早く咲きすぎてしまうことはやっぱり残念で、できれば4月の入学式頃に満開くらいになってほしいなあと感じつつ、桜の木々を眺めたところです。

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2007年01月30日

移動NET学習会

 福祉輸送、いわゆる「移動」の問題については、かねてから関心を寄せてきたところです。坂道の多い多摩市、そしてエレベーターのない5階建ての団地群、ちょっと住まいから離れているバス停等など・・・高齢になり体が不自由になったり、障害のある人、そして小さな子どものいる人にとっても「楽ちん移動」ができればこの上なく活動領域が広がるのではないかと感じることはしばしばです。

 今日は多摩地域を中心に移動サービスを行なっているグループが集まり学習会が開催されました。ようやく昨年の10月に道路運送法が改正され、セダン型の車での移動サービスの提供が可能になりました。移動サービスを必要としている人がみな福祉車両を必要としているわけではありません。例えば視覚障害者や知的なハンディを持っている子どもなどの場合にはいわゆる普通の車に乗車をして移動することも十分可能です。
 これまでもタクシーなどの民間事業者では対応しきれないニーズに、市民活動が「移動サービス」を担い、応えてきた実績があります。利用者の方々にとっては「なくてはならない存在」として地域に根ざした活動をしてきました。しかし、必要不可欠な活動であっても・・・そこにはつねに道路運送法の問題が指摘され、「白タク」問題と言われてきたことは事実です。つまり、必要かもしれないけれど「合法」ではないということですね。そこで、登録制度によってその問題を解決する方向で道路運送法が改正されたというのが経緯です。

 さてセダン型の車両も「福祉有償運送」を実施する団体と登録することにより、使用できるようになったわけですが、ここにもまた大きな壁がありそうです。団体登録するためには地域レベルでの協議会に図る必要があるからです。その協議会にはタクシー事業者代表なども参加しているので、そこで十分に話合いをし、事業のすみわけなど理解しあい、意思疎通しておかねばならないからです。どうやら、話を聞いているとまだまだ認識の共有などに時間がかかりそうです。
 とは言え、「移動サービス」を必要とし、利用者にとっては自身の生活に必要不可欠な存在なので、まったくなくしてしまうことはできないでしょう。そしてまたタクシーなど民間事業者が市民活動で担ってきた移動サービスと同じようなサービスを提供できるのか・・・を考えると、実際のところ・・・ボランティア精神に支えられ、走れば走るほど「赤字」になっていく一面も抱えている移動サービスの事業を担うことはなかなか難しいのではないかと思われます。

 なので、やっぱり事業のすみわけをしっかりとすることで共存できることは間違いなしと思っています。移動サービスを担っている市民活動での事業者の方々もそのあたりは非常に厳格にしているようで、福祉有償運送が対象としている利用者について「誰でも彼でも」というわけではなく、判断をしている模様です。
 まだ少し、上手く意思疎通が図れず、何となく民間事業者と市民活動・NPOとの競り合いもあるのかもしれませんが、私自身は二つの事業者は対象とする利用者が異なるので、競り合うことはないのではないか?と考えています。
 ただし、それは各自治体それぞれの事情によるのかもしれませんね。多摩市の場合には民間事業者で福祉輸送の部分に積極的に取組んでいる事業者が少ないから言えることなのかもしれません。

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2007年01月23日

身の回りを点検

 私はあまりお化粧をするのは好まないほうで、最低最小限しかもメイク時間も驚くほど短いと思います。あまりたくさんのものを顔につけると皮膚呼吸できない気がするからです。でも、メイク特集などの雑誌を見ることは嫌いではありません。メイクアップアーティストさんは凄腕だなと思います。

 ところで、私がなぜあまりお化粧を好まないのか?といえば、理由の一番には「選べない」ということがあげられます。世の中にはとてもたくさんの種類があり目移りをしてしまいます。でも種類が多いというのは二の次で、化粧品にはさまざまな原材料が使用されていると聞いているので、なるべく無害なものを選びたいと思うと・・・・選べなくなってしまうのです。無添加、無香料、無鉱物などと謳っているものも結構多くあるのですが、それは本当に大丈夫なものなのだろうか?と思ってしまいます。もともと、そんなに皮膚が丈夫なほうとは思えないので、慎重に慎重に重ねて選ばなければなあ・・・と思うと、本当にどれを選択することがいいのかと迷ってしまいます。
 
 最近、化学物質過敏症のことを気にしています。それは、子どもがアトピーだったりするので関心があるからです。化粧品のこと等もそうですが無害なものを使用したいと思っていて、今は我が家では「石けん」のみを使用しています。ただ、子どもの洗髪には「石けん」を使用できても、私は「石けん」ではどうも髪もきしむので「シャンプー」を使用。しかし、一度でできればトリートメント効果も発揮し、水を汚す回数も少なくて済むような製品をつかいたいと心がけています。
 さて、化学物質過敏症なのですが、いろいろと知れば知るほどに恐くなりますね。化学物質過敏症支援センターのホームページを見ていると他人事には思えないです。(ちょっと神経質過ぎますか?)


 ここに「健常者のあなたへ」ということが掲載されていて、具体的な予防策が示されています。

【具体的な予防策】
・室内空気を汚さない(換気の励行。噴霧式・スプレー式殺虫剤、芳香剤、消臭剤は使用しない。蚊取り線香は使用しないか短時間に限って使用。衣類防虫剤は使用しないか密閉容器中で使用。あらゆるスプレー類は使用しないか戸外で使用)
・食品は安さだけでなく安全性にも注意を
・合成洗剤はやめて石けんに
・住宅の新築・改修・改装は特に注意
・「あれば便利」程度で、なくても良いものは使わない
・家庭だけでなく、職場、学校・幼稚園などでも同様に
・適度な運動で汗をかいてください

 この予防策を見てもわかるように、私たちのライフスタイルそのものの見直しこそ重要だということがわかります。「『あれば便利』程度で、なくても良いものは使わない」に私は共感しました。このことは「『あれば便利』程度で、なくても良いものは買わない」という風にも置きかえられますし、「『あれば便利』程度で、なくても良いものは作らない」にもつながっていきますよね。これは、‘ごみ’の問題にも通じる部分がありますし、もっともっと大きな視点から言えば・・・地球環境の重大な問題にもなります。私の身の回りをもう一度点検しなくちゃと感じます。「自分さえ良ければ」とは思えない問題だとつくづく思います。


 それから「食品は安さだけでなく安全性にも注意を」ということですが、例えば、スーパーマーケットで白菜丸ごと58円で売られているのを目にしましたが、我が家では契約農家から届く野菜ということで同じ白菜でも250円・・・安全を買っているという気分をもたなければ、値段の違いにため息が出てしまいそうですよね。
 でも、食品についてはわりとわかりやすいと思います。冒頭に話を戻すと化粧品は値段もピンキリ・・・でも「高いからイイ!」というわけではなさそうです。ブランドのバリューもあるようですし、高い化粧品の安全性が高いということではありません。だからますます迷ってしまいますね。


 いずれにしても「今さえよければ・・・・」という発想ではなく、「何を大切にしていきたいのか」を見つめることで自ずと変えることができ、見直せる生活スタイルがあると感じる今日この頃です。

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2007年01月19日

できる限り資源化を

 今日は環境推進課が主催した午前中に調布市・三鷹市の不燃物処理場「ふじみ衛生組合」の見学会に参加し、引き続き行なわれた「まったなし!ごみ減量懇談会」に出席しました。

 午前中の見学会はものすごく衝撃的でした。ふじみ衛生組合(リサイクルセンター)の立地場所はちょうど三鷹市役所の南側、西側には人家があるとのことですが、周辺は研究所や市場に囲まれているのが不幸中の幸い?入口に入ったとたん野積みされているゴミの山・・・・。不燃物として回収されているゴミの山ですが、紙切れなど可燃物が堆積する山に散見されました。各家庭から回収されてきたゴミ袋がそのままで山積みされているので全く分別されず無造作に捨てられているゴミから、軽く水で洗い流してから捨ててあるゴミから、汚れたままで捨ててある不燃ゴミまで・・・とにかくごちゃ混ぜ・・・・私にとっては衝撃的な光景でした。多摩市の清掃工場でも作業の様子を見たことがありますが、見学コースが整備されガラス越しに現場の様子を感じることはできるだけ・・・・ふじみ衛生組合の事務局長さんが「ここは戦場!!」との説明をされていたように、ごみの現実がどどっと振りかかってきました。ガラス越しではわからない壮絶さ・・・そこで働いている人たちの姿・・・・私たち一人ひとりが心底今のライフスタイルを見なおし、そしてまた行動しなければいけないことを一段と強く感じました。

 一緒に見学会に参加した方々もみなさん同じような感想を述べられていました。ごみ行政の歴史にはそれぞれの自治体の取組み経過が反映されるわけですが、不燃物の増加とともに、不燃物の焼却処理能力に欠ける清掃工場しかなかったという事情から「ふじみ衛生組合」では早くから資源化に取組んできたようです。
 現在、リサイクル現場は・・・と言えば、かなり市場も活気づいているとか。特に鉄鋼業の上向きな景気に支えられ、エネルギー源となる「不燃ゴミ」は飛ぶように引取り手があるとか。でも、それもいつまで続くのかはわからないですね・・・。


 見学会を終え、昼食後に「まったなし!ゴミ減量懇談会」。見学会の参加者がほとんどそのまま参加しました。多摩市でも20年4月から予定されているプラスチックの回収をどうしていくのかの意見交換をしました。かなり活発な意見も出て、有意義な会議になりつつあったところで時間が終わってしまい、次回にも引き続き結論も含め持ち越されることになりましたが、印象に残ったのは・・・・「収集を便利にすること」でごみ分別、ごみ減量に対する市民の意識も甘いものになっていく・・・市民を甘やかすのはよくないのではないか?という意見。
 ごみの問題は市民一人ひとりが取組んで考えていかなければいけない問題。「極力燃やさず埋めたてず」という廃棄物減量等推進審議会の答申の方針にもあるように、できる限りの資源化を目指していきたいものです。私たち一人ひとりがごみを捨てる時に「ちょっとの手間」「ほんの少しの心がけ」を持つことはたいそうに難しいことではないはず・・・と思っているのですが・・・・。

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2007年01月05日

不安の気持ちが招くこと・・・

 夕方に多摩センターから永山方面に向かっていたところ、たまたま貝取方面に黒い煙と炎が見え、それとともにサイレンを鳴らしながら消防車が走る走る・・・・そこで、私も火事現場の方まで行ってみることに。
 
 現場は貝取中学校前の一画で閑静な佇まいの団地内の駐輪場付近だった模様。現場付近をたまたま通りかかった女性が「私が119に通報をしたんです」と話をなさっていました。その女性は「あら、なんだか火が燃えているようだけれど大丈夫かしら?」と思いながら、駐輪場沿いの遊歩道を通過していたらしい。何となく心配になり、119をかけたところに爆発音が聞こえ、ものすごい煙があがったとのこと。
 消火作業も一応落ち着いたところで、新年早々からの災難に付近には緊張感と不安が高まった雰囲気が漂っていました。

 付近ではパトカーが出ていましたが、この様子もまた、少し遠い場所で火事に気がついていない人たちにとっては不安な気持ちが感じられるものです。「一体、何のための警戒なのだろうか・・・・」と気になりだすと気にかかって仕方がない・・・それがパトカーの存在だと私は思っています。あの赤く回転しているランプはいつみても不安を誘いこみます。

 こんな不安な気持ちが招くのは・・・・一番には「不信感」ではないか?と思います。安心して暮らせない環境と言うのは、地域に対する不信感、安全な暮らしを守ることができない市政、そして何よりもこの地域で暮らしをともにしている人たちどうしの信頼関係までもを揺るぎあるものにしてしまうような気がしています。

 もちろん、このような事件があることで、逆に地域が結束してパトロールにあたるような取組みが生まれることも考えられるわけですが、何か悲しさを覚えるのは私だけでしょうか。


 一日も早い解決を願うものです。「暮らしの安全や安心を守る」ということを深く考えさせられました。

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2006年08月09日

はらっぱ当番

 ベルブ永山には公民館と図書館と消費生活センターがあります。消費生活センターは見過ごされがちですが、実は、貸し室として重宝されている「講座室」は消費生活センターに所属する部屋だったりします。そして消費者生活センターを拠点として活動しているのが消費者団体連絡会(消団連)です。
 

*消団連とは「多摩市消費者団体連絡会補助金公布要綱」によると「くらしや環境問題について学習し、情報交換などを通して健全な消費生活を図ることと市民への消費者問題の啓発を行う」グループ。

 消団連では、昨年、行財政改革で補助金見直しが行なわれ、恒例行事だった消費生活フォーラムは休止を迫られてしまいまったので、活動幅が狭まってしまうのかなと心配していたのですが、今年は「市民提案型まちづくり事業補助金」を獲得し、10月3、4日に「消費者festa」を行なう予定です。
 ところで、消団連の大事な日常活動として忘れてはならないのが「リサイクルショップはらっぱ」。ベルブ永山にあるショップなので、覗いてみたことはあるという市民は少なくないと思います。ここは消団連を構成している団体が輪番制にて店番をしています。私が参加している団体もそのメンバーなのですが、今日の午前中は、一年に一度だけ店番がまわってくるお当番の日だったわけです。


 リサイクルすることの必要性は認識していますが、自分自身はリサイクルショップの愛用者ではありません。・・・・なので、今日はお客さんがとても多いことにびっくりしました。「お店の存在が市民に定着してきたというのが理由だと思う・・・。」と聞いたわけですが、以前は1日平均1万円ほどだった売上も4万円くらいにまでなっている・・・・というのです。リサイクルショップで預かり販売をしているので、利益はその一部にしかなりませんが、狭いスペースにも関わらず、最近はリサイクル品の持ちこみが増えていて預かり手数料(2点で100円)による収入も無視できない存在です。

 ちなみに、リサイクル品の持ちこみについては、一人1ヶ月2回まで、1回に6点までと決まっています。(たくさんの人にリサイクル品を持ち寄ってもらうため)


 さてお客さんとしては40代前後以上の人が多く、平日昼間だったので主婦層が中心です。かなり真剣に品定めされる方もいるので、店番をしている私としても「ただ座っているだけ」ではなく、一緒になってお客さんのイメージに合いそうな品物探しをしたり、あとは、持ちこまれたリサイクル品の価格をどうするのかをアドバイス(相場がよくわかっていないので、アドバイスになったかどうか疑問もあるけれど・・・・)してみたり、店番ってこんなに楽しいものだったかしら・・・と思いました。

 つまり、以前にお店番をした時よりも利用者が増えているわけです。店番をしていてもお客さんがいなくて「ぼー」と過ごしているとつまらないわけですが、喜んで利用してくれるお客さまの様子を目にすると、やっぱりうれしいものですね。
 「これ、一度も袖を通していないのよ。少し高く売れるかしら?」とか、試着をしてみたお客さんに「これ、どうかしら、おばさんぽく見える?」と尋ねられたりとあっという間に午前中の店番仕事が終わってしまいました。

 というわけで、今日思ったことですが、大規模なバーゲン会場とかに行くと、簡易で設けてあるような試着室があると思いますが、そのリサイクル品がどこかにないかしら?・・・・はらっぱには試着室がないので、そこが少々不便かもしれません。店内が狭いので試着室を設けるスペースをどうするのか?という問題もありますが、試着を希望する方はベルブ永山のお手洗いを利用してもらわなければならない点が改善されるといいなと思いました。「お手洗いまで試着に行くんだったら、いいわ。」と購入するのをあきらめてしまう人もいるので。


 持ち込まれる品物が増えていて、利用者も増えているのですが、狭いスペースの拡張は考えにくいのは悩ましいところ。それにしても、こんなに利用者が多いのかと驚きました。「リサイクル」のの考え方は着実に浸透しているなと実感した次第です。

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2006年06月27日

移動支援の行方は?

