今年は、南南東へ。

節分でしたね。豆撒きはせず。でも、色とりどりの恵方巻。南南東を向いたつもりでいただく。今年の恵方巻は食品ロスを意識しながら販売されているようなことを聞いたのですが、結果はどうだったのかなあ。

ここのところパソコンを見る時間が長すぎて、目の疲れを感じるのですが、ブルーベリーよりも枸杞の実が優れているのではないかと思っていて、とても気に入っています。有機栽培、無農薬の商品を選んだ方がもちろんいいのですが、レーズンよりもおいしいのではないかと思っています。

昨日、今日と打ち合わせなど続きで過ごしていますが、そろそろ3月議会に向けて一般質問を作成にも取り掛かる必要があり、会派の代表質問の内容とも調整して、つくっていこうかなと思います。先日来、気になっている日本医科大学多摩永山病院の件も、これまでの経過を市民にもわかりやすく共有しておく必要があると思っていて、そのためにも議会の議事録に記録しておいた方が良いのでは?と考えています。代表質問で取り上げるべき内容になるかな。

任期最後の一般質問ですし、改選後のことは考えず、ここできちんと活動を締めくくれるように質問づくりをしなければと思うと、いくつか取り上げておきたいテーマがあり、どれにしようかなあと迷っています。

さて、これからの時代はますます「違いを力に変えていく」が大事だと思っていて、そのために子ども時代から「違いを大事にする」「違うことに面白さを感じる」「違って当たり前」などなど「違い」を認め合い、受け止めあえる関係性をつくること、そして「違い」を活かしあえる社会にしていく必要があると思っていますが、そのために今、どんなことに取り組んでいくべきなのか。

これを話し始めると、ホント…時間が尽きなくて困ります。4月に選挙があるので、それにまつわり、いろいろなご相談もいただきます。立候補したいのでどうすればいいのか…とか。でも、それぞれ背景も異なっていて、アドバイスといっても、ほとんど役立ちは市内のではないかと思うことが多いです。地域のよっても全然異なりますね。都会と地方でも異なりますし、同じ多摩市内であっても地域によって全然雰囲気が異なります。新しく選挙に臨む方へのアドバイスについても、私の場合には市長逮捕による突然実施されることになった補欠選挙が初めての選挙でしたので、参考になるようなアドバイスが何一つできない感じなのですが、お問い合わせいただけるのはありがたいことかなと思います。そんな相談もチラホラあり、対応しています。

現職の議員は日ごろの活動を市民に評価していただく機会だと捉えています。「選挙の前だけ、その時だけ」と言われるような活動は日常に継続できないので、そうではなく日々を大切にし、自分のキャパシティーをオーバーフローしてしまわない程度に、増やせる活動は増やしたり、付け加えていくことがいいかな。なかなか、心がけをしても、「増やす」というのは難しいことだったりしますが。

「結局、選挙の時だけだね」

と言われたことがあり、とても印象に残る言葉です。それ以来、新人と現職とは違うことを意識しているので。でも、あっという間に時間が過ぎていき、このまま4月になってしまいそう。私の目下最大の悩みと言えば、セキュリティ対策ができていないホームページのことですね…。この間、「httpsになっていない」と教えていただいて…。

子どもの感性にハッとさせられる。

先週末から開催されている市内小中学校の美術作品展。久しぶりのパルテノン多摩ギャラリーとオープンスタジオでの開催でしたが、全体的には小学校からの出展作品数が少ない感じがし、何となくボリュームが絞られた?それは会場の関係なのかしら?それでも、子どもたちが自分自身の想いを込めて、一生懸命仕上げた作品ばかりが並んでいて、どれも素晴らしい。

「順位をつけないのがいい」

会場でご覧になっていた方々の会話が耳に入りましたが、私もその通りだなあって。子どもがその子なりの表現で精一杯、完成まで取り組んだんだろうなあ…と思うとそれだけで尊いですね。得意や不得意ってあって当然…にもかかわらず、「上手とか、下手とか…」…順位づけされてしまうと、ただ嫌いになるだけ。「苦手=嫌い」ではないはずなのにな。

自分の住みたいなあ、理想の家を表現した作品。机の上にはケーキやプリンが置いてあって…すごく細かいところまで。お菓子づくり好きなんだろうなあと。

ムーミンの物語に出てきそうなかわいらしいお家。このお家の住人の顔を思い浮かべながら作品づくりしているのかなあとか。

小学生の作品には夢とか希望とかを感じます。低学年であればあるほど「自由」も感じます。一方で、中学生の作品に表現されている心や想い…「なぜ、この作品を描いたのか」という一言が付されていたり、作品に「ことば」「詩」をつけるような課題にも取り組んでいるようで…一つ一つを見始めると時間が本当に足りない。

