街灯の明るさ、暗さ。

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会派の打合せが思ったよりも早く終りわり、次の予定まで、時間が急遽、ママ友とすき間時間でカフエタイム。この1時間ちょっとの時間がとっても大切・・・と思った一日でした。話題はつきず…あっという間に終わる。「しゃべり足りない」。

さて、今・・・近所では鋭意歩道の工事が進んでいるのですが、子どもたちからの一言・・・「ここって、夜は灯りの色が変わるかな?」と。夕方暗くなって、照明がつくと「まるで、千と千尋の神隠しみたいで怖い」ということ。オレンジ色の照明は不気味なんだそう。確かにそうかもと思ったので、明日にでも照明の色がどうなるのか確認してみなくては。照明が明るくない上に、歩道沿いの草木が育ち過ぎているところなどは、心細くなりますね。あの草むらの向こうに何かいるんじゃないか・・・という気分になるのは子どもも大人=特に女子も同じことかもしれません。

先月は議会の活動で忙しく、しわ寄せがどっと押し寄せております。明日は市議会レポートの印刷をします。印刷をして、配布して・・・・スポーツの秋ですから♪

すでに10月も中旬に近づく。

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今月の予定は・・・と思っている間に、連休が過ぎ去り・・・・もう10月も中旬ですね。同じ会派の遠藤ちひろさん、藤條たかゆきさんと一緒に打合せ。若手市議の会で活動している遠藤さんの企画やら、その他、若い世代とつながっていくため等などの知恵を寄せ合う・・・・。その後、諸々野暮用を済ませてから、今度は藤條さんと一緒に聖ヶ丘地域の方々と意見交換をさせていただいたり、終わってからも、問い合わせに対応していたら、結局・・・じっくり勉強したいとか、もう少し調べることをしたいとか、次の定例会に向けた準備をしようとか・・・そんなこと全くできずに終了。

市議会議員はどのくらい活動しているのか?とか忙しいのか?とか尋ねられることが多くて、確かに家にじっとしているわけではなく、あちこち足を運んでいるなとか、人に会っているなとか・・・・忙しいことは忙しいなと思いつつ・・・自分の中に蓄積されているものを何となく実感できないと振り返る・・・・。「忙しい」というのは、りっしんべん=心+亡くすという意味なので、つまりは「心を亡くす」という状態。そういえば、連休も休むつもりがそんなに休んだ気分になれたようななれなかったような。

そんなことで、明日は久しぶりにカラオケサークルに出席できるので、今月末の楽唱祭に向けて・・・久々に練習をしなければ♪・・・これは私の中では議員活動と言う位置づけではないです。

まちとしょテラソ@小布施町へ!

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ずいぶん前から行きたいと思っていた長野県は小布施町立図書館「まちとしょテラソ」へ。今年は全国都市問題会議が長野市で開催されたので、せっかくの機会を活用して、会派のメンバーと一緒に伺い、2代目の関館長より示唆に富んだお話を聞いてまいりました。市民と共につくる図書館を体現したようなプロセスを経て完成した図書館。

何と言っても、入口のそばに館長席が配置されていることは有名な話ですが、これも、当初建築家の提案した設計内容の見直しを町民が要望した結果なのだそう。多摩市ではあり得ない感じですね。多摩市の場合だと「あーでもない」「こーでもない」と・・・やれない理由を並べ立てられて、終わってしまいそう。市民の声はできるだけ受け止めて、市政に反映させていきたい・・・という姿勢は多摩市にもないことはないとは言え、あまりにも斬新なアイデアすぎて「風土に合わない」とか言われそう。