 先日、朝日新聞に子育てタクシーのことが掲載されていました。これは注目度大の取組みだと思います。

 「移動支援」と言うと、多摩市の場合には介護問題、高齢化という切り口から、その必要性が言われるようになってきました。そしてまた必要性が高まっていると感じています。
 特にニュータウン地域では、エレベーターのない住宅での「縦移動」の問題も存在し、高齢者の外出支援を考える上で課題のひとつになっていますが、大通り沿いにあるバス停から自宅までの往復においても「階段」という障害があり、ここにもまた「縦移動」問題が生じます。結構、深刻だと思っています。
 「もっと団地内にバス停があったら・・・」という声もよく聞きます。ミニバス網の整備もしているものの、ミニバスのバス停もそんなに便利な場所にあるわけではなく、ミニバスのバス停から重そうな買い物袋を下げて歩いている高齢者の姿も見かけます。
 丘の起伏を生かして建設されたニュータウン・・・きっと、建設当時には今の状況を想像しなかったのでしょう。ニュータウンがどのくらい先までの未来を描いて建設された都市なんだろう・・・・と私は時々ふと考えることもあります。いずれにしても、ニュータウン地域に限らず、多摩市全体にとっても「移動支援」の問題をどう考えるのかは大事なことだと思っています。桜ヶ丘のことを考えても「いろは坂」・・・歩く元気を出すのは私でも大変です。
 
 「ドアツードア」での移動を考えた時、真っ先に思い浮かぶのはタクシーですが、日常生活の中でタクシーを頻繁に利用できるほど余裕がある市民ばかりではありません。
 ということで、もう少し手軽で利便性の高い交通システムの導入を目指して実験したのが「のりタク」の取組み。しかし、まだまだ本格的な実施となるまでには時間がかかりそうです。地域限定での取組みだったのですが、そもそも当該地域住民へのPR不足が原因であったのか満足できるような実験結果が得られたとは言えないようです。引き続き、これについてはどのように取り組んでいけばいいのか調査研究が進められている模様です。


 そもそもの入口は「高齢化社会」だったかもしれませんが、やはり、その前から存在していたのは障害者の外出支援の問題でした。そして新たな視点としての「子育てタクシー」。いろいろと不安な事件も多い最近の状況を考えると、子どもが一人で安心して乗車できる「子育てタクシー」の可能性を探ることはできそうかなと感じています。「子育てタクシー」ともなると、多摩市独自でどのくらい取り組めるのかはまだまだ未知数。もしかすると東京都全体で・・・という方が取り組みやすいのかもしれませんが、「外出支援」をしていくこと、「移動サービス」へのニーズは今後ますます高まると思うので、私も「子育てタクシー」について調査していく予定です。

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2006年02月15日

地域安全安心マップ③

 地域安全安心マップづくりの最終日に参加。途中までしか手伝うことができなかったものの、先週、子どもたちと歩き、写真を撮った場所やこども110番のあった場所などを確認しながら、実際の地図づくりをしました。
 子どもたちは上手に役割分担をしていて、書くのが得意な子、写真を切ったり、レイアウトを考える子、写真に糊付けをする子等などそれぞれに係りを決め、協力しながら作業を進めていました。最後の完成まで見届けることができなかったのですが、展示される機会があると思うので、その時を楽しみにしようと思います。
 
 地域の安全と安心・・・誰もが願うことですし、子どもたちの安全確保は痛ましい事件などを見ていると対策を講じなければならないと思っています。大人が学校など目的地までの送迎をしたり、戸外で遊ぶ時には見守っているなど・・・・確かに子どもたちを守るためには必要なことと言えるでしょう。子どもも今の社会環境を肌身で感じているので、大人たちの眼に守られながら過ごすことに順応していることでしょう。
 でも、考えてみると子どもたちには「子どもの世界」があり、大人には秘密の子どもたちだけの基地があったり、遊び場があったり、「子どもの世界」の楽しみを持って成長するものです。その世界の中でさまざまな発見があり、知恵を取得し、工夫をしながらさまざまなことを学ぶはずです。そういう意味からすると、大人たちの「見守り方」ってとても難しいと思うのです。
 いつもいつも大人の眼を感じながら生活をすることもまた、子どもにとっては過ごしにくさを感ずる部分もあるような気がするのです。

 マップづくりをして思ったことは、子どもたちはそれなりに危ないこと、恐い場所、近づきたくないところを知っているということでした。もちろん参加している子どもたちは一部にしか過ぎません。でも、子どもたちが日々の生活で学んでいること、その中でつけた知恵があることを踏まえて、大人たちがどのように対応していけばいいのか、「子ども世界」にまで踏みこまないようにしていくことの必要性を感じてます。とても難しいことかもしれません。でも、「子ども世界」を最大限尊重すること、そのことが子どもの育ちにも大きく関わることでしょう。
 窮屈さがなく育っていける環境をつくること、それが目標だと思います。そのための地域の安全安心づくりにしたいものです。マップづくりをしている子どもたちの姿を見て、「地域の空気」をいいものにしていきたいなあと強く感じました。

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2006年02月09日

「食育」

 食育は私もかねてから関心が高い分野なのですが、食育基本法が制定されたこともあり、国をあげて本格的に推進されつつあります。何が本格的なのか・・・というと、やはり法律がひとたび制定されるとそれに関連する予算計上があるわけで、食育推進担当ホームページによると来年度予算案でも関係省庁の連携で力強く?予算化されています。
 食育の推進については、「食育推進基本計画(案)」が検討されているようですが、これによると平成22年度までに全国各市町村の50%以上で「食育推進基本計画」が策定され、実施することを求めるようです。この目標値が素案どおりにそのまま確定するならば、おそらく国は数値目標達成のために、平成22年度までに各自治体に基本計画の策定を奨励するのだと思います(予算をつけたりして)。でも、国の目標達成に貢献すべく急き立てられたとしても、自治体にとって「食育推進基本計画」を策定するというのは煩雑な事務作業。ここでまた市民参画をするとなれば、さらに大変な苦労があるでしょう。
 というわけで、おそらくは、平成22年までに策定してあれば、一応は「優良自治体」となれるので、策定時期については「食育」に対する自治体(首長)の意向が反映すると思われます。つまり、何が言いたいかというと、多摩市はいつになったら多摩市版「食育推進基本計画」を策定するのか?ということ。

 私は現市長は「食」の問題はとても重要だと考えていると理解しています。例えば、昨年の9月議会では「食育基本法の成立を受け、第一小学校を「食育モデル校」とし、自校調理方式による学校給食を求める陳情について」が提出されましたが、その際にも「就任以来、何とか(一部の学校からでも)自校方式による学校給食の実現ができないのかを考えてきた」と明らかにしています。子どもたちにとってセンター方式よりも自校方式による給食がいい!というのは私も同感ですし、市長がそのことを真剣に考えていたとすれば、素晴らしいことだと思います。
 
 もちろん、「計画」を策定すればいいわけではありません。しかし、少なくとも市長は「食」の問題にかなり関心が高いはずなので、食育基本法を意識した取組みがどのように進むのだろうかと期待しています。でも、残念ながらそういう発想はないのかもしれません。なぜなら、先般示されている「(仮称)戦略プラン(案)」ですが、この中には「食育の推進」と書いてありますが、それをトータルで進めていくような推進計画づくりは視野に入っていないと見受けられるからです。
 「食」行政は今まであまり光があたっていなかった分野ですが、食育基本法ができたり、「食」の安全に不安が大きかったりと、ずいぶんと、いや、かなり注目を浴びるようになっています。

 多摩市版「食育推進基本計画」の策定はまだ数年先かもしれませんが、「食育」分野にはさまざまな部署が関わるはずなので、トータルとしてどんな取組みが進んでいるのか、市民にもわかりやすく捉えられるような工夫がほしいなあと思っています。

 ちなみに企業も色々と取り組んでいるようです。例えば・・・たまたま見つけたから掲載しますが、こちらこちら・・・などなど。
 

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2006年02月08日

地域安全安心マップ その②

 先週、雨で延期になっていた地域安全安心マップづくりが行なわれました。第1回目の顔合わせと準備に引き続き、今日は実際に地域を歩いてマップづくりの材料?探しをしました。一週間延期になったので、ボランティアで参加してくれる大人の頭数が心配という話を聞いていましたが、PTAや地域自治会の皆さんたちが多数参加、多摩テレビの取材もあり、にぎやかに行なわれました。

 私は自分が住んでいる諏訪1丁目地域を歩いたのですが、昼間にも関わらず、人通りが少ないこと、公園に遊ぶ子どもの姿も少ないことが気になりました。さらに公園ではカップラーメンをはじめとする飲食した形跡が残っていて、食べ散らかした後・・・・ごみ拾いも大変な作業でした。

 ところで・・・・「こども110番」。子どもたちと一緒に「こども110番」の掲示を探したのですが、歩いた地域内(歩いたルートの範囲では)、数ヵ所しか見つけることができず、意外と少ないことがわかりました。以前、「『こども110番』マークがあるお宅であっても、実際には昼間に人がいない場合も多い。」という指摘がされたこともありますが、それ以前に諏訪1丁目地域(消防署付近のエリア)にはマークそのものを見つけることができませんでした。アパートが多いことや、マンションでもオートロック式の入口であること、一軒家が建ち並んでいても閉められた窓をみると人の気配が感じられず、「こども110番」への協力者を見つけるのが難しい地域のように感じました。

 さて、面白いことに、子どもたちは危なそうなところを知っていて、わざわざその場所を見に行こうと足を運んでいました。特に、諏訪神社の境内の裏側などは「恐い」というイメージがあるようでした。「一人では近づけない。」と話していました。そのイメージは私が小学生だった時と全く同じです。
 今日、残念だったのは「水曜日」だったので地域にある商店が休業だったことです。地域にある商店は何かの時に助けになる場所の一つです。せっかくならお店の人にインタビューなどできたらよかったのですが・・・。

 子どもたちと一時間半くらいをかけて、半分遊びながら楽しくマップづくりの材料探しをして歩いたのですが、建物があるのに人の気配がないと余計に寒々している感じがしました。私が小学生の時には、同じ地域であっても広々とした畑や土地が残っていました。もちろん、その時も人通りが少なかったわけですが、周辺の見通しはとてもよかったわけです。今のほうが、建物が建ち並んでいるのに、何となく物寂しさを感じるのは不思議です。

 来週はいよいよマップづくり。材料探しの成果が子どもたちの手でどんな風に表現されるのかが楽しみです。

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2005年11月22日

えっ・・何のため?

 「多摩市安全安心まちづくり推進協議会」の傍聴に行きました。知人より「ぜひ、一度、傍聴に行ってみて欲しい。」と言われたこともあり、初めて傍聴をしました。

 この協議会は要綱にて設置されています。ちなみに設置目的は下記のようになっています。

第1条 市民、市、防犯関連団体等が一体となって犯罪の防止に努め、安全で安心して生活できるまちづくりを推進するため、多摩市安全安心まちづくり協議会(以下「推進協議会」という。)を設置する。

 そして第2条では推進協議会で行なうことについては

①安全で安心しえて生活できるまちづくりの推進に関わる方策、事項などに関すること ②その他安全で安心して生活できるまちづくりの推進に関すること。

 以上のようになっています。

 前回までの推進協議会において、委員長の意向も強く反映されているようでしたが、「協議会として何らかの提言をしたい」という考えのもとで話合いが進んできた模様です。その中で「安全安心まちづくり条例の制定」というのを提言に盛り込んでいこうということで決定していたようです。今日は、その決定に基づいて、具体的な条例の内容に踏み込んだ話合いをする予定だったのか、事務局では各自治体の「生活安全条例」を、a基本的な条例、bやや実践的な条例、c実践的と考えられる条例とに分類した参考資料が用意されていました。

 ところが、協議会がスタートしてからしばらくして、「この協議会では防犯に関わるネットワークづくりをどうしていくのかを考えていこうとしているのに、それが即条例化にはつながらないのではないか。」という意見が出され、「まず大事なことは、協議会に集まっている関係者たちがそれぞれに抱えている課題を出し合いながら、その課題解決のために、お互いの連携協力の具体的方策を話し合うべきではないか」という提案がありました。
 しかしながら、「条例化の必要性を認める」という点は前回の協議で既に合意している事項なので、議論を蒸し返すことは望ましくないという結論に落ちつきました。とはいえ、前回の協議を受けて、市民団体から「多摩市安全安心まちづくり推進協議会の進め方に関する要望書」が提出されていて、その要望書でも条例化についてはもっと慎重に検討するべきだという申し入れがされていました。(要望書に対しては、今までの協議会での議論の経過を踏まえて会長が回答をすることになりました。要望事項については、市民の意見のひとつとして聞き置いておくという取扱いになったと思います。)

 さて、協議会開催も4回目。しかしながら、とても困ったことに、・・・「この協議会の位置づけが不明確で、ここで議論したことなどがどのように市政に生かされるのかよくわからない。」という声がメンバーからあがりました。メンバー全体で、委員長も含めて、そのことについては同じ思いを持っているように感じました。メンバーには部長が2名入っていますが、発言をほとんどしない彼らは、行政が声をかけて集めたメンバーたちが漏らした本音にどのように耳を傾けているのかなと思いました。
 市長の諮問機関でもなく、何の権限も持っていないのが当該「推進協議会」です。何の思惑があり、推進協議会を設置したのか、私も再度確認をしてみる必要があると感じています。せっかく時間をさいて出席されているメンバーの皆さんです。ここでの議論を有意義なものにしていかなければ意味がありません。ポジションが不明確なまま「提言でもあげていこうか・・・・」としているようですが、その提言の取扱いが保障されているわけではありません。
 この推進協議会の位置づけについては議会でも見過ごされていた気がします。地域の安全への関心が高まるなか推進協議会について議会で議論がなされてこなかったことの罪深さを感じた次第です。

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2005年08月28日

総合防災訓練で

 落合中学校で開催された総合防災訓練に行きました。今年は5年に一度の避難所宿泊訓練があり、落合地域の自主防災組織に所属する希望者は体育館で一夜を明かしたそうです。体験者からの話では深夜すぎに雨が降り始めて、非常に冷えてしまったとのこと。「なかなかいい体験になった。」という話でした。最近、地震があったり、ここ数年で振りかえってみても自然災害が多いように感じます。防災に対する意識は以前比べると高まっているのかもしれません。 とは言え、災害については、どんなに備えがあったとしても憂いが完全に拭えるわけではありません。それだけは確かです。

 このような訓練が実際にはどのくらい役立つのかは検証し難いわけですが、「そう言えば、消火器の使い方も忘れてしまったなあ・・・・。」と思いながら訓練の様子を見学している自分のことを考えると、やはり一年に一度であっても「訓練」があることの意味は大きいのではないかと感じた次第です。

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2005年07月12日

誰かが見てるぞ

 地域での防犯活動が脚光を浴びています。社会が殺伐としてきた状況とセットになっていると感じています。「市民自らで地域を守る」とか「自らの手で地域の安全を確保する」というと、とても聞こえがいいわけですが、結局は「安心して暮せる地域」に不安が募っているわけです。
 そのことを物語るように、最近、地域の中にたくさんの’防犯’に関する看板、それから「誰かが見てるぞ」という貼り紙を至るところで目にするようになりました。このような掲示物があるとやはり防犯には効果があると言われているのでしょう。しかし、私はどうも’いかつい’印象を受ける貼り紙にギョッとしています。
 特に、自分が住んでいない地域などに足を踏み入れた時にこの貼り紙を目にすると、それこそ「地域外の人間」である自分が排除されているような気分にもなります。例えば「ほうれんそう」など活動報告を配布するにしても、何だか気が引けてしまいます。

 確かに「自らの手で守っていく」という考え方は今後目指すべき方向としては適当だと思います。しかしながら、それが「排他的」になっては困ります。あまりにも行きすぎた「‘自ら’主義」によって閉鎖的な雰囲気をまとってしまい、逆に、この地域に暮すことに萎縮してしまいそうな、伸び伸びできない雰囲気を醸し出すことだけは避けたいものです。

 そして、地域の至るところで看板や貼り紙をみると、その掲示数が地域の治安の良し悪しを示すバロメーターになっている気もします。今日もある地域を歩いていて、非常にたくさんの「誰かがみてるぞ!」に出会いましたが、やはりあまり感じの良いものではありません。
 

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2005年06月18日

もしも大きな災害があったら

私は土曜日も保育園を利用しながら、活動をしています。今日は大学院の授業がありました。子どもを保育園に預けるようになって気になっていることがあります。それは「もしも私が多摩市内にいない時に災害が起こったら?」ということです。これは私に限らず、保育所を利用している父母たちに共有できる課題であると考えています。特に毎日市外に働きに行っている保護者にとってみると尚更だと感じます。
 
今は、携帯電話で災害用伝言板などもあり、保育園などでも即対応することになっているようですが、そうは言っても大きな災害が発生した時、交通網も含めてどうなっているのか予測することはできません。さまざまな状況を想定しながら、災害への対応を考えていくことが必要ですが、そもそも‘完璧な’備えとは存在しないのが現実だと思います。できる限りの万全を尽くすことはもちろんですが、それでも不十分な場合もあるのです。
 
多摩市のも地域防災計画がありますが、細かいところまでの計画という部分ではやはり通園している保育所を中心にして災害対応マニュアルを作る必要があるでしょう。しかし、今後ますます「共働き時代」になることを考えると保育所に限らず、小学校、中学校も含めて「子ども」の安心を確保するために行政が果たさなければならない役割はやはり大きいように感じます。
 「だからどうすればいいのか?」ということは、まだ十分に私の中でも考えられていないのですが、毎年9月1日頃行われる‘ひきとり訓練’だけでは不十分で、今の社会環境に即応しているとは言えないと思っています。

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2005年05月23日

ごみの有料化の前にできること

 今日は強行スケジュールで日帰りで名古屋市に行ってきました。知人を通じて名古屋市のごみ政策についての視察です。午前中は担当者より話しを聞き、午後は家電リサイクル法、容器包装リサイクル法の中間処理施設、焼却灰の溶融を行なっている3つの会社の見学をしました。

 現在、市長から示されているスケジュールとしてはごみの有料化方針を5月に決定し、12月には条例を改正をしていく予定です。実際に有料化が始まるのは来年の6月以降でと考えているようです。それまでには十分な周知期間を置くとともに容器包装リサイクル法への対応も検討をするようです。ちなみに容器包装リサイクル法への対応というのは、今よりもさらに分別の徹底が必要になります。
 さて、ごみの有料化のことですが、日野市、稲城市そして町田市も導入が決定しています。府中はまだダストボックスがあるようですが、結局は周辺が有料化する…ということで周辺より多摩市へごみが持ちこまれるのではないかとの危惧もあるわけです。しかしごみを有料化することの減量効果を含め、本当に有料化が最善策であるのか…これについてはまだ疑問が残ります。有料化の前にできるあらゆる手段を全てし尽くしたのかどうかを検証することは必要です。

 そんな中、ごみの有料化をせず、ごみ減量に成功した名古屋市の取組みに学びたいと考え、足を運んできました。さすがに政令指定市で多摩市とは規模が違いましたが、市長の「ごみ非常事態宣言」を転機とした取組みには目を見張るものがあります。なにせごみ減量目標20万トンを2年で達成したという実績があります。
 ここにはやはりごみをできる限り資源化していくという発想のもとで容器包装リサイクル法に沿った細かな分別収集があり、また市民の取組みである集団回収の強化などがありました。もちろん容器包装リサイクル法に基づいた分別を市民が理解し、取組むためには徹底的に周知していく必要があるわけで、行政の広報活動や説明会の開催の努力もありました。とは言え、やっぱり名古屋市が成功した秘訣には「市民の意識」が大きくかかわっていました。
 というのもこのままごみが増え続けることで干潟が失われてしまうと言う危機意識が市民と共有されたわけです。実は最終処分地としての埋立地計画が昭和50年代から進められており、市はそのために土地の買収など約57億円に上る税金をつぎ込んできました。しかしながら、それをしてでもなお、ごみ問題が解決しない現実があり、一方では自然が失われていくことへの市民の怒りや悲しみ(処分地計画には反対運動もありました)、憤りがあったわけです。名古屋市民にとっても切実に迫った環境破壊に市民自身も意識を変革せざるを得なかったとも言えます。その世論の後押しも受け、市長は埋立地計画を断念し、市民に対しもごみ減量への協力を仰ぐことに成功、まさしく市民全体での環境保全、ごみの発生抑制などへの取組みがスタートしました。ここで大事なことは名古屋市民自身が選択をしていると言うことです。自分たちの‘まち’の環境選べば、それなりに自分たち自身がやらねばならない義務があるのです。

