2006年3月議会
2006年度 多摩市一般会計予算(骨格)賛成討論
2006年度(平成18年度)多摩市一般会計予算について、民主・生活者ネットを代表し、意見討論いたします。
今、私たちは、どういう社会に生きているのでしょうか。
右肩あがりの経済成長に夢や希望を託せなくなって以降、社会を問い、自分自身を問いながら、日本社会の置かれた厳しい現実に向きあっているのだと思います。しかしながら、今、私たちがどんな社会に置かれ、そして今後、私たちが目指すべき「あるべき社会の姿」をどう描けばいいのか、答えが出ているようで出ていないのではないでしょうか。将来像を明確に示すことができるリーダーシップの不在、政治の責任はとても重いと感じています。
そして、また、社会経済の活力を回復するために国が示す方向には、私たちが経験したことのない弱肉強食の「格差社会」の存在が言われています。格差の広がりについては、その解消を語る前に、格差を生み出す要因と個々人の能力とを結びつけ、すべての物事に「自己責任」を求めていく傾向が強まりを見せています。
自己責任は自己決定、自己選択という個人の人権を確立するために重要な価値と背中合わせに存在するものです。しかし、すべての問題が個人の責任に押しこめられ、社会的課題として解決すべき問題も個人への責任転嫁で済まされようとしています。例えば障害者自立支援法などにその危惧を感じます。私たちは自己責任と言う言葉で解決できない問題の存在をもっとやわらかな視点から認める必要があるのだと思います。
さて、国の行財政改革が強行に推し進められている中、地方自治体にも改革の方向性が示されています。地方分権と言いながらも、総務省では国の構造改革と同じく「官から民へ」の流れを地方自治体でも強く推進することを求めています。しかし、市民に一番身近な地方自治の現場ですべきことは必ずしも国の改革路線と同一歩調を踏むことではありません。
今、経済的には少し明るい兆しが見えているようですが、私たち市民一人一人の生活に結びつく明るさではないように感じます。市長は市民一人一人の生活実感が、経済回復の兆しとリンクせず、むしろかけ離れている状況をどのように体感されているでしょうか。
ふりかえってみると、渡辺市政の4年間は行財政診断白書、行財政再構築プランと国の改革と同じ路線での全力投球をしてきたと思います。しかし、その改革は市民の幸福感をどう満足させてきたでしょうか。改革の方向性が本当に市民に幸せにつながっているかどうか、絶えず問いかける必要があると思います。
例えば、若い世代はどうでしょうか。彼らの将来に対する不安感はますます募る一方です。そのことが今の社会をつくりだした世代に対する若者の不信感へとつながっています。また、幼い子どもに対する凶悪な事件の広がりは、社会全体の不安感を増幅するだけではなく、子どもたちの大人に対する信頼感を大きく低下させ、「地域で子育て」とは逆行する流れを生み出しています。地域の大人が公園で遊んでいる子どもたちに気軽に声かけをしたところ、不審がって逃げられてしまったというのも笑い話にはなりません。なぜ、このような状況になってしまったのか、原因の根本を打ち破るような対策が講じられていないのが現状です。地域での防犯パトロールが活発ですが、警戒体制が高まる一方で、子どもたちをそっと見守り、子どもの世界を大事に育む地域環境が後退していると感じています。
ところで、一般に「格差」の広がる社会では、弱いものにすべてのしわ寄せが向けられる社会だといわれます。ニートやフリーターの問題、犯罪者になってしまった人の抱える問題、心の病の問題・・・などなど、もっと厳しく辛い現実と向き合いながら、対処していく必要があると思います。
また、女性をとりまく環境はどうでしょうか。女性の社会進出が言われるものの、それは本当に社会全体として女性の地位向上とつなげて考えることができるでしょうか。女性は安心して働き、子どもを産み、育てることができるでしょうか。離婚した女性達が自力で子どもを育てる時に抱えるリスクの大きさは日本社会の女性政策の未整備状況を表していると思います。パート、アルバイト、派遣労働など、労働市場そのものが二極化しています。
労働市場の二極化が進めば進むほど、格差が広がるのは当然です。そのことがますます社会の停滞を助長するのです。
若い世代や女性の不安を解消し、彼らが希望をもてる、やる気の出せるような環境づくりこそ早急に取り組むべき課題だと実感しています。
市長はこの4年間をどのように総括されているでしょうか。市民に本当に明るい展望を示すことができたでしょうか。市長の進めてきた改革はどのようなまちの夢につながっていますか?