『自分の手』。「夢にむかっていく手」「必死に努力した手」「ともに歩んでいく手」「にぎりしめた未来」「一生のパートナー」「過去をのりこえる」と作品につけられたタイトルに凝縮されている「今」を感じますね。こちらは東愛宕中学校の1年生の作品。全部の学校が集まるだけあり、学校ごとの温度差を感じるのも事実。東愛宕中学校は美術の先生が熱心で非常にていねいな指導をされているのかなあと。中学校3年生の『目のある自我像』もなかなかの作品が揃っていて、「自画像」ではなく「自我像」となっているのもポイント。

 

自分と向き合うことの大切さ、心のひだを自分自身で捉えてみることの難しさも含めて、絵を通しながら子どもたちに学んでほしい…そんな先生の想いが伝わってきた気がしました。私もそういう先生に出会いたいし、学んでみたいなあと思ったりして。

やっぱり会場にいらしていた方が「これは先生がすごい」っておっしゃっていて、「作品もすごいけど、この詩もすごい」とか驚きの声を上げながら、一枚一枚を鑑賞されていました。和田中学校3年生のスクラッチボードの作品も同様。『心の中の風景』を子どもたちが描き、そこに綴られている子どもたちの心の声…いつか大人になった時、「成長の記録」としてとても大切な宝物にもなるのではないかって思ったりしました。

残念ながら…ということで、あまりにも上の方に展示されている作品だと綴られている言葉が読めなかったり。そこは展示の仕方によると思いますが、来年から改善してもらいたい。アンケートに書き忘れてますが。

その日、その時間…その時だから、その時にしか表現できないことがたくさんある。ある意味、人生の一瞬一瞬がこうした作品に表現されていくような気がします。作品作りを通して、子どもは確実に成長していくんだろうなあと。

そして、私たち大人は子どもたちの数々の作品を見ながら、自分の若かかったころとも重ね合わせ、何となく子ども時代の自分とも対話をしながら、作品を鑑賞していくのかなあ‥‥と思ったりもします。子どもの表現にハッとさせられ、私自身も特に中学生の綴っている言葉に自分を振り返るひとときをもらえたことは何とありがたいことなのでしょう。

今日から2月。今朝は唐木田駅前で、中学受験の子どもたちを多数見かけました。いつの時代も子どもたちは一生懸命に必死に生きているんだなあ…そんなことを思った一日でもありました。

未来に向けた基盤づくり…来年度の予算。

今日は来年度予算について説明があり、市制50周年を過ぎ、次の50年を見据えて、「未来に向けた基盤をつくる」ことを念頭に置きながら、予算編成をしたということでした。「目玉になるようなものは少ない(というか、ほぼ見当たらない印象」というわけで、よく言えば「無難な内容」というか、「堅実に編成しました」…という意味だと受け止めています。思い切って新しいことに取り組む余力がないというのか、その勇気がないというのか…ちょっと目新しさのある取り組みについても、堅調で慎重すぎるあまり、せっかくの斬新さや面白みまでとことん削ぎ落してしまう…ここ、脱皮できるといいのにな…というのが感想です。

合わせて、今日は永山駅前で旧東永山小学校跡地と交換したUR局舎跡地に関わり、日本医科大学多摩永山病院建替えについても助教の報告がありました。すでに、旧東永山小学校跡地の解体工事はズンズンと進んでいて、もう、建物は全て破壊され…今はがれき類を運び出す大型トラックの出入りが激しく。URの跡地も多摩市が取得し、ようやく解体工事が始まっています。背の高い囲いが設置されたので、歩道から富士山が見えなくなってます。

旧東永山小学校跡地については「ここに団地が建つらしい」という噂がありますが、今のところ具体的に何かが示されているわけではありません。でも、URが賃貸住宅の建替えなどにあたって、活用していくのかな…という想像には難くない感じですね。そう的外れなうわさでもなさそうだなと受け止めています。一方、駅前に土地を得た多摩市は今後どうするのか…「市民に役立つように活用してほしい」という声を聴いていますが、「日医大からの申し出があって、学校跡地と交換した」ことを話すと「残念」という返答が返ってくることもあります。現状については、市の公式ホームページにも掲載がある通り。

日本医科大学多摩永山病院の建替えに向けて

今日時点でも、この域から進んでおらず、今後、協議が再開されることになりそうです。この件について、関心のある方にお目にかかると市が建替えにむけた用地を準備している・・ことを踏まえ、「日医大が移転した後、その土地(現在の日医大があるところ)は多摩市が活用できるの」と尋ねられることも多いです。それに関しては、まだ未定であることを伝えると、「多摩市が損することのないように」という意見を承ること多いです。今後、日医大とどのように交渉を進めようとしているのか、実際には市長を先頭に担当部署が中心となって、協議していくことになり、議会と言うか、一議員の立場としては、市に対して意見は言えたとしてもそれ止まり。その行方を見守ることしかできず…これが現実です。