 この名古屋市民の状況と同じことが実はここ多摩市にも当てはまるわけです。しかし残念なことに私たちにはその切実さ、切迫感がないようにも思われます。なぜならば、私たちの最終処分場は多摩市になく、日の出町に存在しているからです。その分、本当はもっと身近な問題として捉えるべき問題にも関わらず、何か他人事にしてしまいがち、またその問題があること自体知られていないような気がします。でも、日の出町の市民のことを考え、想像してみればわかります。他人の家のごみを自分の家の庭に埋めているようなものなのですから・・・。そして自分の庭にはもうそろそろ埋める場所すらなくなっていく状態です。その立場の人々の心境を自分に置きかえることが求められます。
 つまり、私たち多摩市民は名古屋市民よりももっと厳しい判断をしなければならず、覚悟も求められるのです。この現実に市民自身が向き合い、行動することが必要です。
 
 ごみの有料化・…それがゴミの減量政策の一環として捉えられるのであれば、それは有料化をしなければできないことなのかどうか・…。名古屋市の取り組みは、必ずしも有料化だけがとるべき道ではないことを物語っているなと思いました。ただ、歳入確保の視点から有料化というならば話しは別なのかもしれませんが。

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2005年04月15日

地球環境とアレルギー患者

 私はありがたいことにアレルギーもなく、今までとても健康に過ごしてきました。健康であることは何にも勝って感謝しなければならないことだと思っています。
  
 実は、今日は朝から横浜のほうにある診療所を訪ねてきました。というのは子どものアトピーの治療のためです。ここ数日、子どももかゆみのために眠れず、それとともに私も睡眠不足状態が続いています。かゆさの程度を私は推し測るばかりしかできないのですが、とにかくかゆくてかゆくて眠れないらしいのです。アトピーと診断されているわけではなかったのですが、「これはアトピーに違いない」と考え、知人から伝え聞いていた診療所に行ってきたのでした。やはり、思っていたとおり、診察してくださった先生は子どもの肌を見るなり「これはアトピックスキンですね。」とのこと。昔は小学生くらいにもなると治ってけれど、現代ではそれがなかなか難しくなっているとの説明を受けました。治癒を困難にしている理由はやはり環境汚染でとりわけ窒素酸化物、オゾン層破壊による紫外線の影響があるそうです。

 さて、近年アレルギー患者が増加していると聞いています。最近でも花粉症でマスクを着用している人をたくさんみかけます。もともと花粉症知らずだった人でも、突然に発症することもあるようで、特に都会に来て花粉症を患ったという友人もいます。やはり都市の空気汚染が原因だと考えられますし、実際に科学的にもそのことが言われています。
 
 地球環境の悪化の問題は個人としてのアレルギー対策をしていたとしても太刀打ちできません。なるべく無農薬で無添加の食品を食べるように心がけて下さいと言われたものの、健康な大地ときれいな空気と水が保障されていかなければ、そして環境の恢復がなければなりません。政府部門が期待される役割の大きさを感じています。もちろん私たちが環境に優しい生活をしていくことも欠かせません。価値観を含めた「ライフスタイルの見直し」が救える事項がたくさんあることを感じています。言うまでもなく、政府に期待感を寄せるのは私たち一人一人だからです。

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2005年03月03日

いよいよごみは有料化に

 先月末に廃棄物減量等推進審議会から答申が出され、家庭ごみの有料化の方向がいよいよ本格かするようです。早ければなのか、できればなのか平成17年度中に実施をしたいと言うことです。いつそのための提案が議会にされるのかわかりませんが、今年の6月、9月、12月議会の3つの選択肢のどれかになることは間違いないと思います。議会で有料化を認めたとしても、一定の周知期間が必要なので、来年度中の実施を考えるのならば9月議会までには条例提案が行われると思います。
 審議会では、市民への説明会等をきちんと開催をし、ごみ減量の啓発も行いながら有料化を進めていくべきだとしています。どのように市民への説明会の実施など開催するのかわかりませんが、早急にごみ有料化対応をしていきたいとのことでした。どんな風に対応をしていくのかが注目されます。もちろん議会でも有料化の賛否があるわけですが、「ごみを有料化する前にもっとすべきことがあるのではないか」というのが生活者ネットワークの立場です。「ごみ減量」を最大の目的とした有料化とは言え、減量効果も一時的なものにしか過ぎないのでは?との疑問もあります。隣りの日野市の例などを見てもわかります。日野市ではごみが減量したものの、またまた微増し始めたので、どのくらいの回数実施したのか正確には把握していませんが、市長自らが市民に理解を求め各地域での出前説明会を相当数行ったと聞いています。有料化していくことも市民にとっては負担が増えるとも言えます。市長がどのように市民への理解を求めていくのか、施政方針におけるプロセスを大切にしてくとの姿勢がどう行動になっていくのかが注目されます。

 それにしても、ごみはどこまで減量すればいいのかなと思います。どこまでも減量を追求することが大事なのかもしれませんが、ごみを全く出さないで生活をすることは不可能です。ごみを減らすと言えば、最近になって、紙オムツを使用するとこんなにも大量のごみが出るのかと実感しました。赤ちゃんなどへの対応については、一定程度までは無料にして、それ以上の分については有料にするという考えのようですが、この一定程度の目安とはどこに根拠を置くのかなとも思います。「平均的な排泄料」にでもするのでしょうか。排泄料は人それぞれですし、排泄するなとも言えません。しかもオムツがとれる年齢もまちまちです。紙オムツの廃棄を考えても、市としての考え方をどうまとめるのかなと思っています。今日の質問者が低所得者層や社会的弱者に配慮しすぎることで有力なごみ減量施策としての有料化の効果が減殺されるとの主張がをしていましたがそのとおりです。配慮と有料化のバランスの考え方をどうするのかは課題です。

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2005年02月24日

消費生活センターの役割

 ベルブ永山は公民館と図書館だけでなく、忘れられがちですが消費生活センターがあります。リサイクルショップの「はらっぱ」の隣りにありますが、奥まっているためにあまり知られていないと思われます。そのためにあまり活用もされていない気がします。毎年一度開催されていた市民実行委員会方式での「消費生活フォーラム」も行財政再構築の流れの中でなくなる方向です。消費者行政も縮小していくのかなと思っていました。
 ところが、最近の「オレオレ詐欺」対応など相談件数が増加していることから、来年度の予算では今年度からかなりの増額が予定されています。昨年度の決算書を見てみると、過去3年間の推移では相談件数が平成13年度865件、平成14年度998件、平成15年度は1721件という実績になっていますが、あまりの実績数値の急増の理由はもう少し詳しく知る必要があると思っています。
 消費者行政が拡充するのは喜ばしいことですが、ベルブ永山に消費生活センターが存在していることを周知しなければ意味ないよなと感じます。そこで今日は改めて、消費生活センターに足を運んでみました。

 消費者行政の分野はあまり馴染みがありませんが、非常に重要で、問題は多岐にわたります。BSEなどの食品の問題から、リサイクルなど環境の問題、医薬品、個人情報保護などなど盛りだくさんに取組むべき課題がたくさんある分野です。どれをとっても結局は市民が「かしこい消費者」になって、クリアできる課題と言えます。自己選択自己決定の時代の特徴である「自己責任」にも大きく関わる問題です。それだけに正しい情報を取得しておきたいと思います。
 消費生活センターのルームには関連資料、パンフレットなど置いてありますし、またビデオなども見ることができます。片っ端から置いてあるパンフレット等に目を通すだけでも半日以上はかかると思います。しかし、「知っていてよかった」と言えるような面白い情報に出会うことできます。
 その意味でも、消費者行政のあり方を再点検し、消費生活センターの存在価値が高まるような事業展開をしてもらいたいと思っています。せっかくあるのに活用されなければ宝の持ち腐れにしかならないからです。まずは、ベルブ永山に消費生活センターがあることをもう少し市民に認識してもらえるような工夫が必要かなと感じています。

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2005年01月24日

資源循環型の地域づくりを目指す取組み

 悪化はさせたくない、とにかくできるかぎり今の地球環境はぎりぎりで守っていきたいと思います。環境問題の深刻さは誰しもが感じていることのはずです。どうやったら環境破壊を食いとめられるのかを考え、対策を講じることが求められています。資源循環型社会の形成は当然の時代ですが、意識はしていても行動にはなかなか結びつかない面があるのではないかと思います。実際の私自身の日常生活を考えていても‘エコ生活’とは言えないと感じます。

 今日、「菜の花プロジェクトネットワーク」という取組みを知りました。これは地域にある資源を地域内で利用する資源循環型の地域づくりを目指す取組みです。これはもともと民間レベルで始められたものに行政も参加する(支援できることは支援する)方式で滋賀県から広がったもののようですが、趣旨に賛同した人たちが各々の地域で「菜の花プロジェクト」の担い手として活動をしています。
 人との交流も含めたまちづくりを動かしていくモデルとしても面白い取り組みなので、ぜひ、一度実際のプロジェクトを動かしている人に話を聞きたいと思います。ちなみに1,000㎡の土地からは約60キログラムしか油がとれないらしく、採算がとれる事業にするには難しいようですが、価値ある活動として評価できると思います。採算は別としても、このプロジェクトによる「菜種油」は好評で予約販売で完売される状況だそうです。

 多摩市内を見まわすと菜の花を栽培するための「農地」に注目した場合には、なかなか場所確保の面で厳しいものがあるわけですが、しかし例えば学校の跡地やニュータウンの広大な未利用地に注目をすると一気にその可能性が広がるように思います。
 学校跡地施設の報告書の資料によると学校跡地施設の用地は各々20,000㎡はあります。そこに菜の花プロジェクトの可能性があるかもしれない・・・実現するためには思いを共有してくれる市民をまずは増やすことが必要です。

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2005年01月14日

安心安全のまちづくり

 性犯罪者の出所後の住所について、法務省が警察署に提供する方針であることが明らかになりました。繰返す確率が高いと言われる性犯罪を未然に防止する目的であることが一番の理由だと思います。連携体制を組むことでより社会の安心安全を確実なものにしようとする方向性を否定するわけではありませんが、「公益目的」の名のもとで行政の保有する情報が警察に手渡されることは、いくばくか治安維持法時代を彷彿させます。

 さて、安心安全のまちづくりと言えば、現在の都知事はえらく熱心な取り組みをしています。「安心安全まちづくり条例」を制定していますし、防犯対策にはかなりの力を入れています。この都条例でもやはり警察との連携が位置付けられています。この連携の前進という部分では期待できるのかもしれません。が、その一方でこの条例制定は、「空き交番」を見てもわかるとおり、「警察には頼れませんよ。」ということを公に明らかにしたこという見方ができます。ここは認識すべきだと思います。

 ところで犯罪件数は増えていると言われます。そしてその割には警察官の数が少ないのだそうです。警察官対象の調査では犯罪が年々増加しているという実感が明らかにされていますし、実際にも時代とともに犯罪の質的変化もあり、解決困難な事件などが増えていることも事実です。そのような状況にあり、交番の「お巡りさん」というイメージで語られるような存在を地域に配置する余裕はなくなっているのかもしれません。そこで、地域のことは地域で守り、自らのことは自らで守るという発想が出てくるわけです。
 
 そう言えば、最近、近所でも蛍光色の防犯を呼びかける看板をよく目にするようになりました。看板があるだけでも犯罪の抑止効果になるそうですが、看板が配置されすぎても何となく効果が薄れそうな気がしますし、なおかつ看板の設置状況について倒れていたり、壊れていたりなど状態が良くないものについては、むしろ逆効果を呼びそうな危惧があります。そのまま無造作に放置されたままの看板は地域コミュニティの状況を知らせるものとも言えるからです。看板の立ち方ひとつが物語るコミュニティの姿…そこにその地域が見えてくるのです。

 安心安全のまちづくりには「ご近所」が欠かせない。でもそれは古き時代の「隣組」でないことは確かです。

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2005年01月10日

市民に問われるマナー

 今日は成人式でした。昨日の夕方に30分間だけでも遊説をやるという話が急遽決まったので、多摩センターの三越前に出かけました。多摩センターは人が増えたなあと感じました。

 さて、放置自転車は市民のマナーの問題です。駐輪禁止の看板があるにもかかわらず堂々と自転車を止める人がいます。今日も遊説をしている数分間見ていたところ、自転車でさーっとやってきてスッと駐停車させてお店のほうに消えて行く人がいました。ちょうどイトーヨーカ堂とパティオの間、サンリオピューロランドに向かう通りのところです。看板に気がついているのかどうか、もしくは気づかないようにしているのかもしれませんが、何食わぬ顔で自転車を停車させてその場を離れる市民の姿にはがっかりさせられます。

 このような状況は、「みんながやっているから」意識を増殖していきます。迷惑行為をしていることに気がつきつつも、「まあ、いいか。」「他の人もやっているし」…と結局「赤信号をみんなで渡る」心境へと人を誘導しがちです。そうするとますます放置自転車は増えるばかりです。
 それによってかかる迷惑がひどくなってくると、その取締りに「誰か」が乗り出さねばならなくなります。そして行政がその役割を期待されるようになります。しかし考えてみれば、本当はこのような場合、「ちょっと注意」を促し合えるような人間関係さえあれば解決できる問題です。でも、今は残念ながらそういう状況にはなく、やはり行政に何とかしてくれ…ひいては行政の仕事を増やすことへとつながっているのです。つまり、市民がマナーを守ればさえ必要性がない行政の仕事、言ってみれば‘余分な’お仕事を市民が自ら生み出しているとも言えます。(‘余分な’コストも発生します。)

 もちろん駐輪場が不便な場所にあるとの問題があるやも知れませんが、これは今後の課題としても駐輪場はあるわけですから、そこをまずは利用してもらいたいものです。また今のところ、多摩センター駅周辺では駐輪場が十分に確保されていないとも思えません。いずれにしても駐輪禁止の場所に堂々と駐輪することの迷惑を市民一人一人が考えなければいけないと思っています。
 
 最近、市民のマナーの悪さで増えている行政の仕事としてあげられることに例えばタバコのポイ捨て取締りなどがあると思います。ポイ捨て禁止条例は一見いいようにも目に映りますが、実はこんなことにまで行政が介入していることに私は不安です。市民一人一人のマナーの取締りにまで行政が乗り出さねばならない社会の在り方に将来はどうなっていくのか、若者は態度が悪いなどと批判することは決してできない…新成人の姿を見ながらしみじみと感じたのでした。

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2004年08月31日

保健師さんと地域と

  健康センターの保健師さんが体重計を持って、新生児訪問に来てくださいました。赤ちゃんの発育状態を見てもらい、育児相談なども含めて、約1時間ほどゆっくりと話をしました。子どもが次々と誕生する状況であれば、このようなゆったりとした時間もとれないのかもしれませんが、この1時間は貴重だなと思いました。
 特に、子どもを持ってから地域との関わりがはじまると言うことをよく聞いてきましたが、その理由を少しばかり実感した気がします。保健師さんは地域の情報をめいっぱい持ってきてくださいました。子育てセンターのことや、産前産後支援ヘルパーのこと、子育て広場のこと、私は諏訪に住んでいるので諏訪児童館主催の乳幼児対象の広場のこと、そして何よりも地域のお医者しゃん情報と相談窓口のこと、とても詳しく教えてもらえました。つい先日オープンしたばかりの子ども家庭支援センターのことも説明をもらいました。病気になった時には、子育てでわからないことがあったら、同じ年頃のおともだちに出会うためには…というケースごとに市や都にある仕組みを紹介してもらい、なるほど、こんな風になっているのかと私も改めて知ることが出来ました。この盛りだくさんの情報を聞くと、かなり子育て環境は充実してきていることがわかりますし、この仕組みをすべて使いこなしてみることのほうが大変という気がしました。合わせて私には保育所の情報も届けてくださり、納得して子どもを預けられる場所を見学することを進められました。
 こんな風に「顔が見えるかたち」で地域情報が届けられる機会はめったにありませんし、ほとんどないとも言えます。そして産後の母親にとっては地域を知るための第一歩にもなるように感じます。もちろん、今ではインターネットなどを駆使すればさまざま情報を入手することは可能ですが、最低限のこれだけは…と言える重要情報をコンパクトに届けてくれると言えるからです。また、「何かあればまた電話でも下さいね」と顔の見える人から声をかけてもらえる安心感もあります。その意味で新生児訪問が果たす役割は、特に核家族のニュータウンを抱えている多摩市では大きいのではないかと感じました。
 でも、やっぱり行政の仕事は土日がお休みというのが残念なところ。子育てひろば事業は平日にあるので、共働き家庭にとってはなかなか出かけるチャンスがないと言えます。地域を知り、地域との交流を少しずつ深めていくために…を考えた時、もちろん保育所などでのつながりもと考えられますが、共働き家庭には少しハンディがあるのかなと感じました。でも、いずれにしても、様々な子育て事業をしているので、賢く利用することが大事と思います。
 この新生児訪問ですが、実は希望制です。そのことをたずねてみたところ、希望しないとして回答してきた家庭についても、保健師のほうから電話を入れ、その理由を聞き、場合によっては押しかけていくこともあるとの話です。ほとんど希望しないという家庭にも行くことが多いですよと仰っていました。何となく訪問される…となれば、気構えてしまう部分もあり、私も家をキレイに片付けなくちゃなどと思ったりしましたが、そのことで億劫になり希望しないと回答することもありそうだなと考えました。

