オンラインだけで済ますことはやっぱり難しい。

オンラインでやると会議などが効率的になる…とも言われますが、やはり、すべて「デジタル情報」ということでは、参加している人の発言の温度感のようなものは伝わりにくく、得意ではないというか、あまり好きではないなあと思います。

今日は対面で直接、情報や意見交換をし、それから、オンラインでも情報交換などを行い、それからまた、対面…オンライン…でしたが、オンラインでのやりとりは、一度でも出会ったことのある人かどうかでも、随分と自分自身の「安心感」が違うものだなあと実感します。

オンラインでは、情報量が圧倒的に少なくなるといわれます。その分、効率的になるとも言えますし、場合によっては「知らない人どうし」でわりと安心安全なコミュニティで議論する場合などは、「言いたいことが言いやすくなる」という意見もあるようです。

それにしても…とあることで、今更ながら気がつきましたが…。なんと記憶力が退化しているのか!昔とは異なって、覚えておかなければならない連絡先の番号というのもいくつもあるわけで、もちろん、それは覚えきれないものの、せめて家族の連絡先くらいは…と思っていたものの、それすら頭には入っていない。かろうじて自分の携帯電話の番号はちゃんと記憶の箱に定着しているのに、他の家族の携帯電話の番号はすっかり覚えようともしていなかったことに少々反省しております。文明の利器を手にするということで一方で知らず知らず手放してきた能力もあるのかもしれませんね。

と思ったのですが、「それはただ単に、老化現象」…ともまた指摘されまして、まあ、そういう面もあるかもしれないと認めつつ、便利な世の中になればなるほど、人間が本来持ち合わせていた感性や能力が削がれていくとすれば、とても残念なことで、実はその損失も大きいのではないかと感じる今日この頃です。

 

新型コロナウイルス感染症のこと。とても多くの情報が出回りすぎて、その中で自分自身で見極めて判断していくことがどれほどに難しいことなのかとも思ってしまいます。とにかく免疫力と自然治癒力が鍵になるのではないかと指摘している友人や知人も多く、マスクの着用による健康被害のことを心配する声もあります。私は「消毒液」のことはちょっと心配していて、消毒液を使いすぎることによる身体への影響は無視できないと考えています。使いすぎると手も荒れてきますしね。

それにしても、「GO TO キャンペーン」については一言。「どうして、宿泊学習が中止されてしまうのか」という声が出てくるのも当然ですよね。子どもたち自身が疑問に思っているようですが、当たり前のこと。感染症対策をしていればいい…その感染症対策の有効性がどれほどに実証されているのかもよくわからないのですが、子どもたちが素朴にも疑問を抱く「おかしさ」があることに、大人はどう反応し、答えていくのでしょう。私には今のところ、「なぜ、中止なのか」と尋ねられて、回答するのが難しくあるのです。教育委員会に聞いてみるかな…。きっと「集団行動が多くなり、『密』になるから」というわけで、個室を確保した宿泊が難しいから云々と言われてしまいそうですが。いずれにせよ、「大人の事情」ということになるのか、よくわかりませんが、こうした状況にある子どもたちの育ちがいろんな意味で心配ですね。ますます、政治への信頼が低下するのではないかと危惧するばかり。関わっても仕方がない、関わりたくないという人が増えるのではないかと思えてならないのが残念ですし、情けない…。「政治家になりたい!」なんて志を抱いたり、あこがれて、キラキラしている子どもがいたのはいつの時代のことなのか…。