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2004年03月21日
ここ3日間をまとめて報告
お知らせをしましたが河口湖までゼミ合宿に参加をしていたので活動をまとめて報告します。大きく3つ。
■厚生産業常任委員会の傍聴で…(3月19日午前中)
この議会では一番議題が多くてメンバーはとても大変だったと思います。私も午前中だけ傍聴しました。特に条例の改正について「多摩センター地区市民ホールの廃止」問題があったので、ここの議論は聞きたいと思っていたからです。
多摩センター駅周辺には市民が気安く利用できる公共施設はないと言えると思います。パルテノン多摩やたまヴァンサン館も利用料金がかかりますし、その料金設定は残念ながら「お手ごろ」とは考えられません。永山にはベルブ、桜ヶ丘にはヴィータと親しまれているように社会教育施設がありますが、多摩センター駅前では類似施設がついに消滅してしまうのです。地区市民ホールができる以前は、ちょうどモノレールの駅の所に「コミュニティ館」がありました。私もかつてピアノの発表会で数回利用したことがありますが、「駅前」という立地はやはり外せない施設の要件かなと思います。地区市民ホールは「コミュニティ館」の代替施設としてオープンしたものです。多摩センター駅の東口で、線路高架下なので決して会議室としての立地条件がいいとは言えませんが、それでも市民の会議などの後に近隣で「ノミニケーション」が出来る!という条件面でも非常に優れた施設であったと私は考えています。
ところが今回、行財政再構築プランにあわせてというよりは、むしろ京王電鉄との契約で、引き続いて「地区市民ホール」としての活用が不可能になってしまいました。契約の更新が出来なくなったのです。京王電鉄側は数年前から、場所提供の賃貸契約を解消したいとの意図があったとのことです。
契約の解消で年間経費約3千万円の縮減につながることもあり、行財政の再構築にもとりあえず寄与することができたのはおそらく結果の問題かなと思います。しかしながらこのホール廃止の件、契約解消は事前から薄々でもわかっていたことであれば、もう少し早くから代替施設の提案、その他情報告知の面では工夫の余地があったことと思っています。
担当所管の説明では、いよいよ地区市民ホールが廃止されると言うことで、代替施設を探す努力はしているようです。例えばカリヨン館の8階(もと映画館だった)や7階のスペース(飲食店街の空きスペース)、それからNTTや東京電力などの企業からの協力も得られるようにと話を進めているようです。サンピア多摩がありますが、そこについても協力要請をお願いしている模様です。しかし正直、どの話もなかなか上手くいっていないようです。
となれば、パルテノン多摩の活用が求められるのですが、こちらについては現在、「地区市民ホール」の代替機能を果たせるようにしていく方向性で積極的な取組みを進めるとのことでした。
さて、行政は努力に努力を重ねているのかなあと思いますが、不幸はなかなか思うように事が運ばないということ。行政だけではなく民間も採算ベースを考えるので当然のことです。ただ、一つの救いとも言えるのかもしれませんが現在、約120団体ほどが地区市民ホールの利用者団体として登録されているそうですが、これらの団体は必ずしも「多摩センター」にこだわっているのではなく、永山や桜ヶ丘などの他の施設も併用しながら活動しているのが実態です。その点では廃止されたことによりダイレクトに影響を受けて路頭に迷うという状況は何とか回避できそうです。ただ活動スペースの選択肢が少なくなったことは残念でなりませんし、他の活動場所の予約が大変になることは予測できますが…。
これが大体の今の状況で、行政側としては多摩センター駅周辺での活動スペースの確保は今後も続けていき、なるべく来年度には目途をつけていきたいと思っていることがわかりました。既に私たちは予算が成立しているので、多摩センター地区市民ホールのは廃止も了解していることと同じと考えられます。そこで今日の委員会での質疑のやりとりでは「行政の今後の方針」が明らかすることが目的でした。概ね、行政の方針は明確化されたので、その方針をあとは実現するために努力をしてもらいたいと考えています。