学校跡地とURの駅前の土地を交換し、さらには病院建設を進めるために急傾斜地の崩壊を防ぐための工事も行ってざっと2億円はかかっています。そもそも土地取得のために多摩市がUR側にお金を支払っているわけですから(約1.8億円)。それはすべて税金。医療の充実を否定することはしませんが、しかし、一民間病院の建替えに関し、市がどこまで便宜を図るのかについては、十分慎重に議論して行くべきと考えています。

病院建替え問題も気になりますが、同時に、市役所庁舎建替えの行方も含めて、来年度は「落ち着いた予算」なのかもしれませんが、それ以降はなかなか大変になっていくと思われ…そっちのほうが気になり、心配にもなっています。図書館も新しくなるとは言え、じゃあ、今、図書館本館のある旧西落合中学校の跡地はどうなっていくのかな?とか(もともと、桜美林学園が国際バカロレア認定を受けて、小中一貫校を開設する…という話しはどうなったの?…と今でも最後の最後どうなったのかまで十分な説明がされているとは言い難い)。

何と言っても…老朽化した公共施設への対応、どんどん古くなり、傷んでくわけですから、それへの対応こそ待ったなしと思っています。建物のみならずの話しです。道路などもあちこちで随分傷んでいますし。こうしたことについても、やっぱり将来どうなっていくかを冷静に考え、大局的な視点から判断していくことが大切ですね。子どもたちにツケを残さない、負の遺産を押し付けないで…何よりも、この視点抜きにして市政運営はできないとますます思う今日この頃です。

‛多様性’を理解できていない大人が学ぶことが先。

市内小学校PTA連合会が永山公民館と主催した講演会に参加しました。3年ぶりの開催とのことでした。講師が星山麻木先生でしたので、聞き逃すことはできないな!と思ったからです。常日頃、先生が接している子どもたちの実態に基づく、数々のエピソードは説得力があり、私たち大人がいかに多様性への理解乏しく、子どもたちを息苦しくしているかを知らせてくれる。毎回、講演を聞くたびに、反省することも多い。

とかく、多様性の大事さはあちこちで強調されているにもかかわらず、そのようになっていない現実。子どもたちに必要な声掛け、あるいは見守りができていないのは大人、そして私だなあと。講演で紹介された大橋美沙さんの「かなわね」、購入しようと思います。当事者の抱えている想いをわかった気になってはいけない…いつもそう言い聞かせているのですが、その立場になってみなければわからないことが山とあることを肝に銘じ、一つひとつの事象に向き合う努力を怠ってはいけないですね。

星山先生はいつも「大人が学ばないといけない。私たちが知らなければならない。」とおっしゃっているのですが、私たちが受けてきた教育は言ってみれば「時代遅れ」。

「みんな違ってみんないい」を子どもたちに暗記させるのに、「みんなと同じように」を求める矛盾に満ちた状況にそもそも子どもたちが戸惑っていることに気がつかないと。大人社会の「同調圧力」が子どもたちの社会にもじわーっと浸透している。私たちは生まれた時から一人ひとりであり、例え、親と子であっても「違う」ことをもっともっと意識することが求められそうです。

 

明るい選挙ポスター展があったので、足を運び、子どもたちの力作を見てきました。力作ぞろい。子どもたちがみな、「選挙」のことを考え、ポスターを描いたんだなあと思うとホント、甲乙つけがたい。

「その一票で戦争を終わらそう」…子どもたち、世界情勢にもちゃんと敏感で、受け止めているんだなあ…と感じる作品。

「選挙とは自分が前に進むための歩みの一歩」…なかなか考えさせられる言葉。一歩の歩み…踏み出すことを後押しできるような政治になっているかなあ…とか。

そして、今日は一年に一度…東京都の選挙管理委員会に政治団体の収支報告書の提出へ。都庁はやっぱり規模が違うなあと毎回感じておりますが、この建物もいずれ建て替えが必要になるのかあ…とか思いながら、見上げてしまいました。多摩市役所の建替えについても、着々とコトが運んでいるようですね。明日は来年度予算案の説明が行われる予定になっていますし、そろそろ、3月議会に向けて一般質問の内容もまとめていかないといけないなあと思っています。そして、明日で一月も最終日を迎えるなんて、早いなあ。

どんな図書館行政をめざすのか。どんな図書館にしたいか。

観察力、洞察力と集中力。ボタニカルアートの作品展があったので立ち寄りました。この間、ようやく知ることのできた「ナンキンハゼ」。かわいい。

さて、多摩中央公園に新設される図書館の建設現場も外囲いが取り払われ、今まで以上に近隣の方から注目を集めているようです。図書館が建設されるまでの紆余曲折を思い出し、過去を振り返れば、いろいろ思うこともあるのです。図書館建設にあたって、私は会派での話し合いも踏まえ、「反対」を表明しましたし。ただ、建設されて、完成目前になっている建物を見ると、これからは、ここがよりよく運営されていくことを願うばかりで、あとは、そうなっていくように見守りながら、時に叱咤激励するしかないなと思っています。

