この週末も、議長公務の合間に諸々所用をこなしたわけですが、ふらりと立ち寄ったのは今回で14回目を迎える「地域ふれあいフォーラム」。その目的は「音楽と健幸プロジェクト」ということで、「音楽体操は高齢者の認知機能を改善する」というタイトルの講演と実際の体験を見学させていただこうと思ったからでした。市長も三重県紀宝町・御浜町の実証実験により明らかにされた「音楽体操の効果」について講演の場にはいらっしゃいましたが、その後、退出されました。私は、参加された皆さんと一緒に音楽体操まで体験してきましたが、私にとっても結構…いい運動になりました。高齢者のためのエアロビクスみたいな感じかと思ったわけですが、無理なく、そしてまた楽しく身体を動かすことができ、楽しかったので…一度、これをどこかで企画してみたいなと思った次第です。今回、講演をしてくださった三重大大学院医学系研究科の准教授佐藤正之先生がおっしゃっていたように、「参加されているみなさんのお子さまの世代くらいから予防に取り組むことが大事」ということで、まさに私が当該年齢ではないのか?と・・・自覚しましたので、やはり、何かしらの運動をしておかねばと心に誓ったのでした。8月から継続しているランニングマシーンで1回5キロを走る(最後、歩くこともある)というのも継続は力になるはず?
ということで、議長公務としては、多摩センター商店会の賀詞交歓会、多摩市自治連合会の新年情報交歓会に出席してまいりました。
多摩センター商店会では小倉まさのぶ衆議院議員、松田大輔議員とこいそ明前都議も出席されていたわけで、商店会などの活性化などを応援しているというのか、ある意味で、密接なつながりを持ち連携をしている議員さんの顔ぶれを感じることができます。とても大切なことであると思っているのですが、小倉衆議はさすが勉強家で、いろいろな情報を得ながら、地域の皆さんに情報提供をされている印象です。何と言うのか、単に挨拶だけして立ち去るような議員さんも多い中、小倉衆議の挨拶からは何かしら有用な情報や考えるヒントが盛り込まれているので、個人的には学びが多いなと感心させられます。
松田議員は市議会にいる時と同様にかなり愛されキャラになっている感じがします。特別インタビューで「尊敬する政治家は?」と尋ねられ、思わず、絶句はしておりませんが…迷いなく「もちろん、こいそ先生と言わないわけがないでしょう。」と絶妙な回答で場を盛り上げていました。
そんなわけで、こいそ明前都議は今は都議会自民党で政策づくりの担当者として役職を得て、活動を継続されているようですね。新年が始まってからのさまざまな会合で、しょっちゅうご一緒させていただくのでした。
多摩センター商店会からの引き続きで自治会や管理組合が会員になっている「多摩市自治連合会」の情報交換会へ。市長、議長、教育長は「顧問」という肩書なのです。ですので、来賓ではない挨拶をしなければならず、ちょっと気を遣いました。「慣れ」というのは恐ろしいと思いますが、一つひとつ場面に応じて、ていねいな対応を心がければ問題はないとはいえ、ついつい・・・いつもどおり、「お招きをいただき、ありがとうございます。」というフレーズが口から出てきてしまいそう。そうなってしまっては、いけないのだと心しながら、参加している皆さんにとって大切な会合を傷つけないようにしなければと・・・こう見えても、結構・・・気にしております。
ゆるやかでやわらかなネットワーク組織として、自治連合会組織の活動も継続してほしいと私は願っています。その理由は書くと長くなりそうなので、またいずれどこかで。
そんなわけで、議長公務とは外れますが、増田たくみ議員の後援会が主催された「新春の集い」にもお招きをいただきましたので出席させていただきました。もちろん市長も。実は、増田議員は今期で勇退されることを決断され、後継者として地元消防団7分団でも活動されている斎藤せいやさんの紹介もありました。
「引き際はとても大事。そしてまた、後継者を指名できるのは理想的。」というような挨拶を述べられた方がおられたように、これは私自身にも当てはめて考えねばならないことであると心の片隅で思ったりしました。課題でもあります。