ところが、一つの会派?(ある議員)から「附帯決議」をあげたらどうか?という意見が出ました。現在の市議会の決まりでは「全会一致」原則があるので、委員会での議論にはなじまず、代表者会議の所掌事項ではないかということで話がまとまりましたが、この「附帯決議」の内容としては「費用対効果を理由にして、努力を怠るのではなく、多摩センター駅周辺で市民活動が出来る場所の確保を可能な限りで推進すべき」ということで、行政の背中をもう少し強く押したほうがいいのでは?という見解より提案されたものでした。
結局、委員会での議論にはなりませんでしたが、傍聴していた私には「行政が(正直、いつもよりかは)前向きな姿勢を見せているにも関わらず、なぜ附帯決議」を出す必要があるのか?ということです。仮に行政が「もう必要ないから、行動しません」と答弁したのなら、私は附帯決議でもあげた方がいいのかなとも思いますが、「必要性を感じているから努力をしてみる」と言っているので、あとはそれを信じて、行政の発言がちゃんと伴った行動として表現出来るのかどうかを議会はちゃんと後追いすればいいと考えます。
「性善説」は甘いのかもしれませんが、不信感ありき…というのもいかがなものかと思います。信頼関係の中で動く力の方が私は大きいと考えるからです。もちろん、どうやってその信頼関係を築くのかが需要ですが・…。
これは非常に甘い考えでしょうか?「やるといっても、どうせ行政はやらない…・」という先入観だけで判断しない方が良さそうだと思っています。この辺の判断には個々の議員の感性と言うか「さじ加減」みたいなものが問われてくるような気がしました。と同時に、仮に附帯決議を議決した時に議会として取るべき責任も考える必要があります。ここは大きく予算編成、今後の税金の使い方にも関わってくるでしょう。なかなか奥深い問題だと思っています。
■ゼミ合宿にて(3月19日午後~21日)
ゼミは班活動が中心なので、主に春合宿では班づくりをします。学生が個々のテーマを持ちより、そのテーマ関心について他の人と共有をし、またはすりあわせをしながら班をつくるのですが、その過程はまさに「政治」だと思っています。自分だけの主張をしていれば、絶対に班を組むことは出来ません。お互いに意見交換をし、議論をして「班を結成」を目指さなければなりません。そして調査研究テーマを決定し、企画書づくりをします。
しかし事前に、学生の問題意識などを深めるための課題が出されていました。「日本の論点2004」の中からそれぞれ4つのテーマを選び出して、それについて要約をする宿題でした。
この課題については8人ほどのグループで、お互いに選んだテーマのプレゼンテーションや意見交換をしました。私は一つのグループで「まとめ役」として参加をしましたが、そのときに非常に大きな特徴を見つけました。・…というのは、私はそれぞれプレゼンテーションの時に「なぜ、そのテーマを選びぬいたのか?」を話してもらったのですが、「何となく」という返事が多かったと言うことです。私は物事「何となく」ということもあるかもしれませんが、自分自身で「選ぶ」という時には何かしらの理由があると考えています。しかしながら選んだ動機の多くは積極的ではなく、どちらかと言えば「何となく」。
…私はここに日本の社会の動き方や流れがあるように思いました。特に選挙なんかでは顕著です。「何となく○○さんに投票してみた。」…実はこの「何となく」の裏側に私はとても危惧を感じます。「主体性」に欠けるように思うからです。自分自身がなぜそうしたのか?そう考えたのか?とても重要な事項です。
例えば・・「面白そうだから」という答えには「なぜ面白そうだと思うのか?」を説明することが求められるわけですが、なかなかその回答に迫ることができていかないことが不必要な「あいまいさ」を生むのではないでしょうか?「自治」の視点から、この傾向が持つことの意味を考え、捉えなおしていきたいと思っています。
■政策ゼミの最終報告会(3月21日)
半年間の活動の総括をしましたが、参加したメンバーの多くから「本当に活動をしてみてよかった」という感想が聞かれました。若い人たちの政治参加のきっかけづくりをしていくことの意味を感じました。報告論集が完成していますので、もしご覧になりたい方は多摩生活者ネットワークまでご一報を!(office@tama-net.jp)
投稿者 hisaka : 2004年03月21日
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