もちろん、新しい図書館になれば、設えも変わり、居心地なども多少変わっていく部分もある。ただ、それはやっぱり一時的なものにすぎず、大事なことは、そこで行われる図書館行政のなかみであり、運営だと感じています。建物が良くなれば、新しくなれば、運営の仕方がガラリと変わる…なんてものではないですね。「新しくて立派な図書館が建設された」=「いい図書館になった」‥‥ではないので。建物が古いとか新しいとか、そんなことは関係もなく、「いい図書館」と言われるような運営がされていくことが必要。

「多摩市立図書館」

多摩市の図書館として、何を特色にしていくのか、多摩市の図書館に来なければ、知ることができない情報、手に入れることができない知識…こうしたところにこだわりを持ち、運営されていくことが求められると思っていますが、それは、はっきり言って、今でも、「現在も」そうなっていなければならないこととも言えます。

建物云々は別として、「いい図書館」と言われ、注目されるような図書館行政が多摩市にあるかどうか、ここが肝心で、図書館行政を評価するときの視点として欠かせないところと思っています。「建物が新しくなっただけ」で終わってしまって、満足してはいられないのdす。

こうした点を指摘してくださる市民の方にお話を伺うことができ、なるほどなと思った次第です。先日、多摩市に中央図書館をつくる会の皆さんが企画した学習会に参加した時にも感じたことですが、「中央図書館があってもなくても、やるべきこと、できること、なすべきことが行われているのか。」という点がとても大事。

「新しい図書館ができるから、市民参加を取り入れていきたい」…ではなく、今でも市民の参加を取り入れながら図書館運営に活かしていくことが求められるでしょうし、そのことは今に始まったことではなく、ずーっとその必要性が指摘されてきたことだなと。図書館運営に必要とされる人材育成もどのくらい大事にして、取り組んできたのか?とか、そうしたことがもっと問われていく必要があります。新設される図書館の建物管理のこと一つとって考えても、当然ながら、「新たなコスト」がかかっていくわけで、地域にある図書館の存続問題も含め、全体として図書館行政をどうするの…に対する道筋がまったく見えてこなくて心配です。

「これ以上、図書館行政にはお金をかけることができません。人を増やすこともできません。」

今まで、議会や市民に対し、このように説明されてきました。この状況は現在も変わっていないと言えるでしょう。そんな中で、キラキラの図書館建物が完成し、その先、どう継続するのか、持続可能にしていくのか…「なるほど」と思えるような状況説明など一切なし…という状況に不安ばかりが先立ってます。

でも、冒頭にも書いた通り、図書館建設は着々と進み、外の囲いも外され、ガラス張りの立派な建物が登場している状態。見るたびに複雑な思いがする一方、ここをよりよく市民が活用していけるよう、利用してもらえるように働きかけを続けないといけないとも思うのでした。

特色のある図書館をつくっていく。そこを多摩市立図書館の魅力にするとして…今、どんなことが考えられているのでしょう。例えば「健幸都市」を掲げる多摩市の図書館として、しかも「中央図書館」を名乗るなら、それにふさわしいどんな内容が企画され、創造されているのかとか気になるところ。どんな図書館行政をしたいのか、そのうえで、どんな図書館にしたいのか、中央図書館にしていくのか、地域の図書館にしていくのか…現実離れせず、語られていくことが求められそう。将来にわたって、今以上に潤沢な資金が確保でき、図書館運営ができる…とは考えにくいので。

週末、私も多摩センターに行く用事があるので、図書館建設の現場近くまで足を運んでみたいと思います。しかし、寒いですね。風も冷たい一日でした。

パルテノン大通りのペナント。思いっきり、破かれてます。それほど強い風だったのかなと思います。これ、早く修復しないと、まちの寂れ感を醸し出しますね。

確かに、セントラルパーク。

多摩中央公園の改修説明会でした。同じ内容で3回実施されるうちの今日は2回目。平日の夜開催で、しかも極寒…参加者は少なめで、その半分が公園緑地課以外の関係部署職員だったように見受けられました。多摩中央公園を真ん中にして、エリア全体の活性化を考えていくことが求められますし、関係する部署の職員さんたちが参加するというのは良いことですね。参加された市民の方からは公園改修、その後の運営も担うこととなる民間事業者に対し、「行政の縦割りをつなぐ役割」を果たしてほしいと期待する声もあり、まさにそれ!と思いました。