今日は増田議員の後援会にとっても最後の新春の集いということもあり、関わりのあったみなさんが多数参加。伊藤俊輔衆議、長島昭久衆議、石川良一都議、そしてまた、地元「乞田・貝取」地区で神輿会などでもご一緒されてきた前都議のこいそ明さんも参加。思い思いに増田さんとの思い出を述べられていました。また、市議会からは折戸小夜子議員も出席をされました。多摩市議会では初めての女性議長であった折戸議長を支えてきたのは増田副議長でしたから!…そんなつながりもあるのでしょうね。
増田さんのキャッチフレーズが「人と人、人と地域をつなぐ街づくり」。折戸さんがおっしゃっていましたが、「増田さんはそのキャッチフレーズをまさ地で行く議員」として活動されていたと私も思います。増田さんの一般質問はいつも後援会の皆さんとともに作り上げたものになっていて、なんというか…後援会がこれほどまで日常の議会活動にも寄り添ってくれるようなことも珍しいなあと…感じるくらいのものでした。後援会というのは、選挙活動など政治活動や運動などをフォローすることはしていても、その後の議会活動へも積極的にかかわるというのは意外と珍しい感じがします。実際には、その後の議会活動はある意味、「議員任せ」という場合の方が多い印象を受けていますが、その後のフォローし続ける後援会というのが増田たくみ後援会の際立つ特徴ではなかったのか?と感じるのでした。ですので、増田さんは常に「後援会の方と相談しながら」ということを大切にされていて、よく、その言葉を耳にしてきました。
多摩村、多摩町、ニュータウンの受入れから、多摩市の発展と…つぶさにご覧になり、ともに歩んできた増田議員の存在は、私にとっても非常にありがたい存在でもあり、過去の経緯などをたくさん教えていただいたんですよね。今回で「引退します」という言葉をはっきりと増田さんの言葉から伺い、寂しさもあり、そして会派もご一緒してきたこともあり、とても残念です。ただ、一方で、増田議員が「新しい人たちに頑張ってもらわないといけない。若い人たちがもっと頑張らないと。」と常日頃、発破かけられていましたので、その意味では、ちゃんと後継者指名をなさったということにさすがだなと思うのでした。
「素朴なのがいいんだよ。」「飾らないところがいい。」…後援会の方とお話をするとみなさんが口々におっしゃることでした。とにかく地域を良くしたい一心で、増田さんの言葉をお借りすれば「好き勝手やらせてもらった。」となるのかもしれませんが、みなさんが、増田さんをとても理解されており、一緒になって地域づくりのために汗をかいてこられたんだあなあとしみじみと感じさせられるのでした。私も議長になり、増田さんの地域のお祭り、イベントなどにも呼んでいただくことが多いのですが、まさに、そのお祭り、イベントで増田さんと一緒に裏方で奮闘されている皆さんが後援会にも名前を連ねておられるわけでして…。増田さんはいつもどおり「地域に感謝しないといけないんだ。」「後援会の皆さんが、本当に良くやってくれるんだよ。」ということで会派の控室などでお話しを聴くことも多い、その気持ちを何度も口にされていたのも印象的でした。
そんなわけで、増田さんにとってはもともと多摩に生まれ、多摩に育ってきた既存地区の住民とニュータウン地区の住民をもっともっとつなげていかないといけないという意味での「人と人をつなぐ街づくり」であったり、なかなか既存地域に溶け込めないニュータウン地域の住民に地域行事にも参加してほしいとの願いを込めながらの「人と地域をつなぐ街づくり」だったのではないか?と勝手に推測しているわけですが、少なくとも私が増田さんの地域の様々な催しに足を運ぶたびに思うことは…たぶん、増田さんが議員になった頃よりも、「人と人、人と地域をつなぐ街づくり」が前進しているのでは?ということでした。増田さんの力は大きいと思います!想いを支えてきた後援会の皆さんにも…「本当にありがとうございました!」と私からも感謝の気持ちでいっぱいになりました。最後、乞田の青友会のみなさんが「締め」をなさったのですが、壇上に、増田議員とこいそ前都議が並ばれた景色は、私にとっても新鮮?でしたが、とてもいい雰囲気でした。「地域だなあ」と思いましたね。
とは言え、「増田さん、まだ3月議会がありますからね!」と一言・・・お声かけをさせていただきまして、今宵が終了・・・。1月末がとうとうやってきた!という感じ、さあ、今週は2月に入りますね。これ以上寒くならないことだけを祈りたいです・・・。