関館長さん曰く、「まあ、いろいろありますけれど、クレームの処理ももちろんしますしとのこと」・・・でも、「顔が見える図書館になっている」という実感をお持ちのようでした。大事なことですね。来館者にとっては貸出カウンターがあればいいわけで、そこに正規職員がいるかいないかとか、民間業者の社員さんがいるかいないかとか・・・問うことは少ないのだと思います。でも、運営する側には来館者と最も身近に接する貸出カウンターは業務上も不可欠で、日々の業務の中から市民のニーズをくみ取るためには重要なポジションになる・・・と指摘されることに相通ずるご意見です。人件費、コスト削減の視点は欠かせないわけですが、、「民間でできることは民間で」とする考え方をどの業務にどう当てはめていくのか、それによって行政が担うべき業務内容が質的にどう変化するのか・・・このあたり、きちんと議論すべきなのでしょう。民間の事業者も図書館運営などでは一定のノウハウは蓄積されているけれど、地域ごとの個別事情や課題に対応する図書館をつくるとの視点から考えれば、担い手をどうするかは考えどころだとのご意見も伺いました。

お店で言えば、大手のチェーン店レストランかそれとも地域地元密着の食堂なのか・・・簡単に言えば、違いのイメージはそんな感じなのかもしれません。これからの地域づくりは「顔が見える」がますますキーワードになっていくはず。このあたりを私たち市民もどう考え、そしてどうつくっていくかが問われます。コスト削減だけで判断できない要素が今一度問われているのかなあとも。

ちなみに小布施町の図書館・・・年間運営には約3600万円、資料費は300万円とのこと。開館当初の半分程度にまで減らされているというのが悩みだと。いろいろご事情はあるようですね。館長は任期付職員として登用されていて、館長以下7名の職員さんはみなさんいわゆる非正規雇用の臨時、パート職員さんたち。7人のうち、2名が司書資格を有していて、選書などはそのお二方がなさっているとのこと。「えっ!」と思ってお尋ねしたところ、運営のための職員のシフト計画などを組むのは館長さん。町役場で言えば「係長級」相当の立場だとおっしゃっていましたが、関館長は小布施町ご出身ということで、地元のためにひと肌脱いで・・・という感じで業務をこなされている様子でした。

そうそう、小布施町には書店が1つもないとのこと。いわゆる「貸し本屋に成り下がる図書館」とする批判も受け止めて、選書も進めていかねばならず、選書にはかなりのご苦労があるようでした。

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空間の居心地が最高・・・でも、一般的な図書館からすれば広さに比較して、蔵書が少ないのだとか。しかし、採光が優先されていて、明るいため、窓側などにある書棚は低く・・・蔵書を充実すれば置き場所が課題になりそう。

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そして、約2時間ほど滞在し、最後は元々図書館があった町庁舎3階の跡地に開設した公文書館も見せていただきました。ついでに、町議会の議場も見せていただきました。

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その後・・・・小布施町で取組んでいる「まちじゅう図書館」との取組み。館長さんおすすめの「くつろぎサロン」へ。

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私物の本がずらり!・・・開放されています。もともと、古くは商売を営んでいたそうですが、長年倉庫になっていた場所を改築。すてきな書棚はかつて商品の陳列棚だったものを活用しています。せっかくなので、機会あったらぜひ足を運んでいただきたい場所でもあり、私もまた訪れたい場所。歴史ある家具などが他にもそっと置かれていて、わくわくして居心地良いサロンでした。サロンを主宰している方は退職を機に小布施に戻られ、町のよびかけもあって、こうした場を開設したのだと伺いました。素敵な空間で、学校帰りの中学生が宿題などを持ち、遊びに来たり・・・・という居場所にもなっているそうです。

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さて、これをどう多摩市の図書館行政に活かしていけるか?・・・・考えるわけですが、

 多摩市立図書館は、持続可能な社会を目指し、すべての市民が必要とする資料や情報を得ることを支援します。そして、いつでも、どこでも、だれでも気軽に利用できる図書館サービスの実現のため、地域や他機関と協力し、市民のみなさんと一緒に、積極的な図書館活動を推進します