こうした説明会に出席し、意見を出してくださる市民のみなさんの熱心さ、ありがたいと思います。それだけに、事業者の皆さんにも行政にも、人任せにせず、「住みよさ」「住み心地」をつくるため、「住みたいまち」にするために積極的に関わっていこうとする熱意や意欲をできるだけ受け止めてほしいですし、受け止めるだけでなく、きちんと生かしてほしい。「ただ、聞いただけに終わらせないでほしい」と思っていて、個人的には今回の公園改修工事をフォローしながら、市民に向き合う姿勢にも関心を寄せてきました。今日の説明会でも、少なくとも「意見を取り入れよう」と心がけ、努力しようとする雰囲気を感じていて、今回示された工事内容についても、以前の市民説明会で出された意見など、可能な限りで反映してあることが確認でき、ちょっと安心です。ちなみに市民意見に対するフィードバックについては、市の公式ホームページに掲載されています。

個人的にはエリア全体の「統一感」を大事にしたいと思っていて、パルテノン多摩、建設中の図書館、これから改修工事が入るグリーンライブセンターと新しくできるパークセンター、カフェなどの建物が「なんか、バラバラ…」「やっぱり、バランバラン」という印象を放つことのないよう、せめて、サイン計画などの工夫でつながっていくと良いなあと思っています。公園に限らずで、色、デザイン、かたちなど含め、まちの中にあるサインに着目をすると、縦割り行政がそのままになっているケースが散見され、「仕事の仕方」が露呈している場合も少なくありませんから。

それにしても、以前から話題の「クリエイティブ・キャンパス構想」はどう実現されていくのか。公園が舞台となるイメージで打ち出されたイメージというか、コンセプトなはずですが、それは公園内だけに留まらず、エリア全体にも広がっていくように捉えていたのですが。例えば、先行して改修工事を終えたパルテノン多摩はこの構想をどう受け止め理解し、取り組もうとしているのか?とかよくわからない。

まあ、それ以前に、そもそも多摩センター駅周辺はどんなエリアにしたいのか、コンセプトはあるのかしら。なかなか感じられず。「ハローキティにあえるまち」だからと、サンリオに協力していただき、キティちゃんのキャラクターを使用することができれば、それで良しではないはず。今季はイルミネーションについても、市民の方からいろいろご意見をいただきましたが、「美しさ」にもっとこだわることが求められるように思っています。「ただ、電飾されていればいいわけではない…」ってその通りなので。

いずれにせよ、「多摩中央公園を中心にまちが変わります」…がどうなっていくのかですね。私はどうしても「セントラルパーク」と言われると違和感があるのですが、直訳すれば、やっぱり「セントラルパーク」。ふさわしい場にしていきたいものです。

今日は月1回でお弁当づくり。包丁を使わず、できることだけで。やっと缶詰で指を切って治ったばかりなので、なるべく刃物は遠ざけたい気分。包丁を使わず、作業工程少なくて済むような料理しか作っていないので、こうした場に参加して、何もしていないのに、勝手に「お料理した気分」になってます。ここに参加すると、気持ちがリフレッシュするというか、とても楽しいひとときが得られるのでありがたい。

多摩市がめざす学校のかたち

教育委員会が主催の「教育支援フォーラム」があり、参加してきました。議員で参加していたのは私と白田さん。いずれYouTubeでも公開されるようですが、今後、全小中学校がコミュニティスクールとして何をめざし、何を考え、何に取り組んでいくべきなのか、事例発表で北諏訪小学校からの実践が報告され、その後、講演会が行われました。

コミュニティスクールについては、杉並区の和田中学校が全国に先駆けて取組み、もうずいぶん昔(という感覚ですが)、とても話題になりました。藤原和博さんが従来の公教育に一石を投じるような格好となり注目されましたが、その後、校長先生も変わってしばらくぶり‥‥の現在、どうなっているのでしょう。あの当時とは違って、マスコミなどで取り上げられることも少なくなり、私もそのうちフォローしなくなったなあと。

とはいえ、多摩市でもコミュニティスクールと言うか言わないかは別として、そしてまた、本格的にその仕組みを導入する以前から、少しずつ取り組まれていたことのように思っています。学校だけ、教職員だけではなく、地域人材を発掘し、子どもたちの学習、教育活動に参加してもらう。

むしろ、「地域の学校として」と強調されるようになったのは今の始まったことではなく、いまや当たり前のこと。当然のこととして、各学校とも「地域と学校との連携」を語っているかと思います。さらには大学や企業との連携も。

要するに、その目的とは子どもたちがより良く育っていく環境を整えていくこと、より充実させていくことにあるわけです。それは学習内容の面だけでなく、財政的な面でも…かもと思っています。特に企業連携と言うことで言えば、企業側も公教育との連携を模索しながら、次の時代のサービス開発をしていくイメージもあります…。

