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2008年11月05日

旧住民?新住民?

 市民の方にお会いし、まちづくりの件について話題に。多摩センターにできたクロスモールのこと。ショッピングセンター建物の上階にある駐車場へに出入りするための通行路が多摩中央公園のレンガ坂に並行しているので、歩行者にはとても危険だし、どうして多摩市の行政はここに似合わない建物の造作を認めるのかと仰っていました。
 しかし、その一方で・・・・・でも、そういうことを最近多摩センター周辺に引っ越してきた友人と話すと「そういうのは旧住民の人たちの価値観」って言われてしまうんだとも。なるほど、ニュータウンに住む市民も「旧住民」と言われるような時代に入ってきたのですね。私は、旧やら新やらとわざわざ区別しなくてもいいと思っているのですが、ニュータウンに住まう市民は相変らず「新住民」と認識されている場合が少なくありません。よくよく考えてみると不思議な区別ですが、「旧住民の意識」「新住民の意識」なんて・・・・誰かの都合で分けることで何か都合のいいことでもあるのかと思いますが、「旧」とか「新」と変に区別することで逆におかしな感情対立や意識対立が生まれるのだとすると罪な話です。冒頭に書いた建物の造作についても気になる市民もいれば、気にならない市民もいるでしょうし、そこには「旧」も「新」もないのだと私は考えています。


 ところで、車社会で車で便利はいいですし、ニュータウンのように坂の多い地形だとどうしても車での移動が増えるのだと思います。そして車で買い物に行くのが一般的でそれに即した店舗展開も多く見られます。でも、やはり高齢になると車の運転もだんだんと控えるようになるでしょうし、行動範囲も狭くなっていく・・・・・そのことを見越してなのか、やはり大規模な駐車場付きの店舗は「高齢世代向き」にはなっていないような気がします。多摩センターのクロスモール内の店舗も若い世代を意識していることは言うまでもありません。
 しかし、この街には確実に高齢世代が増えていきます。なので、高齢になっても住みよいと言えるようにしなければいけないでしょう。高齢になればなるほど気がかりなのが健康のこと。なので地域に必要なのは「医療」。あとは健康のためにはやはり「食」・・・・この二つが暮らしを支える柱になっていくのでしょうね。そして、地域でのくらしを豊かにするのが寂しくならないための人間関係。なので、例えばマスコミなどで取り上げられて有名になっている永山商店街の福祉亭の取組み、鶴牧商店街の麻の葉でやっているという週1回の麻の葉ランチ、落合商店街でも多摩生活サポートセンターの「いーち」での昼食会など高齢者支援からスタートして「食」を通じたつながりづくりの展開が果たす役割は大きいのでしょうね。これらの取組みを支えている現在の世代もまた年を重ねていくのは間違いない事実。

 多少の差はあれ、高齢世代が多くなり、支え手が少なくなるという社会の条件は同じ。なので旧住民とか新住民とかではなく、みんながここでの暮らしをつくるパートナーになっていくことが望ましいわけですが、ニュータウンの住民も年月重ねたら新しく移住してきた市民に「旧住民」と思われてしまい「違う」と区別されてしまうのでしょうか?


 
 興味深いニュースを見つけました。河北新報から・・・・・。そういう判断もありなのかと思いました。
 →来年の東松島市長・市議選 選挙費用は自己負担

投稿者 hisaka : 2008年11月05日

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