私たちは昨年もこの場にて次のように述べました。「市民が将来に夢を描けず、夢どころか、不安ばかりが頭をもたげている状況の中で、互いに支え合って、とりわけ行財政改革への協力をし、まちづくりを担うような感覚にはなれ無くなっている現状を作っていると指摘せざるを得ません。」
市長はこの指摘をどう受けとめて下さったでしょうか。市長は外部機関からの評価を受け、実績を強調されているようです。その評価はひとつの指標になるかもしれません。しかしそれよりも大事なことは多摩市民の評価であり、市民の実感だと思います。市民参加のまちづくり、子育てしやすいまちづくり、そして行政改革の進捗度合いなど等、市の世論調査の分析とつき合せて考えてみると、外部機関の評価と実態とが大きく乖離していることがわかります
さて、市長は自治基本条例を制定し、市民とともに進めるまちづくりを進めてきました。「新しい公共」という考えの下、市民がお互いに支えあうまちを理想に掲げ、市役所仕事の役割を見直すことを優先的に進めてきました。
市民とともに進めるまちづくりに求められることは、市長の「聴く力」だと思います。しかしながら、公設備、市民設立、市民運営の方針のもとで運営されてきた多摩NPOセンターの委託先変更に関わる一連の経緯は、市長の進める市民協働の在り方に大きく疑問を持たざるを得ない事例となりました。
改革に求められるスピードがありながら、情報共有や市民参画というプロセス重視のまちづくりを進めるために必要なことは、市長の政治的判断を下すタイミングだと思います。行財政再構築プラン、多摩市立幼稚園の問題、学校跡地の問題、障害者通所施設の問題、公共施設の有料化問題、ごみ有料化問題など、市民や議会との情報共有や対話の失敗が数々の問題に現れていますが、とりわけNPOセンターの委託先変更への対応は、市民が積み上げてきた経験をゼロベースに戻し、市民の活動に対する熱意を低下させ、リセットしてしまいました。このことは、協働のまちづくりを大きく後退させる事態につながったと感じています。
今回の予算委員会では、再度、NPOセンターのありかたを含めて市民とともに議論の場を設定したいとの答弁がありましたが、その言葉を裏切ることなく、誠実なる取り組みを求めたいと思います。
市民協働や市民の自治を少しずつ強化するには、時間がかかります。行きつ戻りつの議論がありながら、ゆっくりと進んでいくのが自治であり、そのこと抜きに自治基本条例の理念を目指すことはできません。
市民のペース、市民のスピードをどのように汲み取るのか、まちの‘風’を市長はどう感じてきたのか、疑問な点が多いです。まちづくりの目標を市民と共有し、対話を大切にしながらまちづくりを進めるということは、市民に市長のやりかたを押し付ける事ではありません。また、そのことは市民だけではなく、市長の手足となって働いている市職員との関係おいても言えることです。市長は職員の声をどのように集めて庁内運営に努めてきたでしょうか。社会全体が悶々としており、精神的な悩みを抱えやすくなっている中、市役所にもその重苦しさが深く入り込んでいるようですが、それをどのように克服していけばいいのか、組織の長としての市長の果たさねばならない責任は重いはずです。
市長はご自身も職員でした。職員としての働き方などなど、ご自身の経験から理解できるところがたくさんあるのではないでしょうか。現実問題として、職員の置かれていう状況はますます厳しくなっています。市議会議員の誰よりも、長年の経験から、政治家として多摩市役所の事情をよく把握していらっしゃる市長にはいち早く改善策を出すことが可能なはずです。市役所の事情をよく知っている市長だからこそ、市役所改革に取り組めるのではないでしょうか。
そして、議会でも、しばしば話題に出る交通施設公社の問題など、本来、着手すべき改革は先送りされてきました。市民が求める改革、市民が優先して解決してもらいたいと考えている改革は一体何なのか。再度、問い直す必要があるでしょう。市長には政治家としての調整力や交渉力を求めたいと思います。
昨年末、12月定例会では、永山駅前の雑木林の保全を求める請願が提出されました。その際の討論で次のように述べました。
「国の方針に沿った取り組みをすれば足りるわけではありません。地域の声をないがしろにして進めることは、国が掲げている地域の自己決定、自己選択の方針に大きく反することと言えます。国策をリードしてきた都市再生機構が、地域を無視していると言わざるを得ない強硬な姿勢に、私たちは強く遺憾の意を示す必要があると考えます。その中で、特に、市を代表する市長が果たすべき役割は大きく、市民の声をしっかりと束ね、都市再生機構に届けていただきたいと思います。」
