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2009年12月28日
仕事納め
今日が仕事納めとほっと一息をつける・・・保育園も明日から年末年始のお休みですが、医療現場や百貨店関係で仕事をしている保護者の方には「仕事納め」という言葉も無関係。24時間365日休むことができない職場で従事している人がいて、私たちの生活があるんだなと思います。
毎朝届く、民主党の逢坂誠二さんのメルマガに下記のようなことが書いてありました。
◆権力者の自戒ニセコ町長に就任して以来、
権力者としての力の大きさを
権力者そのものが自覚することの
大切さを痛感しました。権力者とは、何も首長だけではなく、
組織の中の課長も係長も、
あるいは対人関係の上下など、
色々な権力関係があります。こうした中で、
自分がどんな程度の権力を持っているかを、
権力者そのものが知ることが必要なだと、
私は考えています。====
権力は刃物に例えることができます。
自分が持っている刃物の、
形、大きさ、種類を認識することが必要です。つまり、それがたとえば、
カッターなのか、日本刀なのか、
出刃包丁なのか等
自分がどんな刃物を持っているかです。そして権力者自らが、
それをどう使う予定なのかを、
十分に認識することです。こうした認識がないままに、
手に刃物を持ったまま勝手気ままに、
刃物を振りかざすと、
権力者も予期しない重大な事態が発生しかねません。もっとも恐ろしいことは、
権力者であるにも関わらず、
自分が刃物を持っていることすら
認識していない権力者が少なくないことです。これは極めて危険です。
実は権力者は、刃物を持っているだけで、
何もしない場合であっても
その権力を背景にして、
他者に影響を与えている場合があります。権力を持っていることを認識しない権力者は、
誠に困った存在です。また権力を持っていることを認識していても、
その権力の大きさ強さなど、
その内容を認識していない権力者も同様です。
権力とは厄介なものですが、
最近、改めてこんなことが気になっています。
政治家の持っている権力・・・市議会議員であっても考えなければいけないことなんだろうと感じます。
「実は権力者は、刃物を持っているだけで、何もしない場合であってもその権力を背景にして、他者に影響を与えている場合があります。 」という一文が心にぐさりと刺さる感じがします。何もしない場合であっても影響を与えている場合がある・・・・そのことを自覚しておかねばならないと私も改めて思います。知らず知らず権力が行使されている場合があるということなのでしょう。そのことの意味を考える年末年始にしたいと思います。
今朝、学校給食についての相談を受けたので給食センターに問い合わせをしてみました。「場所がない」からアレルギー給食にも対応ができないし、個別対応はできない。」という現状なのだそう。それにアレルギー給食に対応するとなると調理員も別に配置をすることが必要で、その余裕はないとか。場所がないからできないのか、調理員が不足してできないのか・・・一体のそのどちらなんだろう?それに、個別対応に使用した調理器具の保管をどうするのかとか考えなければいけなくて、対応しきれないということもあるんだとか・・・・(そんなこと理由になっていないよ・・・と思うけれど)
いずれにせよ、アレルギーのあるお子さん、ハンディのあるお子さん・・・どんな子どもにでも一人ひとり対応していける「特別支援教育」なはず。個に応じた教育を展開するという上で「給食」の位置づけはどうなっているのでしょう?特別支援教育の理念は学校には浸透しているのかもしれないけれど、給食センターにまでは全く浸透していない!きちんとした理念を一貫させてほしいけれど、できていない現状・・・どこに責任が?!
アレルギーやハンディのある少数のお子さんにはなかなか対応できないのが給食センターだとすると、「自校方式」にしていくべき!と主張したくもなってしまう。
何はともあれ、年末で私がすべきこと→大掃除。年末のお天気、掃除日和になりますように。
投稿者 hisaka : 2009年12月28日
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