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2008年07月28日

もう、後戻りはできない・・・子どもたちと携帯電話。

 多摩市の学校保健会には養護教諭部会というのがあり、小中学校の保健室の先生たちが集まる会があります。そこで意見交換をしたり、勉強会をしたりしているんですが、今日は養護教諭部会の研修会が開催されるということで、関戸公民館のヴィータホールに足を運びました。

 市内の小中学校の先生たちは夏休み期間に研修を行っています。多摩市の場合には「夏季ネットワーク研修」という仕組みで、先生たちが勤務校で実施する研修以外の研修にも参加ができるようにしています(というか、しなければいけないようになっていると思います。)。そこで、今日のホールにもどのくらいの人が集まるだろう?・・・・と思っていました。

 というのは、テーマが「今、子どもたちが危ない~携帯電話・インターネットの危険性と学校・家庭・地域の役割~」との内容で、学校裏サイト、ネットいじめ、援助交際・・・等など今、まさに学校現場が抱えている深刻な課題だったからです。実は講師の下田博次さんはこの業界ではとても有名な方で話を聞けるのはとても貴重な機会です。・・・・であるからこそ、もう少し参加者がいてもいいのでは?と思いました。参加の人数だけで測ることはできないと思いますが、市内学校の関心度に何となくつながるようなつながらないような・・・・・。


 下田さんの話・・・「携帯電話会社の責任」というのは私も同感。ただ電話やメールとして活用するだけが携帯電話ではありません。下田さんの研究室の学生が「携帯電話はあらゆる好奇心と欲望を実現するためのツール」との表現をしたそうですが、子どもが携帯電話を持つということの意味を大人たちが社会がもっと考える必要があったでしょうね。・・・・「必要があった」んですが、すでに手遅れで、今頃にそのことに気がついて政府も慌てふためき法律ができましたが、法律は現実に対してほとんど効力をもてないのだと下田さんは怒っていました。私もそう思います。
 
 先般も諏訪中学校のセーフティ教室でこの問題に対する講演会がありましたが、「親一人」の力でできることには限界があり、子どもたちが人間関係をつくるための重要なコミュニケーション手段として携帯電話を活用している時代・・・・・持たないとそれだけで仲間外れにされてしまうなんて構造があるなんて本当に深刻です。もう、後戻りできないからこそ、この現実を受け止めてどうしたらいいのかを考えていく必要があるわけで、下田先生は「ねちずん村」での活動を進めています。今日は2時間という時間での講演でしたが、本来は何時間もの講義を経て、この問題への理解を深めることができるのだそう。保護者や先生など「大人たちが学ばねばならない」、まだまだ責任や判断力が十分に身についていない子どもたちに携帯電話を持たせることがどういうことであるのか・・・・・便利さ快適さに覆い隠されてきたことをそもそも私たち大人が見破ってこなかったことが今につながっているように思います。


 アメリカや韓国では日本の「子どもと携帯電話」事情をウオッチしているとか。先生の表現によれば、少し過激かもしれませんが、「実験場」にされているわけです。

 「そんな状況でいいの?」・・・・とがなりたてたところで状況が一変するわけでもなし。


 「一体どうすればいいの?」子どもたちから携帯電話を取り上げてなんてことはできず、歯止めはかからないし。


 結局のところ、一人からまた一人へと「子どもと携帯電話」への認識を広げていくしかないんでしょう。携帯電話が広がる勢いにどこまで太刀打ちできるんだろうと思いますが、これだけ様々な犯罪を見聞きしているのに「私は大丈夫」と思っている人たちが多いのはやっぱり平和ボケに類するものなのだろうか・・・・。社会全体の意識が変わらないとこの問題は解決できない。「そんなに便利にならなくてもいいのに。そろそろ利便性の追求を終わりにしませんか?」って本当に言いたい。この問題に限らず、ペースダウン、スローダウンすることで解決できることが多々ありそう。

投稿者 hisaka : 2008年07月28日

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