 というのが基本方針なら、やっぱり、もっと市民を巻き込んで一緒になって図書館の運営計画を作っていく必要がありそうだということ。小布施町の2代目の図書館長さんは「町民と一緒につくってきた教育委員会の人たちには頭が下がる。」っておっしゃっていたけれど、一緒にやるということは苦労の連続で、大変なことですが、でも、だからこそ、その後の図書館運営につながってくる部分がたくさんあるのではないかと。実際に、小布施町でも「自然発生的」に図書館の運営を支えてくれる方々がいらっしゃるそうですよ!行政がお願いしなくても、お願いされなくても・・・「自然発生的に!」・・・ここ、最大のポイントです。

充実した内容で小布施町に足を運んでまいりましたが、次回は・・・・もう少し、秋の紅葉やスイーツを楽しむために行きたいですね。プライベートで♪

 

 

学級会…授業見学@瓜生小学校

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たまたま・・・というか、ご縁もあって・・・というか、瓜生小学校の校長先生よりお声かけをいただき、「校内研究」に参加をさせていただきました。瓜生小学校は校内研究の主題が「特別活動」。そしてまた、本日の授業は「学級会」・・・学級会の授業参観と言うか、見学と言うのは滅多にできないし、今までも見学をしたことはなく、実は他の予定にごめんなさいをして、3年1組におじゃましてまいりました。

学級会の授業風景は、私が子どもの頃とは様変わり。もちろん、他の授業についても同様だと思いますが、自分自身が受けていた時の授業風景とは異なりますね。わかりやすい板書の工夫をはじめ、特別支援教育も意識した先生の言葉遣い、教室の掲示ひとつとっても、昔々一昔以上前とは格段の差を感じます。今日の授業も同様です。いろんな評価もされ、批判もあるとは思いますが、でも、やっぱり私は日本の教育、積み上げてきているモノはあると考えています。指導の工夫も日進月歩と感じます。

私は教育のプロというわけではなく、議員活動を通じて、学びを得ていることが多いのですが、本日も講師として授業の講評にいらしてくださった文部科学省初等中等教育局の安部恭子先生から、「特別活動」の大切さとともに、実際に私が見学した3年1組の授業について、よりよく内容を展開していくための工夫、指摘などのお話も伺うことができ、ちょっぴり物知りになった気分です。それにしても、多摩市がめざす「2050年の大人づくり」は、文部科学省が目指している「2030年の社会と子どもたちの未来」を見据えた学習をはるかに超えた次元にあることも知ったため、何だか気が遠くもなりました。考えようによっては、多摩市が取り組みはスケールが大きく、それだけ意欲的とも言えたりして・・・?!

そんなことで、私がつくづく感じたことは、「先生たち頑張ってる!」ってことです。この一言に集約されるわけで、もっともっとこのような校内研究の場を議員にも開いてもらいたいなと。実際のところ、プロではない議員が現場を熟知しないまま、頓珍漢とも言えるような発言をしている場合もあるかもしれない・・・自戒を込めて・・・こうした研究授業の場を先生方と共有し、そしてまた、今日は先生方と意見交換する時間はありませんでしたが、ここに先生方と実際に意見交流するような場があると、私たち議員にとっては本当に有意義で価値があることを痛感させられました。安易に現場を批判してはいけない・・・とも感じさせられるのは、とかく瓜生小学校の先生たち、比較的というよりか私よりも若い先生が多いとお見受けしたのですが、若いだけにとても柔軟で、それこそ、自分の授業力を磨こうとする意欲、成長したいという意気込みを共有できたから。こうした授業研究などの場に取組む先生たちの姿に何だか頭も下がりました。

 

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色別短冊のカードには授業の感想が綴られています。ピンクは「よかったところ」、水色は「改善点」、黄色は「質問、疑問」ということで、授業を見学した先生たちが書き出ししたものです。

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先生たちそれぞれが出し合った自分の意見をもとにした発言をしていきます。限られた時間の中ですが、先生たちが共に学びあっていく様子・・・そんな時間を共有させていただきました。