いずれにせよ、結果、どのようにより良い効果がもたらされ、子どもたちにとって良い変化や変容につながり、充実することができたのか、子どもたちにとっての豊かな環境が創出できたのかが大事であって、そこが検証されていく必要があります。個人的には検証が十分にはされているとは言い難いと思い当たることもあり、それについてはきちんと見ておきたいですね。特に企業連携のところについては、当初からきちんと目標を見定めて、達成できたかどうかを評価していかなければ、むしろ評価できる能力を持たなければ、単に利用されただけに終わってしまうこともありそうです。企業連携をするならば、その次、その先ときちんと、連携する側の「意図」を持つことが必要。

そして、また、やっぱり、コミュニティスクールを各学校に導入し、そこをどう活かしていくかが各学校ごと、その力量によるというか、まさにリーダーの経営力にも大きく左右されそうで、学校間格差がないようにフォローしていくところの市教委の体制、あるいはその力量もまた問われることになりそうです。各学校長任せ、校長頼みでやっていても、たぶん、全体の底上げはできていかないと思うので。これは、ESDとかユネスコスクールの話しとも同様で、多摩市の「公教育」の質を全体として向上させていく視点抜きには語れない点でしょう。

そのためには、市教委が学校をバックアップしてくれるような人材を発掘し、よい関係性を築いていくことも求められる。学校任せではダメなところに「地域人材発掘。地域人材登用」があると捉えています。多摩市内、本当にすばらしい方々がたくさんお住まいなので。人材バンク的なことも取り組みの一つに掲げられていた時期もあったやに記憶していますが(学校を支援するという以外にも)、その話ってどうなっているのかしら?

結局、コミュニティスクールは「地域が先生の仕事を肩代わりするわけでない。」というそもそも論を外さず、取組みを進めていくことが求められるのでしょうね。先生たちの負担が増えているから、地域の人材の参画してもらうという話しではない。ここをしっかりと軸に据えながら、かたちを整えていってほしいと思います。そのためには、やっぱり、地域の人たちが学校の経営、運営に参画し、「地域の学校なんだな」と心底そう思えることが必要。「自分たちにとっての学校」とも思える場づくりができると最高だなあと思うのです。いくつになっても、自分自身が成長しているなあ…という実感、手ごたえを得られることが喜びにつながるはず。要するに参画する地域住民にとっての「学び舎」になるような取組みができると、好循環が生まれるような気がしています。

すでに制度としてのコミュニティスクールを全校に導入した多摩市。それぞれ学校が根差している地域の良さを活かせるのかどうか、ここは学校もまた子どもや保護者だけを見るのではなく、今以上に、地域に目を向けていくことが求められるのかもしれませんね。現実的にはなかなかハードルが高そうですが。多摩市がめざす学校のかたち…ここに、もっともっと味方を増やしていく、応援団を増やしていく必要があることは間違いないでしょう。

見えづらい窮屈。

今週は一段と寒くなりそう。これも気候変動の影響なのかしら…とも思いますが、猛暑の夏と厳寒の冬…どちらにも身体がついていけない感じがしています。子どもたちを待ち受ける未来はこれが当たり前になるのかしら?

第14回ユネスコスクール全国大会、ESD研究大会で東寺方小学校が事例発表をすると聞いたのでオンラインにて視聴したのですが、市内全ての小学校でここまで充実した取り組みができているわけではないだろうなあ‥‥というのが感想でした。多摩市はわりと早い時期からESDに取組み、全小中学校とも「ユネスコスクール」になっているのですが、各学校がそれぞれに工夫しているとは言え、その内容を見比べてみると質的な違いがありそうで、東寺方小学校の取組みは、さすが全国大会で発表できるだけの内容になっているなあと感心してしまいました。今度、各小中学校のESDに関わる資料を集めてみようかなあ。何となく、各学校の取組みには温度差も感じていて、教員の力量というよりは、その熱意によりけりでものすごく子どもたちの学びが左右されていきそうに思っています。

そのことをすでに感知しているというか、認識している教育委員会では「多摩市子どもみらい会議」を開催していて、今年度も来週行われる予定になっていますが、参加校、発表校になることで、学校側の意識、モチベーションを高めたり、維持しようとしているのかなあとも捉えています。結局、ESDを進めるにあたっての教員の向き合い方こそ問われ、ある意味、単に子どもたちに指導し、教えるだけでなく、教員が自分自身も学び高め、あるいは深めていく努力が必要になりますし、子どもと一緒に「未来への問いをたてていく力」が求められるのだろうと‥‥そんな印象を持っています。先生の熱意が子どもに伝わる時、子どもが主体的に動いていく。子どもたちの好奇心がどんどん引き出されていく。東寺方小学校の実践を通じ、改めて、私も学んだ気がします。こうした授業の見学、してみたいです。

