北風が冷たい週末でした。

2月最後の週末を迎え、一般質問の準備をしつつ、並行して、やっておかねばならない事務作業がはっきり言って…てんこ盛りのようになっていて、結構大変だ!…という心境に陥っています。

乞田商店会のみなさまが3年ぶりに開催された「河津桜を観る会」があり、足を運んできました。北風とても冷たく…桜の開花ももう少しかなあという感じでしたが、コロナ禍で「会する」ことを自粛し続けて迎えた集まりでもあり、それだけでありがたいというのか、「集まることが大切」という意味を実感するようなひとときでした。

こうした集まりも開催するためには準備をするところから始まるわけですが、これからも継続していくためには担い手が必要になっていて、地域全体の高齢化を意識せざるを得ないという実情も伺うこともでき、人材不足や活動の継承など…担い手問題は切実であることを感じさせられたのでした。一方、こうした場に地元の消防団のみなさんも参加されていたのはうれしいこと。ここでの交流を通じ、「顔をつなぐ」ことを大事にしたいと考える主催された地域の方々の想いを感じます。休日返上で地域の行事等に参加するというのは楽ではなく、やはり責任が伴うこと。ですから、同世代で消防団に関わる、あるいは自治会などの活動に携わることがハードル高いことといえます。私のマンションでも若い世代にも参加してもらえるように…ということが常に話題に上りますが、とにかく、子育てをしている皆さんをはじめ、「忙しい」という状態は言わなくてもわかる…という社会全体の状況であり、空気感だと思います。何か地域の「お役」を引き受ける覚悟というのはその家族を含めてになるので、なおさらです。

ところで、子どもたち向けのパフォーマンス?というのか、児童劇団などのみなさんが毎年開催しているという「ふれあいこどもまつり」が行われていて、ご縁があってそちらに足を突っ込んでおりまして、日野市民会館に行ってきました。他市のホールに来ますと、ついつい我が多摩市のパルテノン多摩などと比較をしてしまいますが、日野市よりも少ない人口でパルテノン多摩のある多摩市って…と。一見、近隣市から見れば「すごいね」となるのも理解ができるのですが、いろんな意味で「つりあい」を考えておきたいと思わずにはいられないのでした。「分相応」ということかも。ついに今年は…中央図書館も開館するということで阿部市長は「未来への投資」と話していますが、その結果…は保障されているものではありません。これからが問われることを感じると、その責任の重さを感じずにはいられません。パルテノン多摩の大規模改修、中央図書館の建設…必要な対応をしてきたという側面は否定しないまでも、しかし、その後につながる運営のこと、今後、長期にわたって必要となっていくランニングコストのこと…それがいつの日か市政運営の負担になっていくことはないのか…今でも目に見えていること、課題はあるはずです。「その時はその時に考えたらいい」では済まないのではないか?…って私は思うのですが、違うのかなあ。

話しを戻し、「ふれあいこどもまつり」と言いますが、やはり少子化の影響もあるのか子どもの参加は少ない気がしてなりませんし、これからも先細りになっていくのかなという雰囲気もあり、時代のニーズに合ったパフォーマンスとは何か?みたいなことも同時に考えさせられた次第です。「子どもたちのために」という想いで始めた活動も時間の経過とともに「子どもたちのために」の色合いが希薄になることもありますね。大人の価値観を単に子どもたちに押し付けているだけのものになっていないか…などなど、「子どもたちのために」活動は常に、やる側の人間の在り方が問われるような気がいています。ちょうど先週、パルテノン多摩では「ぽこぽこフェスタ」が開催されて、いつもどおりに盛況のうちに終わったと伺ってますが、「子どもたちが自ら参加したい!」と思えるような場づくりができるかどうか…これは主催者の在りように大きく関わっている気がしています。盛況に終わることができた「ぽこぽこフェスタ」にはやっぱり理由があると思う。

卒業式シーズンなども近づいてきたので、いろいろお店を見ていると「ありがとう」グッズに溢れているなあと。「ありがとう」ってやっぱりいい言葉。いろんなことがあっても、全ての経験を「ありがとう」って言えたり、思えるような心持ちでいたいですね。そうすると毎日の苦痛も吹き飛ぶ感じがします。週明けからは、3月1日からの定例会に向けて活動スイッチ切り替えます。北風の冷たさに、叱咤激励されている気分な週末でした。家に閉じこもってはいられない…という意味で。