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最後は、安部恭子先生からの講評など。「特別活動の充実」は・・・実は子どもたちの学習意欲を高めていくためにも大事なことで・・・・特別活動が上手に展開されているところは学力も低くはない・・・・という、まさに特別活動と学力とは切っても切り離せない関係にあることが強調されていました。また、3年1組の授業というよりは、授業中の子どもたちの姿から感じた「学級経営」に工夫をされている先生にねぎらいの言葉も。先生たちは今日を経て、さらに授業を発展させるべく、努力を積み重ねていくことでしょうね。

学校がチームになっていくこと。不可欠だと考えています。そんな観点で瓜生小学校を捉えてみると、校長先生副校長先生を中心にしながら、「チーム瓜生」ができているようにも感じた次第。先生たちが「チーム」になっていれば、学校全体の雰囲気は活気があるというか、とてもいい雰囲気が漂う気もしました。

 

そんなことで、本日は学び多き一日となりました。午前中は特別支援教育についての懇談会にも同席させていただき、なかなか行き届いていないというか、かゆいところに手が届くような取組みにはなっていない現況も認識することができたり・・・・。さて、この学びをどうやって市政の発展に還元していくのか・・・・ここから問われるのはナケナシの私の力量・・・・エライコッチャ!って感じです。

 

明日から、毎年参加している全国都市問題会議へ。長野まで行ってまいります!

伐採するかしないか・・・

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永山駅から、諏訪2丁目、馬引沢、聖ヶ丘方向に向かう歩道の改修工事が始まっています。ちょうど写真のところには大木があったのですが・・・・伐採されてしまい・・・「残念」という声と、「見通しがよくなって良かった」という声と。私はどちらかというと後者。暗い夜道を歩くときには防犯上あまりよろしくないなと思っていたため。木を伐採するということには、本当にさまざまなご意見があるものですね。同じように街路樹の剪定についても、伐採してほしいという声もあれば、伐採しないでほしいとする声もある・・・むやみやたらに剪定したり伐採しているわけではなく、全てが「市の財産=市民の財産」でもあるため、行政は結構慎重に作業を進めたいと考えているとは思います。

そんなわけで、現在進行中の歩道工事でも、この場所以外にも大木が伐採されている箇所が散見されていて、「こんなに切っちゃうの?」という声や、「多摩市は自然に冷たい」的なご意見も伺ったのですが、担当者曰く・・・「今回の工事では、全体の1割ほど切らせていただいている。全部でだいたい40本ほどです。」とのことで、これが多いか少ないかは受け止める人の考えによって、さまざまなものの・・・つまりは全体では約400本近い木があったという方が私にとっては驚きなことだったりで、「みどり豊かな多摩市」を説明する事例の一つになりそうだと個人的には思うものです。

育ち過ぎた木々。街路樹にも「健全度」という表現をあてはめ、調査することもあるようですね。多摩市の場合には「街路樹よくなるプラン」がありますが、これまた賛否両論。このプランは街路樹の剪定他費用のねん出が厳しくなっていることから、単に木の本数を減らせばいいとする計画ではないか?とする批判もありますね。街路を良好な環境に保っていくための樹木・・・いろいろな役割を果たしているわけですが、多様な価値観のぶつかり合いの中で行政もかなり苦労しながら、安全確保や整備維持を図っているのは事実です。

いずれにせよ、市民の財産をむやみやたらと処分しようと殺生しているわけではないことは理解してもらいたいと思い、お尋ねいただいた方には不十分かもしれませんが、説明をしているところ。「いろいろあるんですね・・・」と言われることも多く、私も・・・「そうなんです。いろいろあるんです。」という何とも言えない返答をしております・・・・。意見って「一つではない」ことを、市民の方と共有することも大切ですね。木の伐採のことに限らず、どんな課題においても・・・意見は多様にあるわけで、どの意見もどの主張も’間違ってはいない’ことを前提にいかに話し合いを進めるかがますます重要になっていると感じます。

 

今日は首都大学の学生さんからインタビューを受け、その後、長年来の知人と会って夕方近くまで話し込み、それから、いくつか市民からの問い合わせにお返事して・・・・とそんな一日。定例会が終わり、青空秋晴れに心も軽く・・・・。