 なかなか普段は職員とは言え、保健師さんとの関わりは薄かったのですが、今日の新生児訪問で、ぐっと保健師という存在を身近に感じましたし、むしろ保健師さんたちが地域で果たしている役割の大きさ、現場に出かける仕事なので地域事情なども熟知していると思いました。こういう声が反映し、施策や事業が生きたモノになっていかなければならないと感じます。

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2004年08月26日

市内の移動をスムーズに…「のりたくなる」「タクシー」

 多摩市の課題として考えている「移動」の問題。議員の条例提案権を活用していこうとスタートしてから約一年が経とうとしています。条例づくりに議員が関わるとはどんなことか、また、問題解決いわば市民生活を向上させるための条例策定をするためにはどんな準備が必要なのかなど考えながら取り組んできましたが、やっと条例文が見えてくるところまでになりました。多摩ネットのメンバーを中心にして、調査活動や学習会などを積み重ねてて、条例文を案として作成したので、今後はこれをたたき台にし、更に意見を募っていく予定です。時間はまだまだかかりそうです。

 ところで、市内での移動をスムーズに…ということで交通の利便性を向上させるべくミニバスの運行をはじめ行政も様々な試みをしているところですが、やっと予定されていた交通社会実験の骨格が見えてきたようです。既に8月上旬に実験を行う地域での説明会が開催されていて、その際のパンフレットが手元に届いていました。ちなみに、実験の対象地域は落合4~6丁目、豊ヶ丘4~6丁目地区です。
 この実験は「予約型集合タクシー」で、あらかじめ利用者は会員登録をして、利用の際には電話予約が必要なシステムになっています。バス停のように乗降場所は決められていますが、バス停とは違い団地内の道路にステーションを設置を予定しているので、その点、歩行に困難を感じる人には少しは助かるのだと思います。このタクシーが『のりタク』(のりたくなるタクシー)です。現在は11月の運行に向け、着々と準備が進められている段階。まだ実験が始まっていないけれど、‘成功or失敗’と実験につきものの結果がどんな風に導き出されるのかと今から楽しみです。例えば、同じ団地に住んでいてもご近所づきあいに恵まれないという人が、『のりタク』を利用することで近所の人と顔見知りになれるという効果は期待できるかなあと考えています。ミニバスに普通のバスの車内よりアットホームさもタクシーともなれば更にだと思うからです。
 成功の中にも常に課題が見えてくるわけで、この実験がいずれにせよ有意義なものとなるように願っています。まずは利用者としての会員登録をしてくれる人がどれくらいになるのか、そして利用のしやすさはどう評価されるのかなど、また協力を仰ぐタクシー事業者の反応も含めて、面白い調査結果が出てくるといいなと思います。

 さて、「移動」に関する条例ですが、この社会実験の結果を受ければ、内容にも変更箇所が生じるかもしれません。ひとたび条例を制定すると、これを改正する作業はラクチンではありません。だからこそ条例制定作業には慎重を要するのだと思います。今回のように生活に密着している課題そのものを直接解決するための条例文づくりは、自治基本条例的なものよりも幾分、取組みやすさを感じます。でも、条例を自分たちの手でつくる難しさには変わりなく、条例をつくるための技法を身につけること、これは訓練なのかもしれませんが、その大変さを思っています。

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2004年05月11日

どこにあるの?スロープとエレベーターを探せ!

 交通バリアフリー法が施行され、随分と建物や道路など公共施設のみならず、バリアフリー化が進んでいます。
 ネットでは時々、バリアチェックというのをやっていて、主要駅を中心に実際にハンディのある市民の方の協力を得ながら、点検をしています。今日は多摩センター駅周辺を再点検しました。手押しの車イスを借りてきて一人が乗車体験をしながら、それから電動車イスを使用してる市民の方とともに約2時間ほど京王と小田急、モノレールの駅とその周辺を回りました。

 多摩センター駅はとにかくサイン計画がなっていないと指摘されます。つまり案内板のことですが、やはり今日も最も気になったことは案内掲示の方法です。特にモノレールの駅は最近になって(といってもずいぶん経つけれど)できたものなので、モノレールの多摩センター駅を初めて降りた人にとっては非常にわかりにくい駅前になっています。
 特にパルテノン多摩は死角になっていて、駅を降りたってもどこからも見えないのです。少し歩いたところに案内板がありますが、正直車イス使用者にとっては案内板が目の位置よりも少々高いところにあり、親切とは言えません。おまけに、モノレールから降りた時、気が遠くなるほどのペデストリィアンデッキ。ここがまた不便で、すべてスロープでつながっているわけではなく、ところによっては階段で行き止まりというところもあります。そんな時、周辺に詳しければいいわけですが、よくわからないで不安になった時にはひき返してしまうのではないか?とのアドバイスをもらいました。
 案内板にはペデストリィアンデッキの構造が階段部分、スロープの箇所、エレベーターの位置が詳細に書いてあるわけではなく、不便です。モノレールの駅から京王、小田急の駅側に歩いてみると、特にそのことがわかります。エレベーターの位置もスロープの位置もわかりません。「行ってみない」とどうしようもない…という状況です。誰にとってもわかりやすい表示を臨みます。それこそせっかくのキティちゃんキャラクターで何とかならないものかと感じます。
 さらに、モノレールの駅ですが、駅の改札まで登るためのエレベーターは奥まったところにあります。しかも表示がわかりにくいところにあり、掲示看板のつける位置を間違えたのではないかと思うほどです。一応の張り紙はありますが、やはり車イス使用者の目の高さを考慮しているわけではありません。私たちもベビーカーを押す女性が出てきたのを見て、「あーあそこにあるんだな。」と気がついたのでした。
 
 エレベーターといえば、小田急の駅のエレベーターは非常に優れものでした。エレベーターの扉がどちらも開くようになっていて、入口と出口で別々の扉が開きます。入ったままの状態で出ることが出来るのです。そしてエレベーターのボタンなども視覚障害者用に文字などが浮き出ているので、点字を触らなくてもボタンが押せます。このエレベーターには一同感激をし、また市民の方も「使いやすい」と太鼓判でした。
 小田急はバリアフリー対策に力を入れているのでしょうか?障害者用の案内版(触知図と言います)、また聴覚障害者のために駅員窓口には筆談できます…との掲示と器具の設置してあります。「耳マーク」がついていました。非常に配慮が行き届いています。
 一方で、京王線は…と言えば、これは駅の構造状で致し方ないかもしれませんが、ホームに上がるためには駅員さんを呼び出さなければなりません。駅地下に行くのは自由で、使用者も多そうでしたが、ホームに行くには切符も買わなくてはならないし、いちいち駅員さんを呼ばねばならず不便です。これは改札に降りる時も同様です。
 今日のように晴れの日には私たちが訪れた午後過ぎまでにも既に7~8件の対応をしているし、またパルテノン多摩などで催しがある時にはそれこそ駅員さんもてんてこ舞いになることもあるとか。これはどうしようもない・・・けれども何とかしたいところです。

 一方、駅地下から改札階まで上がる時の話ですが、特に北口側は道路も狭く、車から車イスの乗降をするためには一定時間を要するのですが、その駐車スペースが確保されていません。ちょうど、改札階に上がるためのエレベーターの付近に、業務用車のスペースがありますが、このようなスペースを使用できたら便利だなと感じます。「関係者以外駐車禁止」と書かれてしまっては、躊躇してしまいます。多摩センター駅はそうでなくても車の送迎スペースが上手く確保出来ない事が悩みですが、それ以上に車イスの乗降スペースを整備することは大事かなと思います。
 
 とにかく、今日は特に車イス使用者の視点でチェックをしたのですが、まだまだ「障害を持つ人が道路の真ん中」を歩けるような構造とはかけ離れ、むしろ全くその反対で、「遠回りコース」設計になっているのが現状です。今から構造そのものをすべて変更することは出来ない変わりに「案内掲示」の工夫をしてもらいたいものです。
 初めて多摩センターに降りた、特に障害のある人たちにとっては不安な‘まち’です。しかしながら、車イスを押していたりすると「ドア開けましょうか?」と声をかけてくれる人は、ドアを開いて待ってくれる人がいて、温かみを感じました。

 それにしても電動車イスでなければパルテノン多摩までスロープ使用で行くのも一仕事です。ここはどうにか事前にアナウンスをして駅からの「お迎えサービス」みたいな工夫ができたらなあと思うところです。
 今日は一味違った多摩センター駅周辺の散策をしました。「視点を変えて」さまざまなことに当たって見る事はとても大事です。ちょっと気分を変えて歩いてみると、見えてこなかったことが見えてきました。

 多摩センターに限らず、何か気がついた事があればぜひお知らせください!

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2004年05月01日

電子政府や電子自治体の進展から…

住民基本台帳ネットワークが稼動してから2年を迎えようとしています。市内で住基ネットに対する異議を唱えている市民グループが主催した学習会に参加をしました。
 私も住基ネットには反対ですが、その理由は語られるほどの利便性が感じられないこと。「一体、誰にとって便利なの?」と常々思います。一般的に考えても、日常生活において住基ネットの恩恵を受けているわけではありませんし、住民票の取得などにおいても、正直一年に一度だってもらわない人の方が大多数ではないかと思います。
 それにも関わらず、電子化というのは莫大なお金がかかっています。機械の維持管理経費に投入している税金、維持のみならず新しいシステム開発のための投資など、これが本当に妥当な税金の使い道と言えるのか疑問です。だから新たな公共事業だと揶揄されるのも当然だと思っています。
 
 今日の学習会は小倉利丸さんを招いた講演でした。小倉さんは先日は朝日新聞にも「自己責任」論について発言もされていましたし、住基ネットの問題について執筆されたものについても読んだ事があったので、一度話を聞いてみたい人のひとりでした。
 小倉さんは「監視社会」への危機感、盗聴法反対の取組みを中心に活動を続けてきたそうで、今日は住基ネットそのものというよりは「監視社会」に対する見解を聞く事が出来ました。

 住基ネットに限らずですが、一時は不安を招くような法律の制定なども一旦、導入されてしまえば、異議を唱える声もだんだんと消え入るようになっていく…市民運動なども結局のところ行き詰まりを見せるのが実態です。「喉もと過ぎれば…。」みたいな面が拭えずにあることは私たちが自覚しなければ行けない部分だと思っています。
 例えば私にしても、住基カードの導入など議会において反対意見を述べはしますが、じゃあ、日常生活に戻ったら・・どうなのかと点検してみれば、それ以上の事は何も出来ずに、時々「住基カードは利用されているのかな…」とかカードの発行枚数が気になるくらいの話です。
 まさに小倉さんが言うように、「実感がわかない」…住基ネットに纏わる様々な危惧があるわけですが、その問題点を経験的に感じられないことこそが根深く、解決し難い壁なのです。
 つまり、経験がなければ、そこは想像力を働かせるわけで、そのためには仕組みを理屈で理解し、そして説明し、そのものが一体何であるかを議論し、自分たちにもたらされる価値を判断していかねばなりません。市民的なコンセンサスを形成するには非常に時間を要します。ここがとても肝心な部分ですが、スピード、効率性が求められる時代に十分な議論が尽くされないままにどんどんと動いているのが現実です。
 何となく便利になりそうな…そんな気分はありますし、事実、便利になるということも一面では想像出来るものの、その便利さが本当に不可欠なものであるかどうかは様々な観点からの議論の余地はあるでしょう。「セキュリティについて、技術で守っているものは技術を持って破ることが出来る」という小倉さんの指摘には同感です。

 小倉さんは住基ネットの問題は電子政府や電子自治体というもっと大きな枠組みから考える必要があると指摘しました。実は住基ネットも政府が意図したように動いていない、つまり住基カードの普及は今一歩というところになり、新たに電子自治体統合計画を浮上させてきたと言うのです。具体的に電子政府や電子自治体になることで何がどう具体的に変わるのか示されてはいませんが、とりあえずは個人情報の全国共有とでも言えるのかもしれません。そうなってくれば当然に個人を特定するための仕組みが必要になります。これが住基ネットに11桁の個人コードでもいいわけです。…つまり、住基ネット反対運動も一点集中ではなくもう少し幅広い視野から捉える必要性を主張されていました。

 さて、ここでもう一つの視点があります。こちらのほうが重要だと思いました。というのは「電子化と統治システムの姿」を見た時、ますます議会制民主主義が形骸化するのではないかというのです。つまり電子化が進んだ究極の姿を見た時に、行政に対する市民の参画の可能性が広がる一方(これは電子化の謳い文句の一つ)で、実は市民参画をどこまでつきつめても、最終的な決定権限を持っているのは行政であることを忘れてはならないというのです。どんなにたくさんの意見を電子媒体によって行政に届けたとしても、その裁量は行政にあるわけです。行政と市民とは不対等な位置関係にあることを認識しておかねばならないと言うのです。
 さらにはそのときに議会の存在をどう考えるのか?という課題もあり、行政にどんどん市民参画が進むとするならば、議会の存在価値、言わば現在のシステムの中ではどんなルールであれ最終的には議会で決定する議会制民主主義の仕組みがあるにも関わらず、それが骨抜きにされる危険性もはらんでいると言うのです。小倉さんは「権力のかたちが変化している」と表現をしていましたが、とりわけ地方自治体においては今以上に首長権限の高めることにもつながる危惧があるというのです。
 そもそも民主主義というのは物事の決定までに議論をするということがあり、そのことが価値だろうと言います。時間がかかるのは当然のことですが、「時間の消費」の仕方において、まずは効率性が要求される今日この頃です。
 小倉さんの指摘のように私たち自身の持っている体内時計…つまりこれはライフスタイルに対する考え方だと思いますが、今の社会のあり方をどう考えるのか?「利便性」「効率性」などなど、一件、ラクチンできるように錯覚している事があるのかもしれない…との視点よりライフスタイルを捉え直し、「電子政府、電子自治体」を見つめ直すことが必要なんだと思いました。それは「監視社会」がいいのか悪いのかという是非を問うものではないでしょう。

 進んでいる電子社会を決して否定するわけではなく、私も日々、恩恵を受けて生活をしてます。しかし、この流れに乗りつつも、自分たちが守らなければならない、または守っていきたい価値を見失う事はできないなと思います。そしてその価値とは何か…これを議論する時間を持たなければなりません。しかし現実に向きあってみれば、十分な時間を持ち得ないと言えます。このことを私たちは立ち止まって考えてみる必要があるのです。

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2004年03月14日

容器包装リサイクル法のこと

 「リサイクル貧乏」と言われます。2月号のニュースでもちょっと触れましたが、自治体のリサイクル費用はリサイクルすればするほどかさむというわけです。つまりは投入される税金が増えていくというわけです。
 現在議会にも、容器包装リサイクル法の改正に向けて政府に意見書を提出して欲しいとの請願が提出されています。ちなみに私は署名議員になっています。リサイクル費用が自治体財政を圧迫していることは事実です。拡大生産者責任の徹底化、製造者責任を明確化してもらいたいこと、それから「廃棄物を作らない」ためのさまざまな手法を改正法には盛りこんでほしいというのが意見書での要望事項になります。

 今日はNPO法人「ごみ・環境ビジョン21」が主催したフォーラムに行ってきました。「徹底討論!容器包装リサイクル法」ということで、自治体代表に山田杉並区長、事業者代表ではサントリーの公文環境部長、環境省からは藤井室長(廃棄物・リサイクル対策部リサイクル推進室)、容器包装リサイクル協会の土居広報部長がパネラーでそれぞれの立場から現在の容器包装リサイクル法について議論が繰り広げられました。
 パネルディスカッションの冒頭では各人より現況報告があり、少しつまらなかったのですが、いよいよお互いの意見交換、そして会場からの質疑になってくると立場の違いが鮮明になり非常に面白い会となりました。
 それにしても、環境省のお役人ともなれば本人も最後のまとめで述べていたように非常に歯切れ悪い答弁で、例えばつい先頃話題になった韓国で制定された使い捨て禁止法に対する見解や具体的にどう考えているのかを追及しようとすれば「まだまだ勉強しなければならないこともたくさんありますので、今の段階では明確なお答えは出来ませんし、ぜひみなさんと一緒に議論をしてみたいと思っています。」というのがギリギリ精一杯の答えのようでした。会場はもちろん不満顔の人が多いのは当然。私も「まるで議会だ・…。」とやれやれ・・・という気分になってしまいました。

 自治体代表の杉並区長は「レジ袋税」なども手がけるなどさまざまな実験的試みをしています。でもなかなか現実は難しいと正直なところを述べていました。「いいことをやって、見返りをつくる」というキャンペーンには限界があって、マイバック運動などを浸透させることにも一定の限りがあることをはっきりと発言されていました。現在の法律ではリサイクルの責任が分散されていて、結局はどこに最終責任があるのかが明確化されていないとの問題を指摘していました。その点から「生産者・製造者の責任」と責任の所在を1ヵ所にすること…ひいては消費者負担とつなげていくべきだとの考えを述べていました。現在のリサイクル体制は無責任体制、リサイクルに熱心な人、熱心でない人との間の不公平を是正する仕組みが欲しいと主張されていました。
 なるほど…それは一理あるなと思いました。コーディネーターをしていた主催者の方も「一生懸命リサイクルなどに取組んでいるのに、リサイクルに取組んでいない人のために、こんなに莫大なリサイクル費用を税金で負担せざるを得ないなんて納得がいかない。」とおっしゃっていました。
 しかし、私が思うことですが・…そういう考え方はちょっと狭いかなと感じます。確かに正しいかな?とも思いますが、全然次元は違うかもしれないけれど、私がとっさに思いついたことは例えば図書館とかはどうでしょう?「別に本嫌いだから、図書館いらない。」とか「やっぱり本は自分で買いたい、人が借りたものは嫌だ。」と言う人がいます。その人にとっては図書館に税金が投入されることに納得がいかないかもしれません。何となく「リサイクルに税金が使われることへの不公平感」という部分は私の中ではシックリといかないことでした。