今回、話合いにより2億1千万円での買収が決定したと聞いていますが、市民は都市再生機構が多摩ニュータウン事業に果たしてきた役割と責任を重視し、無償による譲り受けを求めていました。交渉がまとまったことは評価しながらも、有償という決着に終わってしまったことは非常に残念です。
都市再生機構はこの3月末で多摩ニュータウン事業の収束を決定しています。このことは、まちづくりの主導権が全面的に多摩市に移ることを意味するのではないでしょうか。今後のニュータウン再生を考えた時、建替え問題をはじめとして、近隣センターの活性化問題、若い世代への住宅政策など、多摩市がリードしながら、まちづくりを進めていく必要があるでしょう。その時、多摩市の将来に責任を持たず、清算事業に終始する都市再生機構のペースに巻き込まれてはなりません。多摩市の主張を強くぶつけ、時には喧嘩をすることも必要なことかもしれません。
市の代表者たる市長の責任は極めて重大です。そのことを改めて認識させられる次第です。未来の多摩市、将来の社会をどのように描いていくのか、今、将来のためになすべきことに対し真剣に取り組まねばなりません。
特に、子どもの問題は、社会全体としても取り組んでいかねばならない課題です。市長も子育てしやすいまちづくりを全面に打ち出しながら、さまざまな施策展開を試みています。しかしながら、さまざまな家庭環境に置かれた子どもたち一人一人に多摩市の施策は向けられているでしょうか。生まれ育つすべての子ども自身にとっての最善を考える責任が多摩市にはあります。ひとり親家庭が増加しているという現実の中で求められる支援策を強化しなければなりません。国でも母子の自立支援を強化するべきだという方針が出されています。自治体の責任で母子の自立支援をしなければなりません。多摩市がその責任を忠実に積極的に果たせるよう環境整備を求めます。これについては先にも述べたとおり、大変重要な女性問題でもあり、労働問題の一つとしても捉えるべきです。
子育て子育ち支援について、「子どもの幸せ」をこの多摩市がどのようにサポートできているのか、ていねいに検証したいものです。
さて、多摩市は本当に今「住み良いまち」なのでしょうか。本年度の世論調査の結果では85.9%の市民が肯定的な評価をしているとのことですが、市長の進めてきた「ずっと住み続けたいまちづくり」への評価はどうなっているでしょうか?
定住の意向を持つ人は本年度は81.2%と過去5年に比較して評価が下がっているのです。これをどう受け止めるのかが問われます。前市長の汚職事件直後の平成14年度でも82.4%でした。
市内随所で大型マンションの建設問題が発生しています。多摩市がこれからも住み良いまちとして市民の満足度を維持し、高めていくためには、開発優先型ではなく環境保全型のまちづくりへシフトし、その方向にまちを誘導しなければならないでしょう。今、ここに住んでいる市民を大切にして欲しいです。「まちづくり条例」の早期策定、制定が求められますが、条例制定を待つまでも無く、現在市内で発生している問題については、開発事業者に対し、市民の立場から強く指導助言することを求めます。
ここへ来て、次々とまちの様子が変貌をとげています。住宅都市の駅前に、パチンコ店の出店が相次ぎ、多摩ニュータウンが魅力とし、売りにしてきた「良好な住環境」には若干の隔たりがある状況です。
市長就任以来の4年間、まちの景観が様変わりしてしまった状況を市長はどう評価しているでしょうか。
私たちの会派は市長に対し、本来、最も住民・市民との協同作業が求められるまちづくりにおける「プロセス」の共有を求め、時には厳しい意見を申し上げてまいりました。しかし、私たち会派の声がどのように市長には届き響いているのかが大変見えにくいという状況は以前とほとんど変わらぬままです。
今回は、「骨格」予算として編成した予算です。骨格予算についての定義はさまざまあるようです。私たち会派の視点から、提案された予算を見た時には、「骨格」以上の内容が盛り込まれているようにも感じました。しかしながら市長の「骨格」予算にしたと言う姿勢を前向きに捉えることとしました。
本日の討論に当たり、私は、自治体改革の目的、住民自治のあり方、都市百年の計にあたるまちづくりの根本姿勢など、未来の多摩市、将来のコミュニティーをどのように描いていくのかという市政運営の根幹に当たる極めて重大な課題につき具体的に述べてきました。これら課題に対しては、単なる従来路線の継続では解決への道筋は拓けません。市の代表者たる政治家としての市長のビジョンとリーダーシップが何より必要とされるところです。そういった意味で、本日俎上に上っているこの骨格予算は、まさに骨格であり、私の問いかけへの答えにはなりえません。以上を申し上げ、骨格予算可決の討論といたします。
