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2002年10月02日

市民の力は∞<無限大>

 少し前の公民館講座の名残?で細々と続いている「男たちの風景」というグループの定例会に参加しました。「男たち」という時点で少し参加してもいいものかどうかと阻まれるような気持ちになりましたが、今日はどうしても話を聞きたいなあと思っていたゲストだったので、ちょっぴり勇気を出して出撃しました。もちろん参加者は女ひとり。場違いかしら?とも思いながらも、メンバーが快く迎えてくださって、嬉しく思いました。
 さて、今日のゲストは多摩市民Oさんでした。Oさんは現在多摩市内に建築設計事務所を構えて活動をしています。もともと大工に憧れていたそうですが、昔は体が軟弱だったので建築の道を選んだそうです。私が彼を知ったのは多摩市環境市民会議でした。この会議は多摩市が事務局となっていますが、市民が主体となって3つの部会に分かれて活動しています。「みずとみどりの部会」「環境美化・資源化部会」「地球環境部会」です。毎月1度の全体会と部会会議で運営をしています。この市民会議で私は「環境ってすごい!」って思ったのですが、この会議には例えば植物博士から、虫博士から、ゴミの専門家、建築家などなど『環境』をテーマにして様々なジャンルの市民博士が集まってくるわけです。
 今日のOさんのテーマは『まちづくりと環境』でした。とても興味深いものでした。Oさんは1980年代は公害の時代で、害を与える人と被害者とがはっきりしていたといいますが、今は地球温暖化にもわかるよう加害者=被害者の時代だといいます。そういう今に生きていて何らかの行動をしたい、しなくてはならないということで活動の旗振り役をしています。
 ところで多摩市の水ですが、使用量を100%としたとき10%が市内井戸水など、そして利根川が80%、残りの10%が小河内ダムの水でブレンド状態だとのことです。そして地球上の水を100%とした時97%は海水で、たったの3%が飲料水になれる淡水。そのうち2%は氷、1%は地下水・…要するにわずか1%の水を人間が分け合っているわけです。本当にたった一滴ほどをみんなで取り合い合戦をしているとも言えるかもしれません。特に昨今天然水が流行っていますが、やはりこれも有限なわけです。こういう話をしながら環境や‘まち’を語ってもらえる機会は貴重だと思いました。例えば、東京の水源は他県にあるダムが多いわけですが、「これは自分たちの大事な水だから都民には分けてあげない!」と主張した時、私たちは一体どうするのでしょうか?まさに「まちづくり」の問題です。
 さて、おもしろい試みは今朝の日経新聞の中から環境に関する話題をピックアップしてみよう!というワークショップでした。みんなそれぞれに視点を持っていて、いろんな観点からの質問が出てとても有意義でした。同じ新聞を見ていても、そして「環境」という切り口で捉えようとしてみても例えば商品の包装の問題から産業廃棄物処理の条例可決のこと、植林のこと、個人消費の低迷や設備投資の棚上げ状態・…どれをとっても環境に結びつくような事柄です。 
 Oさんのコンセプトは「残したい!!」です。未来に何が残せるのか?を真剣に考えて行動しています。動かないと始まらない!というのが彼の哲学です。悪いこともたくさんあるけれどいいところ=宝物を探し出して出来る限り子どもたちに残していこうという前向きな考え方に私は共感しました。
 さて、今回の会議のでの話の中で「JIJI警察」の治安がありました。「JIJI」というのは『自治』と『私事』と『おやじ=じじ』との意味を含んだ名前だそうです。多摩市内の遊歩道にスクーターが走っていて危ないということですが、なかなか小回りの聞かない行政だけには頼れないし頼らない。結局は気付いたひとから順番にやれそうなことから着手することが大事だという結論となりました。「JIJI警察」そう言う意味では地域コミュニティの再醸成には役立つかもしれません。
 私が65歳になった時、誰がどんな手助けをしてくれるのでしょうか?私が常に持っている視点です。未来に残してくれるもの、借金だけではたまったものではありません。
 これまでの大人たちに望みたいのは、今、自分たちができることは何か?を表明しながら、行政に手助けしてもらいたいことを明らかにしていくことをしてもらいたいとのことです。行政を待つ姿勢だけでは不足です。例えばこのJIJIの話でも同様で歩道をバイクが通ったとき高齢者がすぐに避けることが出来ない現実を行政に訴えながらも、私たちが自分たちでJIJI警察を組織して、この問題を解決していく道を探っていくことが重要です。もちろん行政側からの提案を待つことも出来ますが、私はとにかく動くことだと思っています。気づいた人が自ら行動をすること、その姿勢を行政に見せていくべきだと考えています。そして、「JIJI警察」みたいな市民からの提案や市民の自発的な活動の意義をどれくらい大事にしながら、その活動を支援していけるのかについて行政は考えて欲しいと思います。市民の可能性って無限大だなと思います。その可能性を発掘して、そしてしっかりと‘かたち’として創りあげる作業に行政のコーディネート力などが試される気がします。もちろんキャッチ能力が重要です。
 市民にはとってもたくさんの知恵があり、技術があります。Oさんはそのような個人個人のそれぞれ得意分野を用いながら、自分たちや将来に向けてどういう方向性をとるべきなのかを検討してきたいそうです。そしてそこに行政の協力をどう結び付けていけるのでしょうか。焦っても始まりません。遅々としても進んでいるわけです。市民の声をキャッチして具体化していくためにも、もっともっと職員の方には市民と同じ立場で活動に関わってもらいたいと思います。市民参加や市民参画、市民協働をしたことのない職員(例えば自分の住んでいる地域で)が、マニュアル通りの「市民の参加」を語ることは出来ません。これからは行政がどこまでキャッチして行動するか、その判断が‘まち’の運命を決めていくと思います。もちろん議員としての責任も同様で重いです。
 要はどんなことでも自分だけではできないということ、全てが人との関わりの中から生まれているということ、そして謙虚な姿勢、感謝の気持ちこそが大事だということ…議員としての私自身も今日はいろんなことを再確認しました。市民の力と可能性は無限大です。それに気づき、どこまで応援していけるのか?行政や議員の判断のポイントはそこにあることを強く感じたともに、議員としての自分が今出来ることを再考しようと思います。行政の職員に対しては「市民参加研修」などと名づけて一定期間市民とともに活動をしながら市民協働を考えるような研修制度があってもいいんじゃないかかしら?と提案してみたら面白そうです。

投稿者 hisaka : 2002年10月02日

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