 私はやはり社会全体として「ごみを減らそう」という気運を高めなければならないし、その一つの手法として容器包装リサイクル法があり、拡大生産者責任が明確化されることが必要だなと思います。そのためには「拡大生産者責任」と「ごみ減量」とをちゃんと結びつけ、生産者・製造者自身に心底理解をしてもらわねばならないと思っています。
 そこで「事業者責任の強化や明確化が本当にごみ減量につながると考えているのか?」という質問をしてみました。環境省の方は「今後、みんなで議論をしていきたい。」というつまらない回答でした。リサイクル協会の部長さんは「まだまだ努力を求めればごみ減量はできるだろう。でも、そもそも容器包装って何か?について議論をすべき」とおっしゃいました。容器や包装は買い物には必需であることは間違いなし…となれば、事業者責任を明確化してごみが減るとも言いきれないというわけです。要するに、例えば空き瓶を持っていけば醤油を売ってくれるお店、お皿を持っていけば欲しいだけのお肉、お魚を分けてくれるお店…そういう仕組みが必要だということでしょう。消費者、購買者の意識にかかっていると言いたかったのだと思います。
 そして一番の注目はサントリーの部長さん。「価格にリサイクル費用分も含めるとしても中途半端じゃ効き目なし。」とはっきりと言いきっていました。というのも現在でもビール瓶などは10円バック方式を採用しているけれど、残念ながらビール瓶や一升瓶なども自治体のリサイクル回収ルートにのっている現実があると指摘されていました。少額の価格の上乗せくらいでは、今のリサイクル状況が変化するとは思えないということです。私はこれには同感でした。ちょっとや少々高くなっても、価格が上昇した一瞬は反発があっても、まるで喉もと過ぎればで、結局は便利さ優先になると予想しているからです。やはりここでも最終的に問われるのが消費者であることが明らかです。

 私はサントリーの部長さんが言ったように「地球環境に対しての利害関係では一致する」というのが正解だと思います。狭い領域で考えた時には利害対立が発生して、業界団体の圧力とか市民団体の反発みたいな対立が生まれるわけですが、私たちが地球環境のために目指すべき方向は一致するのです。そこはとても大事なことだなと思いました。
 そして今日、初めて民間の企業努力を生の声で聞くことが出来たのも貴重なことでした。
 
 それにしてもやっぱりお役人さんのお言葉。「自治体のリサイクルコストにも5倍から6倍の差がある。そのことを考えれば、一体いくらを商品価格に含めばいいのか、その妥当性を示さなければならないし、難しい。」・…とても堅実な発言だと思いますが、まったく私はこのような回答を聞くと魂が抜かれたようになるのです。

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2004年02月09日

なかなか振り向かれない。

 私が最も嫌いな活動といえば、駅前などでの「署名活動」だと思います。ハンドマイクを通して様々訴えるわけですが、正直駅前などで急ぎ足で歩く人が署名に立ち止まる…ということはそうありません。やっていて虚しくなりますが、だからこそ、一人が立ち止まってくれた時のうれしさはひとしおなんだと思います。
 今日は多摩センターの駅前での「容器包装リサイクル法」改正に向けてのPR活動と署名集めをしました。リサイクルをすればするほどに自治体のゴミ処理経費負担が重くなってしまう・…これが今の法律です。
 「リサイクルをすればいいわけでしょう!」と分別に勤しむことが罪なわけで、要は「ゴミをなるべく買わない。」生活を一人一人が心がけることのほうが大事です。地球環境の悪化については随分と認識も広まり、リサイクル意識も浸透しているわけですが、あともう一歩進めて「リサイクルをすればいいわけではない。」というところまで結び付けていく必要があります。需要と供給の関係で買う人がいるから売る人がいる…売る人がいるから買う人がいる…目指すのは「買わない」「売らない」にすることです。
 容器包装リサイクル法に「ゴミになるもの」の製造者責任を明確にし、または飲料メーカーなどの事業者責任を…。そのことから「ゴミゼロ社会」に向けた、突破口を開いていきたいと考えて署名集めをしているのですが、本当に目の前を足早に通りすぎていく人の視線は冷たく、冬の寒さがさらに身にしみる感じがします。
 ゴミ処理費用も税金です。ゴミ処理だけに税金を投入するわけにはいきません。これは暮らし方を変えれば、いくらでも改善出来ることなので、やぱり一人一人の心がけにかかっているのです。何とかそのことを伝えたいなと思うわけですが、通りすがりの一瞬だけでは難しいなあと感じます。そして「自分一人だけが・・。」と思ってしまえば、変わるものも変わらない状況をつくりだしてしまう。私はここに一番の危惧を感じています。得てしてこのような地道な活動は受け入れられにくいからです。
 「ごみゼロぐらし」への努力と、そのことに大切さについて、やっぱり一人でも振り向いてくれる人がいればいい、もし振り向かれないとしても…私は続けていきたいなと思っている次第です。

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2004年01月23日

どこへ行く?!移動サービス

 移動サービスについてのフォーラムに行ってきました。
 多摩市、とりわけニュータウン地域ではエレベーターがない建物が多く、高齢化を迎えると階段の昇降問題が深刻になると予想されます。階段の昇降があるから、足腰が鍛えられて寝たきりが防げる…と言う人もいて、確かにそれも一理あるかな?とも思いますが、例え1階に住んでいたとしても数段の階段がある建物がほとんどで、車イス生活者にとっては非常に不便です。
 市内にも移動困難者、高齢者だけでなく障害者も含んで、移動の自由を保障するために活動をしている市民グループがあります。「行きたいところにならどこへでも、そして好きな時にいけること」これが人間らしい生活です。移動するという権利は基本的人権なのです。

 移動サービスの歴史は約20年前に遡り、現在では全国でおよそ2500団体ほどが活躍をしています。当初はそれこそ市民レベルだからこそ、半ばボランティア的に活動ができ、もちろん活動の意義は大きかったので、行政側もいわゆる道路運送法との関係についても黙認してきた経緯があります。しかしながら、高齢化が進み、介護保険の導入とともにそのニーズが急増してきたために、ビジネスチャンスの一つとしても捉えられるサービスに変わってきたのです。
 とは言うものの、移動サービスを行なっている市民団体の現状は、走行距離が増えれば増えるほど赤字になるのが実態です。今日ははじめてタクシー会社社長さんがパネリストだったので、生の声を聞けたのですが、いち早く介護タクシーの運行をスタートさせた社長さんの実感では「タクシーだけでは限界。全国でだいたい300社くらいの事業所が介護タクシーを運行しているけれど、それ以上には増える気配がない。」と言います。乗降介助部分には介護保険からの手当がありますが、採算がとりにくいのです。
 そう考えてみると、移動の権利を保障するためのサービスは非営利の団体、営利企業関係なく、できるところがお互いに仲良くすみわけできる分野であると思いました。今までは業界(圧力団体)VS市民という構造があるのかと見ていたのですが、実はそれほどに対立構造はないのかもしれません。むしろ対立しているといえば中央官庁で厚生労働省と国土交通省が互いの権限の中でどう話合いをつけていくのかが問題です。省庁同士の権限争いが実はこの問題には含まれていて複雑です。とても醜い争いに感じてしまいます。
 「どうあればいいのか。」という本質の部分の認識さえ一致できれば、あとは手続き的な問題でいかようにでもなると思うからです。なぜ、そんなことが簡単に出来ないのかと思います。そもそも本質の部分をどう捉えるかにものすごくズレがあるのかもしれませんが、それは自分の権限にたって捉えるからであって、「誰の立場に立つのか」が全くわかっていない証だと思っています。

 さて、そういう様々なルール的な問題も解決しなければなりませんが、地域は毎日動いているわけです。今後、ますます深刻になるであろう「移動の権利」を地域レベルではどのように支えていけるのでしょうか?基調講演をされた都立大学の秋山教授は地域にふさわしいシステムをつくりあげることが必要だとおっしゃっていました。そしてそのためには「目的と目標の議論をしっかりと積みあげること」だそうです。この‘しっかりと積み上げる’という部分、私ももちろんその通りだと思います。だけど、そこが難しい…。ここにはまた‘情報共有’というキーワードがあるのです。実は、誰がそのマネジメントをしていくのかという議論が不足をしていることに一番の問題があるのかもしれない。そんなことを感じました。

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2004年01月17日

廃棄物会計の話

  午前中に参加した廃棄物会計の話を聞き、市民レベルでの活動がゴミ行政に対して放つ可能性を一層強く感じました。ゴミ問題は私たちの生活でもごく身近な問題です。税金の使い道を考える時、とてもわかりやす課題でもあるように思います。
 廃棄物会計と言うのは自治体のゴミ処理費用に一体どのくらいかかっているのか、特に容器包装リサイクル法に基づいて各自治体では一生懸命資源化に取組んでいるわけですが、そのリサイクル費用にどれだけの税金が投入されているのかを明らかにしようという試みです。リサイクルすればするほど自治体負担が重くなるわけで、実は、私たちがせっせとリサイクルに励めばゴミ問題を何とか乗りきれるというのは大きな間違いです。そのことを市民にデータとともにきちんと示し、いかにしてゴミを買わない暮らしをし、そしてそのことでゴミをつくらない社会へと変えていくことが廃棄物会計を行う一番の目的です。
 つまり、廃棄物会計は行政と市民とがともにゴミ問題を考える共通の基盤になるのです。まだまだ廃棄物会計は試行の段階で、各自治体でゴミの分別や処理方法なども異なることから、自治体ごとに横並びですぐに比較できるほどの正確性を持つまでに至っていませんが、廃棄物会計を算出するためのシート記入を各自治体にお願いし、協力を求め、その回答がどうあるかによって自治体ごとの姿勢も明らかになると言えます。ここも一つ面白いところです。多摩市の場合は資源化率については21.3%と明らかになっていますが、資源化単価、そしてそのうち自治体負担割合と事業者負担割合までをはじき出すところまでには至っていません。多摩地区では小金井市がいち早く、品目ごとの処理費用を広報で明らかにしたそうです。
 まずは情報共有から…ということで多摩市のまちづくりのキーワードのとおり、市民にゴミ処理の実態を知ってもらうため、そして「リサイクルすればいい」という暮らし方を考え直すためにも廃棄物会計に積極的に取組んでもらいたいと考えています。

 それにしても増えつづけるペットボトル。何とビール用のペットボトルの開発まで進んでいて、商品化まであと一歩だそうです。もしこれが「売れる!」となれば・…想像したくない話です。ますます増えるに違いありません。ビール以外の飲料の話だそうですが、その売上の4割ほどが自動販売機によるものだそうです。自動販売機でもペットボトルが販売されるようになったのはそう遠くない話です。特に最近はホット用もあり、ペットボトル飲料の販売量はうなぎのぼり。もちろんそのかわりに缶飲料は減少しています。「便利なら、それでいいの?」という話です。これはおそらく「ゴミ問題」だけに関わらず、いろいろなところで私たちが問われていることかなとも思いますが。いずれにしても実態をどう市民に伝え、市民を動かすのかが大事だと思います。

 廃棄物会計のデータのことですが、実はお役人がものすごく欲しがっているデータだそうです。同じようなデータを官庁でも集めようとしたそうですが成功しなかったみたいです。市民のネットワークで集積したデータにお役人が魅力を感じているというのはとってもすごいことだと思います。その意味で私は市民の運動がゴミ行政に与えるインパクトの大きさを感じたのでした。こういう地道に活動を続ける市民たちには励まされます。

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2003年12月19日

かかりつけ医さん

 私は歯医者にはよく通っています。多摩市に引っ越して以来ずっとお世話になっている歯医者さんなので安心して治療をしてもらっています。しかしながら、今回のように風邪なのか?熱は下がっているのに、胃の調子が随分とおかしくてどうしようもない状況・・・の場合、一体どこのお医者に通えばいいのか本当に躊躇してしまいます。
 私は薬が嫌いなので、やたらめったら薬を出すお医者はいきたくないと考えています。でも、どこの医者に行けばとても良心的で、薬も最低限しか飲まなくて良くて・・・がわからないから大変です。
 家の近所で歩ける範囲でと選びはじめると、さらに選択肢が狭くなり、結局はどのお医者に行けばいいのかと考えている間に一日が終わってしまいました。

 よく「ホームドクター」という言葉を耳にしますが、一般的にはまだまだ定着していない発想だなと思います。ましてや私は家族を見ても、みんなが健康で医者にはほとんどかからない家なので、正直、多摩市のどこにどんなお医者があるのかもよくわからないのが現状。多分、多くの人はそういう状況じゃないかなあと思います。そして「いざ」というとき一瞬困るのではないかと。
 仕方がないから医療機関の名前と住所を見てみたけれど、見てるだけではどんな先生がいるのかも当然わからず、結局、もう一日とにかく「寝てよう」というのが私の結論。
 医療機関の情報はあるようでないなあ~・・・というのを痛感しています。やっぱり「あそこの病院のあの先生はとても親切だ」とか「とてもいいアドバイスをくれる」とか・・・これが一番欲しい情報。

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2003年11月30日

ワーカーズコレクティブという働き方

 地域で助け合いワーカーズとして活動をしている「つむぎ」の10周年記念イベントがありました。10年歩んできた歴史の簡単な紹介がありましたが、「過ぎてしまえばあっという間」と理事長は感想を述べていましたが、私はやっぱり自分たちの働きかたを探しながら駆け抜けて来たであろう10年という時間は長かったんだと思います。
 
 ワーカーズの働きかたは働く人一人一人、みんなが出資者で「雇われない働きかた」と言われるように、全員が参加しながら団体の運営を行っていきます。「市民労働」と言われることもあるように、地域社会の課題解決のために、地域の人たちが集ってスタートします。つむぎの場合は家事援助、介護支援、それから今年度からは市からの受託事業として産後支援ヘルパー事業も行っています。NPOと似ている・・・と感じると思いますが、NPOと違うのは、「みんなが経営者」というところにあります。それからつむぎの場合には行政からの受託事業まで手広く分野を広げていますが、多くのワーカーズでは行政からの仕事を請負うことは少なく、あくまでも自分たちの出資金とあとは利益によって事業をまわしていきます。例えば、今はなくなってしまいましたが、以前生活クラブ生協の拠点センター「であい館」のところに『パンの家』という天然酵母使用のパン屋さんがありましたが、ここもワーカーズだったそうです。
 
 ところで「失われた10年」と言われていますが、私はつむぎの10周年イベントにいながら、ふと思ったことは、一面的に『失われた』とも言えないということです。きっと、新しい働きかたであるつむぎにとっては、この10年間さまざまな壁にぶつかりながらも、自分たちの可能性を広げながら歩んできた10年だったはず・・・。つまり、地域社会の人とのつながりを核にした働き方というものが、暮らしに欠かせない安心をつくるために果たす役割はとても大きいからです。しかも、営利追求型ではないところにも安心感が増すのではないかと考えます。
 つむぎにとっての10年間は失われていなかったと思います。そして私たちが目指しているような地域社会にとっても、失われただけでなく新しい可能性が生まれてきたと考えればプラス思考になれるなあというわけです。お金では買えない価値をやっと自分たちで探せる時代に入っていることは憂慮すべきことではありません。

 実は、私は大学生の時にワーカーズコレクティブを探して、つむぎに電話をしたことがあります。「新しい働きかた」を知りたかったからです。当時はいつ電話をかけても留守電で、とうとう取材できずに終わった苦い経験があります。その時のことも思い出しました。
 私にとってはとても魅力的な働きかたです。しかしながら、この働きかたで自分自身が自立した生活を送れるようになるためにはまだまだ時間はかかりそう・・・これが現実です。

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2003年11月13日

移動自由の権利

 つい昨日の朝日新聞にNPOの移送サービスについて、少し展望が開けそうな記事が掲載されていました。NPOなどの団体が行ってきた障害者や高齢者に対する移送サービスは年々需要が高まっています。特に多摩市でもニュータウン地域では注目されている分野だと思います。
 しかしながら有料の送迎サービスと言うことでタクシー業界中心とする民間事業者とどのような棲みわけをしていくのかが大きな課題となってきました。

 今日は移送サービスの特区をスタートした大和市からNPO法人の代表を講師に招いた学習会に参加してきました。特区として認められるためのハードルなど実体験を交えての話は非常に参考になりましたが。特区になったからこそ厳しい要件がついてしまったということについては時折、思いがあふれてか涙を目に浮かべながら話をしていたのが印象的でした。
 利用者の立場で物事を考えたいと思っている現場にいる身として、一番痛切に感じているのは「普通車で送迎をして欲しい。」という要望に応えられないと言うことでした。いわゆる車イスでそのまま乗降できるような福祉車輌の使用が条件として求められるわけですが、利用者に中には身体に障害を持たない知的障害の方々や精神障害者の方、それに高齢者でも車イス使用でない方、車イスを使用している場合でも「車イスでは乗りたくない」という方もいらっしゃいます。その方々にとっては普通車両のほうが安心して乗車出来るそうで、大型の福祉車輌では落ち着けないという話もあるのです。
 そのような現場にいるからこそわかる話をなかなか中央のお役人にはわかってもらえずに辛さを覚えているようです。先日の新聞では普通車輌も認められそうな方向性だったので期待したいところです。

 多摩市内でもハンディキャブが活躍をしています。しかしながら「移動自由の権利」という考え方はまだまだ定着していないように思います。だからこそ「すき間サービス」として、ボランタリーな組織がサービス提供主体として活動を続けてきた経緯があるわけです。高齢社会になってじわじわと注目を浴びるようになってきたからこそ「すき間サービス」がすき間ではなくなりつつあり、新たなガイドラインを設ける必要性が出てきました。既得権を保護するわけではありませんが、ボランタリィ組織の移送サービスはある意味で移動制約者の「移動自由の権利」を勝ち取るための運動であったとも言えます。その歴史を最大限評価してもらいたいと感じます。人に接するサービスは法律では割りきれない部分もあります。それに市民が事業者でないからこそきめ細かなサービスを提供できてきた面もあります(利用者本位のサービス)。でもそれに対して、道路運送法などにあてはめ「法律で決まっていますから。」と暗唱されてしまっては元も子もないのです。
 