コロナで、学校公開など気軽に足を運べない状況で本当に残念。

ところで、ここ最近、話題になっている「ゆめパのじかん」の上映会があり、無理やり時間をこじ開け、見に行きました。たまたま、阿部市長も私用の帰りがけに同じ時間で鑑賞にいらっしゃるという偶然で…いつもとは違う普段着の市長に何となく、ホッとした感じ。たまにの休息があってこそ、また頑張れると思うので。しかし、私は金曜日、土曜日のパルテノン多摩大ホールのコンサートに引き続き、この場でもまた…と妙なめぐりあわせを感じてしまうわけです。それはさておき、上映後に感想を求められた市長が「あれがダメ、これがダメではなくて、あれもできる、これもできる」という場所をつくっていきたいという趣旨の意欲を述べられていたことには拍手。ぜひ、市長のその想いをカタチにしましょう!!!…って思いました。大人の管理下ではなく、子ども自身が自分の力で判断すること、子どもが自分でやらないとダメなんだということ…映画を通じて、改めてその大事さを感じたということですので、多摩市内でもぜひそうした場づくりのために力を注いでいただきたい!…心底そう願うばかり。

ゆめパ・・・オープンしてから20年の歳月を経て、今に至る川崎市子ども夢パーク。多摩市でも、一足飛びに「子ども夢パーク」とはいかないと思いますし、やっぱり時間をかけながら「場」の成長と発展があるのだと思っていますが、何というか、今でも十分に、同じような発想や考え方に基づいた取組みはできるような気がする。

とにかく、大人も窮屈さを感じる世の中や社会のしわ寄せが、全部、子どもたちの暮らし、子どもたちに向けられていく気がしてならず。ここ、何とかしたくて仕方がない。私は、コロナ禍でますます窮屈に窮屈になっている子どもたちを解放してあげられるような場が今こそ求められ、必要になっていると考えています。川崎市の子ども夢パークはキラキラして目に映りました。一方で、こうした場所が必要とされる理由、その本質的な部分を見落とすことなく、きちんと見ておきたいとも思っています。不登校の子どもたちが増えている現状などなど…子どもたちを取り巻く環境は見えない窮屈さで覆われ過ぎている…そこを見ずして、対処療法的に取り組んだところで、根本的な解決にはつながらない部分もありそうで。

今日もたまたま、子どもたちに関わるいろいろなことを情報交換しましたが、子どもたちが心底伸び伸びできる環境が足りなさすぎると思われ、そうした環境があれば、例えば、多摩市のESDももっともっと進化していくのかもしれないなあとか感じたのでした。先生たちも窮屈さに押し込められていそうだしな。

まちの歴史とともに。

たま女声コーラスの50周年記念演奏会があり、足を運んできました。会場はほぼ満員で出演された市民の方々のおつながりで、とても多くの方がいらしていました。「今日、はじめて、パルテノン多摩の改修後にホールに来た。」とおっしゃるかたもいて、内装がシックに変わっていて、驚かれていました。

まさに‥‥ニュータウンと共に発足したグループで、子ども、家族の成長やまちの発展とともに歩んできた合唱を通じたコミュニティとも言えますね。凄いなあと思って、そこに何よりの感慨深さを覚え、出演者の皆さんもその歴史とともに歳を重ねられているわけで、「平均年齢は70歳以上‥‥」とも伺いましたが、歌声の明るさ、透明感は平均年齢を感じさせず、とてもいいひとときに恵まれました。

新しいメンバーも募集…ということですが、平日の日中に練習となると、今の時代には難しさもあるなあと。若い世代はみんな平日はお仕事をしていて、こうしたサークルに入会して活動する余裕がないのが現状ではないかと感じています。

市民ギャラリーでは多摩クラフト協会の皆さんが「暮らしに寄り添うアート展」をされていて、そちらにも立ち寄りましたが、とても素敵なテーブルと椅子があり…「いいなあ。欲しいなあ!」と思いながら、しばし眺めておりました。値段がついていなかったので、展示のための作品なのでしょうね。素敵です。木工、やってみたいです。

たま女声コーラスの公演後、阿部市長も同じく…アート展をご覧になっていて、主催者の方からの説明を熱心に聞いておられました。私はそれを横目で見つつ、そーっと通り過ぎました。

多摩第三小学校の建替えに向け、基本構想を策定すべく地域懇談会が行われています。懇談会は昨年12月に1回目が行われまして、その時にはオンライン参加ができるというので、DXを体験するためにそちらで出席してみましたが、うまく音声が拾えない状態であったりと、やっぱり全然だめだなと思ったので、今回は直接、足を運びました。「地域懇談会」ということで、議員は見学者という位置づけで、懇談会の様子を傍聴することができました。次の予定があったので、途中退出したのですが、議論の様子を見ながら、雰囲気を共有できたことはよかったです。ナンバースクールで多摩市で3番目に開校した小学校でもあり、古くから地域にお住いの皆さんも参加されていて、学校に寄せられている「想い」を感じました。私が子どものときには「蜂の巣校舎」が珍しくて、小学校の授業でも話題になっていて、何かの時に、みんなで見に行ったような記憶もあるくらい。

