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2003年07月07日

新しい時代の議会って?!

  第1回の学習会をしました。山梨学院大学の江藤先生から「市民協働時代の議会」というテーマで話をしてもらいました。議員は14名、市民は9名ほどの参加がありました。
 
 議会改革の方向性について、どんな姿をイメージするのでしょうか?私は議会と市民との関係性に注目をしています。今日の話の中でも、行政への市民参加が進めば進むほど、行政の正統制が高まってしまうという指摘がありました。「市民主権」ということを考え、今、行政は市民が自ら判断出来る事を柱にしたスタイルを模索しています。市民が判断をして、行政がそれを支援していく手法でまちづくりが進めようというわけです。その中で議会はどんな立場をとるのでしょうか?
 例えば、「市民主体で考えた」ものについて議会がどのような判断を下せばいいのか?ということです。よく住民投票での結果が議会によって否決されるケースがあります。議員選挙よりも高い投票率の住民投票。それにも関わらず住民投票の結論に対して、民意を反映していないとしてバッサリと切ってしまう議会をどのように考えるのか?という部分にもつながってくる問題です。
 
 行政と議会とが車の両輪であるとするならば、私は「議会」として市民をどう巻きこんでいくのかが重要な視点だと感じてきました。議員個人はもちろん市民とのパイプを持ち、さまざまな要望を受付してきたと思いますが、「個人的」ということを考えた時にはやはり力として弱くなってしまうと考えます。低投票率では当てにならないのかもしれませんが、事実として「長の獲得した票数と議員個人が獲得した票数を単純に比較をしたなら、長の方がより民意を反映していると言える」という先生の指摘は当たりだと思います。つまり「議会」全体としての力をつけていかなければ、行政に対しては相変わらず「陳情型」議会になってしまい、本来的な二元代表制というシステムを生かしきれないと考えるわけです。
 今日の話の中でも「住民を機軸にした議会改革」として強調されていたように、新しい時代に「市民協働」というキーワードがあるのなら行政と市民だけでなく、議会と市民との「協働」を模索していかなければ、議会だけが取り残された存在になる危険性があるのです。議会としての正統性も強化していくことを視野に入れ、今後の多摩市議会の改革を、ぜひ進めていきたいものです。
 市民の意識は日々目まぐるしく変わっていきます。常に「今」という時代を捉えるためには、やはり4年に一度だけの選挙だけでは不十分だと言えるのかもしれません。 

投稿者 hisaka : 2003年07月07日

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