定例会がようやく終わる。

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長丁場の定例会がようやく終わりました。すべての議案が可決しました。ほぼ全会一致にて。

シルバーウィークを挟み、休日が多かった分長く感じられるのかもしれませんが、開会した9月1日は・・・既に記憶のかなたです。今回の定例会にタイトルをつけるとしたら、私の中では「文化財悲喜交々」という感じで。子ども教育常任委員会のメンバーで見学に行ったパルテノン多摩収蔵庫の写真を見るたびに・・・・これら、全て一つ一つ文化財としての価値があるとの説明にド素人の私は返す言葉なし・・・・ということで。しかし、せっかくなので、写真を改めて掲載してみますが、私の眼からはどう見ても「違うもの」という判断ができないものばかり。

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さて、これらをどうするのか?パルテノン多摩収蔵庫に保管してあるものは全て状態の良いもの。その他、学校施設などにまだまだ保管されているもの・・・・五右衛門風呂級の大きな樽などあるらしい(私は見ていないのですが)・・・古民家についても、復元待ちで組み立てない状態のものが大切に大切に保管されているらしい・・・・文化財は大切なもの、「ふーん」と感心する一方で、「これ、一体どうしたらいいの?」という複雑な気持ちが行ったり来たり。文化財保護審議会という格式高い協議の場があり、その道、その筋では大家のみなさまが議論をしてくださっているのですが、その格調高い議論を理解することに知識がなさすぎる自分を感じたりして。

今後の大きな課題です。市民活動の拠点も合わせて、文化財収蔵展示場所を旧北貝取小学校につくるとの方針も、本当に既定路線で走っていくことが市民にとって「良し」と判断できることなのかどうか。中長期的に見たときにどうすべきなのか。もっと財政的な現状などつまびらかにしていかねば、議会も市民も議論ができていかないように感じます。「よりわかりやすく」市民に伝えていこうとする努力・・・・はっきり言って、多摩市は周辺自治体に比べたらとても努力を重ねてきていると思います。お世辞ではなく・・・職員さん、結構工夫をしたり、頑張ったり・・・しています。でも、それでもまだまだ不十分なのは、未だに紙ベースの昔ながらの状態でしかデータが保存されておらず、一つ一つデータを拾い上げていく作業からしていかなければならないから。一見、市民には還元されないサービスと言うか、データ入力と保存保管みたいな地道な作業に、集中的に税金を使うことをしてこなかった証ですね。決して行政だけを責めるわけでなく、ともに責任があるとも感じますが、市民ニーズとしても他を優先してきた結果とも言えます。多摩市のみならず、周辺他市も同じような状態にあるわけですが。

そんなこんなで様々・・・決して課題は少なくない多摩市ですが、財政指標諸々含めて、概ね堅調な財政運営であることは確か。「今だけを見れば」という修飾語付きなのかもしれない・・というより、修飾語を付さねばならないと思っています。時代環境の変化に組織がどう弾力性を持ち対応していけるのか。意思決定はなかなか時間がかかるわけですが、しかし、「既定路線」であっても、改めて再考する必要があることも多いはず。小中学校の大規模改修についても概ね1校あたり5億円程度・・・・となっているものが、倍近くとは言いませんが、ほぼ倍近くはかかっていくような状態・・・・ここひとつ考えても状況は変わっているわけです。目の前のことだけに捉われるのではなく、先のことをどこまで考えて判断するのか・・・最も問われるのは市長であり、議員だなとつくづく感じるのでした。

本会議終了で、一区切り。また明日から・・・・次の定例会をめざした活動のスタートです。

組体操の感動。

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組体操のピラミッドが崩壊して、生徒たちが重軽傷を負ったと話題になっていますね。先日、小学校の運動会でも高学年5、6年生合同の組体操がありました。そういえば、私もやったな・・・・「下の方だったな」と思い出していましたが、これ、本当に怖い。下にいても怖いけれど、一番てっぺんで立たされる子ども・・・足がガクガクしているんだろうなあ・・・と。私は「一番上でなくて良かった。」と思っていた記憶があります。

