臨場感…は大事。

実に2年ぶりだと思う…多摩市聴覚障害者協会の定期総会に出席。コロナ禍で軒並み…こうした行事への出席の機会が無くなっていた分、あまりにも新鮮なひとときでもありました。総会の議事も途中まで聞かせていただき、手話の読み取りがあまりにも難しいことや、せっかく学んでいた手話も…残念ながら、中断していて…随分忘れているなあということも実感。学び直しが必要なことも痛感しつつ…そして、何よりも確信したことは「やっぱり、臨場感だな!」ってことです。それに、マスクで表情が隠れていることって、全くよろしくない…ということも同時に感じてしまいました。

特に手話には、顔の表情はもちろんのこと、身体全体を使った表現が欠かせない。心のひだ…ここを豊かな表現にしていくため、感情を表すことが必要で、マスクは聴覚に障害のあるみなさんにとってはコミュニケーションの壁になる。マスクによって「遮断」を感じざるを得ないのではないかなあと思うものです。

聴覚障害者協会の総会にはいつも市長、議長、国会議員、都議会議員、また議員にも案内状が届き、挨拶の機会もいただくのですが、阿部市長がフルで手話を使いながら、挨拶をされていて…会場はかなり盛り上がりました。市長の手話は私も理解できました。「ん?」というところも…ちゃんと理解できたのもポイント。手話を習得するのは本当に難しいのですけれど、市長もこの挨拶に備えて、だいぶ練習されたのではないか?と思われます。ちなみに、橋本由美子副議長も手話を使っておられましたし、いつも議会でミニ手話講座をしてくださっている公明党の池田けい子議員はスラスラ手話で挨拶をされていて…素敵でした。

ところで、市長の公約には「手話言語条例」が掲げられていましたので、さっそく取り組みが始まることと思います。もう4年ほど前になるなあ…議会でも「手話言語条例」の制定にチャレンジしたものの、途中から、手話以外のコミュニケーションにも目を向けた内容にしていこうと視点を広げ過ぎて、うまくまとまらなかったことを思い出します。それもまた良き思い出というか、一つの経験になっていることも久しぶりに振り返る時間となりましたが、いずれにせよ、「手話言語条例の制定」が、市長公約になったのでホッとしています。なぜなら、実は、私の選挙公約にも掲げていた事項のため。今回の市長選挙を経て、制定の道筋が開けたことに喜んでおります。総会の市長の挨拶でも「手話言語条例の制定に向けて一緒に取り組んでいきたい」との趣旨が述べられ、会場内には期待感が広がり、膨らんだ気もします。

この雰囲気…会場にある期待感…これを空気として共有できることは幸せ。「臨場感!!」と思った次第です。

私は聴覚障害者協会の大石会長のあいさつでウクライナでの戦争問題にも言及があったことが印象的でした。そして、「聞こえる、聞こえないに関係がなく、みんなが平等に生きていけるような社会に」とおっしゃっていたことが心に深く響きました。やっぱり、再度、手話の習得にチャレンジせねばと思っております。実は、もう一度、市の講習会を受講しようと考え、コロナ禍で授業が中止になってしまい、中途半端に終わってしまった「中級講座」に申し込んだのですけれど…。何と残念なことに、一応、修了証書をいただいていたために受講不可という連絡が。かなりガーンとなって、モチベーションが下がっておりまして。確かに…授業が中止のまま、修了式も開催されずに修了証書だけが手元に届いていたのです。けれど、最後、尻切れトンボで終わってしまって、すっきりした気持ちで「上級」を受講しようという気持ちにもなれない…まだそのレベルに達していないことを自覚しているからなのですが、このまま「上級」に上がるわけにはいかない…という気持ちを抱えて、「中級講座の受講不可」を聞いた途端、気持ちがどよーんとしておりまして。より多くの人に受講機会を広げるために「修了」しているので再受講はできないんです…ということも理解できないわけではないのですが、とても残念。数年のブランクがある場合などは、再受講する機会があっても良さそうな気はするのですが。どうなんだろう?

今年も掘りたての筍のお裾分けが届きました。いつもは水煮まで完了したものをいただくのですが、今回は「糠」もつけていただいて、自分で最初から調理。たくさんの蕗もいただいたので、こちらも頑張って「季節の香り」を楽しまなければと下処理をしました。いつもの時短調理では通用しないため、ものすごい料理した気分になれた週末でした。蕗も筍のそばにつけてみました。やっぱり、シンプルな味付けが一番。

やっと市議会レポートも完成して、入稿できましたので、来月から配布しようと思っています。来週27日には臨時議会が開催され、議長が選出される運びです。