 現実問題として、法整備にはまだまだ時間がかかりそうだ・・・というのが講師の方の見解でした。その意味ではシンプルなガイドライン的なものを条例で作っていけないだろうか?と考えているそうです。現在、大和市でも知恵を絞っているとの話でした。各地に条例ができたことで、国も法律をつくる…という動き方がこれまでにも例があります。「移動自由の権利」確保についてはどんな道のりをたどっていくのが望ましいのか…私も考えながら、国の動きを見守っていこうと思っています。

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移動自由の権利

 つい昨日の朝日新聞にNPOの移送サービスについて、少し展望が開けそうな記事が掲載されていました。NPOなどの団体が行ってきた障害者や高齢者に対する移送サービスは年々需要が高まっています。特に多摩市でもニュータウン地域では注目されている分野だと思います。
 しかしながら有料の送迎サービスと言うことでタクシー業界中心とする民間事業者とどのような棲みわけをしていくのかが大きな課題となってきました。

 今日は移送サービスの特区をスタートした大和市からNPO法人の代表を講師に招いた学習会に参加してきました。特区として認められるためのハードルなど実体験を交えての話は非常に参考になりましたが。特区になったからこそ厳しい要件がついてしまったということについては時折、思いがあふれてか涙を目に浮かべながら話をしていたのが印象的でした。
 利用者の立場で物事を考えたいと思っている現場にいる身として、一番痛切に感じているのは「普通車で送迎をして欲しい。」という要望に応えられないと言うことでした。いわゆる車イスでそのまま乗降できるような福祉車輌の使用が条件として求められるわけですが、利用者に中には身体に障害を持たない知的障害の方々や精神障害者の方、それに高齢者でも車イス使用でない方、車イスを使用している場合でも「車イスでは乗りたくない」という方もいらっしゃいます。その方々にとっては普通車両のほうが安心して乗車出来るそうで、大型の福祉車輌では落ち着けないという話もあるのです。
 そのような現場にいるからこそわかる話をなかなか中央のお役人にはわかってもらえずに辛さを覚えているようです。先日の新聞では普通車輌も認められそうな方向性だったので期待したいところです。

 多摩市内でもハンディキャブが活躍をしています。しかしながら「移動自由の権利」という考え方はまだまだ定着していないように思います。だからこそ「すき間サービス」として、ボランタリーな組織がサービス提供主体として活動を続けてきた経緯があるわけです。高齢社会になってじわじわと注目を浴びるようになってきたからこそ「すき間サービス」がすき間ではなくなりつつあり、新たなガイドラインを設ける必要性が出てきました。既得権を保護するわけではありませんが、ボランタリィ組織の移送サービスはある意味で移動制約者の「移動自由の権利」を勝ち取るための運動であったとも言えます。その歴史を最大限評価してもらいたいと感じます。人に接するサービスは法律では割りきれない部分もあります。それに市民が事業者でないからこそきめ細かなサービスを提供できてきた面もあります(利用者本位のサービス)。でもそれに対して、道路運送法などにあてはめ「法律で決まっていますから。」と暗唱されてしまっては元も子もないのです。
 
 現実問題として、法整備にはまだまだ時間がかかりそうだ・・・というのが講師の方の見解でした。その意味ではシンプルなガイドライン的なものを条例で作っていけないだろうか?と考えているそうです。現在、大和市でも知恵を絞っているとの話でした。各地に条例ができたことで、国も法律をつくる…という動き方がこれまでにも例があります。「移動自由の権利」確保についてはどんな道のりをたどっていくのが望ましいのか…私も考えながら、国の動きを見守っていこうと思っています。

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2003年10月04日

それならやっぱり!マイパック♪

 都内全域で、今日はNO!レジ袋デーということで市内3ヶ所でキャンペーンがありました。せっかくの機会なので午前中の多摩センターのイトーヨーカ堂近辺でのアンケート調査を手伝いました。
 わりとマイバック所持者も多いように感じましたが、やっぱりレジ袋といえば…「ごみ袋として最適なのよね。マイバックを持っていても、ついレジ袋をもらってしまうのよねっ!」と気恥ずかしそうにする方が数人いました。私も同感です。

 ちょうど2人組みで歩いてくる夫婦に声をかけ、マイバックのことを話すと「そんなの聞いたことないですよー。」との反応が返ってきました。そこで、もちろんマイバックがゴミ削減において果たす役割を説明したところ「そうねえ、でもやっぱり便利よね!」…ゴミ袋としてのレジ袋人気はやはり高い模様でした。
 ところが・…アンケート最終項目の「多摩市では一年間に一人あたり約2万円の税金がゴミ処理に使われている」ことを知っているかどうかの設問に来た時、さっきまではマイバックすら知らなかったと「へー・・・ふうん」と答えていた態度が一変しました。「えっ…これって赤ちゃんとか子どももですか?」「そうですよ、もちろん。だから家族数をかけてみて下さい。もし2人なら4万円ですし、子どもがいればその数だけ増えるんですよ!」…「…えっ、それはもったいないですね。」「そうなんです。私たちって毎日とてもたくさんのゴミを購入しているんですよ。」…後から考えて、私も私だなあ…と反省したのですが、その方々が手に持っていたファーストフード店の購入品を指しながら、ストローとフタはプラスチックですよねなどの解説に加え、「私たちは例えばお菓子一つを買うにしても、ある意味でごみをどれだけたくさん買っているか…。それを考えると、お買い物の仕方が変わってきますよね。」と強調しました。

 すると、旦那さんが一言。「そうだよな、びっくりした。ゴミのために家は結構税金払ってんな。」後から気がついたことですが、どうやら4歳以下の子どもが2人くらいいるようで、つまりこのお家では約8万円のゴミ処理代を支払っているわけです。

 「ですから、ぜひマイバックを使用してみてください!」と勧めると「そうですね。一人二万円なんてびっくりしちゃった。」と本当に驚いた様子でした。私は、きっと彼女はこれからマイバック愛用者になってくれると思います。そんな感触を得られたのは、とってもうれしいことでした。やっぱり市民には現実がまだまだ伝わっていないのだと痛感しました。そして現実を正しく伝えることで、市民は変わるんだなとも思いました。

 さて、午後から多摩自由大学の開学宣言がありました。「市民による市民のための」をスローガンにしています。本日の講義内容はちょっとお堅く、小難しそうな政治の話題「これからの市議会と議員の役割」でしたが、約50名ほどの市民が集まりました。

 「どうやったらもっと、自分たちの意見がまちづくりの中で反映されるていくのか?そしてそのために自分たちはどう行動したらいいのだろうか?」と共通の意識を持った方が多いと感じました。ここにある市民力の可能性をどこまで広げていけるのかが大事だと自分の中で再確認しました。

 それにしても、昨日に引き続き、桜ヶ丘の関戸公民館では女と男がともに生きるフェスティバルを開催しているし、落合地区のコミュニティセンターではお祭りもあり、さらにはNO!レジ袋デーのキャンペーンも含め、休日も退屈しないだけの市民の活動があちこちに存在しています。「よく、退職したらどうしましょう?なんて相談されるんだけれど、退職したって飽きないほどの市民活動があるよねえ!」とおっしゃっていた方がいました。本当にその通りだと思います。平日も休日も市民力は至るところで発揮されているのです。

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2003年07月26日

リサイクルでは解決しない。

  廃棄物会計についての学習会に参加をしました。廃棄物会計は、自治体の廃棄物やリサイクルに対して、一体どのくらいの税金を使っているのかを品目ごとに回収費用や処理、保管費用などの詳細までを調査して作成されます。これには、もちろん職員の人件費なども含まれます。昨年、初めて実施したのでまだまだ試行段階ですが、これによって明らかになる「ゴミ行政」の実態を見ると、私たちのライフスタイルそのものの転換でしかゴミ問題が解決できないことが鮮明になります。

 確かにゴミ処理経費は減っているかもしれませんが、リサイクル費用が減るわけでなし、大量廃棄が大量リサイクルへと変更しただけでは何ら実態変わらずだとわかります。要はゴミそのものを減らしていく努力が必要ですが、何でも「リサイクル」をすればいい…ような空気が流れているのは不安です。

 今、例えばコピー機はリースです。コピーという機能があれば事足りるので「リース」にするほうがいい…こんな発想をぜひ私たち一人一人の生活の中に取りいれていかなきゃ!という指摘がありました。洗濯機や冷蔵庫なども、リースして使っていくようになればいいわけです。もちろん「人の使ったものは・…」なんて発想もでてきそうですが、要はちゃんと消毒ができるように分解出来るとか、メンテナンスしやすい等など、製造者が「リース社会」の実現に向けた取組みを進めることが不可欠です。
 作る段階から、再利用や再使用を考慮しながら製造していく…でもこれを製造者に求めるためには、「リース社会」をつくりたいという私たち一人一人の決意や思いが出発点になります。環境に負荷のある製品を買わないように心がけるなど、消費者の態度によって供給側も対応が変化することは市場の原理だと思います。
 
 もはや、リサイクルでは解決しません。そのことを意識して、一人一人の生活形態や行動パターンをほんの少し変えること。例えばペットボトルや缶飲料ではなく紙パック飲料を購入してみる…とかレジ袋をお断りして‘マイバッグ’を持参してみるとか…簡単に出来ることがたくさんあります。
 「塵も積もれば山となる」ゴミ問題‘ゴミを増やすも減らすも’を的確に言い得ているなとしみじみ感じてしまいました。

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2003年06月03日

コーデックス基準って?

 生活クラブ生協の共同購入委員会のスタート集会に出席し、遺伝子組換え食品をめぐる動向について話しを聞いてきました。恥ずかしいことですが、コーデックス基準について初めて知りました。

 コーデックス委員会が決める食品基準のことをコーデックス基準と言います。コーデックス委員会というのは消費者の健康を守り、食品貿易の公正を図ることを目的にFAO(国際連合食糧農業機関)とWHO(世界保健機構)によって設置された機関です。
 コーデックス委員会は二年に1度の総会が行なわれ、各部会ごとに検討されたガイドラインや規格の承認、基準の採択を行います。日本は1966年に加盟しています。

 なんと驚きは、コーデックス基準は世界基準ですが、強制力をもってないことです。ただ、基準に従ってないことを理由にしてWTO(世界貿易機構)に提訴することができます。(これを「紛争パネル」といいます)。つまり基準を守らなくても、何とか上手くやれる・・・すり抜けている現状があるのです。

 さて、コーデックス委員会は30弱の部会がありますが、そのうちバイオテクノロジー応用食品部会は日本が議長国になっています。この部会で遺伝子組換え食品についての議論がされています。アメリカやカナダは推進派ですが、EUは反対派で、部会内での議論は喧喧諤諤だったそうです。

 食品の安全基準については、アメリカとEUは既に「紛争バネル」に持ちこまれる対立をしています。EUが成長ホルモンを使用した牛肉を輸入していることに対して、アメリカが提訴しました。牛肉を輸出できないことを理由にアメリカはEUに対して報復関税をかけたそうです。ところが、EUはこのアメリカの強権的態度についても強気です。EUは未だに成長ホルモン使用の牛肉について輸入解禁していないのです。これはEUが自給率が高いからこそとれる態度です。日本との立場の違いを思い知らされるエピソードです。
 アメリカとEUの食の安全性に対する意識差を感じます。もちろん私はEUの主張を支持します。

 今のところ、部会では①モダンバイオテクノロジー応用食品のリスクアナリシスに関する原則②組換え遺伝子植物由来食品、③組換え遺伝子微生物利用食品の安全性評価の実施に関するガイドラインを作成することで合意しています。今月から来月あたりには、部会での決定がコーデックス委員会の総会で承認される方向です。

 ガイドラインの中でEUが主張しているのが『トレーサビリティ』の考えかたです。これが義務化されれば、食の安全というよりも消費者としては食品に対する安心感が増します。なぜなら選ぶ段階で自分自身の眼でしっかりと良品を選別することが出来るからです。しかし、ここでもアメリカとEUは対立したそうです。アメリカは『トレーサビリティ』自身の必要性を認めないからです。

 仮に日本でトレーサビリティを実施すると、ますます輸入食品との価格差が開いてしまう恐れがあります。なぜなら、価格にその経費分が跳ねかえってくるからです。そのために、日本政府としてはトレーサビリティの義務化に踏み切ることは難しいのが現実です。発展途上国でも同様の悩みを抱えているそうです。

 私たちの食卓で考えてみると、納豆を購入する時でも「遺伝子組換えでない」を選んでも、タレやカラシはどうでしょうか?もしかするとタレの原料の醤油には遺伝子組換え大豆が使用されているかもしれません・・・・という風に、どんどんと原材料をたどっていくのがトレーサビリティです。もし、今、私がトレーサビリティを意識したら、スーパーでの食品購入は躊躇してしまし、外食なんて出来ないでしょう。

 けれどもBSE問題や食品の偽装表示など、最近の食卓の不安を解消するためにはトレーサビリティの精神を生かす必要があると考えています。食品の表示をもっと進める必要はありそうです。そのことによって消費者の意識が高まりを期待したいからです。

 遺伝子組換え食品の動向ですが、昨年、愛知県の試験場で商品化されようとした遺伝子組換えイネ「祭り晴」を阻止したものの、まだまだ続々と研究が続いています。岩手では耐冷性イネのササニシキ、北海道では「きたあけ」(イネ)、茨城では飼料米「日本晴」、企業でも糖尿病の人でもいくらでも食べても大丈夫な米を開発しているそうです。
 もちろん私たちが遺伝子組換えをした食品を食べることの危険性がありますが、それ以上に生態系を人間技術によって操作することをどう考えるのか、倫理観がおおきく問われているように思います。

 いづれにしても消費者の不買運動ほど効果絶大なものはないでしょう。生活クラブ生協では「予防原則」のもと‘疑わしきは使わない’をモットーに安全な食卓づくりをしてきましたが、やはり、一人ひとりが食品の安全と自分の健康、地球環境のことへと関心をつなげていくことで、遺伝子組換え食品の開発を無意味化する道が広がるのだと思います。時間はかかっても一番の早道かもしれません。

 この食の安全安心問題を自治体政策にできないかと考えるわけですが、都市農業もほとんど衰退ぎみの多摩市だけで考えると少し無理がありそうです。ただ、今よりも厳格な食材の安全基準を設け、「安心安全な給食」を実現することは可能です。まずは、子どもの健康づくり面からになりそうです。

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2003年06月02日

健康増進法を進めたら?

 今日から健康増進法で庁内も原則として建物内は禁煙になりました。でも、喫煙場所は一部確保されたようです。ただし、灰皿は設置せずに携帯用灰皿を使用することになります。さすがに、議会の理事者控え室前は喫煙可能になっているのには参りました。やっぱり議員との対応をするとストレスがたまるのでしょうか?確かにずっと動かないで議会でのやりとりを聞いていると愛煙家はたまらなく煙が恋しくなるのかもしれません。

 健康増進法はとてもいい法律だと思います。私のようにたばこ嫌いの人にとっては大歓迎です。たばこを吸うこと自体は否定しませんが、す「受動喫煙」によって健康が害される迷惑があります。喫煙者のマナーが目に余るからこそ、こんなルールが出来てしまったのだと思います。
 それにしても、たばこの害を考えるだけで背筋が寒くなります。小学校の時にたばこを吸っている人の肺と吸っていない人の肺の写真を見て以来、私は絶対に吸わないと決めてきましたが、私の周りには愛煙家も多いので随分と私自身の肺も汚れていると思います。
 たばこ被害を考えれば、たばこは撲滅へと向って欲しいと思います。でも、それはとても難しいのです。実現したら、みんなの健康にとってはHAPPYですが、現状で行政が「たばこ廃止」の決断はできないでしょう。かつて、日本たばこ産業が巨大公営企業だったように、たばこが果たす役割には一目置かれているからです。なぜなら、たばこ税は見逃すわけにはいかないからです。

 この6月議会でも何とも言えず複雑な心境に陥るのが、たばこ税の改定についてです。7月から変更することにより、多摩市でも約5千万円の増収が見込まれているということ。この事実をどう受け止めればいいのでしょうか?すでに今年度の予算にも増収分が組みこまれています。つまり、たばこを売れば売るほどに税収アップへとつながっていくのです。前にも書いたことがありますが、多摩市たばこ税増収対策協議会運営費補助金なる予算は今年度もしっかりと計上されています。たばこ被害の深刻さが語られる一方で、時代に逆行しているようですが、どうしてもたばこ税を見放すことが出来ない実情があります。ちなみに多摩市の今年度の収入見込額は798,726千円!・・・税財源が乏しくなっていく中ではわりと安定している収入源であることはまちがありません。
 行政としてはある意味、矛盾を抱えている非常に辛い立場にあるように思います。でも、市民の健康を守るには、この健康増進法を確実に進めていく必要があります。長い眼で見れば医療費を増やさないことにもつながるはずです…?増収分はニコチンガムの普及など市民の禁煙プログラム実行計画=健康市民ハッピー化計画へと振り向けてもらいたいです。

 こんな話を聞いたことがあります。長年愛煙家だった人が、医師の勧告により禁煙をすると早死にをする・・・実はこれについてはしっかりとしたデータまで揃っているそうです。
 とにかく喫煙マナーにしても、自分自身の健康にしてもやっぱり一人一人の意識の持ちようが大きく左右するとしか言いようがありません。愛煙家の方々には本人の健康までに口出しはしないにせよ、他人に迷惑をかけないようにするべきだという主張をし続けたいと思います。歩きたばこ、吸殻のポイ捨て含めてです。

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2003年05月11日

超‘そうじ術’な一日

 熱が下がっただけで喜んでいたおかげで咳が止まらない状態が続いています。今日は一日一歩も外へ出ないことを決めて、掃除をしました。一年間、さまざまな書類が手元に配布されますが、すぐに捨てることも出来ず、ずっと取っておいたものがどんどんと積み重なっていくからです。
 「捨てる技術」とか「整理術」がもてはやされる意味がよくわかります。結局、保存しておいてもそのままの状態が続くよりは、メモ用紙として活用した方がよっぽどイイということもあります。
 まず、何が自分の手もとに置いてあるのかを把握しておくことが大事だと思うと、半分くらいは記憶から消去されているものばかり。小さめのダンボール箱2個以下にするために整理をしました。おかげで随分とすっきりしましたが、大量の紙ゴミが出たことに少し心苦しくなりました。

