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2005年09月26日

決算特別委員会最終日

 5日間の決算特別委員会が終了しました。一般会計、国民健康保険特別会計は賛成多数で認定されました。その他特別会計は全員一致で認定です。私も不服な点もありながらすべてについて「認定」を表明しました。

 最終日の今日は、午前中は分科会の委員外委員の発言(例えば第1分科会の委員だった私は、第2、第3分科会で審査した事業について質疑できる)と午後からは初日と同様に総括的質疑(会派ごとの持ち時間制)が行われました。私も午前中には公民館事業(第3分科会)について質疑し、そしてそれとも関連させながら午後の総括質疑をしました。

 今日はしつこく公民館に問われる公的役割とは何かを尋ねてみましたが、それに対して明確な回答を得られなかったのは本当に残念です。
 公民館は市民グループなどにただ単に部屋を貸出しするだけにあるのではなく、公民館における催しなどもカルチャーセンター、カルチャースクール、大学の公開講座と変らない単なる生涯学習講座に終わってしまうのでは全く意味がないのです。公民館は少しお堅く表現すると「社会教育施設」としての役割があります。その「社会教育」の内容について尋ねると教育長は私の質問について「社会教育が誕生したのは戦後で・・・・」と答弁をし、社会教育の誕生から今までの状況を掻い摘んで説明してくれたのですが、私の問いにまともな回答をしてくれませんでした。教育長は都庁を退職し多摩市に来たのですが、生涯学習に対する高い見識を持っているとの鳴り物入りで、市長からの強い推薦により就任した方ですが、私は今日の答弁を聞く限りでは本当に生涯学習や社会教育に対する思いがあるのかないのか・・・?教育長に不安を抱いてしまいました。

 教育長の人事は、市長からの提案に議会が同意するかしないかで決定します。もちろん提案されても、同意しないとの判断を下すことも出来ます。でも、その人物について、提案されるまでに意見交換することはなく、その人柄や力量等を把握し、斟酌する暇はありません。同意するかしないかを決めるために、事前に全議員が一度だけ集められてどんな人かの顔合わせをするだけでは、正直言って「同意する」にしても、「同意しない」にしても、それの理由になる十分なる判断材料はないのです。したがって、市長の眼を信じるしかない・・・というのが実情です。
 
 教育委員会は地方自治の理念のもとに教育の政治的中立性と安定性を確保するために、市長から独立して設置される機関です。しかし予算の権限は市長なので、教育分野でも実質的には市長の発言力が小さくないのかもしれません。でも、そこは市長の見識でいかようにもなります。市長が教育委員会をどのように認識しているかにかかっているのです。
 そしてもちろん教育委員会の長である教育長にもしっかりと教育行政の舵とりをしてもらわねばならないし、そのための確固たるビジョンを持ってもらう必要があるのです。でも、そもそも市長が教育長の人選をするという時点で、地方自治の理念のもとに設置された教育委員会と市長との力関係が対等なものではないのかもしれません。

 実は公民館について尋ねたいと思った理由には教育委員会にもっと頑張ってもらいたいという意図がありました。市長の言動を見聞きしていると教育委員会の独立性が一体どうなっているのかと疑問に持つことが少なくない今日この頃です。そこで教育長のビジョンの一端でも披露してもらいたいと考えたのですが、答弁を求めて逆効果だったのではないか・・・・というのが周囲の評価でしたし、私もそう感じました。

 行財政再構築プラン元年だった昨年度の予算。私も再構築プランの方向を見誤ることないように進めてもらいたいことを重ね重ね主張しましたが、決算委員会のまとめの一日も再構築プランに対する意見が数多く出され、挙句の果てに?市長に対し「まちづくり哲学」が感じられないという厳しい指摘が飛び出すほどでした。

投稿者 hisaka : 2005年09月26日

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