今回の建替えで、第三小学校地域の学童クラブ不足問題の解消など、地域で抱える課題も解決できると良いのですが、将来をどの程度見通しつつ、最適化をしていくか‥‥この辺りは十分に議論していくべきかなと思っています。残念ながら、子どもたちの数は減っていく傾向もあり、それに合わせ、周辺地域の状況とも合わせた対応も求められるなと個人的には考えています。小学校も中学校も…いずれまた、統廃合の問題が浮上しますし、そこは避けて通れない課題になっていくはずなので。建替えをするということは、そこは将来にわたって「拠点」にはなっていく場所とも言えます。

地域で生きる人々のそれぞれの営み、暮らしが重なりあいながら、まちは成長し、そこに歴史を積んでいくもの。それって、当たり前のことなのですが、でも、やっぱり凄いことだなとも思います。この先に、どんな発展を見ることができるか、そのことを考えると、いろいろあっても暗い気持ちにはなっていられませんね。

平和への祈り。

夏に開催予定だったコンサート。出演者がコロナに感染し、半年延期されてようやく開催の運びに。企画をされた中島良史先生とのご縁をいただき、コンサートを開催されるまでのご苦労も垣間見ていたこともあり、何よりも無事に開かれてホッとしました。阿部市長も最初から最後まで、じっくりと鑑賞されていました。配布されたパンフレットには市長からのメッセージも掲載されていました。市外からも多くの方がいらしていたようで、こうした場に市長がおられることに驚かれ、そしてまた感心されるというのか、「多摩市は素晴らしいなあ」と。市長の在りようが、まちのPRにもつながるというのか、多摩市のイメージにもつながっていくものだなあと感じた次第です。大事なことだと思います。

コンサートはウクライナ、そしてまた、ウクライナの皆さんをいち早く支援をしてきたポーランドにゆかりのある楽曲が中心で、なかなか言語が理解できず…ではありましたが、現地で親しまれ愛されている歌、また、作曲家の音楽が演奏され、「平和への祈り」を感じさせる落ち着いた静かな作品が中心でした。

「音楽の力は、人種、民族、宗教、国家を超えて平和のためにある」

とパンフレットに書いてあるとおりのことで、演奏された楽曲は華やかとは少し距離を置き、落ち着き、穏やかな気持ちになれるようなものばかりでした。「争っている場合ではないなあ」とふと感じさせるような気持ちになれるような感じですね。トゲトゲしていたり、ガサガサしているような日常を忘れられるというのか…。

多くの方に協力を仰ぎ、関係機関との連絡調整など…中島先生がほぼお一人でやっておられ、そのエネルギーは並々ならぬもの。「多摩市ももっとこうしたことに力を入れて、発信をしてほしい」と何度も熱を込めて語っておられまして、私もお話を伺うたびに、「利益ではない」と割り切って赤字覚悟でコンサートをやりぬくその熱意には圧倒されるばかりでした。

ですので、夏にコンサートが中止になった時には、その後どうなるものかと心配になっていましたが、とにかく開催できたことがうれしく、むしろ市外から多くの方がパルテノン多摩に足を運んでくださったのだと思うと、そのことにも感謝しかありません。

しかし、その割には…と言いますか、省エネ意識なのかしら?…多摩センターの駅からイルミネーションがきらきらする通りを歩いてパルテノン多摩が見えてくると…とにかく「真っ暗」。一緒にコンサートに行った友人が「ちょっと、暗すぎるよね。」と言っていた通りに、本当に暗くて「おもてなし感ナシ」。コンサートホールとかって、もっと明るくて、ウエルカムであってほしい気もしますが‥‥本当にひっそりとしすぎていて、逆に怖い。

そしてまた、エントランス横の掲示板はもちろん主催事業のポスターしか掲示されていないとはいえ、ここにも灯一つない感じで真っ暗。「これ、ちょっとね…」と苦笑いするしかなかったのでした。

パルテノン多摩は特別な場所であって、特別な場所ではないというか…「市民を遠ざけない施設」になるはずだったのが、やっぱり敷居が高く、「第三の居場所」にはなりきれないのか…と思うと、「あの改修費用はなんだったのか。」とかいろんな想いが複雑に脳内をめぐるのですが、まあ、まだまだこれからに期待と言うことなのか?!

やはり、パルテノン多摩をどんな場所にしていきたいか。そこにある強いイメージと、それをカタチにしていく力と、リーダーシップ。問われそうですね。