 記憶外の書類の中に「小売容器負担金制度」の提案がありました。これはある市民グループがまとめた書類でした。随分と再資源化が進んでいましたが、‘リユース’再使用の考えかたはまだまだです。飲料にしても缶からペットボトル人気となっていますが、ゴミ処理責任が地方自治体に偏っていて、消費者である市民や生産者である企業の意識改革、減量化への動機が働いていないと指摘しています。
 いわゆるワンウエイ容器をしようしている商品の販売価格は「容器代+中味代+流通費用+再商品化費用」となります。再商品化費用の中には「分別収集費用+処理費用」は含まれておらず、資源として引き取ってもらうための費用を負担しているだけです。
 再商品化費用ですが、例えば500mlのガラス容器入り食酢(びんの重量320g)の場合、メーカーが負担するのは①っぽん当り0.25円、ガラス便メーカーは0.02円だそうです。ところが何と、便を分別回収する自治体では1本あたり9.6円(ごみ処理費用1t3万円として考える)になるのです。
 ではリターナブル容器使用の商品の販売価格は一回目は「容器代+中味代+流通費用」となりますが、二回目(再使用)以降は「再使用容器代+中味代+流通費用」となります。再使用容器代にはビン回収費用とビン洗浄費用を含んでいて、ワンウエイ容器の場合には自治体が負担している1本当り9.6円の容器回収費用をメーカーが負担することになります。だから商品の販売価格に跳ねかえってくるわけです。
 つまり今の仕組みの中ではリターナブルビンは普及しにくい構造になっています。この状況を是正するのが「小売容器負担金制度」というわけです。私も今、生活クラブ生協で牛乳を取っていますが、生協から直接届くので1本240円です。けれども同じようにリターナブルビンを使用している製品をスーパーで探すと1本定価が350円なわけです。しかも普通は牛乳は一本1000mlですが、リターナブルビン入りでは900mlで割高感もあります。ということで環境を守るためには、消費者側も負担をしなくてはならないことを実感するのです。
 容器包装リサイクル法により、確かにリサイクルは進んでいるわけですが、その負担を自治体に押しつけている現状を認識すれば、やはり事業者のリターナブル容器使用を進める状況をつくりださなくてはなりません。対事業者・・・ということになれば、なかなか苦しいのは一自治体だけでは対応しきれないということです。都や国に対して、他の自治体と連携をしながら、方向を示すことが必要です。
 そしてその前には、やはり自治体の悲鳴をきちんと市民に伝える必要があるでしょう。市民はリサイクルすればいいと思い、せっせと分別しているわけですが、そのことが自治体を圧迫している現状があるなら、その現実を市民に知ってもらう必要があります。市民が現状をつきつけられた時、どんな選択をするのか?がまずはスタートラインです。
 いづれにしても、これまでは3Rでリデュース、リユース、リサイクルでしたが、多摩市でも4Rとしてリフューズが付け加えられています。実は4番目のリフューズ(ゴミになるものを購入しない)を徹底することが一番大変です。これは市民の意識改革だからです。その意味ではリフューズという方針を具現化していくための方策は少し遅れ気味ではないかと思っています。一番重要で、一番困難な課題です。

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2003年02月27日

ソーセージとハム

 生活クラブ生協の市販のソーセージとハムの原材料などを購入し、表示の調査に参加しました。
 とあるスーパーへ行き、7社8品目を購入。こども向けのソーセージから、ちょっと高級な感じのソーセージ、そしてハムを選びました。それから表示を点検してみると、「最も毒性が強い」とされる共通の添加物が7品目に使用されています。それは発色剤としての亜硝酸ナトリウムです。これが使われていなかったのは魚肉ソーセージでした。つまり畜肉製品は色つやの美しさを出すためには亜硝酸ナトリウムが書かせないということでしょう。
 私もいつも表示を見てから食品を購入するので、店頭に並べられているものを買うのに躊躇してしまいます。大好きなプリンやアイスでさえです。いろんな薬品のような名前が記載されていると手にとっても返却してしまうことが多いです。
 あまり気にしすぎると実は食べるものが何もなくなるのではないか?自給自足の道しかなさそうですが、健康な大地を探すにも一苦労しそうです。これだけ大気が汚染されているわけで、どんなに自分自身はこだわったとしても土を良くすることは出来ないと思います。地面がつながっていることを考えると自分のところだけ無農薬だったとしても、それは気休めな感じもします。
 ところで表示はまだまだ不親切です。アレルギーのこともあってか、「原材料の一部に小麦を使用しています。」のような表示があります。これは一歩前進ですが、もっと進めば原材料が「遺伝子組換え」かどうかまで表示してもらいたいと思います。例えば、でん粉や水あめなど材料がジャガイモや麦であることも多いです。
 ところで、ソーセージやハムのことですが、基本的には肉と塩と少しの香辛料などで作れるものです。それにいろんな旨味をたすわけですが、旨味を足すことで、確かに味はおいしくなるのかもしれませんが、「本物の味」がわからなくなる気がします。市販の製品は確かに味が濃くておいしく、生協の製品では少し味気ない感じがしますが、それでも生協の製品の方が『肉』の味がすることは事実です。そしてもう一つは保存料としての酸化防止剤。もともとソーセージやハムは保存食的な意味合いも強い「塩づけ」ですが、あまりにも賞味期限の長いのにも驚きます。
 改めて表示を点検してみると「買えない症候群」に陥ります。特に発育期の子どもは有害物質を細胞に吸収しやすいと言います。子どもと食の問題は大事です。だからこそ給食へのこだわりが出てくるのです。
 ただ随分とリサイクルに関する表示は詳しく、中には、「パッケージの処分については各自治体の指示に従ってください」という注意書きまでしてある製品もありました。あとは「HACCP」の表示ももちろんあります。
 それにしても「十勝」と書いてあり、おいしそうなわりには、使用されている肉は輸入と国産の両方・・・という親切だけれど「おかしな表示」。よく見てみると十勝の工場で生産されて、その後茨城の工場で仕上げているらしく、それについても消費者を「惑わす」感じがします。
 いづれにしても選択するのは消費者側です。「売る」「売らない」ではなく「買う」「買わない」でしか、今のところは対応できないからです。でも「知っていて」購入するのと、何も知らないままに商品を購入するのでは全然意味合いが違います。その問題を解決していかなければならないと思います。誰もが自分自身の体に「良くない」と思われることは避けたいと考えるはずです。本当は「売らない」として規制することが一番の早道ですが、それが出来ないならば、やはり『食』教育を大事にするべきです。人を良くするのが『食』。食べることは基本だからです。

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2003年02月19日

大変な時代になっている。

 一般質問に向けて話し合いをしました。ステイツマンのインターンの学生も交えての議論で随分と活気がありました。
 私は子どもの社会参加についての質問を組み立てていますが、彼らはつい最近まで高校生だったわけで、かなり率直な意見を聞くことが出来ました。人が集まれば集まるだけ、多様な意見が出てくるので、意見の交換をしながらひとつの方向性を見つけ出していくことは時間がかかりますが、「えーっ、そんな考えもあるんだ。」という発見はとても楽しいです。
 ところで、今回は「こどもの社会参加」と「廃棄物会計」がネットとしての質問なのですが、やはり学生たちにとっては前者の方が身近な問題のようでした。ごみ問題になったとたんに少し議論がおとなしくなったからです。むしろ多摩市だけですが、今の「ごみ」の現状を知って少しばかりショックを受けたように思います。
 今、多摩市では分別収集が行なわれていますが、これもまた不可思議なことで、例えば納豆の白色の入れ物はきれいに洗ったら「不燃物」、洗わなければ「可燃物」という風に説明がされてきました。私もその話を聞いてたいそう驚きましたが、実は多摩市の清掃工場はいわゆるプラスチック製品を燃すのに耐えられる構造となっているそうです。そして市民が分別しているにも関わらず、そのうち8割を燃やしているとのことです。がっくり来ます。その実態を知らず、私も家ではせっせと分別をして、例えばトレーを洗うときには水も汚さないようにとなるべく工夫をしているのが馬鹿らしくなってしまいます。私たちは‘ごみ’を出してしまえば、そこで自分の責任は終了・・・と捉えがちですが、実は「ごみの行方」をトレースしなければいけません。そこまでが消費者であり、ごみの排出者である人々の責任だと思います。税金を払っているんだから行政がごみをちゃんと処理をしなければいけない・・・・という考えは責任放棄です。
 この市の実態を交えながら議論をしたのですが、私も含めて若い学生にとってはまだまだ実感のわかないことかもしれません。もちろんデポジットの考えを制度として知っていても、実際に買い物をするとどれだけの家庭ごみが出るのか等はネットの会員の実感には及ばないようです。レジ袋の話やごみ袋の有料化などの話しもしましたが、これについても結論には至りませんでした。結局はごみになるものは「買わない」ことが一番ですが、買い物に行くと買わざる得ない状況に迫られるわけです。個包装は便利で、そしてペットボトルも便利で・・・まだまだ便利さに甘えてしまう構造が色濃く存在します。ごみ問題について、改めて自分たちの問題だと切実に感じました。
 ところで早稲田大学の生協のお弁当では弁当箱がリサイクルされているそうです。学生の環境系のサークルが企画したのは箱にセロハンがしいてあるので、食べおわればセロハンをはがせば箱はリサイクル出来るという仕組みです。「きっとこれはキャンパス内だから出来ると思う。」との発言がありましたが、それでもこういうアイデアを採用して生協で商品化できたのはうらやましいことです。
 「私たちって大変な時代に生きてるよね。」これは私の実感なのですが、ごみの問題を見ても、または子どもたちの問題を考えても、何だかものすごい渦の中に巻込まれていくように感じます。特に議会の中で現実を知れば知るほどに、こんな社会で大丈夫なのか?・・・そして今、何が出来るのか?を私たちが一人一人考えなくてはどうしようもない時代に突入していると思います。「議会が全て」という考えかたを捨てて議員活動をしていく時代に入っていることを感じずに入られない今日この頃です。

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2002年11月10日

循環型の社会って?

 今日は市民清掃デー。自治会で公園の清掃をしました。おもに落ち葉掃きです。やはり恐るべし無コミュニティで参加は7世帯のみ。面白いのは自治会役員さんも毎年のことと心得ているらしく、参加賞などは10人前後を予想して準備していること。私自身も自治会の役員さん以外の人と今日が初対面。私の住んでいる棟は全部で12世帯。一応全部の世帯に声かけをしてみようと思ったものの、私が訪問できる午前中の時間帯はどのお宅も留守。一週間みっちり働く人々に日曜日まで掃除に引っ張りこむことも少々気が引けてしまうこともあり、自発性に任せてみるのもいいよな・・・と再訪問はせずにフタをあけてみるとやっぱり予想通り。人が寄せ集まっている場所での地域コミュニティの形成は困難なのです。

 午後から「ごみから考えよう環々学々の会」主催のエコセメントの勉強会に参加しました。千葉県で本格的にエコセメント事業が稼動していますが、ここを請負う太平洋セメント株式会社の技術担当者と営業担当の2人が説明をしてくれました。エコセメントが循環型社会のなかでどれほど活躍できるかについて話を聞きました。もちろんエコセメントに消極的な話ではなく、「エコセメントの素晴らしさ」を語ってもらいました。もともとセメント製造ではいろいろな廃材を引き取ってきたそうです。例えば電力会社の石炭灰とか製鉄業者高炉スラグなんかだそうです。なるほど、環境問題には詳しくない私には、セメント製造業者の地球環境保全への貢献度に驚き、エコセメントって結構いいものかもしれない・・・と思ってしまうほどの優れものに感じました。用途についても速攻エコセメント(固まるのが速い)ではない普通のエコセメントはこれまで流通している普通のエコセメントと同じだとのことでした。
 私が話を聞いていて一番強く感じたことは、事業者としてどこまで責任をとることができるのかということです。つまり、エコセメントという商品が確かにエコマークつきの製品で地球環境に配慮したものであったとしても、エコセメントを使用して造られた建造物などがゴミになった時どうするのでしょうか?パンフレットには普通のコンクリートと同じように骨材などにリサイクルできるようなことを記載してありましたが、例えば仮にエコセメントで建てられた大規模団地の建替えを考えてみると、大量のコンクリートゴミがすべて骨材に生まれ変わるとは考えられません。これはニュータウンのリニューアルに関わることなので、私はかなり深刻に受け止めているのですが、私は最近、古い団地を見ると大量の産業廃棄物に見えてしまい、これを処分する時に一体どうするのかと途方にくれているのです。住人、多摩市、それとも建替えデベロッパー?誰が処分経費を負担するのでしょう?
 というわけで、エコセメントが循環型社会のための開発として拍手を送る部分もありながら、一体全体企業とは循環型社会を描く時、どんな構図をイメージしているのか?どのくらいまで長期的な視野で見ているのか?さらには現在のコンクリート建造物についてはどう考えているのか?と聞きたい気がしました。でもゴミ問題や環境問題についてはあまり詳しくないので質問するのに珍しく気が引けてしまいました。
 目の前にあるリサイクルの実現はある意味で簡単です。でもリサイクルの限界は必ずあるとも思うわけです。それにも関わらず、例えばペットボトルなんかもその便利さにおいてついにはホット用まで開発され、おまけに自動販売機にも並ぶようになった社会です。これは本当に循環型社会なのでしょうか?問われるべきは消費者なのでしょうか?それとも製造しない!ときっぱりと表明する企業なのでしょうか?

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2002年11月03日

なかなか広がらないけど。。。

 多摩センターで開催中のいきいきTAMAフェスティバルに給食市民連絡会では食器の展示をしています。午前中に店番をしました。朝早い時は陽の光で何とか暖かかったものの、だんだんと日陰になるとコンクリートの冷たさが体に響きます。午後からは自宅療養していました。
 さて、食器に強化磁器を導入してもらいたいということで、署名を集めていましたが、もちろんそれだけではなかなか人が集まりません。周りには食欲をそそる匂いが漂います。そこで私たちもささやかな『試食』という看板を出して生協のウインナーを一口どうぞ!と準備をしていました。すると、やはり「あのー・・・試食って見えたから・・・。」とやって来る人がいるのです。「あら、どうぞ・・・それから署名の方も・・・。」と誘導できれば作戦大成功!!そんなに甘くありませんが、何人かはこれで獲得です。
 昔懐かしい給食の写真もパネル展示してありますが、それを見に来る人、それから子どもたちは実際に「あーっ、これ知ってる。給食のだ。」と声をあげて飛んできます。特に低学年の児童はうれしそうにくるわけですが、たいてい親に「あっちに行かなくていいから・・・。」と制されました。もちろんこちらに来てくれて署名をしてくれる場合もあります。
 子どもたち同士で来ている中学生たちには「今ね、使っている食器は熱いスープとかを入れると、体に良くないものが溶け出してくるんだよ。それは今すぐは影響はないかもしれないけれど、もしかすると体の中にたまってしまって、将来に影響が起きるかもしれないんだよ。」と説明をすると「えーーっ!こわい・・・。」と口々に言います。そして署名をしてくれるのです。今日まで、そのことを知らなかったんだなあと思います。それと合わせて無添加の生協のウインナーも紹介するわけです。
 子連れの人は「子どもたちのために安全な食器を!」と叫んでいるとちょっとだけ振り向いてくれますが、なかなか署名まではいきません。ただ、中には「なんのことだろう?」と話を聞きに来て署名をしてくれる人や、自ら「あら、まだ変わっていないの多摩市。」と言いながら署名する年配の方もいらっしゃいます。いろんな人に出会え、面白い時間を過ごしました。たくさんではないけれど幾人かの署名を集めることが出来ました。
 残念なことは子どもたちの中から「給食は家のごはんよりよっぽどまし」という声を聞いたことです。話では給食でしかまともなごはんを食べていない生徒もいるとは聞いていますが、実際の声を聞いたことはありません。だからショックでした。
 これからどんな動きになっていくのかはわかりませんが、私が給食から弁当持参に変更した約15年前から、安心な食器にしてもらいたいという願いは続いています。ようやく市の取組みが始まりそうな段階ですが、これを一押し、二押しするためにも市民の協力が欲しいと思います。15年間も活動をしてきて、まだ変更されないことについては、運動論的に問題があったのかもしれないとちょっぴり思う部分もありますが、なかなか行政側が動かないことはやっぱり問題だと思うのです。いくら安全な食材で調理をしていても器で台無しになってしまえば、元も子もないからです。
 「子どもたちの未来を考えて」と口で言うのは簡単だけれど実際を見てみると、そうなっていないところがたくさんあります。一番恐ろしいのは未来になり、事が起きた時、例えばプラスチック食器の影響が発生したという場合に、責任を取るべき人が不在状態かもしれないといことです。結局はすべての責任を未来に先送りにしている現在の状況について、本当に腹立たしさを覚えます。社会全体で「今を生きる責任」をどう捉えていくかを考える必要があると思っています。

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2002年10月27日

賃貸住宅の悲劇???