全員で揃って演技する。確かに腕を交叉してウェーブ(波)とか、きれいです。揃いの動作が決まると感激しますし。とは言え、娘が他人を担いだりして、、、、落としやしないかと本当に冷や冷やしながら、演技成功すればホッとしての繰り返しで私は一連の演技を見ておりました。最近、学校のリスクに関連して内田良さんの「教育という病-子どもと先生を苦しめる「教育リスク」を読んでいたので、とにもかくにも、無事に終わってほしいと祈るような気持ちだったわけです。

ですので、今回の組体操ピラミッド崩壊について・・・報道によれば、本番まで一度も成功したことがなかったともされていて、「恐ろしい!」と思いました。大阪市では「ピラミッド5段以上禁止」になったそうですが、それもそれだなあ・・・と。一律にそんな規制をかけても意味がないように感じてしまうのですね。5段であっても危ないことは危ないでしょうし・・・・・。結局、先生たちが「我が学年、我が校の児童生徒」についてどう見極めているのか?という点を問題にしてほしいとも感ずるのです。こういう崩壊事故があると、それこそ、一斉に禁止令がしかれそうな恐れもありますし、「もう、組体操やらない。」になってしまいそうな気もします。あまりにも極端と言うか、何と言うか・・・・。

うちの娘は「もともとの予定」があってもやりながら違う風に変わる・・・と言っていました。本当はやる予定だったことが、やっぱり危ないからやめた・・・になったということですね。要するに、「理想の演技」はあったとしても、先生の思い描くような演出通りにはいかないというか、プラン通りにはいかない。子どもの力量に応じたプランに微修正、調整をかけるということになるでしょう。修正修正かけながら、「気合い」とか「気力」では何ともならない、どうにもいかないところがあるかどうかをきちんと分析し、本番につなげていくことで崩壊は防止できる可能性はあるように思うのですね。先生の指導力とか、子どもたちを捉える力にも関わってくる感じがするのです。先生たちが根性論的な精神論に走っていくだけになれば、子どもたちが犠牲になるのは当然のことでしょう・・・・。そうなると崩壊危険度が高まることは容易に想像できます。

そもそも、現代の子どもたちはこうした組体操に耐えうる「身体づくり」ができているのか?から考えてみても、何となく不安ですよね。体格だけを比べてみれば、昔の子どもたちよりも大きくてスタイルが良い子どもたちも増えていますけれど、でも「どっしり感」に欠ける分、こうした組体操的な演技、しかもピラミッドのようなものに短期間で取組んでいくことにまず無理があるのかも。あまりにもにわか仕立て過ぎて。「野生児」というか、野原を走り回るとか、木登りをしまくるとか・・・・私の子ども時代にもなかったことですが、今はますますないのでは?と思ったりすると、昔ながらの組体操をそのまま踏襲するのは当然ながらムリ!

観客の期待はあったにせよ、その期待にどう応えるか・・・そりゃ、大きいピラミッドが完成した瞬間には感慨深いというか、感動を覚えるわけですが、個人的にも、今年の運動会では、「早く、終わって。無事終わって。」・・・・の気持ちが先立ち、感動し損ねた感もあったひとときでした。組体操・・・今後、どうなっていくのでしょうね。「だから、やめる。」ではあまりにも思考停止すぎる気もします。

ちなみに、ピラミッドなどタワー的なものをつくるときには、全教職員総出で見守るという感じでした。きっとそのくらい、先生たちも「冷っ」としているし、ドキドキしている証。感動と引き換えのリスク。リスクがある分感動も大きい。どちらをどう選ぶのか?・・・大事なことは安全確保。そして、子どもたちが一生懸命演じ切れる内容になっているということ。ちょっとハードル高いところに挑戦することは重要なことですから。

 

難しいですね。観客としての期待もほどほどに・・・。例えピラミッドが2段、3段であったとしても先生も子どもたちも一生懸命やっている姿があれば、それでいいのではないかなあと私は思います。