 午前中の地区の防災訓練。私の住んでいるのは公団の賃貸住宅ですが、細々と続いている自治会から参加したのは、私と自治会長さん宅と自治会会計さん宅の3世帯のみ。なかなか寂しく、さすが賃貸住宅あっぱれ!という状況でした。
 さらに、午後からの自治会の総会。こちらのほうも同じ3世帯と3ヶ月前に引っ越してきたという老夫婦世帯のみ。悲しいかな、これが現実なのです。実は私も自治会に参加したのは初めてのことでした。これまでは自治会があることすら知らず、立候補した時に1号棟(私の住んでいる諏訪1丁目ハイツは2棟あり、私は2号棟です。)のポストを見たところ自治会専用のポストに驚き、そのとき初めて自治会の存在を認識したのでした。その後、何度か自治会主催のイベントのお知らせを掲示板で見ていたのですが、なかなか日程が合わずに今日に至っているというわけです。
 自治会長さんの話によると、ここの団地は1985年頃から入居が始まり、当初は住宅の欠陥問題が多数あったので、それなら自治会を結成して、公団に対しての要望などをあげていくことを目的としていたそうです。当時は自治会も活気があり、子どもの数で言っても100人ほど居ました。ちなみに今は30人で、子ども会でも昔は夏祭りにお御輿を作っていたそうですが、それも懐かしい思い出だと語っていました。
 実は私の住んでいるところはとても便利で駅から徒歩で5分とかかかりません。それが理由なのか部屋の広さのわりには家賃が高めです。会長さん曰く「そのことで当時はおもしろい経歴の人がたくさんいて、なかなか自治会もユニークで楽しかったんだよな・・・大学教授、弁護士、会計士、近くの日医大のお医者さん、あと寿司屋とか・・・・でもそういう人たちは時期にみんないいお家を購入して出て行っちゃったんだよなあ・・・。」、子どもが増えると手狭になるし、30代くらいに人なら家賃よりも家のローンの方を選択するのが圧倒的で、どんどんと人が入れ替わり立ち代わりするそうです。特に1号棟ではしょっちゅう引越し屋のトラックが駐車しています。今月もあと3軒も引越しがあるそうです。
 というわけで私の住んでいるところは自治会の結束がとってもゆるやか?というかむしろ、誰が転居していくのか?そして転居してきたのかも把握することが難しく、結局は自治会の存続すら危ぶまれているようです。でも、自治組織の大切さは例えば今日の地区防災訓練でも明らかなわけで、やはりどうにかして住んでいる人と人同士の顔をつないでいく必要性は感じています。でも、面白いことには、今日のような自治会の総会に出席すると役員を押しつけられると思って出てこない人もいるといいます。その理由はもちろん、自治会の会議といっても本当に少ない数しかいないことを知っているから・・・なのです。これもまたちょっと笑える話です。一度は自治会だと思って出席しても、次回に続いていかないということでしょうか・・・と想像しました。
 そうは言え、自分たちの身にふりかかってくる問題については行動をするのが住民で、ちょうど1号棟では目の前の永山健康ランドを初めとするレジャー施設建設時には部屋が満杯になるくらいに住人が自治会に集まってきたそうです。その点から言うなら、「今はそれほど問題がないんだよなあ。」(会長さん)。
 やはり住民、住人も勝手なもので、結局は自分が当事者になれば動くというわけで、正直だと思います。でも私は災害時などは当事者になった時点ではすでに手遅れなので、できればその前から住民相互の交流を図りたいと思っています。
 来月には市民清掃デーがあります。自治会として参加するわけですが、どのくらいの住人が参加してくれるでしょうか?とりあえず私は2号棟の住人には呼びかけをしたいと考えています。賃貸住宅の悲劇・・・・と笑っていられるうちはいいのですが?全く不安になってしまいます。

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2002年10月23日

お米を守りたい!

 「食の安全」を脅かす話題が後を絶ちません。私たちの食卓は不安だらけです。私もスーパーで買い物をする時、添加物をチェックしたり、少し高いけれど有機栽培の野菜を選ぶ努力をしています。こだわり出すと、はっきり言って何も食べれなくなってしまいます。「ほどほどに・・・」、なるべく安全なものを選ぶようにするしかありません。自分自身で健康な体を守るしかないのです。
 そのためには情報を知ることが最低限の条件です。私たちが選択するに必要な情報を入手できた上で、自分自身がどうするかを最終的には決定します。その選択について責任をとるのも自分自身です。
 さて、遺伝子組み替え食品の危険性はもう数年前から指摘がされ、食品事業者もどちらかというと積極的に遺伝子組換えをストップしている状況にあると思います。ところがこのご時世の中「祭り晴」という除草剤に耐性のあるイネが認可されようとしています。これがなんと遺伝子組換えなのです。時代にかなり逆行するのではないかと思います。そして日本にはお米が余っていて、遺伝子操作をしてまでもイネを育てて増産をする必要性が感じられません。それにも関わらず、なぜ今「遺伝子組換えイネ」なのでしょうか?私はそこには色んな立場からの思惑がある気がしてなりません。
 この思惑・・・については明白な答えを出すことは不可能で、あくまでも臆測に過ぎません。でも私は「色んな思惑」があると察知して、一連の動きを捉える必要性を感じることが大切だと思っています。ところが残念ながら、私たちが察知する段階に至るだけの情報が届けられていません。実際、新聞のどこにも遺伝子組換えイネのことを見たことがありません。見落としているのかもしれませんが、大きな記事として取り上げられていた記憶はありません。食品の安全性が問われている時に、本当は遺伝子組換えイネが研究途中にあるとの情報をもっと広く知らせていくことが必要なことだと思っています。それへの賛否については、最終的には個々人が出すことでしかありません。けれども私たちのところに届く情報はあまりに唐突で、そして不親切なものが多いのではないかと感じる今日この頃です。
 目先のことだけを追う時代はもう終わったことをもっと認識する必要があると思います。今すぐに遺伝子組換え食品を食べても、変化が起きないかもしれません。けれども考えて欲しいのはやはり今だけのことではなく、長い目で見た未来のことです。未来の視点に立ってみても遺伝子を組換えが、どんな影響を及ぼしているのかどうか誰もが想像することができません。だからこそ余計に恐ろしいと思うのです。
 今日は今までの活動を整理していました。そして夕方に多摩センターで遊説と合わせて、遺伝子組換えイネの署名集めもしました。でも、なかなか署名してくれる人がいません。とてもがっかりしてしまいます。特に笑顔で通りすぎる高校生や大学生を見ていると、どうやったら彼らにもっと訴えていけるのだろうか?と思います。個人的には、やっぱりお米は守りたいです。できれば販売することを阻止したいというのが私の気持ちです。「買わない」という選択肢だけでは不充分だと思うからです。

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2002年08月25日

こんな日に限ってカンカン照り・・・多摩市総合防災訓練

 午前8時30分から貝取中学校にて開催されました。これまで地域の防災訓練などには全く参加したことがないので、まず会場のグランドに足を踏み入れて驚きました。大きなトラックがあり、グランドにはたくさんの消防服を来たひとが防災訓練体験コーナーの準備をしていたからです。案内の予定だと早朝から正午までという午前中いっぱいを使用して訓練をするとのことで、一体どんな訓練なのかと興味津々だったわけですが、警察庁の警備犬による救出救助や実際に放水訓練、建物に取り残された人を救助する消防隊員の見事な綱渡りなど、なかなか見ごたえがありました。
 ・・・と喜んでいる場合ではなく、実際に緊急事態に備えてどうやって命を守っていくのかを考えさせられました。もちろん、消防署、警察署、病院などとの連携を図ることは必要ですが、それ以上に大事だと思うのは、やはり自治会や管理組合などの市民の自主防災組織です。「自分のことは自分で守る」というのが大前提で、その次は自分の身近な周りへと広がりを持つものだからです。けれども今日、様々な実地訓練をしましたが、私を含めて防災に関する知識の陳腐さを感じました。特に自分自身がそうだからかもしれませんが、例えば隣の家のベランダに行く必要がある時、しきりを壊す必要がありますが、その時は素手ではなくフライパンで・・・・とか竹ざお二本と毛布で簡単に担架を作る方法、重い物を運ぶ時などに有効なほどけにくいロープの縛り方、そして消火器の使いかた・・・全て私にとっては初めての学びでした。消火器は知ってはいても、実際に触ったことはなかったので、今日の感触はきっと役立つと思いました。
 防災訓練が実際に生かされるような事態は避けたいものですが、予想できない限りは、日頃から、とっさの判断や「こんなときどうしたらいいの?」についてちょっとした手段を知ることは大切だと感じます。自分には関係ないのかなあ・・・と捉えがちですが、今日の防災訓練に参加して思ったのは、まずは自分のことを守り、そして地域の人との連携で自分の地域に責任を持つことが不可欠。そのためにも地域内でのコミュニケーションがどのようにあるのか。阪神大震災の時のバケツリレーで見られた連帯が多摩市の各地域では可能なのか?それらのことが課題だと思いました。市民の自主防災組織をしっかりと構築するためには、それを構成する一人ひとりの市民の知識の向上や意識を醸成なしには不可能です。人間関係が希薄になりがちなニュータウンを抱える多摩市の課題がそのまま反映されるような問題になると思いました。

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2002年07月08日

これからの給食は?

 今日は急遽予定を変更して午後から給食連絡会の会議に初参加しました。先日、多摩市立学校給食センター運営委員会の「21世紀に相応しい学校給食用食器及び食器具のあり方について」の答申を踏まえて、今後給食連絡会としてどのように行政と協力していけるのかを前向きに話し合いました。
 この給食連絡会には、若い世代のお母さんたちが参加していて、話し合いが新鮮に感じました。みんな『食』に関心があります。安全な食材を使って給食を作ることから、より美味しい給食を子どもたちに食べてもらいたい!というのが願いです。みんなにとっていい給食のありかたを考えようと知恵を絞っているところです。例えば今、センター方式の学校給食だと致し方ないことですが、せっかくのフライものも子どもたちの口に届く頃にはコロモが水分を含んでしまって、パリッとしていない上にトングで挟んだとたんにコロモがへなりと外れてしまってポソポソ…という状態、うどんなどの麺類も同じですっかり「いただきます」前の給食係がとりわける段階でお汁がほとんどなくなってしまっっている…状態。子どもたち自身も「給食が美味しくない…」と言っているし、先生たち自身も中学校の生徒にはきちんと残さず食べることを強制出来ず、残飯がものすごい実態など、給食の在り方そのものが問われている時だと思います。せっかく給食を小学校、中学校と実施するならば、喜ばれる給食であることが一番うれしいことだし、それが多摩市の特色にもなると思います。今、給食センターの老朽化でセンター建て替え問題もありますが、そのことについても本当に丸ごとセンターをリニューアルする方がいいのか、それとも学校自体で給食を調理して提供する自校方式が可能になるように施設をリメイクしていくのか…色々な方式を考えてもいいと思います。もし自校方式ならば、民間委託という方式もありますが、特に地域を活かすという意味でNPOに委ねることも考えられます。多摩市では学校選択制が本格的にスタートしますが、もしかすると給食がひとつの学校の特色になっていくかもしれません。多摩市として『給食』をどのような方向性にしていくのか?その方向について給食連絡会では全面的に協力をしたいという方針です。もちろん必ずしも行政見解に従うわけではなく、子どもたちのための給食を充実させるために、行政と共に知恵を出し合いたいとと考えています。
 私はこの給食問題についても、やはりこれからは当事者参加で検討をしていくことが大事だと思っています。子どもたちも加えて、意見を聞くことも大切です。昔は給食が子どもたちの栄養源として重宝されていたのかもしれません。時代が経て、今の給食に求められている役割も変化していると思います。大勢の人との『会食』の楽しみとか、給食を教材として『食』の安全などを考えてみるとか・…いろんな可能性を秘めているのも給食だと思います。特に核家族の多いニュータウンでは、地域コミュニィを創るために近所の人と一緒に給食を楽しむ日があってもうれしいかもしれません。とにかくどんな方向を市が示すのか、そして市民はどのように協力していけるのか?市民の発言に市がどれだけ理解をすることができるのか?
 給食の問題は食器問題から始まり、市民の動きとしては約15年ほど前からスタートしています。私たちがなぜ『給食』に取り組んできているのか?この意味を常に問いつづけることが、活動を前に進ませることになると思いますし、ぜひ多摩市の特徴として『おいしい食』コミュニティが創れたら楽しいなあ!と考えています。

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2002年07月04日

いらない・食べない・作らない…まずは私の食卓から

 遺伝子組み換え(GM)食品をはじめ、BSE問題、食品の表示偽造問題などなど「食の安全」がますます脅かされています。今日は私たちの主食であるお米=イネまでに遺伝子組み換えが登場!愛知県農業総合試験場と日本モンサント社が除草剤耐性イネ「祭り晴」の実験に成功して、いよいよ本格的に実用化を迎えようとしている動きをふまえて、生活クラブ生協の共同購入システムを再確認するためのシンポジウムでした。
 生活クラブ生協では生産者と契約を結んでいます。今日はその中から群馬県農協チキンフーズ(株)、北海道チクレン農業共同組合連合会、庄内みどり農協遊佐支店の方を迎え、これからの食と農についてパネルディスカッションがありました。その前には、「グローバル化と食」をテーマにした講演を聞きました。
 私は生活クラブ生協に加入したのは、ごく最近ですが、「食の安全」に関してはわりと気を遣う家庭で育ってきたので、自分自身もなるべく国産のもので安全なものを購入するように心がけています。実は国産で安全な食べ物は値段が高いので、お財布とのバランスで難しいなあ…と感じるのですが、やっぱり「安心」を買ってしまいます。その「安心」もどこまで本当なのかわからないほど「食の安全」が揺れに揺れているのが現状ですが、今日のシンポジウムに参加してみると、必死に安全安心な農産物を提供しようと努力する生産者のナマの声があり、生活クラブ生協の商品に関しては信頼出来るなあと感じました。
 シンポジウムを通して感じたことは、私たち自身がどこまで私たちの食卓を守っていけるのか…すべてはこれに尽きるということです。つまりは「生きる=食べる」わけで、私たちが健康な体を維持するための基本はやっぱり「食」です。安全な食品を口にするためには何を維持しなくてはならないのか?もはや自給自足ができない私たちは生産者に頼るしかありません。生産者の人たちに頑張ってもらわなくてはなりませんが、海外の輸入品がどっさりと安価で店頭に並ぶ時代です。やはり国内の農家はどんどんと頭打ち…というのも現実です。
 例えば牛の農家では乳牛部門は全国で31,000戸ですが、毎年1,200戸ずつ減少していて、肉牛部門では104,200戸で6,000戸減っているそうです。後継者問題もありますが、ここで留意すべきは、農家の戸数は減っても家畜数は変わらないことだと言います。つまりは、生産者一人一人の負担があります。労力的にも経費的にもです。
 特に農家の借金ですが、利息を返すのが精一杯で元本はなかなか返済しきれない状況があると言います。新しい施設や設備の導入…これによって本当に効率がよくなったのでしょうか?お金をかけすぎてどうでしょうか?これで私たちの食卓は本当に潤っていると言えるでしょうか?様々な問題提起がありました。改めて、私の「食卓」が農家につながっていることを感じ、そして自分の食生活がつながっている先が広く大きく地球の環境にあることもわかります。だからこそ、私の健康を維持するために「食の安全」にこだわることは何よりも大切なことだと思います。化学肥料よりは有機堆肥の方が大地自体が元気になります。防虫剤のおかげでで虫がつかない農産物なのに、人間が食べても大丈夫…なんてことがあるのでしょうか?人間はそんなに強い動物なのだろうか?話を聞きながら考えてしまいました。
 私たちの「食卓を守る」ことは農家を守ることになります。本来の農のありかた…山形県の遊佐から来た稲作農家の人が言いました。「汗をかく農民じゃないとダメ!」…「汗をかく」ことは農業も近代化が進む中では非効率かも知れません。でも私たち自身がその非効率を理解して、「食への感謝」を付加価値に変えて購入しなければ、私たち自身を『守りきれなくなる』と思いました。何はともあれ不安と背中あわせの時代です。「高ければいいわけでもなく」、「安ければいいわけでなく」何を基準にするかはやっぱり自分自身の中にしかないのだと感じました。

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2002年05月29日

地域に元気!・・・エコメッセ練馬

 練馬にある『元気力発電所』に見学に行きました。ここは街角のリサイクルショップです。このお店を運営しているのがエコメッセ練馬というグループで、生活クラブの運動を長年やってきた人たちが中心となって設立しています。エコメッセ練馬は設立した5人が270万を出資し、1口一万円のエコ債の発行で67万、寄附金と会費(会員が35人)の合計369万円が元手です。この中から練馬区内で3店舗の『元気力発電所』を開店する予定で、現在既に2店舗が開店済み、3店舗目の準備中です。練馬区という土地柄もあってか、12月にオープンした1店舗目では毎月約四十万円ほどの売上があります。リサイクルショップでこんなに売上があることに多摩市民の私はまず驚きです。

 エコメッセ練馬の代表の丸山恵子さんにお話を伺い『元気力発電所』の設立経緯などを知ることができました。その中でもエコメッセの設立趣意にはとても考えさせられ、眼が開かされました。それはゴミを出す私たち自身が「被害者であると同時に加害者」であるという問題意識です。「反原発とはいうものの東京に住んでいる私たちのエネルギーはどこから来るのか?市民はエネルギー源を選ぶことが出来ないんです。」
 めざすのは自然エネルギーを地域みんなで購入できること。『元気力発電所』の売上の10%は太陽光発電パネルの購入資金などに充当されます。そしてお店の品物はすべて寄付なので、普通のリサイクルショップとは違い、「不要物を買いとって欲しい。」と思ってやって来た初めてのお客様にはまず『元気力発電所』の趣旨をわかってもらう必要があります。ここで生まれるのがコミュニケーションです。お客様が来てエコ・メッセのことを話しながら自然エネルギーの大切さを理解してもらったり、またはお客さんの話しに耳を傾けたり・・・地域の中にはコミュニケーションを求めている人がたくさんいて、そのために集まってくる人もいるようです。ここが地域の雇用の場にもなりボランティアの場にもなり、地域活性化にもつながることも目的のひとつです。
 それにしても12月のエコ・メッセの設立から半年で3店舗のオープン。地域のニーズがあるからなのか?順調に動いているようです。同じことを是非多摩でも!という丸山さんのエールでしたが、この多摩市の中でどうやったらいいのか?やっぱり同じようにやっても上手くは行かず、多摩市の地域性の中からまずはニーズを拾い出さなくてはと思います。何しろ多摩市には「街角」が少ないので、場所を探すことから苦労だなって考えます。
 自分たちが使うエネルギー源を選ぶことが出来ない…私の使っているエネルギーが原子力発電所に頼っていることを知って絶句しました。

投稿者 hisaka [暮らしと安全] | トラックバック